現実③(ミレーユ視点)
想像していたパーティーじゃないと気付いたのは、会場に入ってからだった。
ミレーユの友人達が楽しそうにしているのとは反対に、アルビオンの友人達が困ったようにしているのが目に入ったからだ。
祝いのシャンパンを片手に、誰も彼もが非常に困惑した顔をしている。
花嫁の変更は連絡していなかったとアルビオンに聞いた。それならば仕方ないと納得した。
けれど、彼側の出席者が余りにも少ないのが気になった。
こっそりと聞けば、どうやら昨日までにかなりのキャンセルが入ったらしい。貴族の友人は軒並み不参加だ。
ガッカリだった。
ミレーユの友人達はみんな貴族と知り合いになれると思ってドレスアップをしてきている。
それなのに、居るのは平民の友人ばかりだった。
しかも、城に勤めている高給取りの男性達は早々に帰ってしまった。
お蔭で友人達の愚痴が凄い。
「お貴族様と知り合いになれると思ってたのに……」
「ごめんなさい。どうやらルビーさんが邪魔したみたいで…」
そうで無ければ、もっと大勢やってきていた筈だった。
「やっぱりあの女嫌なやつよね!」
「大きな商会のお嬢さんだか何だか知らないけど一人だけ澄ました顔しちゃってさ。あの子だって私達と同じ庶民なのにっ」
「ホントホント!」
そんな愚痴を言いつつも、彼女達がルビーの兄達に媚を売っているのは知っている。
未婚の兄二人は、この界隈の女性陣の憧れの的だった。
けれど次男は外国を飛び回っていて余り王都にはおらず、三男は常にルビーを優先して女性には見向きもしない。
だからこそ彼女達の鬱憤の全てがルビーに向かっていた。
「でも、あの子もいい気味よね!ミレーユ、ホントによくやったわ!おめでとう!」
「ありがとう」
「それに、そのドレス本当に素敵ね」
「動く度にキラキラして綺麗だわ~~~」
「さすがはトラーノ商会よね~。こんな素敵なウェディングドレス、貴族だって着れないわよ」
「ミレーユは可愛いから本当に似合っているわ。お幸せに~」
口々にそう言って祝ってくれる友人達。
この綺麗なドレスに対する羨望が見え隠れしていて気分がいい。
彼女達が言うように、このドレスは貴族だって着られない逸品だ。
これだけでもアルビオンと結婚する事が出来て良かったと思う。
けれど、そう思えたのは新居に到着するまでだった。
「えっと、本当にここなの?」
「……ああ」
パーティーが終わり、慣習に沿ってやってきたのは郊外の小さな家だった。
ここまで来るのに馬車で一時間。
想像していたよりも遠い場所。まさかここまで遠いとは思わなかった。
それでも待ちに待った新居だ。
あの屋敷を借りられなかったのは残念だけれど、アルビオンと選んだ可愛い家具達が待っている新居に行くのは非常に楽しみだった。
「取り敢えず入ろう」
アルビオンの声に中へと入る。
最低限の掃除がされただけの古い家は、歩く度にギシギシと床が鳴った。
「古いおうちね…」
「すまない。今空いている屋敷はここしかなかったんだ。出来るだけ店に近い家を早々に見つけるよ」
「大丈夫よ。前にも言ったけど、貴方と居られればそれでいいから」
「ミレーユ…」
その言葉に嘘はなかった
けれど、部屋に入ってからも驚きは続いた。
「あの家具達は?」
猫足の可愛い家具やソファー。
少し高かったけど、可愛くて一目惚れした家具達の姿はどこにもなく、あるのは古ぼけた茶色のソファーと使い古されたテーブルだった。
魔具も最新の物を買ったはずなのに、あるのは数代前の型落ち品である中古ばかりだ。
「アルビオン…?」
「……父があれらの家具は返品して慰謝料に当てると言っていた」
「そんな…」
確かにルビーへの支払いは高額だと聞いた。
けれど、アルビオンの家ならそれくらい払えるのではないのだろうか?
「……それと、今回の件で君が働く店は閉鎖することになった」
「え……、ど、どうして?困るわ…っ!」
新しい店というのは、貴族向けのオーダーメイドドレスを作る服飾店のことだ。
トラーノ商会で作る新規ブランドとして、この結婚式を皮切りに大々的に貴族社会に売り込んで行く予定だった筈だ。
この店は、ミレーユだけじゃなく両親もテーラーとして働いていた。
特に父は店長を任されており、それはもう張り切って店を切り盛りしていたのだ。
「お父さんはどうなるの?!お母さんだって!」
「お二人には今まで同様に庶民向けの工房で腕を奮って貰うから安心して」
無職になる訳ではないと知って安心したが、どうして急に店を閉めることになったのか気になる。
「ねぇ、どうして急に店を畳むことになったの?」
「それは…」
言い辛そうなアルビオンに、ミレーユは直ぐに察する事が出来た。
「ルビーさん?もしかしてルビーさんが何かしたの?!」
「違う。ルビーじゃない……」
「じゃあ!」
「君だ…。君が原因なんだ…」
ルビーが本来着るはずだったウェディングドレス。
それをミレーユが着てしまった事が原因だった。
「貴族の令嬢には、一度袖を通したドレスは二度と着ないという方もいるそうだ」
「うそ…っ」
「庶民には信じられないことだけれどね、オーダーメイドのドレスを誰か別の人間が着るなんて有り得ないらしいんだよ……」
汚れているとかいないかなんて関係ないらしい。
人が一度着た物という事実が許せないのだそうだ。
「しかも今回はウェディングドレスだろ?あっという間に全ての予約がキャンセルされたよ」
「ご、ごめんなさい…ッ」
知らなかった。
そこまで貴族が拘るなんて本当に知らなかったのだ。
ただ、綺麗だから着たかっただけだ。
それに、どうせ彼女は着られなくなる。だったらミレーユが着ても問題ないと思ったのだ。
「既にこの事は知られていてどうにもならないんだ。残念だけど、店は閉めざるをえない」
店舗閉鎖に伴う費用は非常に高額で、用意した高級な生地や腕のいいお針子の給与など、お金は幾らあっても足りない状況だという。
「だからミレーユ、申し訳ないけどウェディングドレスは分解して売ることになった」
「ぶ、分解?」
「ああ…。そのままでは売れないから、虹色シルクで作ったレース部分と、ドレス本体のシルク部分に分ける」
「嫌よ!このドレスは私のよ!」
友達の誰もが羨望の眼差しで見つめていた、虹色に輝くウェディングドレス。
ミレーユが初めて本気で欲しいと願った品だ。
例え二度と着ない物だとしても、これだけはどうしても手放したくない。
けれど……
「その虹色シルク、幾らするか君は知っているかい?」
「確か凄く高いって……」
「あぁ。欲しくても手に入らないと言われている高級品だ」
ルビーの兄がわざわざ現地まで買い付けに行ったと聞いている。
そこまでしてプレゼントされたドレスを横取りしたのは申し訳ないと思う。
けれど、どうしてもこのドレスを着たかった。
一目このドレスを見た時から、着たくて着たくて仕方なかったのだ。
「虹色シルクのレースだけで一千万ギルだ」
「…え?」
「ドレスのメイン生地だけでも三百万ほどする」
「そ、そんなに……ッ」
飾り部分には真珠が縫い付けられているので、合計二千万ギルはすると言われた。
庶民一家族五人が、数年は遊んで暮らしていける金額だった。
「俺もそのドレスがそこまで高いとは思わなかったんだ。父さんにも確認したけど間違いないと言われたよ。寧ろ虹色シルクの値段としては安いとまで言われてしまった」
現地への渡航費は含まれていないからだろうというのが推測だった。
「ルビーへの慰謝料だけじゃなく、ダメになった服飾工房の費用を考えると……」
「アルビオン……」
「すまないミレーユ。俺は君にドレス一つ残してやれない甲斐性無しだ。本当にすまない…」
「ううん、私こそ我が侭を言ってごめんなさい。ドレスはお義父さんの言う通りにするわ」
ドレスを着るのに、自分がどれだけ分不相応だったのか分かった。
けれど、ずっと綺麗なドレスを着るのはミレーユの夢だったのだ。
ミレーユはルビーがずっと羨ましかった。
裕福な家の生まれというだけでなく、類まれな空間魔法を持っている彼女のことがずっと羨ましかった。
だから、彼女の婚約者であるアルビオンがミレーユに声を掛けてくれた時、本当に嬉しかった。
最初は彼女から彼を取るつもりなんてなかった。
結婚するまでの遊びで、思い出になればそれだけで良かった。
けれど、一度体を繋げてからは諦めることは出来なかった。
むしろどうして自分が諦めなくてはならないのか?
気付けばそう思うようになっていた。
「ただ、羨ましかっただけなの…」
アルビオンに案内されて入った新居は広くて素敵な家だった。工房に依頼されたウェディングドレスだって、今まで見たこともないような素敵なドレスで、アルビオンと結婚すれば全てが自分の物になると思った。
けれどそれがいかに幻であったかを思い知った。
ミレーユが憧れた物は、全てルビーのモノだったのだ。
手に入れたと思った瞬間、あっという間にミレーユの腕をすり抜けていった。
「でも、私には貴方がいればそれでいいわ…」
「ありがとうミレーユ…」
彼だけはルビーではなくミレーユを選んでくれた。
もうそれだけで十分だった。