現実②(アルビオン視点)
そこから結婚式までの二日間、アルビオンはミレーユと共に式の準備に追われていた。
今までルビーと行っていた当日の打ち合わせだけでも一日が潰れるほどだ。式の手順など、ミレーユは覚えることが沢山あると大変そうだったが、ようやく誰に気兼ねもせずに会えるのが嬉しかった。
「友達みんなが来てくれるっていうの。楽しみだわ~」
「そうか、良かったな」
父との話し合いの結果、アルビオンの招待客には当日知らせる予定になっていた。時間がないというのが一番の理由だが、新郎が変更になる訳ではないのでそれで十分だと結論付けた。
パーティーの準備や支払いは父と弟が奔走しているらしい。アルビオンが話に入ると嫌な顔をするので、申し訳ないが全て任せすることにした。
「お義母さんの様子はどう?」
「寝込んだままだ……」
唯一の気がかりは母のことだった。
アルビオンがルビーとの結婚を止めると知った時からずっと寝込んでいる。
どうにか結婚式までには元気になって貰いたいが、父からは期待するなと釘を刺されていた。
どうやら今回の騒動で手放すことになった土地には母の生家も含まれているらしく、それも弱った母に追い討ちを掛けているようだ。
「そう言えば、新居はアルビオンのおうちで用意してくれたのよね?」
「ああ。急だったから郊外の家しか用意出来なかった。すまない」
「ううん、二人で居られるだけで幸せだからいいの」
「ありがとうミレーユ」
これがルビーだったら散々文句を言われたに違いない。
そう思うと、やっぱりミレーユを選んで正解だった。
「体調は大丈夫か?式はずっと立ちっぱなしだから、辛かったら直ぐに言うんだぞ」
「むしろ今までより体調がいいくらいだから安心して。それより明日だけど、王子殿下も来てくれるのよね?」
「え?」
「友達がね、生の王子様を見られるって楽しみにしてるの!」
「あ、いや、その……。多分、無理じゃないかな……」
「そうなの?」
「殿下はその…、婚約者の方と来る予定だったんだけど……」
「婚約者ってモンテカルロ公爵令嬢でしょ!」
庶民派の二人はお忍びで城下にもよく遊びに来ていた。そのせいか、綺麗でお似合いの二人は庶民から、特に女子からは絶大な人気があった。
「お二人の絵姿を見たことあるけど素敵だったわ~。明日はどんな装いなのかしら?」
平民の結婚式に王族が来る。
それだけでもアルビオンとルビーの結婚式は注目の的だった。
だが、彼らはルビー側の招待客だ。
父も言っていたが、二人が来ることはないだろう。
「モンテカルロ嬢はルビーと仲がいいんだ…」
「じゃあ…」
「多分、来ないと思う…」
アルビオンの声に、ミレーユが黙り込む。
平民が生の王族に会えるなんて一生のうちであるかないかだ。
凄く楽しみにしていたのだろう。申し訳ない。
「えっと…、王子様は忙しいから仕方ないよ、うん…」
「ゴメンな、ミレーユ」
「どうしてアルビオンが謝るの?勝手に期待していたのは私なんだもん。それに、友人達が沢山来てくれるの。それだけで十分よ」
「そうだな。明日が本当に楽しみだ」
明日になれば、誰に文句を言われることなくミレーユと一緒に居られる。
ルビーのことを知っている人間には色々言われるだろうが関係ない。
アルビオンが愛しているのはミレーユだけ。
それさえあれば、アルビオンには十分だ。
そう思っていた。
けれど…………
「それじゃあ申し訳ないが失礼させて貰うな。お二人共、末永くお幸せに」
そう口にしながら、学院時代の友人達が一人、また一人と会場を後にしていく。
気が付けば、会場に居るのはアルビオンの親戚とミレーユの関係者ばかりになっていた。
楽しそうなミレーユの親戚達とは違い、アルビオンの親戚は父と弟に苦情にも似た愚痴を延々と吐き続けている。
「カンザナイト家と懇意になれると思ってたのに…ッ」
「……新規事業にかなりの金を掛けたんだろ?どうするんだ?」
コソコソと父に詰め寄る親戚達。
今回の件でかなりの額を親戚に借りたらしい。
その割には会場の食事が貧相で、友人達が困ったような顔をしていた。
父達がまさかここまで費用を削るとは思いもしなかったのだ。
知っていれば止めたのに、そう思っても後の祭りで、友人達が会場を出て行くのは早かった。
「アルビオンさん、えっと…、王子様はいつ来られるんですか?」
ミレーユの友人の一人が、不意にそう尋ねてきた。
出会いを求めに来ていた彼女達だったが、アルビオンの友人達が早々に出て行ったため、かなり暇を持て余しているらしい。
「申し訳ないけど、お忙しいみたいで今日は来られないんだ。ミレーユから聞いてないかな?」
「え~、来ないんですか?!うそ~、残念……」
「すまないね」
「じゃあ、他の貴族のご友人達は?」
「先ほど帰ってしまったよ…」
みんな城に勤める平民の仕官ばかりだが、彼女達に違いは分からないだろう。
「嘘~。もっと早く声を掛ければ良かった!」
そう言って肩を落としながら離れていく女性を、アルビオンはため息交じりに見送る。
貴族の友人達は結局一人も来てくれなかった。
昨日までに全員から欠席の連絡が来たのだ。どうやらルビーの招待客から事情が回ったらしい。
お蔭でルビーと接点のないクラスメイトにすら断られてしまった。
ルビーは関係ないのに何故か分からない。
彼らはみなアルビオンの友人でルビーの友人ではないはずだ。
それなのに、どうして来てくれないのだろう。
その上、学院時代の平民の友人達も早々に帰ってしまった。仕事が立て込んでいると言っていたが、多分嘘だろう。
「どうして……」
アルビオンたちは友達ではなかったのか?
学院では切磋琢磨した仲じゃないか?
ルビーは関係ないだろ?
言いたいけど言えなかった。
言えば、聞きたくない言葉が返ってきそうで怖かったのだ。
「俺はただ、ミレーユと結婚したかっただけなのに…」
半年以上前から予約が必要な大聖堂での挙式。
そして、大勢の友人達に囲まれながら祝われるパーティー。
どれも今日叶えられるはずだったのに、どうして今この会場はこんなにもガランとしているんだろう。
どうしてみんな貼り付けたような儀礼的な祝いの言葉しかくれないんだろう。
どうして……?
……いや、分かっている。
自分が不誠実なことをしたというのは分かっている。
けれど、それでもアルビオンは心のどこかで友人達なら祝ってくれると思っていた。
でも現実は、どこまでも甘くはなかった。