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サロンの準備





 初の会合から二週間、読書サロンの計画は順調に進んでいた。

 既に内装や家具は全て揃い、後は主役となる本達を並べていくだけだ。

「えっと、児童書や童話関係は一階のカフェ書棚の近くよね」

「人気の騎士物や恋愛物もそっちだよ」

「サフィ、二階は男性陣に任せるわね」

 サロンの一階は二つの大きなスペースに分けられ、扉を入って直ぐの場所を飲食が出来るカフェ仕様にしている。これは、本の内容について語りたい方や休憩を兼ねて来られる方用だ。中庭や裏庭にも同様にテーブルを設置している。

 対して一階の奥は私語厳禁な読書サロン。飲み物の持ち込みは大丈夫だが、静かに本を読みたい人向けのサロンである。

 そして男性陣の肝いりで決まった二階は全てが個室になっていた。更にそれぞれの奥には、女人禁制の読書サロンと男子禁制の読書サロンが左右対称に設置されている。

 また、裏庭を挟んだ屋敷は既に買い取ってあり、現在はそちらも改装中だ。こちらも一階はそのままカフェとし、二階では本屋を営む予定である。サロンで読んで気に入った作品を買えるようにするためだ。

「そうそうセシルさん。二階の女人禁制部屋は従業員も立ち入り禁止だから」

「掃除とかしなくていいんですか?」

「それは男性従業員にお願いする予定だからいいよ」

「………分かりました」

 サフィリアの言葉に、セシルが何かを察したように黙り込む。

 ルビーも言いたい事はよく分かった。

「いいの、ルビーさん?」

「こればかりはね………」

 女性に見られたくない本と言えば、それはもう決まっている。

 ちなみにこれはたまたま話を聞きつけたロイドからの提案だった。

『そりゃあ、カンザナイト家の皆さんは魔空間庫持ちだからいいけど、普通の男は隠すの大変なんだって。それにさ、折角買っても好みじゃない場合ってあるじゃん?でも事前に中を確認出来たら失敗もないし、個室で読めるとか最高じゃん!』

 女性陣が居ても気にしないロイドの発言で、場の空気が一気に凍った。

 しかし、その後の男性陣の熱の入れようは呆れるほどで、カーディナル卿でさえも大賛成だったのだ。

「ねぇ、じゃあ男子禁制の部屋にはもしかして女性向けの物が?」

 妙に期待しているセシルには悪いが、そちらの部屋は義姉二人の管轄だ。

 ダリヤの妻ローズとエルグランドと結婚予定のアリューシャ。

 この二人が組んでやる事と言えばダリヤの事以外にない。

「あっちの部屋は観賞サロンに近いと思うわ」

「観賞サロン?」

「兄のね、姿絵を飾ってるのよ……」

「ダ、ダリヤ様の……」

 秘蔵の姿絵も鑑賞出来るようにしてある。おかげで、一日中部屋から出て来ない御仁が現れるかもしれないと戦々恐々としている。

「姿絵は一般には出回ってないし、お金を払ってでも見たい気持ちも分かるわ……」

 断言したセシルは、先日初めてダリヤに会った際、物の見事に固まった。

『ベル様以上の人なんて居ないと思ってたけど……』

 セシルの中でベルトランがどのような位置付けだったのかは分からないが、日毎に下降しているのは確かだった。無関係なルビーだが、妙に申し訳ない気持ちになってくる。

「ねぇねぇ、ダリヤ様の姿絵の画集とかは販売しないの?」

「う~ん、そういうの兄さんは嫌いなのよね。それに、ダリヤ会の方々が中々に煩くてね、下手な印刷物なんて出せないのよ」

 昔に比べれば印刷技術は格段に上がっているが、白黒と違って姿絵は微妙な色合いを出すのが中々に難しい。

 お蔭で『こんな印刷物でダリヤ様の麗しいお姿が表現出来ると思って?!』という具合にダリヤ会のお姉様方が非常に煩いのだ。彼女達は姿絵でさえ決まった絵師にしか頼まない徹底ぶりなので仕方ない。

「画集だったら私でも手に入るかと思ったのに残念だわ。知り合いの印刷所のおじさんが綺麗な色合いを出せるようになったって言ってたから、印刷技術も大分進歩してると思ったけど、貴族様から見ればまだまだなのね……」

 言いながら、セシルはその印刷所で貰ったという試し刷りの絵葉書を見せてくれた。

「あら、凄く綺麗ね!」

「でしょ?実は、カンザナイトの読書サロンで働くって話をしたら、宣伝のチラシやポスターの印刷を薦めておいてくれって言われてね。貰っちゃったわ」

 ちゃっかりしているセシルに苦笑するものの、確かに彼女が持っている葉書には綺麗な印刷が施されている。年始の挨拶向けに作られた物で、特に黄色と緑が鮮やかな発色をしていた。

「セシルさん、宜しかったらそれ、じっくり見せて下さらない?」

 不意に聞こえた声に顔を上げると、義姉のローズが興味深そうな視線で絵葉書を見ている。

「お義姉様、カフェの準備はもう宜しいのですか?」

「ええ。後はアイラさんにお任せしてきたわ」

 アイラとはマイルスの奥さんで、カフェの切り盛りは彼女に一任予定だ。軽食や飲み物など、飲食関係は彼女の管轄になる。

「そちらの葉書はどちらで?」

「近所のリストル印刷所で頂いたんです。綺麗じゃないですか?」

 細々と家族で営んでいる印刷所らしく、絵本の印刷を機に、色味の再現に力を入れているそうだ。

「もし気に入ったのなら、ご紹介させて頂きますよ」

「お願いしようかしら」

「はい!」

 こうしてローズ自ら工房を訪れた結果、二週間後にはカンザナイト商会の店頭に色鮮やかな絵葉書やメッセージカードが並ぶ事となる。

 その後はカレンダーなども発注したらしく、印刷所を紹介したセシルはかなりの謝礼を頂いてご機嫌だった。

 そして更にその二ヶ月後、満を持して発売されたのがダリヤ会監修の『ダリヤ・カンザナイト美麗集』だった。

「に、兄さん……っ?!」

「ローズの…、ローズのおねだりを断れなかったんだ……」

 千冊だけ作られたそれは、庶民の稼ぎ一ヶ月分という高額な値段だったにも係わらず、飛ぶように売れたそうだ。

 ちなみにセシルは印刷所紹介の立役者として一冊貰ったそうで、将来お金に困ったら売ると言っている。

 その後高額な希少価格の付けられたそれは読書サロンにおいての目玉にもなり、男子禁制部屋の利用に大いに貢献する事となる。

 なお、この件をダリヤに話すことは家族間でも禁止となっており、そっと無かった事にされているのだ。



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