忘れた頃にやってくる
非常に気疲れした一日だったが、無事にトパーズの葬儀は終了した。急遽葬儀の祭司をクローディア聖下が務めた以外は順調に進んだとは思う。
そうしてトパーズは平民としては異例の中、多くの弔問客に惜しまれながら旅立った。
埋葬はカンザナイト家の家族だけで行い、無事に叔母の隣へと埋葬された時は感無量だった。
泣くまいと思っていたのに、気付けば家族全員が静かに涙を流していた程だ。
その後屋敷へと戻ってきた時は、全員が居間に集まってソファーへと沈み込むほどに疲れ切っていた。
「もうこれでわしの心残りもなくなった……」
静かにブランデーのグラスを傾けながら、長年懸念だった願いが叶い、祖父は一人全てが終わったような雰囲気を醸し出している。
だが、その魂胆は見え見えだ。
「おじいちゃん、逃げる気だろうけど、ちゃんと叙爵まで王都に居てよ?」
「………バレたか…」
面倒な叙爵式典に参列したくない祖父は、どうやら葬儀が終われば隠居している隣町へ帰るつもりだったようだ。
だが、祖父はこう見えても一応準男爵だ。一族唯一の爵位持ちとして式典に来て貰わなければ困る。
「父さん、叙爵式典ではトパーズの名誉叙爵も一緒だから、頼むから帰るのは止めてくれ」
「分かっとるわい」
帰国後の調査の結果、トパーズがニーズヘックの最初の一体を討伐したのは間違いないと断定された。
方法は大量の油を使った水蒸気爆発だと推測されている。火を点けた油の樽をニーズヘックに飲み込ませたようだ。腹の中で炎が消えないよう樽に空間遮断魔法を使ったのではないかという調査結果が出た。
あくまでも推測のため、実際どのようにトパーズがニーズヘックに樽を飲み込ませたのかは不明だが、祖父と父には心当たりがあるようだった。どうやらトパーズは特殊な空間魔法の使い手だったらしい。だが、二人はそれを公にするつもりはないようだ。
しかし詳細が不明とはいえ、ニーズヘックの遺骨から腹の内部で爆発があったのは確かな上、あの状況でそれが可能だったのはトパーズだけだったと判断された。
結果、カンザナイト家としてではなく、トパーズ個人として名誉騎士爵を賜ることになったのだ。
名誉騎士爵は殉職した騎士に贈られる称号であり、平民の場合は戦争などで武勲を立てた場合などに贈られる。
トパーズの場合も殉職扱いとなり、わずかだが賞恤金が遺族であるサフィリアに支払われる事となった。
更にルビーとサフィリア、そしてマイルスにもニーズヘック討伐の褒賞金が授与されることになっている。
「しっかし、男爵を飛ばして子爵か……、参ったの……」
「一応段階は踏んでくれるって話だから……」
王家からの通知により、カンザナイト家の子爵位叙爵が決まった。
魔空鞄もさる事ながら、ニーズヘック討伐がかなり利いたようで、貴族議会からもほとんど反対はなかったらしい。
祖父の代で王弟を含む騎士団の救出。
父の代で、魔空鞄の献上。
そして、止めがトパーズ、ルビーとサフィリアのニーズヘック討伐幇助だ。
三代に渡る功績に文句など誰も出せなかったと使者の方から聞いた。
但し、父の代で男爵、そして長兄ダリヤが家督を継いだ時から子爵ということで一足飛びという事態は避けられている。
また、来春叙爵の予定だったが、ニーズヘック討伐完了の式典と共に前倒しで叙爵式も行われることになった。ようやく葬儀が終ったところだが、明日からはその準備に追われることになる。
「ところでルビー。例の読書サロンだけど、カーディナル卿との打ち合わせは明日だよな?」
「ええ、そうよ。漸く内装に取り掛かれそうだから、みんなの意見を聞こうと思って」
カーディナル卿とは行商中も頻繁に手紙をやり取りしていたし、王都にいるお孫さんとは父やエルグランドが連絡を取ってくれていた。
どうやらカーディナル卿はかなり読書サロンに乗り気らしく、古本市を早々に引き上げてサロンの構想を練っているとの事だった。ステフィアーノとも頻繁に連絡を取っていたようで、ルビーが帰ってくるのを待ち侘びてくれていたようだ。
明日はカーディナル卿だけでなく、協同出資者であるステフィアーノも出席して初めて全員で会合を開くことになっている。
ちなみに、店舗の責任者はマイルスに任せることになった。
彼は行商の担当を今回で引退し、今後は若手のザルオラとミルボーンの二人に任せるという事だ。クルーガはまだまだ行商に出たいというので、若手二人の育成は彼にお任せである。
マイルスの奥さんも手伝ってくれるという事なので、夫婦に店を任せる事にした。
「俺も出ていい?カーディナル卿には一度挨拶をしたいと思ってたんだ」
「サフィも出てくれるなら心強いわ。私では男性向けや外国の本の仕入れが良く分からないから」
明日はカーディナル卿の付き添いでお孫さんも一緒にくるらしく、会合は大人数になりそうだった。
ちなみに、サロンには本屋も併設する予定で、そこはカーディナル卿にお任せした。ルビーは知らなかったが、カーディナル商会と言えば書籍関連を扱う有名な商会だそうだ。今回のサロンでカンザナイト商会と提携する事になっている。そこの責任者がお孫さんになるという事だった。
「そう言えば父さん、もう店員は何人か見繕ってくれたのよね?」
「ああ、既に二人ほど決めている。サロンは貴族も利用する事になるし、早目の教育が必要だろうと思ってな」
「ありがとう、助かったわ」
貴族も立ち寄る店になる予定の為、貴族のマナーにある程度慣れた人物を希望していたのだ。
父はルビーの希望通り、既に二人も見つけてくれたらしい。
「どうせなら、明日はその二人にも来て貰ったらどうだ?働く人の意見も聞いた方がいいだろう」
「そうね」
従業員の控え室なども必要だし、作業動線の確認もして貰った方が良いだろう。
「じゃあ、さっそく手紙を出すわ。私も会合前に一度会いたいしね」
「一人はお前と同じ年のお嬢さんだ。一時期学院にも通っていたというから、お前も知ってるんじゃないか?」
「あらっ、学院出身者なら助かるわね」
一時期通っていたという事は、何かの事情で中途退学したのだろう。平民や下位貴族では珍しくないので、ルビーも余り気にしない。
それよりも、学院に入学出来たという事は、基本的なマナーの他に計算や語学もある程度こなせるという事である。
「そんな優秀な方がサロンで働きたいなんて珍しいわよね……」
「母親の体調が悪いようで、家から近い場所で働きたいそうだ」
「なるほど…」
サロンなら重労働もないし、時間もキッチリしているので向こうの希望と一致したという事だった。
「もう一人の青年は知り合いの息子さんだ。男爵家の次男で、語学が非常に堪能な人物だ。当然貴族のマナーにも精通しているが、足が悪くて文官にはなれなかった人物だ」
「立ち仕事は大丈夫なの?」
「歩く分には問題ないし、正直、商会の方に来て欲しいほど優秀な男性だよ。だが本人の強い希望でサロンの方で勤務して貰うことになった」
「つまり、本好きなのね?」
「無類のな…」
「了解です」
言いながら、父から渡された履歴書を読む。
二人とも父が採用を決めるだけあって非常に読みやすく丁寧な字を書く人物だった。
だが、女性の履歴書を見ながら、ルビーは小さな違和感を感じる。
「この名前どこかで……」
セシル・フラビットと女性らしい筆致で書かれた名前。
父曰く、もしかしたら学院で会ったことがあったかもしれないと言っていた名前には見覚えがあった。
「あ~~~~~~~~~~!!」
「ルビー?」
「こ、これ、尻軽ちゃんだわ!」
別名、ベルトラン殿下の真実の愛ちゃんだ。
彼女が学院から去って早三年。
その名前をまさかこんな所で見ることになるとは思いもしなかった。
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