送られてきた恋文
やっとパソコン直りました\(^o^)/
「えっと、ヘレナ嬢。私と貴女は初対面だと思うのですが……?」
「何を仰ってるのエルグランド様?一昨日もお会いしたじゃありませんか?」
エルグランドの言葉に少しだけ不思議そうな顔をしたヘレナは、具体的な日付を口にしながら近寄ってくる。
「ちょうど今頃の時間にお会いしたでしょ?もうお忘れですか?」
「……エルグランド、どういう事なの?」
ヘレナの言葉にアリューシャの声が険を帯びる。
その声色にゾワゾワしながら、エルグランドは必死で一昨日の自分の行動を思い返していた。
確か午前中は商談で知り合いの工房へ行き、昼に帰ってきた後は暫く店先で客の相手や品出しをしていた。
その後はベルクルト邸に行き、アリューシャの父である先代ベルクルト伯爵に領地経営の基本を叩き込まれていたはずだ。
「あの……、申し訳ないが一昨日どちらで?」
もしかしたら、あのむさ苦しい男ばかりしかいない工房のどこかにいたのか?と必死で頭を巡らすエルグランドを他所に、ヘレナはあっさりと逢瀬の場所を口にする。
「お店でお会いしましたわよね?」
「店で……?」
そうして暫く逡巡すると、確かに彼女のような外見の客の相手をした事実が脳裏に甦ってくる。
「あ~、確か、アメジストの髪飾りを御購入された…?」
「ええ、貴方に選んで頂いたこちら、とても気に入ってるの」
そう言って小さく後ろを向いたヘレナの髪には、確かにカンザナイト商会で扱っている髪飾りが着けられていた。
「お似合いです、御購入ありがとうございました」
小さく頭を下げて礼を述べるエルグランドと、そんな二人を見て押し黙るヒルデリー子爵。
余程の馬鹿で無ければ、これで子爵も二人の関係を理解しただろう。
事実、ニコニコと機嫌の良さそうな娘のヘレナとは違い、子爵の顔は青を通り越して白くなり始めている。
「……ヘレナ…、も、も、もしかして、カンザナイト殿との関係というのはそれだけか……?」
「それだけって、何ですかお父様。わたくし、エルグランド様が店頭にいらっしゃる際は毎回お買い物をしております。彼に選んで頂いた髪飾りや鞄、筆記用具はわたくしのお気に入りですのよ」
「そ、そうか……」
エルグランドは段々子爵が可哀想になってきた。
あと地味に、ずっと店先に自分がいるかどうか確認されていたのがちょっとだけ怖かった。
「ところでエルグランド様、お隣の女性はどなたですの?」
少しだけ拗ねるような声色に、背筋が寒くなる。
だが、そんなエルグランドを他所に、指名されたアリューシャはにっこりと笑った。
「初めましてヘレナ様。わたくしの名前はアリューシャ・ベルクルト。隣にいるエルグランドの婚約者よ」
「こ、婚約者?」
ヘレナの視線が咎めるようにエルグランドを睨む。
どうして自分がこんな浮気が見つかった間男のような視線を受けねばならないのか、エルグランドは納得がいかなかった。
「どういう事ですの?!」
「どういう事と言われても……」
今日初めて名前を知ったばかりのヘレナに何も言われる筋合いはない。
そう思ったのはエルグランドだけでなく、事情を察して先ほどから顔色の悪いヒルデリー子爵が必死でヘレナを宥める。
「ヘレナ……、どうもカンザナイト殿はお前を知らなかったようだぞ…?」
「知らない?まさかそんな事はございませんわ!」
「いいえ、私は今日初めてお名前を知りました」
「なぜです?何度も二人でお話しましたわよね?」
「その…、お客様と会話するのは日常のことですし、私は余り店頭に立つことはありませんので……」
店頭に常駐している従業員なら数度買い物をしただけの客でも覚えているのだろうが、生憎エルグランドの主業務は買い付けだ。
混んでいる時は店頭の手伝いもするが、会計や梱包は専任の従業員に任せているので、基本は客の質問に答えたり希望の商品を紹介したりするだけである。しかも仕入れで外国回りを長期間することも多いため、今年接客で店に出たのは片手で数えられるほどだった。
「でも、いつもわたくしは会いに行っておりましたのよ!」
「しかし……」
「いい加減にしなさいヘレナ!どうして店で会っただけの殿方と結婚しようと思ったのだ!」
「店だけではありませんわ!道でお会いした時もいつも挨拶を返して下さいます!」
挨拶をされたら挨拶を返すのは人としての常識だと思う。
特に客商売をしているエルグランドはそれを徹底していた。
「何よりエルグランド様はわたくしの事が好きなのですわ!」
「いや、そんな事は…」
何故そこまで断言出来るのか分からないが、何故かヘレナは自信満々だった。
正直、ちょっと怖いと思う度合いだ。
「ヘレナ!いい加減にしなさい!お二人が困っているじゃないか!」
「だってわたくしとエルグランド様が想い合っていたのは本当のことなのです!」
「だったら何故彼と店以外で会ったことがないんだ?!」
「それは彼が高位の貴族令嬢につき纏われていたからですわ!わたくしとの関係が知られると迷惑が掛かるからと!けれど漸くそのご令嬢が諦めたと連絡があったのです!わたくしがどれだけこの時を待ったことか!」
そう言って涙ぐむヘレナ。
兄のダリヤならその可能性もあっただろうが、生憎とエルグランドに心当たりはない。
「もしかして、アリューシャ様がその付き纏っていたというご令嬢なのですか?!」
「いいえ、違います。むしろアリューシャ様をお慕いしていた私から婚約を申し込みました」
誤解がないよう断言する。
折角整ったアリューシャとの婚約を、こんな訳の分からない騒動で反故にしたくない。
「そもそも、私とヘレナ嬢でそのようなお話をした事はないと思うのですが?」
「もちろんわたくしとエルグランド様の恋は秘密ですもの。けれどいつも御手紙で書いて下さっていたでしょ?わたくし、何度もそれを読み返してずっとこの日を待っていたのです」
「手紙ですか?送った覚えはありません……」
「こんな時にそんな冗談はよして下さい」
「いえ、冗談ではありません」
断言したエルグランドに、部屋に沈黙が落ちる。
さすがのヘレナも何かがおかしいと思い始めたようだ。
「ヘレナ、その手紙はまだ持っているのか?」
「………す、すぐに持って参ります」
ヒルデリー子爵の声に、ヘレナが慌てた様子で部屋を出て行く。
パタパタと遠ざかっていく足音を聞きながら、残された三人は大きく息を吐いた。
「お二人とも、ヘレナが申し訳ございません……」
「いえ、もし手紙が本当だとしたらヘレナ嬢も誰かに騙されていた可能性があります」
彼女の自作自演でない限り、その可能性は大いにあった。
エルグランドに恨みのある人間か、もしくはヘレナに恨みのある人間。
あるいはその両方か、今はまだ判断が付かない。
「思ったより面倒そうね…」
「すみません、アリューシャ様」
「別に構わないわ。けれど、もし本当に貴方の名前で出された手紙があるのなら、厄介な事になりそうよ」
被害者がヘレナだけとは限らないということだ。
エルグランドの名前を騙った誰かが裏で暗躍していると思うとゾッとする。
「エルグランド、封蝋印は持っているの?」
「はい。商売柄、俺個人の物があります」
「直ぐに取り出せて?」
「もちろん」
家紋印は父が持ち歩いているが、個人の物は各人が魔空間庫に保存している。
全員が魔空間庫持ちのカンザナイト家において、他人が勝手に封蝋印を使うのは不可能なのだ。
「………お待たせしましたっ!」
魔空間庫から印を取り出したところで、少しだけ息を切らせたヘレナが部屋へと戻ってきた。
そんな彼女の手には、かなり大量の手紙が抱えられている。
エルグランドが想像していたよりもその数は多い。
「こちらがエルグランド様から送られてきた手紙です」
ヘレナが差し出した手紙の封蝋はやはりエルグランドの物ではなかった。
平民がよく使う一般的な図柄で封蝋されており、それは全部で三十八通あった。
古い物は若干色褪せており、数年経っている事がうかがえる。ヘレナが言うには、一番古い物は二年ほど前だそうだ。
「そんなに前から……」
「はい…」
最初の手紙には、ヘレナへの愛が拙い文章で、それでも精一杯綴られていた。
とても悪戯目的とは思えない、真摯な手紙だ。
「うわぁ……、俺、絶対にこんな手紙送らない……」
思わず素で呟けば、ヘレナが泣きそうな顔になった。
失言だったと謝れば、気にしないように首を振られる。
「……エルグランドの手ではないわね」
「やはりそうなんですね…」
「ヘレナ…」
先ほどまでの勢いを無くして項垂れるヘレナに、ヒルデリー子爵が気遣わしげに声を掛けた。
迷惑を掛けられた身ではあるが、これでは彼女が勘違いしてもおかしくはない手紙の数々だった。
「高位の貴族女性に目を付けられているので、君に迷惑を掛けない為にも二人の関係は秘密にして欲しいと書いてあるわね」
最初の方の手紙にはひたすら彼女への愛が綴られていた。
それがその内、会えない言い訳に変わっていく。
端から見れば少しおかしいと感じる内容だったが、ヘレナは純粋にそれを信じたようだ。
「用意周到ね」
悪戯にしてもタチが悪い。
しかも二年前から今までずっと続いている執着に恐ろしさを感じる。
「相手とはどうやってやり取りを?」
「最初は特には何もしておりませんでした。ただ、読んだ日には窓から黄色のハンカチを垂らしておりました。それがわたくしからの好意の印だったのです」
「………もしかして、『白薔薇の黄布』にならって?」
「はい。わたくしの好きなお話の一つだったので……」
正式名『白薔薇屋敷の黄布』と呼ばれる物語は、女性に人気のある恋物語の一つだ。
仲の悪い貴族同士に生まれた男女が、親には内緒で心を通わせ、最後は仲違いしていた親の誤解を解き、家族に祝福されて結ばれるという話である。
そしてその作中で恋した男が初めて女性に手紙を送る際、返事の代わりに窓に黄色のハンカチを垂らして欲しいと願った事から、一時期王都では黄色のハンカチを持つのが流行っていた。
「わたくしはあのお話が大好きだと公言しておりましたので、それをお聞きになったエルグランド様が、白薔薇の趣向でお手紙を下さったとばかり……」
「けれど見たところこれらの手紙は物語同様イニシャルで送られてますよね?それなのにどうしてこれを俺からの手紙だと思ったのでしょう?」
「それはお姉様が……」
「イレーナ嬢?」
彼女の姉であり、エルグランドの同級生でもあったイレーナの名を呟けば、彼女は小さく頷いた。
「姉にこのイニシャルに心当たりはないかと聞いたところ、エルグランド様の名前を仰ったのでわたくしはてっきり……」
「あ~~~、なるほど……」
恐らくイレーナに他意はなく、たまたま心当たりのイニシャルを持つのが同級生のエルグランドだけだったのだろう。
「ヘレナ様はエルグランドに返事を出そうとは思わなかったのかしら?」
アリューシャの言うように、この時点で連絡をくれれば誤解はもっと早くに解けていたと思う。
「その……、白薔薇屋敷のようなやり取りをするのが楽しくて……」
二ヶ月ほどそんな状況を楽しんだそうだ。
だが、その手紙が突然来なくなる事態が起こる。
焦ったヘレナは、その時点で一度エルグランドに手紙を出そうとしたらしい。
だが、たまたまルビーからエルグランドが外国に行っていると聞き、エルグランドが帰ってくるのを待ったようだ。
「ルビーとは知り合いだったのですか?」
「ルビーさんの元婚約者であるトラーノさんとは同級生で、彼女が彼に会いに来た際にたまたまお二人の会話を聞きまして………」
直接聞いた訳ではなく、偶然二人の会話を耳に挟んだということだった。
「その後、エルグランドが帰ってから手紙は出さなかったのかしら?」
「出そうと思う前にまた手紙が来ました」
そして、それに返事をしたいと思ったヘレナは、今度こそ手紙をエルグランドに出そうと試みる。
だが……
「侍女に相談したところ、もしかしたらイニシャルで手紙を送ってくるのには理由があるのではないかと言われまして…」
「理由ですか?」
「はい。白薔薇を模したのであれば、何か名前を明かせない理由があるのではないかと邪推いたしました」
そして悩んだ結果、ヘレナはハンカチと一緒に手紙の入った袋を窓から垂らすことにしたそうだ。
「すると朝、その手紙が消えていたんです」
「でも、屋敷の敷地内に無断で入れないでしょ?」
「それはその……、風魔法を使ったのではないかと思いまして…」
「残念ながら、俺は髪がなびく程度の送風魔法しか使えません」
魔力はあるので、一応四大元素魔法の初級は使える。
水ならコップ一杯、火ならマッチ一本、土は拳大の土が盛り上がる程度という具合だ。
特殊魔法である空間魔法の適性が飛び抜けているため、他との相性がかなり悪いのだ。
カンザナイト家の人間で他の魔法に適性があるのはサフィリアだけであり、恐らく叔母の血筋が関係していると思われる。
「それで、出した手紙に対して返事は来たのですか?」
「はい。これがその時の手紙です」
その手紙には、ある高位貴族の女性に言い寄られている為、今は名を明かせないと書かれていた。もしヘレナへの恋慕がその女性に知られると、子爵家に迷惑がかかる為だとある。
「だから白薔薇のような手紙を送ってきたのだと……」
ヘレナはその言葉をずっと信じていたのである。
だからこそ、会えないエルグランドを想っていじらしく店舗に通っていたと言うのだ。
「けれどこれ、結局相手は一度も自らエルグランドだと名乗っていないわね…」
「そ、そんなはずは…っ」
けれどアリューシャが言うように、送られてきた手紙のどこにもエルグランドの名前はなかった。
全ての手紙も確認したが、どの手紙でも相手は一度もエルグランドと名乗っておらず、名前は全てイニシャルになっていた。
「ヘレナ嬢、最初どのような手紙を送られたんですか?」
「カンザナイト家に手紙を送っていいか……と」
その手紙に対する返信が、『今は名乗れない』である。
つまり、相手は一度も自分がエルグランド・カンザナイトだとは名乗っていないのだ。
「で、でも!わたくしは毎回『エルグランド様へ』と手紙には書いていたのです!」
「………それを相手は一度も否定しなかった?」
「そうです!だからわたくし!」
目に涙を溜めながら、手紙を握り絞めるヘレナ。
冷静に見て、完全なる彼女の勘違いが発端なのは間違いない。
だが、手紙の相手は肯定しない代わりに、否定もしなかった。
その上、会いたいと手紙を送ったヘレナに対し、相手は『午後三時頃、カンザナイト商会で会えると思います』と返事をしている。
相手がエルグランドだと誤認しているヘレナに向けたこれは、その誤認を増長しているようにしか思えない。
つまり相手はわざとヘレナが誤認するような書き方をしているのだ。
「バレた時の保険なのか、他に意図があったのか……」
どちらにせよ、これらの手紙だけでは罪に問えないのは確実だった。
荷物を送って欲しいと書かれた最後の手紙にさえ、カンザナイト家に送れとは書いていなかったからだ。
「もう送ってくる事はないと思うけど……」
恐らくカンザナイト家が叙爵すると聞き、いずれバレると思ったからこそ最後の最後でこの様な嫌がらせをしたのだろう。
相手の勘違いを正さず、最後まで騙すやり方は非常に狡猾だった。
「ヘレナ……、相手が悪いのは確かだが、これはお前にも非がある」
「お父様……」
「夢見がちだとは思っていたが、これからはもう少し現実を見なさい」
ヒルデリー子爵に論され、ヘレナは沈んだ様子で俯く。
可哀想だとは思うが、さすがにこれは彼女を擁護出来ない。
ヘレナがもう少し冷静であれば、絶対に騙されはしなかっただろう。
「……申し訳ございません、アリューシャ様、エルグランド様……」
「ヘレナ嬢、気になさらないで下さい。この内容であれば誤解しても仕方ない。それに、私達より貴女が一番の被害者だ」
大量の荷物は確かに迷惑だったが、二年前から騙されていた彼女に比べれば大した事ではない。
それに、これらの目的は明らかにヘレナへの嫌がらせだ。
「ヒルデリー子爵、恐らく今後手紙が来ることはないと思いますが、手紙の送り主はヘレナ嬢に恨みがある様子です。用心された方がいいかと」
「はい。お心遣い感謝致します」
迷惑を被ったのはカンザナイト家も同様の為、協力は惜しまない旨を告げる。
そしてエルグランドとアリューシャは後味が悪い思いを残しつつ、ヒルデリー子爵邸を後にした。
「はぁ…、どうにもスッキリしない結末だよな」
「そうね……」
現在アリューシャが滞在しているベルクルト邸へと戻ってきた二人は、念の為こちらにも事情を説明した。
おそらくエルグランドはヘレナの勘違いの巻き添えだとは思うが、万が一にもエルグランドが目的だとすればベルクルト伯爵家にも迷惑が掛かるからだ。相手が思ったよりも狡猾だった為、念を入れた形である。
「勘違いしたヘレナ嬢も大概だけど、相手も酷いよな…」
「そうかしら?」
「アリューシャ様はそう思わないのか?」
「わたくしはむしろ、相手が少しだけ可哀想に思ったわ」
「可哀想?」
「だって最初の手紙、彼女への愛が真摯に綴られていたのだもの」
「確かに……」
拙い文章だったが、彼女への溢れんばかりの愛が綴られた最初の手紙。
恋文に疎いエルグランドでさえ、とても騙すつもりで書いたとは思えない手紙だった。
「手紙の主は、気付いて欲しかったのではないのかしら?」
「エルグランド・カンザナイトではないと?」
「ええ」
アリューシャが言うように、そう考えれば誤認を誘発するような文章も違った見え方がした。
カンザナイト商会へ来るように書かれた手紙。
そこでヘレナが勘違いに気付くのを期待していた可能性もある。
「そうだな。彼女が少しでも俺に手紙のことを話し掛けていたら、その可能性はあった」
「もしかしたら、相手は店内にいたかもしれないわよ」
「なるほど……」
エルグランドではない自分に気付いて欲しい。
あれらの手紙をそういう気持ちで読めば、また違った意図を感じられるのも確かだった。
「ただ、少しチグハグな感じがするのは確かね」
手紙には終始一環して彼女への愛が書かれていたが、最初の手紙に比べて最後はどこか義務的な文章に思えた。言うなれば、どこかで見た恋愛小説の文を写したような感じだ。
「送り主もいい加減飽きてたんじゃないか?」
「おそらくそうでしょうね。ついでに言えば、彼女への愛が冷めたと考える方が自然かしら」
「あ~、だから最後の最後で嫌がらせって事か…」
そのとばっちりを受けたのが恐らくエルグランドなのだろう。
本当にいい迷惑である。
これでもう終わりだと思いたい。
「そう言えば……」
お茶を飲んで一息吐いたところで、アリューシャが思い出したように口を開いた。
「叔父様の葬儀は決まったの?」
アリューシャの言う叔父とは、先日遺体で見つかったサフィリアの父、トパーズのことだ。
彼の遺体はニーズヘック討伐の詳細を調べるため、国の研究機関に今日から預けている。
と言っても、エメラルド殿下の計らいで最低限の調べだけで返して貰える予定だ。恐らく三日ほどで帰ってくるだろう。
討伐の英雄を慎重に扱えという厳命で、最優先で調べてくれているらしい。ありがたいことだ。
「準備に少し時間が掛かるから、多分葬儀は来週の頭くらいだと思う」
「殿下方も来られるの?」
「エメラルド殿下だけな。本当はベルトラン殿下も来たいと言って下さったんだが、さすがに一介の平民の葬儀に王族二人の参列は厳しいだろ?ルビーからアリステラ様経由で説得して貰った」
「……大変ね」
「多分、葬儀も大聖堂右柱を借りることになる……」
本当は近所の教会でお願いする予定だったが、王族が来る以上そうもいかなくなった。
その上家族全員にそこそこ貴族の知り合いがいるため、近所の教会ではとても入り切らないと判断されたのだ。
どうしたものか…と頭を悩ませていると、トパーズのことを聞きつけたクローディア聖下が、『だったらうちでやったらいいわよぉ~』と軽く引き受けてくれたのである。
しかし聖下の言う『うち』とは、国で一番大きな大聖堂だ。とても平民である我が家では格が合わない。聖下には申し訳ないが丁寧に辞退したところ、何故か隣に立つ右柱と呼ばれる補助聖堂を勧められた。補助聖堂と言ってもかなりの広さがあり、これも辞退を申し出たが、今度は受け付けて貰えなかった。
「大聖堂右柱を借りられるなんて、大したものよ」
「我が家的にはもっと質素にしたかったんだけどな……」
本来であれば貴族にしか貸し出されない聖堂だ。
ニーズヘック討伐の功績と、来春の叙爵予定がある為に特別に借りられた形である。
ただでさえ他の貴族からの当たりがキツいので、出来るだけ地味にしたかったが駄目だった。
正直、当日の事を考えれば考える程、ため息しか出て来ない。
手伝いは教会側で揃えてくれるというので、それだけが救いだった。
「当日は晴れるといいわね」
「そうだな……」
陽気でいつもニコニコしていた叔父の笑顔を思い出しながら、エルグランドは小さく頷いた。
何となく、当日は晴れるだろうなぁという予感があった。