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天気が良ければ何でも許せる気がする

ルビー視点に戻ります。





「空が青いのぉ~」

「そうだなぁ…」

「晴れて良かったよな」

「雨だと凄く大変だったでしょうね」

「ああ……」

 家族全員で、現実逃避の如く空を見上げる。

 聖堂の尖塔の先の向こうに広がる雲一つない青空。

 それが、現在のカンザナイト家の唯一の心の慰めだった。

「なんでこんなに大規模になったんだろうな……」

「……サフィリア、逃げるなよ?」

「分かってるよ。はぁ……、家族葬は無理でもさ……、もうちょっとこう……」

「言うな、サフィ…。わしもその気持ちで一杯だが仕方ない……」

 国内有数の広さを誇る大聖堂右柱。

 そんな場所で本日行われるのは、ようやく叶ったトパーズの葬儀だった。

 しかし想定の倍、いやそれ以上の弔問客が葬儀に訪れ、カンザナイト家の面々はただ茫然とするより他になかった。

「席の半分も埋まればいいだろうと思っていた自分を殴りたい」

「同感……」

 甘く見ていた自分達を殴りたいくらいに、席は全て埋まり立ち見の弔問客もいるくらいの賑わいを見せている。

『だから右柱じゃなく真ん中の大聖堂にしろと言ったのに……』

 と言ったのは、開始早々弔問に来てくれたエメラルド殿下だ。

 現在は貴賓席で、ミハエル達シュバルツ公爵家の面々と話をしている。

 それを横目にしながら、カンザナイト家の面々は静かに弔問に訪れる客に挨拶をし続けた。

 本当に、天気だけが今のカンザナイト家の救いであった。

「ルビー、今回のこと、お悔やみ申し上げるわ」

「アリステラ様、来て頂いてありがとうございます」

 友人である公爵家のアリステラが、数人の侍従や護衛を連れて挨拶に来てくれた。

 一応公爵家である彼女には、行商から帰って直ぐに土産を持って帰郷の挨拶に行っている。

 その際に葬儀の話はしてあり、参加は伝えられていた。

「貴賓席を用意しているので、案内しますね」

 そう言って促したルビーに、何故かアリステラが困ったような顔をする。

「アリステラ様?」

「ルビー、ごめんなさい。………説得に失敗してしまったの」

「は?」

「よぉ、カンザナイト」

 そう言って暢気に手を挙げたのは、侍従に扮したこの国の第三王子であるベルトランだった。

 いつもの華美な様相とはかけ離れた地味な色合いの喪服を着た彼は、アリステラの後ろで悪戯が成功したような、楽しそうな笑みを浮かべている。

「で、殿下?!」

 思わず出た言葉を慌てて手で塞ぎ、ルビーはギロリとベルトランを睨み付けた。

 警備が大変だから来るなと必死で説得したにも関わらず、やはり彼は来てしまったようだ。

 嫌な予感はしていた。

 ベルトランは無駄に行動力があるので、もしかしたら…という思いがあったのだ。

 だからこそ事前にアリステラにお願いしたというのに、どうやら無駄骨だったようだ。

「何で来るんですか~~~~っ?!」

 慌てて二人を連れて受付の隅に移動するが、恐らく警備をしている騎士達は気付いただろう。

 苦い顔で貴賓席のエメラルド殿下の下へ向かう騎士達が可哀想だ。

「警備が大変だから来ないで下さいって言いましたよね?!」

 周りに聞こえない音量で、それでも出来る限りの怒りを込めてベルトランを睨み付ける。

 王族だとかどうとか、もうこの際捨てることにした。

「何かあったらどうするつもりなんですか!このノータリン王子!」

「おぉ~~~、カンザナイトのその言葉久しぶりに聞いたな」

「もう、喜んでどうしますの、ベル様……」

 呆れたようにベルトランを諌めたアリステラが、小さくルビーへと謝罪を口にする。

「ごめんなさいね、ルビー。どうしてもここに来るって聞かなくて……」

「殿下~~~」

「すまん、カンザナイト。だが、どうしても英雄に礼を言いたくてな。……悪いが、サフィリアも呼んでくれるか?」

「……分かりました」

 口調の変わったベルトランに、ルビーは小さくため息を吐いてサフィリアを呼ぶ。

 サフィリアは何となく事情を察したのか、苦笑と共に二人が待つ場所までやって来た。

「ご無沙汰しております、ベルトラン殿下」

「忙しいところを済まないなサフィリア」

 小さくそう言った殿下は、そのまま姿勢を正してルビーとサフィリアを見つめる。

「公式で会う前に、どうしても二人に感謝をしたかった。ニーズヘックを討伐してくれてありがとう」

「殿下……」

 口だけではなく、小さいながらも頭を下げた殿下に、ルビーとサフィリアは小さく息を呑んだ。

 王族が頭を下げることの重さは、例え平民だろうと知っている。

「顔をお上げ下さい殿下」

 幾ら死角になっている隅とはいえ、誰かに見られると問題だ。

 それにそんな事をしなくても、言葉だけでベルトランからの感謝は痛いほどに伝わってくる。

「本当はカンザナイト家の屋敷へ直接行きたかったんだが時間がなくてな。今日を逃せば英雄に礼を言う機会がないと思って無理を言った。すまない……」

 トパーズはこの葬儀の後、墓地へとそのまま埋葬されることになっている。

 ベルトランは、どうしても叔父にも直接礼を言いたかったようだ。

「巡回兵からニーズヘックの卵が孵化しそうだと連絡が来た時、父上は俺をサザルアの森へ派遣する事を決めた。二人が討伐してくれなければ、恐らくニーズヘックが死ぬまであの森から出られなかっただろう」

「それは…」

「無論、国民を守るのは王族としての務めであり、その為に聖光結界があると言っても過言ではない。しかしアリステラの事を考えると申し訳ない気持ちで一杯だった」

「わたくしも貴族として当然の覚悟は持っておりましたが、やはりそれが現実となると悲しくて仕方ありませんでしたわ」

「アリステラ様……」

「だから二人とも、ありがとう」

 そう言って殿下とアリステラは揃って大きく頭を下げた。

「正式な場で頭を下げる事は叶わないだろうから、今はこれだけでも受け取って欲しい」

 礼は口に出来ても、王族が頭を下げることは絶対に出来ない。

 だからこそ、ベルトランは非公式の場で、護衛の振りをしながらこの場にやってきて頭を下げたのだ。

 それは王族としてでなく、ただの人としての二人からの礼だった。

「殿下、アリステラ様、顔をお上げください。お二人の感謝、しかと受け取りました」

「カンザナイト……」

「それに今回のことで、貴族の覚悟を教えて頂きました。これは、叙爵する私達にとって良い勉強だったと思っています」

「そうか…」

 ルビーの言葉に、小さく笑みを浮かべた殿下。

 どうやら、その言葉には納得してくれたようだ。

「………では殿下、アリステラ様、貴賓席にご案内しますね。エメラルド殿下がお待ちです。是非殿下はお説教を受けて下さいませ」

「…ぐっ」

 視線の先の貴賓席では、腕を組んでこちらを睨んでいるエメラルド殿下が仁王立ちしていた。

 その横ではミハエルが苦笑を浮かべている。

「ベル様、わたくしも一緒に謝って差し上げますわ」

「いや、アリスは悪くないから謝罪は必要ない。………だけど、後で慰めてくれ」

「承知致しましたわ」

 人目も憚らずイチャイチャとし始めた二人を、ルビーは遠い目で見送った。

 沢山怒られろ!と念を飛ばしていると、弔問客と話しているエルグランドが目に入った。

 弔問客は次期ヒルデリー子爵夫妻であり、先日の『押し掛け女房事件』のヘレナ嬢の姉夫婦でもあった。

 何でも、あの手紙の犯人は今エルグランドと話をしている旦那さんだったそうだ。

 エルグランドはどうやらヒルデリー子爵家のお家騒動に巻き込まれた形だったようである。

 既にご夫妻、特に旦那さんからは真摯な謝罪を貰っているし、何故彼がそこまでヘレナを嫌っていたのかも教えて貰っていた。

 内容を聞けば、旦那さんが怒るのも頷けるほど、ヘレナは被害者でもあり加害者でもあった。

『まさかヘレナが実際に行動に移すなんて思いもしなかった…』

 うちを巻き込んだ件に関してだけは彼も誤算だったようだ。父親が止めると思ったのだろう。まぁ、誰だってそう思う。

『しかし、あいつは中々やばいかもしれん……』

 旦那さんが帰った後、難しい顔のエルグランドがそう呟いた。

 一見すれば誠実そうな旦那さんに見えるし、ヘレナ嬢を嫌う理由もよく分かるのだが、確かに取った方法には執念を感じる。

『ルビー、覚えておけよ。ああいうのが腹黒っていうんだ……』

 そう呟いたエルグランドは、ダリヤに相談して彼らの領で取れる産物の取引を増やしていた。

 避けるんじゃないのかと聞けば、エルグランドが面倒そうな顔で首を振る。

 理由を聞けば、彼と結婚してからヒルデリー子爵領の農作物の収穫が増えている上に、味も上がっているらしい。品種改良が上手く行っている証だ。

『ああいう男は敵に回すより、適度に良い距離の関係を築くのが得策なんだよ。今回の件で貸しも作れたし、商売相手にするにはちょうど良い。まぁ、俺は担当から外して貰うけどな。腹黒男の嫉妬なんて怖すぎて嫌だ……』

 イレーナ嬢と同級生だったというだけで目を付けられたんじゃないかと、エルグランドは疑っているようだ。

『理不尽だよな……』

 そうエルグランドは愚痴を溢していたが、何となくアリューシャとルビーは事情を察する事が出来た。

 確かに飛ばっちりだが、イレーナを見ている限り、旦那さんの嫉妬もあながち的外れではないように思う。

 どの道エルグランドは商会業務をこれから徐々に減らしていく予定なので、彼らとの交渉は今後サフィリアがする事になっている。

「サフィ、ヒルデリー夫妻よ」

「分かった、ちょっと挨拶してくる」

 若干及び腰で対応しているエルグランドを助けるべく、サフィリアが駆けていく。

 それを見ながら、ルビーも弔問客の対応に戻った。

 次から次へとやってくる弔問客に、意識が遠のきそうだ。

 けれど、湿っぽいよりはいいと、気持ちを切り替える事にした。



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