休む暇もなく
最先端の高速馬車の旅は実に快適だった。本来であれば丸一日は掛かる距離が半日程で済んだのだ。
その上揺れもかなり少なく、カンザナイト商会でも絶対に購入しようと家族全員の意見が一致した。
そんな旅の中、短い間ではあったが、ベルベットともかなり親しくなれた。
彼女との共通の話題はもちろん兄のダリヤだ。
どうやらベルベットは以前からダリヤを知っていたらしく、今回会うことが出来て感激したという。
ちなみに、ベルベットが攫われる原因となったダリヤの姿絵は、ヴァルテンベルクにいる従姉が貸してくれた物らしい。
そしてその従姉というのが、ダリヤ会会員番号三番であり魔術学院の副学院長を務めるジャグリーンだった。
ジャグリーンは母方の従姉で、たまたま親戚付き合いで会った際、彼女が持ち歩いていたダリヤの姿絵を一枚借り受けたそうだ。
常にダリヤの姿絵を持ち歩いているというジャグリーンに絶句したルビーとは反対に、ベルベットは自分も姿絵が欲しいと頬を染めた。
そんなベルベットは、生活が落ち着いたらダリヤ会に入りたいと熱望していた。
結婚を控えている身なので止めた方が良いと言ったが、ミハエルも賛成しているという。
どうやらミハエルは、異国で知り合いの少ないベルベットの為にもダリヤ会という後ろ盾があるのは良いと判断したらしい。
確かにダリヤ会には高位の貴族が名を連ねている上、恐ろしいまでに結束力が強い。
故に、隣国出身のベルベットが社交界に入る上で力になってくれるだろう。
ちなみに、あの会を敵に回すと社交界で死ぬとまで言われているそうだ。
何度かルビーも会への参加を打診されているが、それについては丁寧に断っている。高位貴族ばかりの会に平民のルビーが入るなど出来よう筈もない。身内のルビーは別格だと言うが、全力で遠慮させて頂いている次第だ。
その辺りに関しては義姉であるローズに丸投げしており、彼女が上手く采配してくれている。
しかし公爵夫人となるベルベットがダリヤ会に加わるとなると、益々会が勢いを増すことになるだろう。
そして、春の叙爵が過ぎればルビーも男爵令嬢になる。
そうなると嫌でも貴族としての付き合いが増えることもあって、一度ダリヤ会には参加して顔を繋いだ方が良いと義姉のローズには言われていた。
しかし兄の美貌を称える会とか、そんな拷問に等しい会には出来れば行きたくない。
けれど今後の事を考えると、顔を出すのは必須と言えた。
「貴族って大変ですよね…。叙爵が憂鬱です…」
「でも、わたくしはルビーさんが貴族令嬢になって下さると心強いわ」
知り合いがジャグリーンだけだというベルベットも、これから公爵夫人として社交界を渡って行かなければいけない。
つまり、ベルベットは一人でも多くの貴族令嬢と知り合いにならなければいけなかった。
それは恐らくルビー以上に大変なことだろう。
「頑張りましょうね、ルビーさん」
「はい、ベルベット様…」
お互いに励まし合いながら、馬車の中で今後の生活についての話を交わす。
そうして短い旅程ながらもベルベットと親交を深め、ようやくルビー達は王都へと帰還したのだ。
「ただいま~~~~!」
店に顔を出してくると言ったダリヤとは別れ、ルビーとサフィリアは祖父と一緒に屋敷へと帰ってきた。
すると待ち構えていたかのように、家令であるソルティークやメイド達が出迎えてくれる。
だが、少し彼らの様子がおかしい。
と言うのも、何故か大量の荷物に彼らが囲われていたからだ。
それなりに広いはずの屋敷の玄関が狭く感じるほどの膨大な荷物。軽く五十は超える量の木箱や衣装箱があり、更には幾つかの家具も確認出来た。
「……お帰りなさいませ」
木箱の合間を縫うようにやって来たソルティークが、少し困った様子でルビー達を出迎えた。
「どうしたのこれ?」
「どうしたもこうしたもございませんよお嬢様。荷物を送られる際は事前にお知らせ下さいと申し上げたでしょ。もうお忘れですか?」
苦笑を浮かべるソルティークだったが、その言葉を聞いたルビー達は一斉に固まった。
「おじいちゃん、サフィ……、心当たりは?」
「ない」
「ないのぉ…」
恐らくダリヤもないはずである。
そもそもこんな荷物を手配する暇がダリヤに有ったとは思えない。
つまり、これは誰も身に覚えのない荷物という事になる。
「俺達は誰も送ってないよ……」
サフィリアの言葉に、昔からカンザナイト家を切り盛りしてくれているソルティークが小さく目を見開いた。
「では……っ」
言葉を詰まらせた彼は、それでも直ぐに状況を把握して動き出した。
「荷物を運ぶのは中止だ!倉庫に持っていった物があるなら至急ここに戻してくれ!」
「ソルティーク、送り主は分かるか?」
「直ぐに確認します!」
「それと、至急ギルドから管財人を呼んで来てくれ」
「坊ちゃん、交渉人はどうします?」
「送り主が平民ならいいんだけど……」
「貴族だと厄介じゃの」
祖父が呟いた瞬間、送り状の控えを持った下男が駆け込んできた。
「これが送り状です!」
差し出された紙には宛先と荷物の数量しか書かれておらず、送り主が空欄になっていた。
ちなみに荷物は全てエルグランド宛てになっている。
故にソルティークは送り主がルビー達だと勘違いしたようだ。
「魔空間庫に入らない量の仕入をされたのかと……」
仕入どころか、今回の行商では余り商売すら出来なかった。
ダリヤや祖父だって強行軍だったので、土産を買う暇すらなかったくらいだ。
「これを運んできた運送業者に確認してくれ。それと父さんやエル兄さんにも遣いを出して」
「承知しました」
サフィリアの指示の下、運送業者に至急遣いを向かわせた。
その結果、送り主は貴族街にある子爵家だと判明し、ルビー達は頭を抱える。
嫌な予感とは得てして当たるものだった。
「父さんやエル兄さんにも確認したけど誰も知らないって……」
アリューシャ関連の知り合いか、ローズの実家であるパイライト子爵家関連かと思ったがどれも違ったようだ。
「取り敢えずエル兄さんは至急帰ってくるそうだよ」
宛先人がエルグランドである以上、彼なしでは話が進まないのが現状だった。
そしてそうこうする内に士業ギルドから管財人がやってくる。
ルビーの婚約破棄の際にもお世話になったカーネルだ。
「ご無沙汰しておりますカーネルさん」
「これはこれはお帰りなさいルビーさん。サフィリアさんとお二人、ご活躍は耳にしておりますぞ」
どうやら士業ギルドには既にニーズヘック討伐の知らせが届いているようだ。
カーネルの話によれば、商工会や人材派遣組合にも一斉に通知があったようで、各組織とも特需に沸いているようである。
「しかしこれはまた大量のお荷物ですな…」
簡単な世間話をしながら、カーネルは玄関に置かれた大量の木箱を検分していく。
幸いにして荷物は全て開ける前だったので、封印票を張るだけで済むようだ。
これでカンザナイト家で開封していない事が証明される。
「家具を見る限り、恐らく送り主は女性でしょうな」
とてもエルグランドが使うとは思えない美麗な鏡台やチェストは確かに女性向けの物だった。まるで嫁入り道具のようだとカーネルは言う。
その言葉に、カンザナイト家の全員が天井を仰いだ。
「またアレかな……」
「アレだろうね……」
「エルのやつは初めてかの……」
今までに何度か今回のような事はあった。
だがそれらの際、使われた名前の八割がダリヤだった。サフィリアとルビーも一度だけ被害にあったことがある。
「ついにエル兄さんにまで……っ」
「帰った早々、これは厄介じゃの……」
祖父のため息に、ルビーとサフィリアも同意するより他になかった。