現実①(アルビオン視点)
感想・誤字脱字報告ありがとうございます。
ここからしばらくアルビオン側のお話です。
今日は、アルビオンにとってミレーユとの新たな生活への一歩となる日だった。
だが、ルビーへと別れを切り出したアルビオンを待っていたのは、予想よりも高額な慰謝料と父親からの酷い罵倒だった。
「お前は何てことをしてくれたんだ?!」
既に跡継ぎとして頭角を現しているルビーの兄、カンザナイト家の長男ダリヤとの話し合いは散々な結果だった。
彼女の家が既に支払っていた費用が、まさかあそこまで高額だったなんて思わなかったのだ。
「結婚祝いの品まで強奪するなんてッ?!」
「強奪なんてする訳ないだろ!……うっかり使ってしまっただけだ」
綺麗な青い装飾のされた茶器が結婚祝いだなんて知らなかったんだ。
確かに高級そうだとは思ったが、あそこまで高いなんて予想外だ。
「まぁいい……。ロイヤルコルバットなら直ぐに買い手がつく」
「売るのか?!」
「当たり前だ!八十万ギルだぞ!少しでも早く現金に変えなければ今回の慰謝料を払うことも出来んわ!ドレスも式が終わったら直ぐに売るぞ。そのままではさすがに売れないが、生地のシルクは最高級品だし、レース部分を分解すれば虹色シルクだけでもかなりの値がつく」
「でも、ミレーユが…」
彼女はあのドレスを本当に気に入っているのだ。
お披露目パーティーもウェディングドレスのまま参加するという気に入りようで、一生の宝物にするとまで言っていた。
「そもそも!どこの世界に客のオーダードレスを試着するお針子がいるんだ!」
少し着たくらいでそこまで目くじらを立てるほどではないと思う。
別に汚したわけではない。
サイズの微調整をするついでに試着しただけだとミレーユも言っていた。
それに、結局ルビーが譲ってくれたのだから問題ないと思う。
「お前達のせいで新しいブランドの立ち上げが潰れたんだぞ!分かってるのか?!」
「どうしてだよ?今回の事とは関係ないだろ」
「大有りだ!今、注文が来ている貴族は誰の知り合いだ?!全員ルビー嬢と彼女の義姉の紹介ばかりじゃないか!」
「あっ…」
「今日のたった半日だけで既に半数近くからキャンセルされた。明日になって話が回れば、予約はほぼ全滅だ」
「そんな…」
既に仕上がっている物に関しては仕方ないが、次はないとばかりにキャンセルが相次いでいた。
「お前とルビー嬢の結婚式は、いわばうちのブランドのお披露目でもあったんだ。それをお前はッ」
「お披露目ならミレーユでも十分だろ。彼女は凄く可愛いし、ドレスだってとっても似合っているんだ」
ミレーユのウェディングドレス姿を見れば、父の考えも変わるはずだ。
だが、そう言い張ったアルビオンに返ってきたのは父の冷たい眼差しだった。
「それを誰が見るんだ?」
「え?」
「ミレーユ嬢の友達に貴族はいるのか?それとも、平民の友人達はオーダーメイドでドレスを作れるほど裕福なのか?」
「それは……」
ミレーユも彼女の親も根っからの庶民で、魔力持ちではないから学院にも通っていない。
親戚や友人もみな気のいい人達ばかりだが、高級志向の店でドレスを作るほど裕福ではなかった。
「ルビー嬢の友人方に見て貰うのが目的なんだ。彼女が参加しないなら誰も来ないに決まっている」
「そ、そうだ!男なら俺の友人達がくる!貴族だってくる予定だし、ベルトラン殿下だって…」
「来る訳ないだろ?!ルビー嬢が相手だからこそ殿下だって参列して下さると言ったに決まっている」
「そんな筈は…」
ない…と断言出来なかった。
確かに何度か話したことはあるが、それは全てルビーを介したものだ。
「もっと早い段階で言えばいいものをどうして直前になって…」
「ミレーユに子どもが出来たんだ。仕方ないだろ」
「何が仕方ないだ?お前、自分が何を言ってるか分かっているのか?」
「分かっている。直前になったのは確かに申し訳ないけど…」
「やっぱりお前は何も分かってない」
大きなため息をつき、父は椅子に沈み込んだ。
「いいか。お前の言ってることはつまり、子どもさえ出来なければあのままルビー嬢と結婚をしていたという事だ。それがどういう事か本当に分かっているのか?」
「それは…」
「お前が愛人を囲ったまま結婚をするつもりだったと世間に公表しているようなものなんだ!」
「ち、、ちがっ!」
「何が違うんだ?!違うなら、子どもの事など関係なくさっさと婚約を解消していればいいだけのことだろうが!何が真実の愛だ!だったら、三日前などという時期ではなく、ミレーユ嬢と出会った瞬間にでも婚約を解消しておけ!」
「だけど、父さんは絶対に許さないじゃないか!」
「当たり前だ!」
アルビオンの反論に怒鳴りながら、父が数枚の紙を叩きつけるように投げてくる。
「ミレーユ嬢と結婚してどんなメリットがある?!魔力のないただのお針子で、計算すらまともに出来ないんだぞ!」
確かにミレーユは学校に通っていないこともあって、計算は単純な足し算くらいしか出来ない。
「彼女なら直ぐに出来るようになる」
「どうだかな……」
鼻でそう笑いながら、父は大きくため息を吐いた。
父の手には、カンザナイト家から提示された賠償金のリストが握られている。
我が家が持っている土地の幾つかを手放してようやく払えるほどの金額だった。
「取り敢えず、お前とミレーユ嬢の家は郊外に用意した」
父がいう場所は、ギリギリ王都に入るかどうかという外れにあった。
ここから馬車で一時間ほど掛かる。
「店から遠いじゃないか…」
「文句は聞かん。うちが所有している屋敷で空いてるのはそこだけだ」
「でも…」
「今日引き取った荷物はもう全てそこに送った。結婚式後は取り敢えずそこで過ごせ。文句があるなら自分が稼いだ金で家を用意することだ。……それと、高級な家具と魔具に関しては返品した」
何でもない事のように言うが、それは聞き捨てならない事だった。
魔具がなければまともな生活が出来ない。
アルビオンはミレーユに苦労など掛けたくないのだ。
「勝手なことしないでくれ!」
「勝手なことをしたのはお前だ。最低限の物は置いてある。それでどうにかしろ」
それだけを言うと、もう話は終わりだと部屋を出て行くように指示された。
食い下がろうしたが、父は黙ったまま書類を苦い顔で見つめている。
「下がれ…」
中々出て行かないアルビオンに焦れた声。
諦めて廊下に出ると、扉の前には弟のアルフレッドが立っていた。
「アル…」
声を掛けたが、アルフレッドはアルビオンを一瞥するだけで何も言わなかった。
だが、弟から発せられる剣呑な視線から、今回の騒動を怒っているのが分かる。
弟はルビーと仲が良く、彼女のことを実の姉のように慕っていたので納得がいかないのだろう。
「父さん、アルフレッドです」
「……入れ」
出てきたばかりの部屋へ、入れ替わるようにアルフレッドが入っていく。
拒絶するように閉じられた扉を、アルビオンはただ見ているしか出来なかった。