夜会
本日は2話更新してます。こちらは2話目になります。
年の瀬も押し迫った頃、ついにニーズヘック討伐記念式典が開かれることになった。
会場は王城の大広間であり、今回はカンザナイト家の叙爵と年末の大夜会も兼ねられている。
「まとめて全部一気にしてしまおうという考えが透けて見えるわね」
「まぁ、そう言ってやるなルビー。あちらは準備も大変なんだし、こちらも他の行事に紛れていた方が楽で良い」
「そうね、父さん。ところでエル兄さんは?」
「アリューシャ様と挨拶回りをしているよ」
討伐式典に出るのはルビーとサフィリアだけであり、マイルスは報奨金だけで良いと辞退していた。
ルビー達も同じく辞退したかったが、トパーズの名誉騎士爵授与などがあるためそうもいかなかった。
また、父とダリヤは叙爵の件もあるため出席が必須であり、準男爵である祖父やアリューシャを初めてエスコートするエルグランドも夜会からは逃げられなかった。
「けど、思ったよりもあっさりと済んで良かったわ……」
「そうだな。正直、準備の方が大変だったな」
式典や叙爵式自体は、こちらが拍子抜けするほどあっさりと終了した。
読み上げられる功績や褒賞を聞いて頷くだけでいいのだ。楽なものである。
大変だったのは、式の進行や行事の礼儀作法を覚えることだった。決まった受け答えや流れがあり、カーテシーなどの姿勢も一から鍛え直す羽目になった。
それも今日でやっと終わると思うと感慨深いものがある。
しかし……
「も、申し訳ありません…、今日は足の調子が悪くダンスは……」
ようやく一息つけると思ったのも束の間、夜会が始まった途端、ルビーは引っ切り無しに訪れるダンスの申し込みを断るのに苦慮していた。断っても断っても次から次へと湧いて出てくるのだ。休む暇もない。
「すみません、婚約者を一人にする訳にはいかないので……」
少し離れた場所にいるサフィリアも同様に令嬢方に囲まれて困惑している。
婚約者がいると言ってもお構いなしで突撃してくる令嬢や令息に、飲食スペースに足を向けているというのに、遅々としてその距離が縮まらない。
助けを求めるように家族を見渡してもそれぞれが人に囲まれており、援軍は期待できそうにない状況である。
「やぁ、ルビー嬢。この間ぶりだの。本日は叙爵おめでとう」
「カーディナル様、ありがとうございます」
どうやって周りの男性陣を除けられるか考えあぐねていると、見知った顔が話しかけてくれた。
読書サロンの常連客でもあるカーディナル卿だ。本日はお孫さんではなく、息子である現侯爵と一緒である。
お蔭で周りを囲んでいた男性陣が一斉に距離を取る。助かった。
「ルビー嬢。こやつがわしの息子のマクベスじゃ」
「初めましてカーディナル侯爵様。ルビー・カンザナイトと申します」
「初めましてカンザナイト嬢。いつも父がお世話になっているね」
「こちらこそ読書サロンの件では大変お世話になっております」
「何を言うか。先ほど君の父上ともお話しさせて頂いたが、本屋の売上も上々で、うちは正直かなり儲けさせて貰っているよ」
「リュース様が色々と面白い本をご紹介して下さるからですわ」
本屋の責任者であるカーディナル卿の孫リュースは、面白い新作を見つけてくる天才だった。
自費出版の本まで取り寄せるほどで、気に入った作品は彼が出版社に売り込んで本にまでしている。
お蔭で読書サロンでは逸早く新作が読めると評判だし、彼は彼で自費出版の中でどれが人気があるのかサロンで調査が出来るとして、お互いに良い共存関係が成り立っていた。
「父も毎日サロンにお邪魔しているし、正直たまには家でジッとしていて欲しいくらいだ」
「何をいうか。お前も一度来てみれば分かる。本に囲まれてゆっくりと茶が飲めるし、同好の士と語り合えるのだぞ?家でジッとなどしていられるか」
「元気なことは結構ですが、カンザナイト嬢に迷惑を掛けないでくれよ父さん」
「迷惑なんてとんでもない。カーディナル卿は博識で、お薦めして下さる本も面白いと御婦人方にも人気なんですよ」
実際、彼は幼児向けの本から専門書まで、幅広い分野に精通しているのだ。
特にご年配の御婦人方には人気で、いつもお上品な方々とお茶を飲まれている。
ちなみにほぼ毎日サロンにいらっしゃっているので、読書サロンの主と影で呼ばれて居たりするのだが、それは本人には内緒だ。
「それに、毎日入り浸っているのはわしだけではない。奴だって毎日昼休憩のたびに来ておるぞ」
そう言ってカーディナル卿が指した先に、ちょうどこちらへやってくるステフィアーノの姿が見えた。
彼は王立図書館に勤めているが、昼休憩には毎日昼食を摂りに来ている。
「こんばんは、カーディナル侯爵殿。そしてカンザナイト、叙爵とニーズヘック討伐をお祝い申し上げる」
「ステフィアーノ様、ありがとうございます」
カーディナル家の二人だけでなくステフィアーノが加わったことで、周りを囲んでいた令息達は更に姿を消した。侯爵家の威光様々だ。
「ステフィアーノ殿、ご無沙汰しているね。今日は父上もご一緒かい?」
「はい。あちらで母と挨拶回りを」
「では、私も挨拶に向かわせて頂くとしよう」
そう言ってカーディナル侯爵は颯爽と人の中へと戻って行った。
「あやつがもうちょっと本好きであればな…」
現カーディナル侯爵は体を動かす方がお好きらしく、本は必要な物以外は余り読まれないらしい。
そのせいでカーディナル卿は古本市を開催して本を処分する事にしたそうだ。ちなみに孫であるリュースは新しい物好きで古文書には興味がない。
「そう言えば、お二人は今日もサロンに来られていたそうですね」
「女性と違って男は大した身支度もないからな」
「そうじゃ。年寄りが着飾ってもしれとる」
大夜会前だというのに、二人は今日もサロンに顔を出していたらしい。たまたまカンザナイト商会へお使いにやってきたセシルが呆れた様子で教えてくれた。
「ところでお前さん、随分とモテモテじゃったのぉ」
「あはは……」
その件に関してはもう笑うしかない。
自分で言うのも何だが、人生最大にモテている気がする。
「踊らんのか?」
「………マナーを覚えるのが精一杯でダンスにまで手が回りませんでした」
正直に白状すれば、まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかったカーディナル卿が目を剥く。
「平民は習わんもんなのか?」
「……夜会なんて行きませんので、精々祭りで踊るくらいです。それだって簡単な民族舞踊で決まった型などありません。好きなように踊るだけですよ」
「なるほどのぉ…。つまり、よく騎士物語や恋愛物にある『平民の少女を夜会に誘い、綺麗なドレスに感動する少女と優雅に踊る』は成り立たない訳か?」
「数週間前から夜会に誘われていたなら練習する事は可能でしょうが、そんな付け焼刃では優雅に踊る事は無理ですね」
「お主の家の叙爵は数ヶ月前から決まっておっただろう?」
「………結婚してカンザナイトの姓を外れる予定だったので……」
遠い目をして呟くと、カーディナル卿が一気に顔色を悪くする。
「す、すまぬな…、無神経じゃった……」
「いえいえ、お気遣いなく。今はもう、彼と結婚しなくて良かったと思っていますし、それに………」
「聞いたぞ?サフィリアと婚約したらしいな。おめでとう」
「ありがとうございます。色々とありましたが、先日正式に婚約致しました」
お蔭で求婚の申し込みが一気に減ったと聞いていたので、まさか今日こんなにダンスに誘われるとは思ってもみなかったのだ。
「それにしても、まさかここまで貴族の皆様がダンス好きだとは思いもしませんでした」
「みんな噂のカンザナイト令嬢と踊りたかっただけだろうて」
「そうなんですか?」
「こういうのは記念じゃからな。のう、ステフ?」
意味深な笑みを浮かべるカーディナル卿に対して苦笑するステフィアーノ。
どうやらステフィアーノはダンスを誘いに来てくれたようだ。
しかし残念ながら、今のルビーには彼の足を踏む未来しか見えないので丁寧にお断りする。
「知ってますか、ステフ様?運動神経とダンスの技量は関係ないんですよ?」
「………なるほど、要するにカンザナイトは音感がないと?」
ステフィアーノの言葉に小さく視線を逸らす。
すると、この世で一番ルビーに足を踏まれている男サフィリアが、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「こんばんは、カーディナル卿、マルチスタ殿」
ようやく女性陣の囲いを突破出来たらしいサフィリアが疲れた顔で合流した。
さりげなくルビーの横を陣取って二人と挨拶を交わす。
「おぉ、サフィリア。叙爵おめでとう。それと婚約もな」
「ありがとうございます」
「随分とヨレヨレじゃのぉ。まぁニーズヘック討伐の英雄じゃ仕方ないかの」
「俺やルビーは助勢しただけにすぎません。討伐の指揮はあくまでもエメラルド殿下ですよ」
「その殿下も凄い人気じゃの」
この夜会でエメラルド殿下とステラ王女との破談が正式に発表された。
つまり、王族の中で唯一の未婚、婚約者なしが発生したのである。
その瞬間、婚約者のいない女性陣とその親の目が一斉に変わった気がした。絶対に会場の温度が数度上がったと思う。
獲物を狙う狩人と化した令嬢達。そしてそんな彼女達から逃げる殿下の図が夜会に出来上がったのが数刻前のこと。
そんな殿下は、狩人達から逃れるために、今日はひたすら側近や公爵家の方々と話している。女性が近付くとさりげなく離れる技は流石で、ダリヤがしきりに感心していた。
ちなみに、ニーズヘック討伐の話が大きくて霞みがちだが、婚約破棄の件はその後かなり揉めたと聞いている。鉱山を捥ぎ取ったことで、向こうがかなりごねたという事だ。だったら始めから不慣れな第三王子ではなく敏腕外交官を寄越せと言いたいが、話し合いの末、第三王子の所有していた鉱山は貰わず、港町の関税を引き下げることで手を打ったそうだ。
これ以上欲をかくと戦争になりかねないのは双方が分かっている為、これでこの件は手打ちになったという事である。
そして件のステラ王女だが、生涯修道院での幽閉が決まった。彼女の母である側室も一緒だ。表向きは生涯幽閉となっているが、恐らく数年後には病死と発表されるだろうという話だった。
そこまでするのかと戦々恐々となったが、もし戦争になっていた場合、何万という命が失われた可能性がある。斬首刑じゃなかっただけでも僥倖だと言われた。
そして第三王子に関しては辺境の伯爵家に婿入りが決まっているとか。
色々あったが、これで一件落着したと思いたい。
「ところでサフィリア。おぬし、騎士爵を断ったというのは本当かの?」
「はい。身に余る光栄ではありますが、俺は行商人として各地を回って行きたいと思いますので…」
「叙爵すると、余り長い間国外へは出られんからの…」
来年からエルグランドの代わりに外国回りの仕入れを担当するサフィリアにとって、爵位は重荷でしかなかった。
父達とも話し合い、サフィリアはそのまま平民として商会の為に尽力する事になった。
当然、ルビーもそんな彼に寄り添うつもりだ。
「外国で面白い本に出合ったら頼むぞい。サロンの本も定期的に入れ替えんと面白くないしの」
「カーディナル卿はすっかり読書サロンの虜ですね」
「ルビー嬢が悪いんじゃぞ?」
「まぁ、酷いですね」
「もっと早くに出来ておったらなぁ~~~」
「無茶を言わないで下さい」
そうやって笑い合っていると、次々と読書サロンの常連客が挨拶にやってきた。
共通の話題があるお蔭で楽しく話が出来るし、サロンへの要望なども聞けて有意義な時間だ。
このままさり気なく飲食スペースに移動するぞ!と意気込んだ瞬間、今度はベルトラン殿下とアリステラが現れた。
一斉に頭を下げる周りの貴族に倣い、ルビーとサフィリアも臣下の礼を取る。
「頭を上げてくれ。少しサフィリアとカンザナイト嬢を借りてもいいかな?私とアリスはカンザナイト嬢と同級生なんだ」
「殿下、私は無視ですか?」
「ステフィアーノ、お前こんなところに居たのか?」
元同級生のよしみで気安く話し始めた二人を切っ掛けに、今度は学院時代の級友達が次々と祝いに近寄ってきた。
心からの祝辞を貰い、ルビーは婚約者としてサフィリアを紹介する。
大半はルビーの婚約破棄の一件を知っているおかげか、一部を除いてみんな喜んでくれた。
「あ~、あいつらは気にするな。独り身の連中だ」
婚約者のいない男性陣にとっては辛い話題だったらしく、申し訳ない事をした。
それでも、今度ロイド主催の集団御見合いをするそうなので、健闘を祈ることにしよう。
「というか、ロイドは一体何に手を出してるの?」
魔具技師として王城に勤めているくせに、どこにでも出没する男、それがロイド・タングスタンだ。
彼の人脈と情報は侮れないと思っていたが、見合いの斡旋までしているとは思わなかった。
「カンザナイトからもロイドに俺の側近になるよう言ってくれないか?」
「ベル様のですか?」
「ああいう柔軟な側近が欲しいんだが、面倒だと言って断られてるんだ」
「だったらエミーリャにお願いした方がいいですよ」
「なるほど。ソルベット嬢から攻略すればいいのか……」
もしかしていらない情報を渡してしまったかと思ったが、殿下が言うようにロイドの才能を魔具技師として埋もれさせるのは勿体ない。それに、彼は本当に嫌なことはやらないので大丈夫だろう。
「ところで、結婚式の日取りはもう決まったのか?」
「いえ、さすがにまだ婚約を破棄してから一年経っていませんので……」
前回台無しになった分、サフィリアも家族もちゃんと式を挙げようと言ってくれたので、二人で相談しながらゆっくり進めていきたいと思っている。
「兄とアリューシャ様の結婚も決まっていますので、私達はそちらが落ち着いてからの予定です」
「そう言えば、ベルクルト卿が張り切っていると聞いたな。アリューシャ嬢の気が変わらない内にと思っているのだろう」
今日もエルグランドは『婿殿!婿殿!』とそれはもう嬉しそうなベルクルト卿に連れ回されていた。未来の義父との関係が良好で結構なことである。
「しかしカンザナイトが貴族令嬢というのは、かなり違和感があるな」
「……叙爵したとはいえ、生まれも育ちも平民ですしね。それにサフィと結婚すればまた平民です。それまで、少しだけ貴族令嬢を満喫しますよ」
「おっ、だったらダンスでもするか?」
「それは勘弁して下さい」
即座に断った瞬間、級友達からドッと笑いが漏れた。
特に女生徒達はルビーのダンスの腕前を知っているから尚更だ。
「ルビーったら、練習しなかったの?」
「勘弁して下さいアリステラ様。ルビーが上達する前に、俺の足が穴だらけになります」
「サフィリア様の愛を以てしてもダメですの?残念パーティーでは踊っていたじゃない」
「あれは庶民の踊りで決まった型がないので大丈夫なんですが……」
社交ダンスになると、一気に足がカクカクして優雅さの欠片もなくなるのだ。
ルビー本人もどうしたらああなるのか分からない。
ちなみに、兄のダリヤにも同じ現象が起きている。妻のローズが、百年の恋も一気に冷めるレベルで酷いと言っていたので、兄は人前で踊らないように周りから言われている。
あの顔でカクカクダンスを披露すればそれはそれで面白いと思うのだが、ダリヤ会を敵に回さない為にも何もしないのが一番平和だった。
ちなみに兄は本日仮面をつけて参加している。王族からの厳命である。
「ところでルビー。わたくし読書サロンに寄贈したい本が……」
アリステラがそう切り出した時、不意に会場の隅で騒ぎが起きた。
視線を向けると、男女が何かを言い合っている声が聞こえてくる。しかも興奮しているのか、その声は徐々に大きさを増していた。
そのせいで、気付けば会場中の視線がそちらへ向けられている。
「祝賀会で騒ぎを起こすとは……」
眉を寄せたベルトラン殿下がそう苦言を呈した瞬間、騒ぎの中心で一際大きな声が辺りに響いた。
「ミーシャ・クラルヴァイン!お前という女にはホトホト愛想が尽きた!今日この時を以て、私ロベルト・ボルツマンはお前との婚約を破棄する!」
姿が見えないと思っていた級友のうちの二人。
その名前を聞いて、ルビー達は一斉にポカンと口を開けた。