罠迷宮
初めましての方は初めまして。子寅と申します。
今作は、非力なエルフ少女が、悪辣なトラップ溢れるダンジョンで、
生き残りを掛けて、どうにかこうにか、ギリギリで探索してゆきます。
序盤では、武器ナシ、魔法ナシ、味方もいない状況、精神もすり減らす中、
如何にして希望を繋げるか、果たして味方は現れるのか。
今回はダンジョン入り口までをお届けしたいと思います。
ご一読の上で、お楽しみ頂けましたら幸いです。
罠迷宮
アールブ・ヘイム。
太古に伝う、妖精の隠れ里。
神々にも近しいとされる彼等・彼女等の容姿は、等しく見目麗しいとされ、
魔力に通じ、魔法に秀でた者が多いとされる。
彼等の住まう、彼の地は、天を衝く巨木が見る者を圧して居並び、
水清らかにして、大気に満ち溢れる魔力は打ち震えんばかり。
生命の躍動が地を統べる、麗しの地、と云われる。
物語は、この妖精住まう地、
その中心たる森の神殿、ではなく。
蔦の絡みつく、荘厳な白亜の王宮、でもなく。
里の外れも外れ、急峻な山麓のすぐ近くの小部落、
そこに住まう、未だ力持たぬ、一人の少女によって紡がれる。
朝、いつもと変わらない、窓から清かに吹く風が頬を撫でる。
「う・・・ん・・」
今日は神殿の奉仕活動も、学院の基礎教養の講義もないはず。
私は二度寝を決め込むため、柔らかな毛布を、頭から被る。
「アリア~?アリア起きなさ~い!」
ダイニングの方から、お母さんの呼ぶ声。
もう!せっかくのお休みだって言うのに、なんで起こすんだろう!
惰眠の誘惑は尽きないけれど、黙っていても見逃してくれないのは解ってる。
「今起きるからぁ~!ちょっと待って~!」
返事をして、未練を断ち切るように、えいっ!と起き上がる。
ん~っ、と伸びを一つ、眠い目を擦りながら、ベッドから降りる。
寝間着のままで部屋を横切り、壁に掛けられた鏡を覗き込んで、
「うわぁ、髪、ボサボサだよぉ・・・」
すっかり寝乱れてしまった、背中まである白金の髪を梳る。
整った髪を確認して、続いて、パッチリとした碧玉色の双眸、
少し幼くも見られる、ふっくらとした頬のライン、薄桃色の唇と・・・
視線を下げ、ささやかながらも主張する、胸の膨らみ。
残念ながら、ささやかながら・・・ガックリ。
身だしなみを整えると、軽く上衣を羽織って、部屋を後にした。
「おはよう、お母さん。今日はお休みのはずだけど、何か用だった?」
「何言ってるの!今日は薬草を採ってきてって言ったじゃない」
「あ~、うん・・・そう、だったっけ?」
「そうだったの!もうっ!この子ったら。ほら、早くご飯食べちゃって」
「はぁ~い・・・」
渋々、といった具合で食卓に着く。テーブルには、パンとスープ。あれ?
「ふわぁ、いつもの堅パンじゃない!柔らか~い♪」
「ふふっ、ちょっと練習してみたのよ。どうかしら?」
まだほんのりと温かい、ふんわりとしたパンを千切って、口に入れる。
「ん~~~♪おいし~い!口の中でとろけるみた~い!」
頬に手を当て、舌の上から幸せな気持ちが広がる。
うん、そうだ!薬草を摘むついでに、小鳥達や動物と遊ぼう!
すっかり上機嫌になった私は、森の動物たちとの戯れに思いをはせる。
自分でも単純だとは思うけれど・・・やっぱり、美味しいは正義!
だって、こんなにも気分を向上させてくれるんだもの。
食事の後、着換えを済ませた私は、出掛ける準備を整える。
若草色のチュニックに、象牙色のキュロット、芥子色のスカーフを肩に、
後は、薬草を入れる鞄を肩から掛けて、刈り取り用の小刀も持った。
お昼には、お母さんが用意してくれたサンドイッチ、オッケー!
「じゃあ、行ってくるね、お母さん!」
準備万端、私は、元気よく森に向かって出発した。
お天気上々、気分も上々!道々のお花を愛で、小鳥達にもご挨拶。
鼻歌交じりで森を進むけれど、薬草があるのは森の奥。
寄り道なんてしていたら、今日中には間に合わない。少し急ごうかな?
そんなことを思っていると、「あら?」小径の傍らに、少しの違和感。
「こんなとこに、道なんてあったかなぁ・・・」
森に入って、ほどなく。見覚えのない脇道に、首を傾げる。
だけど、脇道の奥の方を見てみると、「・・・あ、薬草だ!」
ポツポツと、道の先に薬草が生えているのが見えた。
これなら、早く終わらせて、遊びに行けるかも?そう考えた私は、
怪しむことなく、その脇道に入っていった。
「~~~~~♪」
その道の途中には、薬草だけでなく、木苺なんかもなっていて、
「ふふっ、いっぱい摘んでいって、後でお母さんにお菓子作ってもらお♪」
思いがけない穴場の発見に、夢中になって採取に励んだ。
だからその時、森の異変、動物達の声が一切ない事に気づけなかった。
やがて、採集鞄も一杯になろうかという頃合いになって、
道の突き当り、私の目の前には、切り立った崖が聳えていた。
正面には、黒々とした洞穴が、ぽっかりと口を開けている。
「鞄もいっぱいになりそうだし、そろそろ切り上げようかな・・・」
洞穴の奥が、何か得体の知れないもののように感じられて、
不安を打ち消すように、独り言ちる。
うん、後は入り口近くの薬草だけ採って、終わりにしよう。
そう思って、恐る恐る洞穴に、一歩踏み入れたかどうかの、次の瞬間。
ふ、と。視界が暗闇に包まれた。
「え・・・?なに?どうなったの?」
慌てて後ろを見ると、開いていた筈の空間が、石の壁になっていた。
「そんな!まだ中になんて入ってなかったのに!」
ドン!ドン!と壁を叩いてみるけど、びくともしない。
「なんで・・・?どうなってるの?閉じ込め・・・られた?ウソ・・・」
背筋に冷水を浴びせられたような、そんな感じがして、言葉が出ない。
さっきから感じていた、薄気味悪さもあって、奥になんて、行く気になれない。
(どうしよう・・・どうしよう・・・どうしよう・・・)
焦りと不安からか、どうしても動くこともできず、座り込んでしまう。
「誰か・・・誰か助けてよ・・・お父さん、お母さん・・・」
なんでこうなったんだろう。強張る膝を抱き寄せて、うずくまる。
「怖い・・・怖いよぉ・・・」
言い知れない不安と、恐怖。目頭が熱くなって、涙が滲んでくる。
どれくらいそうしていただろう。やがて、ヒタ・・・ヒタ・・・と。
誰かが近づいてくる、ゆっくりとした足音に、恐る恐る、顔を上げる。
ぼんやりとした、ランプの灯り。ヒトの灯りだ。・・・けれど。
洞穴の奥、どこか空恐ろしい暗渠からの、訪問者。
「・・・誰?」私は、警戒しつつ、絞り出すように問いかけた。
ピタリ。私から十歩も離れていない距離で、足音は止まった。
ランプの薄明かりの中、見えてきたのは、皺だらけの老人のような顔。
悪いけれど、決して安心を与えてくれるような感じではない。
「お・・・おじい、さん?出口、を・・・知って、ますか?」
警戒はしていたけど、情報も知りたい。思い切って話しかけてみた。
「ツカマッタ・・・」
「え?」
「オマエサンハ、ツカマッタ・・・」
「捕まった・・・?」
「ソウトモ!ヨウコソ!【トラップ・ダンジョン】ヘ!」
ゲタゲタと嗤う、耳障りな声。捕まった、という、その言葉の意味。
罠迷宮、それが、これから始まる地獄の逃避行。
その舞台の名前だった。