噓 欺瞞 罠《Lie Lie Lie》
噓 欺瞞 罠
あれから、何時間経ったのだろう・・・
あの時、暗闇の中から現れたお爺さん(ライテン・シャッテンと名乗った)は、
この場所、トラップ・ダンジョンについて、説明してくれた。
「ヨウコソ!トラップ・ダンジョンヘ!」
「トラップ・・・ダンジョン?」
「ソウ、ワタシハ案内人。オシエテ、ヤロウ」
皺だらけの顔で、欠損が目立つ歯を剝いて、厭らしく嗤う。
「ソノマエニ・・・ソコニタッテルト、アブナイゾ?」
「え?」
足元を指され、視線を落とすと、ブクブクと泡立つ、液体のようなものが。
何?と思う間もなく、シュウ、という音と一緒に、履いていた木靴が溶ける。
「キャアッ!」
私は慌てて飛び退き、動転しながら、木靴を脱ぎ捨てる。
「な、何ですか?何なんですか、あれ!」
「ダカラ、オシエテヤルト、イッテイル・・・シカシ、スライムモシラントハ」
さも可笑しそうに、粘ついた笑みを貼り付けながら、
「ツイテ、コイ」
そう言うと、振り向きもせずに、歩き出した。
「待って!足が・・足が痛いの!」
靴を失って、ゴツゴツとした石の転がる地面に、何度も躓きそうになる。
そんな私を一顧だにせず、案内人は、暗い道を進む。
「ココダ」
ほどなくして、案内された石室。狭くて、やっぱり薄暗い。
促されるままに、(足の痛みもあって)座り込む。
何とも言えない色合いの飲み物も出されたけれど、一応、口をつけるふり。
不安もあるし、このお爺さん、ずっとニヤニヤしていて、信用しきれないし。
そうしているうち、この迷宮について、説明してくれた。
トラップ・ダンジョン。罠と欺瞞に溢れた、誰も信じてはいけない場所。
徘徊しているモンスターには、淫らな事をしてくるものもいて、
もちろん、私を殺して食べようとするものもいること。
私が入ってきた入り口は、一か月経たないと開かない。
その間、私はモンスターから逃れ、罠を躱しながら【その時】を待つか、
このダンジョンを、全て攻略してしまうかしなくてはならない。
但し、ダンジョンのどこかには、他の世界に繋がる出入り口もあるので、
そこで時が来るのを待っていることもできる。もっとも、
「ウンワルク、荒くれ巨人の世界二マヨイコンデ、ツブサレルカモナ」
とのこと。脅しかもしれないけど、気をつけなくちゃ・・・
そうして、説明はしてくれた。の、だけれど。
一頻りの説明を終えると、お爺さんは、舌なめずりを一つ。
「サイゴニ、コノ【ダンジョン】ハ、マスターサマノ、オアソビ・・・
オマエガ、シノウガ、ハラミブクロニナロウガ、ドチラデモカマワネエ」
え・・・?何だか、話し方が・・・変わった?
私がそう思うよりも早く、素早く、荒々しく、飛び掛かってきた。
「ダカラ!セイゼイマスターサマヲ!タノシマセロォォォ!」
勢い良く圧し掛かられ、押し倒される。逃げなくちゃ!
カチカチ、と歯を打ち鳴らし、何とか逃れようとするけど、何かおかしい!
手に、力が入らない!
「テイコウ、シネエノカァ?ケヒヒヒヒ!ムリダヨナァァァァァ!
オマエハ、アノ杯ニサワッタ・・・ナカハ、ケイカイシテタケドナァ」
ゲラゲラと嗤いながら、勝ち誇ったように、目を細める。
まさか、コップに何かの薬が、塗られていた?
「ワカッタミテェダナァ・・・ダァァァメジャネエカ。ケヒヒッ・・・
ダレモ、シンジチャアイケネエッテ、イッタノニナァァァァ」
本性を現したように、下品に歪められた顔。力任せに、服を破かれる。
「キャアッ!イヤァァァッ!」
涙が、溢れ出す。けれど!このまま大人しくなんて、してやるもんか!
眦を逆立て、力の入らない手に鞭打って、辺りをまさぐる。
と、私の採集鞄に手が触れた。転がり出る、小刀を見つける。これしかない!
力の入らない手で、どうにか拾い上げた小刀を、気づかれないように持ち上げ、
抱きつくように、相手の首の後ろで、両手に構える。
「ナンダ、モウアキラメチマッタカァ?ケヒッ、カワイガッテヤルゼ・・・」
ベロり、と私の顔を舐めてくる。気持ち悪さに怖気が走ったけど、
油断している、今しかない!致命傷じゃなくても、逃げる隙ができれば!
震える手に、なけなしの力を込めて、首の後ろに小刀を、突き立てる。
「・・・・・・・っやあぁぁぁぁぁぁあっ!」
本来なら、どうということのない一撃だったはず。
それなのに、どういうことか、その小刀は、サクリと。
「!!!ッギャアァァァァァ!イテエ!イテエェエェッ!」
驚くほど何の抵抗もなく、骨すらも断ち切って、刃が埋まっていった。
間もなくして、動かなくなった案内人から、のそりと離れる。
例の薬のせいか、体がだるい。薬草を擦り込んでみようか。
たっぷりと薬草の入った採集鞄を拾って、はたと気づく。
「あ・・・直ぐには、帰れないんだ。食べるものも、要るよね」
幸いというか、鞄の中には、薬草と漿果がはいっている。
底の方には、お母さんが作ってくれた、サンドイッチも。
少し落ち着いて、サンドイッチを取り出してみたら、涙がこみ上げてくる。
「・・・うっ、グスッ、帰りたいよ・・・お母さん。お母さぁん・・・」
静まり返った部屋で、啜り泣きの声だけが響いていた。
一頻り泣いた後、何とか小刀も回収して、どうするか考える。
一か月は、帰れないんだ。何とかして、生き延びないと。
あてもなくダンジョンを彷徨うなんて怖いけど、留まるのも怖い。
第一、死体と一緒なんて・・・そうだ。命を、奪ったんだ。私。
どうしようもない現実に、身震いを覚えた、その時。
『ヨクモヤッテクレタナァ・・・ゼッテエ、ニガサネエ』
何処からともなく、あの【声】が聞こえてきた。
後で知ったことだけど、あの案内人はもちろん人なんかじゃなくて、
シャッテン、影の邪精の一種なのだという。
別名、這い寄る影とも呼ばれ、まさしく影のように付きまとうのだとか。
ただ、この時は実体が著しく傷ついていたので、本当は直接の手出し、
自身で襲い掛かったり、ということは出来なかったらしいのだけど。
そのことを知らなかった私は、心底からの恐怖に囚われてしまって、
まだ覚束ない足取りで、逃れるように小部屋を後にした。