真実の愛さん一号
読書サロンの会合前、ルビーはセシル・フラビットと会うことにした。
魔術学院時代は出来るだけ係わらないようにしていた為、実はまともに会話するのは今日が初めてである。
正直、ベルトラン殿下のことを知っているので彼女は地雷でしかなく、採用を取り止めたいとさえ思っている。
しかし父は、面接での受け答えも問題なく、計算も速いので勿体無いと言う。おまけに美人だから接客に向いていると断言した。
殿下を虜にしたほどの美人なのは分かっているし、父の人を見る目も信用しているが、何分今までの印象が良くない。
しかしながら、一度も話したことのない人物を噂だけで不採用にするのもどうかと思い、ルビーは一度彼女と話をしてみる事にした。
「初めましてフラビットさん」
「セシル・フラビットです、宜しくお願いします」
質素なワンピースに身を包んだセシルは、約束の時間に遅れることなくやってきた。
学院時代に見た時よりも遥かに落ち着いた様子で、確かに父の言う通りだと感心する。
「えっと、今日来て貰ったのは少し貴女と話をしたいと思ったからなの」
「……やっぱり不採用ですか?」
少しだけ言葉を濁すルビーとは反対に、セシルはどこか諦めたような顔でルビーを見つめた。
「その顔、学院での私の評判を知ってらっしゃるんですよね?」
「あぁ、まぁ、その……、殿下とは同じクラスだったので……」
苦笑しながらルビーが答えると、セシルは目に見えてガッカリした様子で肩を落とす。
「カンザナイト商会なら貴族の息は掛かってないと思ったのに……」
「いや~~、むしろ殿下とは懇意にさせて頂いてます…」
「うわぁ……」
事情を聞けば、今までかなりの数の商会に面接に行ったが、その殆どが不採用の上、やっと採用されても数日後取消しにされる事が続いたそうだ。
理由は全て学院での悪行が原因だった。
「自分でもやっちゃったのは分かってんのよぉ~~~~、でもここまで引き摺るなんて誰が想像したのよぉ~~~~!!!」
絶叫しながら、ダンダンと机を叩くセシル。
どうやら学院をやめてから色々あったようで、随分参っている様子だ。
相も変わらず美人だったが、以前より砕けた口調で話す彼女はどこからどう見ても貴族には見えなかった。
「あの糞親父が、誰でもいいから高位の貴族を捕まえろって言うから頑張ったのにっ」
「いや、さすがに殿下は高位過ぎるでしょうが」
「だけどあの人が一番ちょろかったのよ!」
「……殿下……」
さすがは元ノータリン王子。
箱入り過ぎたんだろうなぁと、思わず生ぬるい表情を浮かべてしまう。
「あの~、ところで尻軽さん……」
「誰が尻軽よ!セシルよ!」
「ご、ごめんなさい、つい学院時代のあだ名を……」
「それよ!そのあだ名何なのよ!時々言われるのよ、それ!」
「その…、Aクラスでのあだ名というか……、ホント、ゴメンね…」
多分、名づけ親はルビー達平民三人だ。
今となっては申し訳ないが、当時は同じ平民というだけで色眼鏡で見られて多大な迷惑を被ったのだ。
「それでセシルさん…、えっと、学院をやめた後は何を?」
「母と一緒に家を追い出されたわ」
「え?」
「あの男、ホント腹が立つ…っ!」
養子になれば良い暮らしが出来ると思ったし、体の弱い母の薬代を融通してくれるというので男爵家の世話になることにしたそうである。
しかし金を惜しんでろくなマナー教師を付けられなかったどころか、高位貴族を引っかけろとしか言わない男爵には辟易したらしい。
「結局男爵家は追い出されたし、学院を退学になってからは散々よ。大体、いきなり学院に放り込まれて貴族の中に混じれる訳ないじゃないのよ」
引き取られたのも入学の直前というから驚いた。一年前というのは虚偽だったらしい。
母親が没落した貴族の出身で、読み書きや計算がある程度出来たお蔭で何とか入学は出来たものの、貴族社会には全く馴染めなかったそうだ。
「男爵の庶子だと聞いてたんだけど、それも違ったの?」
「一応血縁関係はあるわ。糞男爵の弟が実父にあたるわね」
実父と母親は駆け落ちらしく、セシルが二歳の時に父親は亡くなっているそうだ。
その後は母親と細々と暮らしていたそうだが、たまたま弟に似た容姿の娘がいると聞いた男爵が探した結果、セシルに行き着いたようである。
「私はまぁ、顔だけはいいのよ。だからそこに目を付けられたってわけよ」
自分で言うように、確かに彼女は可愛らしい顔をしている。その上体型もメリハリのある女性らしいものだ。
しかし高貴貴族への縁結びを目当てに引き取られたが、結果は散々。
二組の婚約を解消させて慰謝料を請求されてしまい、学院は退学させられたそうだ。
「学院を退学になった後、娼館に売られそうになったのよ。けどまぁ、義兄が逃がしてくれたわ。と言ってもほぼ無一文だったけどね!」
それでも何とか昔の伝手を頼って仕事を見つけて今に至るそうである。
だが生活に余裕は無く、母の薬代も中々捻出出来ないため、何とか給料の良い商家の仕事を探しているのだが、学院時代の悪行のせいでそれも上手くいかない。
「……で、やっぱり雇って貰えないの?」
上目遣いでお願いされ、思わず同性なのにときめいてしまった。
ダリヤとは違う意味で魔性かもしれない。
「マナーや計算は本当に大丈夫なの?」
「計算は昔から速いの。マナーは一般庶民に比べればマシだと思うわ」
媚を売るために学院では色々とやったが、基本のマナーは母親から教わっているそうである。
「なるほど……」
確かに父が言うように彼女は接客業に向いている。
殿下や貴族の子息を引っ掛けた話術は彼女が持っている天性のものだろう。
マナーも最低限は理解しているそうなので、追々勉強して深めていけば問題なさそうだった。
「恋愛事の揉め事が起これば解雇。この条件で良ければ雇うわ」
「本当?!もちろんそれで大丈夫よ!もう恋愛の真似事は沢山!私は仕事に生きるんだから!」
生き生きとした表情でそう語るセシルの顔は、初めて見る楽しそうなものだった。
彼女は彼女なりに学院では無理をしていたのだろう。
「ところでお母様は大丈夫なの?薬がないとまずいんでしょ?」
「………一応安静にしていれば問題ないわ。それに、隣国で特効薬が開発されたと聞いたから、今は入ってくるのを待ってるところなの。けど、薬もタダじゃないでしょ。だから先立つ物を稼がないとね」
「分かったわ。じゃあ、これから宜しくねセシルさん」
「ありがとうルビーさん!」
こうしてベルトラン殿下の元真実の愛ちゃんことセシルと一緒に仕事をする事となった。
だが、当然すんなりと行くわけもなく……
「き、君は確か殿下の……、真実の愛さん一号?」
会合に訪れたステフィアーノがセシルを見て驚くのも当然だった。
「セシル・フラビットよ!あんたらAクラス連中の私の認識はどうなってんのよ!!!!」
「す、すまん……」
「大体、一号って何?!ベル様、もしかして私の後にも誰かに引っかかったの?!」
「……いや、二号は私の元婚約者だ」
「あっ、ちなみに私の元婚約者のお相手が三号だから」
「誰もそんな事聞いてないわよ!」
学院時代では考えられないような大声で突っ込みを叫ぶセシル。
真実の愛と聞いて怯えた表情を見せるカーディナル卿に、困惑するお孫さん。
サフィリアと新しく入るもう一人の新人従業員は我関せずの態度を貫き、マイルス夫妻はお茶を無心で注いでいる。
端から見れば混沌を極める会合だったが、こうして初めての顔合わせはセシルの絶叫から始まったのだ。
いつも誤字報告ありがとうございます!
前回、何故か誤字を直して更に誤字を作るというアホなことをしてしまいました…
すみません…。




