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静穏一時

    静穏一時(ひだまり)


 夢を見ていた。手を伸ばせば届きそうな、穏やかな日々。

いつものように、お父さんは神殿のお手伝いの仕事。

私は、お母さんが作ってくれるご飯を食べ、他愛もないお喋りに、

刺繡をしたり、お料理を手伝ったり。

家族で笑いあえる、当たり前の、そう信じていた幸せ。

だけど、何かがおかしい。

お父さんもお母さんも、何か喋っているはずなのに、何も聞こえない。

なぜ?そんなに悲しそうな顔をしているの?

なぜ?私だけが、遠くに離れているの?

なぜ?何も、言ってくれないの?

私は、ここにいるのに・・・

近づこうとしても、見えない壁に遮られたように、進むことができない。

気がついたら、陽だまりのようだった光景は、遠くに霞んで行き、

私は、粘りつくような影に、搦めとられていた。

怖い・・・恐ろしい・・・痛い・・・疲れた・・・

迷宮の暗渠(あんきょ)での出来事が、否応なく眼前に浮かぶ。

なぜ、私だけが・・・なぜ?なぜ?・・・もう、嫌だ・・・

昏く、昏く、暗く・・・心が、塗りつぶされてゆく。

なんで、こうなったんだっけ?あれから、私は・・・


暗い、暗い、闇の中を。ゆらゆらと彷徨うような感覚がして。

ゆっくり、ゆっくりと、水中を浮かぶように、目が覚めた。

『う・・・ぁ・・・・・・ここ、は』

酷く身体が(だる)かった。頭も、ボーっとする。

背中に感じる、柔らかい感触から、寝具に寝かせられてるみたい。

『目が覚めたかい?』

不意に、横合いから声がして、どうにか顔を向けると、女の人が座っていた。

見たこともない服を着た、とても綺麗なヒト、だった。

『あ、ここは?・・・私、どうなったんでしょうか?』

『ここはアタシの家。アンタは、倒れて、担ぎ込まれたんさ』

思い出した。スライムに襲われたところを助けられて、気を失ったんだ。

起き上がってお礼を言おうとしたけど、優しく抑えられた。

『無理しなくて良いよ。アンタ、ボロボロだったからね』

『すみません。助けていただいた上に、こんなに良くしてくださって』

『何、気にしなさんな。困ったときはお互い様ってね』

柔らかく浮かべた笑みは、大輪の白百合(リリィ)を思わせた。

『それはそうと、一つ、確かめときたいんだけどね。アンタ・・・

ダンジョンを越えて来た、ってことで良いんだね?』

『はい・・・気がついたら、閉じ込められていました』

『そうかい。災難だったねぇ・・・ま、今はゆっくりお休みよ。

帰りたいなら、送り届けてあげるからさ』

『そんな!そこまでして頂くわけには・・・危ない、ですし』

ありがたかったけれど、あの危険な場所に、巻き込んでしまうのは、

やっぱり、躊躇われた。

『大丈夫さね。先達(・・)として、力を貸してあげようじゃないか。

それに・・・気づいてるかい?ここはアンタの居た世界じゃない。

本当なら、アンタの言葉を分かる者はいないハズの場所だよ?』

『あ・・・それじゃあ、貴方は一体・・・』

『アタシはダンジョン踏破者(・・・・・・・・)さ。アンタの世界にも、行ったことがある』

まさか、そんな偶然が?驚きのあまり、言葉をなくしていると。

『だから、ほっとけないのさ・・・ちょっとした因縁もあるしね』

そういって浮かべた笑みは、さっきとは違って、笑顔ではあるんだけど、

どこか、舌なめずりをしている猛獣みたいな・・・ちょっと、コワイ。

『!・・・っと。済まないねぇ。ちょいと滾っちまった』

少し怯えている私に気づいて、すぐに穏やかな空気を纏いなおすと、

『そう言えば、まだ名乗ってなかったね。アタシはケイコ。

ここで道場を持ってる。アンタは?』

『はい。神殿東の森に臨む部落の、アリアールブと申します。

どうぞ、アリアとお呼びください』

『アリア、ね。可愛らしい名じゃないか。あぁそうだ。お腹すいてないかい?

そろそろ、お茶にしようか』

『あ、ありがとうございます』

私がお礼を言った時には、ケイコ様は、もう部屋を出るところだった。

あれ?いつの間に動いたんだろう。


少しして、ケイコ様がお盆を持って戻ってきた。

さっきのは何だったんだろう、と、ジッと見ていたら・・・

スーッと、滑るように近づいてきた。え?どうやって歩いてるの?あれ。

『お待たせ。・・・?どうしたんだい?ポカンとして』

『い、いえ・・・凄く静かに歩かれるんだなぁ~って思いまして』

『ん、あぁ、そういう事かね。これは【摺り足】って言う歩き方さ。

アタシは子供の頃から武術をやっててね。すっかり染みついちまった』

事もなげにそう言ったけど、何だか、とっても凄いことに思えて、

『歩いているだけなのに、凄く美しかったです!ビックリ、しました』

もう、なんていうか、称賛を送らずにはいられなかった。

『ふふっ、ありがとうね。さ、お茶にしようか。起きられるかい?』

手伝ってもらって、身体を起こす。足の裏がズキッと痛んだ。

『一応、手当てはしたけど、やっぱり痛むよねぇ。まず、これをお飲み』

思わず顔を顰めた私に、小さな盃に入った液体が渡された。

蜜酒のような甘い香りの液体を、ゆっくりと飲んでゆく。

『・・・?あ、痛みが、軽くなった?』

『何よりだよ。明日には、普通に歩けるようになるだろうさ』

不思議な方。もう、感謝してもしきれないくらい、お世話になってしまった。

改めて。私の隣に座ったケイコ様を見てみる。

流れるように後ろで束ねられた白髪。面長の整ったお顔立ち。

ともすれば、鋭くも見える眼は、鳶色の瞳で、吸い込まれてしまいそう。

白磁を思わせるお肌に、薄紫の、連なった花の模様の衣服。

キモノ、という服らしいその胸元の・・・たわわに大きな・・・

視線を落として、自分の・・・はぁ、憧れる。

で、でも、私だってこれからもっと!育つ・・・よね?

胸元をむむっ!と見比べる私に、クツクツ、と苦笑を湛えて、

『中々いい肝っ玉じゃないか。さっきまで奈落(あんな場所)にいたってのにさ』

あ・・・言われて、気がついた。さっきまで貞操も、命も危機だった。

それなのに、不思議なほど、安らいだ気持ちになってるなんて。


『少しでも元気が出たなら重畳だね。さ、お食べ』

そう言って、お茶と一緒に出されたのは、白くて丸い、お菓子?

いただきます、と言って手に取ってみると、むにっと柔らかい。

物は試しと、『はぷっ』と、まずはひと口。

『・・・美味しい!最初ちょっと塩っぱいかと思ったら、中のこの、

黒いものの上品な甘さと一緒になって、とっても美味しいです!』

『ふふっ、気にいったかい?塩大福って言ってね。まだあるから、

たんとお食べよ』

出されたお茶も、私の知らない香りだけど、とっても美味しい。

思わず二つ目に手を伸ばしたところで、頬を伝う雫の感触。

『あ、あれ?どうしたんだろう。やだ、止まらない』

後から後から、止め処なく溢れ出す涙。

『無理もないね。ずっと気を張ってたんだから。美味いもん食べて、

ようやっと緊張が解けたんだろうさ』

労わるように、優しくケイコ様が抱きしめてくれる。

『ふ・・ふえぇ・・・こわ、怖かった。帰りたかった・・ひっく。

お母さぁぁぁん・・・』

後から思い出すと恥ずかしいけど、この時ケイコ様は、いつまでも、

私が落ち着くまで、優しく受け止めてくれた。

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