邂逅(Escape to Sugamo)
邂逅
スライムに追い立てられ、ダンジョンから飛び出した、その先。
青く晴れ渡った空。朝、だろうか。澄んだ空気が私の頬を撫でる。
危険な場所じゃないか、ぐるりと、忙しく辺りを見回す。
砂利が敷かれ、木造の建物が見える。
その落ち着いた佇まいに、神殿のような場所?と目星を付ける。
私の正面、少し離れた場所に、神様のように祀られた、石像。
傍らに、祈りを捧げている、ヒト・・・ヒトだ!
だけど、いきなり駆け寄っていって、もしオウガとかだったら・・・
そうも思ったけど、頭にツノはない。
何より、祈りを捧げる種族なら、直ぐに襲ってくることもないだろう。
うん、ヒトがいるってことは、ミッドガルドに出たのかも。
(自分では)手早く考えて、助けを求めようとした、その時。
背後から、ズル・・・ベチャッ・・・と。
ダンジョンから、スライムが這い出てきた。
「~~~~~~~!!」
私は、声にもならない悲鳴を上げ、前方の人物に向けて、駆け出した。
体力も、限界。身体中が痛む。何より、心が、燃え尽きそう・・・
そうこうしているうちにも、ズルズルと、スライムが迫ってくる。
崩れそうになる膝に、最後の力を振り絞り、あらん限りに叫ぶ。
「お願いっ!お願いっ!そこの方・・・助けてっ!!」
「〇△!xxz?」
言葉は分からなかったけど、夢中で助けを求めた。
「・・・!□〇〇xx?!」
「お願いです!助けてください!スライムが!」
辿り着いた!縋りついて、必死にお願いすると、そのヒトは、
驚いていたけど、私の姿を見て、何かに襲われていると気づいたらしい。
ポン、と私の頭に手を置いて、安心させるように、微笑んだ。
「△△□☆」何かを言って、私を庇うように、一歩を踏み出す。
あ・・・スライムの、特性。
切ったり、突いたり。いわゆる、物理攻撃が効きにくいということ。
私を庇ってくれている、このヒトは武器も持っていないみたい。
魔法を使えるヒトもいるとは聞くけれど。
もしも、このヒトがスライムの特性を知らなかったら・・・
私を庇って、巻き込んでしまう。
私は慌てて腕をとると、「あ、危ないから、逃げましょう!」と懇願。
けれど、そのヒトは。大丈夫、というように手をかざして私を制し、
腰を落とし、握った拳を引いて、臨戦態勢に入った。
武闘家?戦斗僧侶だろうか?でも、ダメだ!素手じゃ、倒せない!
「ダメです!拳ではスライムは・・・」
ボウ!!!
「倒・・・せ・・・な・・・・・・・え?えぇっ?」
刹那、暴風のように、大気が弾けた。スライムを、微塵に粉砕して。
何が起こったのか、呆気にとられた私は、キョロキョロと。
スライムが【居た】場所と、目の前のヒトを交互に見ていた。
ご自分の拳を見て、何かに納得したような表情で、そのお方は、
私に向き直ると、照れくさそうに、ニッと笑いかけてくる。
そうしてから、ご自身の羽織っていた見慣れない衣服を私に掛けて、
・・・そう言えば私の服、ボロきれ寸前だった。
私は、お礼を述べようと顔を上げて・・・あ、ダメだ。
恐怖。緊張。疲労。ここまで澱のように溜まってきた諸々が、
安堵と一緒に吹き出して、私の身体が限界を訴えてきた。
もう、目を開けているのも辛い。昏くなる視界の中で、
頽れる私の身体を、力強く支える腕の感覚に包まれて、
私の意識は、闇の中に堕ちていった。
ここで少々時間は遡る
東京都 豊島区 巣鴨
全国に名を知られる、地蔵尊の前。
早朝の時刻、一人の男が佇んでいた。
総白の頭髪を、定規で計ったかのような角刈りに揃え、
地味目な紺のジャージの上下、場所柄、ご高齢かと思われたが、
ジャージを押し上げる、隆々たる筋骨に、油断のない眼光。
時代が時代であれば、武人、という表現が当てはまる程の偉丈夫。
今一つ年齢の推察の難しいところではあるが、実のところはさておき。
この男、名を森 三千弥。
近所に住む彼は、日課の地蔵詣でに来ていた。
「今日もいい天気だなぁ、お地蔵さんよ。何だか良いことでもありそうだ」
年来の知己にでも語るように、笑顔で手を合わせる。
「・・・はっ、さて、今日は」
小さく息を吐き、この後はどうしようか、と思ったとき。
「~~~~~~~~~~!!」
やや離れた所から、女性と思しき悲鳴が聞こえてきた。
声のした方を見やると、先ほどまで板塀だったはずの場所には暗い洞があり、
人一人が通れる程の、その穴の中から、少女は飛び出してきた。
一目でそれと判るほど疲弊し、身にまとうのは果たして服か布切れか。
足取りも怪しく駆けてくる、泥に塗れた、少女の容姿を見るに。
(こりゃあ、どっかのボンクラに襲われたのか?)
ともあれ、助けを求める哀れな少女を見過ごすわけにもいくまい。
自らも駆け寄り、「おいっ!大丈夫か!」と声を掛ける。
「$#%%!@¥&$!s*%$*!」
何を言っているのか、サッパリだったが、必死な様子が伝わってきた。
(外人か?日本に不慣れなとこを狙ったバカでもいやがったか)
そう思って、少女の駆けてきた方を見ると、ズル・・・ズル・・・と。
粘液質の、不定形な【何か】が這い出てきたところだった。
(バケモノ?いや、どっかで・・・スライム、ってやつか?)
信じ難いことだが、それ以外に考えられない、異形の姿。
アレに追われてきたのか。三千弥は、義憤に身を震わせ、
ポン、と少女の頭に手を置くと、安堵を誘うように、一言。
「もう大丈夫だ。任せな!」
決然と、一歩を踏み出した。
背筋を正し、腰を落として、腰だめに拳を握る。
背後に庇った少女が、腕をとって何かを訴えている。
逃げよう、とか言っているのかもしれない。心配ない、と手を翳す。
(何、幽霊じゃあるまいに、実体があるなら・・・っと!)
ノソリ、と近づく粘体に向け、止水と定めた心で、正拳を放つ。
ボウ、と。拳に纏うた大気が、スライムを文字通り、霧散させる。
(よし。通じるな・・・)拳を眺め、一人納得を得る。
背後を見やると、ポカン、とした顔で視線を泳がせる少女。
改めて見る。泥に汚れてはいるものの、整った顔立ち。
髪の合間から覗く、長く延びた、細い耳は・・・エルフ、と言ったか。
たった今、あり得ぬ異形と相対したばかり。多分、【居る】のだろう。
視線を下げると、襤褸切れも同然の衣服。
己が着ていたジャージを、急いで掛けてやり、一笑を向ける。
不器用な優しさに、少女も顔を上げ、何かを言おうとしたが、
グラリ、と力なく頽れる。「おっと!」
跪き、その身体を受け止め、支える。
「こりゃ、限界だな・・・」
助けた以上、捨ててもおけぬ、と思ったのだが。
「目が覚めて、こんな爺ぃと二人っきりってのも、な」
思い直すと、スマートフォンを取り出して、発信する。
「・・・おう、啓子か?すまねぇな。朝早くから・・・」
一頻りの通話を終え、少女を抱きかかえて、立ち去っていった。