集豪傑起《A set of masters》
集豪傑起 ~ A set of great masters ~
ダンジョンから逃れて、助けられて、一日が過ぎた、朝。
あの後、たっぷり四半刻泣き通して、ようやく落ち着いた私は、
日が暮れるまで、泥のように眠ってしまった。
その後で、お湯のお風呂まで頂き、(こちらでは普通らしい)
用意してくださった、ユカタというキモノに袖を通して・・・
結局、紐の結び方が分からなくて、手伝っていただいたけど。
そうしてから、あの時私を助けてくださったお方、
あの男のヒトに、改めてお礼をしたい、と言ったら、
『あぁ、アイツはアンタの言葉が分からないからねぇ。
一晩寝たら、こっちの言葉が分かるようになるから、その後におし』
どうやら、ダンジョンの仕様で、違う世界に一日滞在すると、
自動的に翻訳、みたいに理解できるということみたい。
というわけで、朝。
「起きてるかい?アリア」
「あ、はい。おはようございます」
自然と言葉が出てきた。なるほど、こういうことか。
「うん、言葉も馴染んでるようだね。おいで。ご飯にしよう」
「はい!ありがとうございます」
出された食事は、白くて四角いものが浮かんだ、香ばしい香りの、
茶色いスープに、お芋?を煮たもの。白い、麦みたいなものも。
「これがご飯。こっちは味噌汁で、これは里芋の煮っ転がし」
一つ一つ、説明していただいた。どれも美味しい。
「この、おトーフ、ですか?ツルっとしてて、良い舌触りです。
このお芋も、ホックリしているのにネットリと味が絡み合って、
とっても美味しいです!」
「気に入ってくれて何よりさ。洋食のほうがいいかとも思ったけど、
肉とか魚が食べられなかったら、難しいからね」
「・・・お気遣いしてくださって、本当にありがとうございます」
気にしなさんな、なんて言って・・・照れてる?
とにかく、穏やかに、朝食の時間は過ぎていった。
食事が終わって、せめてお片付けだけでも、と手伝って、
お茶を頂いていた時、あのお方がやって来た。
「おう!啓子!あのお嬢ちゃん、元気になったって?」
「三千弥!アンタ、もうちょっと静かに入って来られないのかい?」
この子は病み上がりだよ!と、窘めている。
ケイコ様の方がお若く見えるけど、違うのかな?
え~っと、ヒト種の寿命は八十くらいだったハズだから、
見た感じ、このお方は四・五十歳くらい、だろうか?
ケイコ様は、三十歳くらいに見えるんだけど・・・
「さて、それじゃあ改めて自己紹介しとこうか。昨日も言ったけど、
アタシは鳳 啓子だよ」
ほれ、アンタも、と促されて。
「分かってら。俺は森 三千弥だ」
ミチヤ様は、元気になって何より、と豪快に笑って言った。
「昨日は、危ないところをお助けいただき、本当にありがとうございました。
私は、アールブ・ヘイムの、神殿東の森に臨む部落に住まいます、
アリアールブ=エル=フィヨーレ=ラクシャナーと申します」
命の恩人なので、精いっぱいの丁寧なお礼の口上を述べた。
「お、おう。こりゃご丁寧に。言っちゃなんだが、長ぇ名前だなあ。
アリアールブ・・?エリュッ(ガリッ!)イテッ!ひた噛んだ・・」
「あ!だ、大丈夫ですか?・・・お気になさらず、私のことは、
どうかアリアとお呼びください」
「まったく。人の名前を、失礼だよ」
「うっせーわ。お~痛てて。とにかく、よろしくな、アリア」
「ふふっ、はい。よろしくお願いします。ミチヤ様」
ひと通りの挨拶を終え、話はダンジョンのことへ。
「昨夜一通り電話で説明した通り、この娘を家に送るにしても、
あの迷宮を踏破しなくちゃならない。アタシ一人ならともかく、
守りながらってなると、手が足りなくなるさね」
「おう。それに付いちゃ、俺も手伝うつもりだが・・・
まだ、足りねえ、と」
「そうなるね。で、薫たち【ギルド】の連中はどうかね?
確か、腕に覚えのあるのが揃ってたよね?」
「あぁ、ボケ予防にって勧められた、ゲームのな。確か・・・
薫が弓で、詠禅が棒術、光洋は・・・槍だったか」
類は友、じゃないけど、武術の心得がある人がいるのか。
協力していただけるなら、心強いけど、何か気になる単語が。
「あの、今仰っていた【げ~む】、というのはなんでしょう」
「こっちの世界の遊びだけど、見せた方が早いだろうね。
アリア、ちょっと待っといで」
少しして、ケイコ様が持ってきたのは、【ぱそこん】という道具。
本のように開いて、何かの操作をしていると。
「ここに写ってるのが、ゲームの画面だよ。離れてる人とも、
文字で会話したりして、この駒を動かして遊ぶのさ」
驚きのあまり、私の目はすっかり釘付けになってしまった。
水面のような面に、様々な似姿が映し出されて、
それを戦わせたり、会話に興じたり。
それが、魔法じゃなく、キカイという技術で行われるなんて!
「何て言うか、まるで神様になったみたいな遊びですね!
スゴイ・・・こんなの、初めて見ました!」
興味津々、興奮を抑えきれない私を、ジッと見ていたミチヤ様が、
「こうして見てると、やっぱりエルフなんだなぁ」と一言。
?どういう事だろう、と思ったけど、もしかして、耳?
昂ってる時なんかは、勝手にピコピコ動く、コレを見て?
「不躾だよ、三千弥。それに、アリアはアールブだ。アンタには、
ハイエルフって言った方が分かりやすいかね」
あぁ、なるほど納得。私達ってそう呼ばれているのか。
ミチヤ様が、「申し訳ねぇ」と頭を下げるけれど。
「いえ、気にしてないので、大丈夫ですよ」
私は、微笑を浮かべて、ゆっくり頷いた。
話は脱線しかけたが、迷宮攻略の面子確保。
まずは電話で集合をかけよう、ということになり、
「・・・薫が出ねえ。多分、いつもの所だから後で行ってくら」
俺、三千弥の弟分、千草 薫は後回し。あの本の虫は古本屋だろう。
次だ、次。
「・・・・・・お、詠禅か。今、時間いいか?・・・何?大会?
あぁ、またチャリンコか?」
『いや、BMXですよ、三千弥さん。で、何です?ゲームですか?
俺、大会で明日まで帰れませんよ』
「いや、リアルでダンジョン攻略だ。人手が足りねえ」
『・・・は?』
かくかくしかじか。現状を説明してやった。
アリアのことも、別嬪のお嬢ちゃん、しかもエルフだ、と。
『すぐに戻りますっ!!!』
「お~、大会が終わってからでもいいからな」
『速攻で優勝して、すぐに戻りますから!!!』
・・・分かりやすいヤツだ。
とにかくこれで、一人目、京丸 詠禅確保っと。
さて、次は・・・光洋か。
「三千弥」
「うん?どうした、啓子」
「迷宮の入り口、ほったらかしじゃなかったかい?警察の方から、
見張りも頼んどいた方がいいね」
確かに。知らずに誰かが入り込んじまっても事だ。
一応、警察の顔も立てる必要があるだろう。
「じゃぁ、薫達に声掛けるついでに、顔見せに行ってくるわ」
「そうしとくれ。あぁ、それと、アリアも連れてっとくれ。
この異常事態も、信じやすくなるだろうしね」
「いいけどよ。あの堅物、信じるかね」
「そんときゃ、アタシからも言っとくよ」
ともかくも、アリアを連れて、出掛けることにした。
行きのタクシーの中で、余程珍しいのか、アリアの長い耳は、
そりゃあもう、せわしなく動いていたが。
ミチヤ様に連れられて、ケーサツ、という所への道中、
曳く馬もないのに動く箱車の中、私は興奮しっぱなしだった。
「わっ、わっ!スゴイ速い!あっ!ミチヤ様!あれ!あの大きいの、
あれは何というものでしょう?・・・!・・!」
一事が万事この調子、自分でも、幼児みたいとは思ったけど、
ワクワクと、好奇心が止まらない!
大喜びで、パタパタと耳を上下させるアリアを宥めながら、
警視庁本部、その庁舎前に到着した。
タクシーから降りる時、アリアは名残惜しそうにしてたが、
帰りにも乗るから、と言って納得させた。
入り口前、立哨番の警官に用件を伝える。
「おう、立ち番ご苦労さん。ちっと悪いが、環に繋いでくれねぇか?
三千弥が来たってよ」
「失礼ですが、お約束はございますか?それと、どちらの環でしょう」
「あぁ、お前ぇさん、新米か。じゃあ、橋本 環 警視正に用で、
元・総合武術師範の森 三千弥 が来たって言えば分かるか?」
俺が言い直した途端、立ち番の小僧は、面白い程に背筋を伸ばして、
「し、失礼いたしました!たた、只今伝えて参ります!」
慌てて駆けだして行ったが・・・なんか、怯えてねぇか?
待つこと数分、案内されて向かった応接室に入ると、その男、
警視正、橋本 環は、緊張した面持ちで待っていた。
「お久しぶりです、先生。今日は、どういったご用件で?」
促されて、アリアと並んで、ソファに座る。
眼前に座る男は、俺が師範をしていた時の、いわゆる直弟子だ。
「おう。ちっと理解し辛ぇ案件でな。【巣鴨の穴】の報告は、
お前の方まで上がってきてるか?」
「?いえ、聞いておりませんが、その穴が何か?」
「どうも、別の世界に繋がってるらしくてな。危険生物もいるから、
警備の手を回してもらおうと思ってよ」
そこまで聞いて、神経質そうな細面を振って、薄笑いを浮かべる。
「またまた、先生。御冗談でしたら、又にしていただけますか?」
「ま、そう言うと思って、この娘を連れて来たんだけどな。
こっちで言う所の、ハイエルフってやつだ。アリア、挨拶しな」
「あ、はい。初めまして。アリアールブ=エル=フィヨーレ=
ラクシャナーと申します」
「初めまして。私は橋本 環という。・・・先生。仰りたいのは、
この長い耳のことでしょうか」
「そういうこった」
「しかし、病気や突然変異ということも・・・」
やっぱり、中々信じちゃくれねぇか。
「啓子から、コイツも預かって来た。見てみろ」
そう言って、一枚のメモを渡す。
「啓子師から・・・【特秘案件書類 ヲ 0一0八】號」
「信じる信じねぇは別に、見張りは置いといてもらいてぇ」
「それは分かりましたが、まさか・・・」
「あぁ、俺達が出張って、探索する」
この娘を送り届けるために。そう伝えると。
「お止めしても、聞いてはいただけないんでしょうね・・・」
頭を抱えた環は、諦めたように呟く。
「あぁ。こいつぁ、俺達が引き受ける」
「しかし、我々のメンツというものも考えていただきたい」
「だったら、腕っ扱きの奴がいたら、一人寄越してくれや。
啓子が言うには、てっぽうじゃ効かねえってよ」
「はぁ・・・分かりましたよ。探しておきます」
「居たら、啓子の家に集合だ。楽しみにしてるぜ。そんじゃ、
行こうか、アリア」
「はいっ!」
こうして、俺達はその場を後にした。