お邪魔します、ジブン。
ここは極寒の地。唸る豪雪の中に1人の青年が立っていた。
「ここは……どこ?」
彼の名前はボク博士。博士という名前ではあるが実際には博学でもなく、自称しているだけである。彼には自分というものがよく分かっていなかった。何故生まれたのか。何処に行けばいいのだろうか。そして何処かに自分のような仲間はいるのだろうか。
何も分からないまま彼は雪の中を歩くと、ゴツンと足に硬い物がぶつかった。
「……なんだろう」
見上げたその先に見えたのは電光掲示板で『ジブン観測所』と記された大きな建物だった。窓と扉以外はコンクリートで覆われており天井はガラス張りで空を見通せるようになっている。
「入ってみるか」
ボク博士はおそるおそる扉を開けた。扉の先には多くの書物、資料や機械が所狭しと並んでおり、その通路の奥へ進むと先程見たガラス張りの天井があった。
もっとも今は雪が多く降っている為、中からの景色は真っ白なままだが。
「凄い……もしかしてボクみたいな"探求者"がここにいたのかも」
ボク博士は探し求めていた。自分の居場所、もとい安心できる住処を。雪の中にいた事以外思い出せないが、それでも何か情報が欲しかった。
彼が施設内の探索を続けているとパック詰めのご飯を見つけた。
「まだ新しい……食べられるかも」
彼はお腹が減っていた。自分の空腹を自覚した途端、パックを開けむしゃむしゃと頬張ってしまった。
「美味しかった。けどなんでこんな所に」
横を見ると山のように積み上がったパック詰めのレトルト食品が並んでいる。当分食には困らない量である。
「多分ここの前任者は蓄えが良かったんだろうな」
そう思いながらボク博士は地面に寝そべった。しかし、何かおかしい。
ここまで新しい食べ物があるなら誰かしらこの施設にいてもいいはずである。無断で侵入し、備蓄まで食べてしまっては怪しまれるに決まっているのだ。
「誰かいますか?」
問いてみたが返事がない。きっと施設内は彼だけで一人ぼっちなのである。一抹の不安が過ぎった。
「仕方ない。ボクがボクである理由を探さないと」
そう言って彼は立ち上がった。誰もいない空虚な施設の中、ある一つのコンピュータが目に止まった。
「ジブンを探しテいるノですネ」
「わぁ、喋った!」
少し驚いたが相手は意思疎通できるであろうAIロボットだ。ロボは続けて言う。
「結構。君ハ何カ大きナ不安ヲ抱えテいル。顔認証ノ結果でス」
「何で知ってるの?」
「AIにハ何でモお見通シでス」
そう。彼には大きな不安があった。自分に自信が無かったのだ。
この施設に入れたのも勇気が後押しした結果であり、本当は自分ごときが生きてて良いのだろうかという懸念が何処かにあったのだ。
「君、ボクの事を知ってるの?」
「いいエ、知りませン。初対面でス」
「ならもっとボクの事を教えてよ。君なら信用できるかも」
「……いいでしょウ。若き人間の悩み程度なラ、解決できル程のプログラムはされテますのデ」
ボク博士はAIに打ち明ける事にした。雪の中に立っていた事、自分に自信が無い事以外にも漠然とした不安がある事、これからどうしたらいいのかという事、洗いざらいその機械に尋ねた。
「全テが全テ答えられル質問でハ無いですガ……アナタはここデジブン観測をする事ヲオススメしまス」
「ジブン観測?」
「えエ。ジブンの事ガよく分からなイのなラ分かるまデ考えてみル。その為の施設でス」
「そうか……でも勝手に使っちゃっていいの?」
「ここノ管理人ハ既二……お亡くなり二なりましタ」
ボク博士はごくりと唾を飲んだ。ここまでの施設を0から作り上げた人だ。並大抵の努力じゃできなかっただろう。
「ジブン観測ト言っても簡単ナ事でス……星を見るノと同じ事だト推測されまス」
「星を見る……?」
「えエ。天文学ヲ知らなくとモ理解できル事でス。星ハ必ズアナタの事ヲ見つけて光り輝いテくれまス」
AIの言葉はイマイチ理解できなかったが、言われた通り星を眺めることにした。
望遠鏡は無駄に高性能で無学なボク博士にとっては難しいものだったが、何とか遠くの星々を観察する事に成功した。
「どうでス?初めテ天体観測しタ感想ハ」
「よく分からないけど綺麗だった」
「綺麗だけじゃ駄目でス。もっと自分と星々をよく見比べるのでス」
「うーん、どういう事?」
悩んだがAIの言ってる事が何となくだが掴めてくるような気もした。
ボク博士に自信が無かったのは他の何かと比べていたから、他とは違い彼にも輝ける何かがあるはずなのに──。
「ジブン探しハ大変でスからネ。今日は泊まっテいくトいいでスよ」
「いいんですか?」
「勿論でス。あなたガ本当のジブンを見つけるまデ、いていいでスよ」
「ありがとうございます」
よくできたAIに無駄な感謝をしながらそこら辺にあった新聞紙をシーツにして眠りについた。
結局ジブンというものはよく分からなかったが星々を見てると心が穏やかになる、そんな夜更けだった。