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二日酔い




 翌日、物の見事に二日酔いとなったルビーと兄のダリヤは、涼しい顔でお茶を飲んでいるサフィリアと祖父を恨めしげに睨んだ。

「どうして二人はあれだけ飲んで平気な顔をしてるのよ……」

「全くだ……、二人の胃袋は魔空間庫に繋がってるんじゃないか……?」

 二人で頭を抱えながらブツブツと愚痴を溢す。

ルビーもダリヤも酒に弱くはない。寧ろ一般的に言えば強い方なのに、何故かサフィリアと祖父には一度も勝てたことがなかった。

「馬鹿なことを言っとらんと、はよ薬を飲め二人とも…」

 呆れた声と共に二人の前に置かれたのは、異臭を放つ青い液体。

 祖父特製、二日酔いに効く飲み薬『青い輝きの果て』、通称『液体・青』。

 これを飲めばたちどころに二日酔いから復活出来ると評判の薬だったが、如何せん非常に不味い。

 どうして薬草を煎じているのに緑ではなく青になるのか聞きたいくらい、見た目も味も、更に匂いまで最悪な物体なのだ。

 飲んだ瞬間、その不味さから一瞬だけ意識が飛ぶので『輝きの果て』と呼ばれている。

 見た目も匂いもエグイので名前だけでも美しくしようとした結果だが、誰もその名前で呼んだことはない。

「………おじいちゃん、これ…お願いだから改良して…」

 効能が素晴らしいとは分かっているのだが、口元に持っていくだけで胃から何かが込み上げてきそうだ。

「俺は飲まなくていい…」

 頭を抱えたままそう断言した兄は、先ほどからお茶を飲む度にため息を吐いて眉を寄せている。

 おそらく少し動くだけでも頭が痛いのだろうが、何故か兄が息を吐き出すたびに朝食の給仕をしている侍女が次々に倒れていく。

 只でさえ美麗なダリヤは、二日酔いになることで色気が数倍に増していたのだ。

 眉を寄せ、長い睫を伏せながら憂いを帯びたため息を出す。

 無駄に、本当に無駄に色気が駄々漏れである。

 お陰で今残っているのは古参の侍女長だけで、彼女一人が必死でカンザナイト家の朝食を配膳してくれているのだ。

 しかし頑張ってくれている侍女長も既に虫の息だ。後二回視線が合えば倒れること間違いなしである。

 このままでは兄が二日酔いから復活するまでこの部屋に女性は入ってこられない事態になってしまう。

「いいから早く飲まんか、ダリヤ」

「幾らじいさんの頼みでもそれは…」

 それほどに不味い薬だが、ルビーもダリヤもこのままではいけないのは分かっていた。

 何故なら朝食後は殿下達と書類を交わして、帰路に関する相談をしなければいけないのだ。

 しかも朝一で飛び込んできた情報では、何故か、そう何故かシュバルツ公爵ミハエルとベルベット嬢が結婚することになったらしいので、その辺の打ち合わせもしたいという事だった。

 昨夜求婚されたのは夢だったのか……と首を傾げるほどに訳が分からない状態なので、この後の会合には是非とも出席したいところだった。

「うぅ……、女は根性よ……っ!」

 それ違うと思う…というサフィリアの突っ込みは無視し、ルビーは鼻を摘まんで一気に薬を流し込んだ。

 途端にむせそうになるほどの青臭い味が口一杯に広がるが、涙目でそれを一気に飲み干す。

「はぁ…はぁ……、やったわ……っ」

「おお、見事じゃルビー!ほれ、ダリヤも見習わんか」

「そうよ、兄さん。いつまでもイジイジとみっともないわ」

「ルビーの裏切り者っ!自分が飲んだからって…」

「何とでも言って。会合までに復活しないと殿下方に迷惑が掛かるんだから、兄さんも根性見せてよ」

「うっ……」

 ドンと、ダリヤの目の前に薬の入ったコップを置くと、途端に兄の腰が引ける。

 だがそれを見逃してあげるほどルビーは甘くない。

 このまま無駄な色気をダリヤが振り撒くと、折角まとまった話がまとまらない可能性が出てくる。

「兄さん、さぁ飲もうか?」

「サフィ…、お前まで俺を裏切るのか?」

「だって、このままじゃ子爵家の方にも迷惑だろ」

 言いながらダリヤの背後に回ったサフィリアが、あっという間にダリヤを羽交い絞めにした。

「ルビー」

「任せて!」

「ちょっと待て!離せサフィ!待て!待てルビー!!ああぁぁっっつ、ゴホっ…!」

 二人がかりで強引にダリヤの口へと青い液体を突っ込んだ。

 嚥下したのを確認して拘束を外すと、途端に咳き込みながらダリヤが薬を飲みきる。

「ゴホッ、ゴホッ……、なんて酷い妹だ……」

 首元を緩めながら、必死で口元を拭うダリヤ。

 少し赤い顔で鎖骨を曝け出す兄の様子に、あっ…と思った時は既に遅かった。

 うっかりその様子を間近で見てしまった侍女長が、そのまま真っ赤な顔で後ろに倒れたのだ。

「侍女様、しっかり~~~~!!!」

 慌てて体を支えるが、ついに最後の一人である侍女長も意識を失った。

 その満足そうな顔に何とも言えず、ルビーとサフィリアはそっと彼女を部屋の外にいた護衛の方に預けた。

 既に今朝から六度目なので、護衛も慣れた様子で侍女長を医務室へと連れていく。

 それを申し訳なく思いながら、ルビー達は必死で頭を下げたのだった。

 兄は本当に危険だ。

 今度から二日酔いの時は仮面を着けさせようと心に誓うルビーである。







「……で、何だいダリヤ、そのお面は?」

「ああ、これか?エルの土産物だが、酒が完全に抜けるまでこれを被ってろとルビーが煩いんでな…」

 言いながら、色取り取りの羽があしらわれた奇抜な面をつけたダリヤは、優雅な仕草でお茶を飲んだ。

 食事も出来るように目だけを覆う仮面を探していたのだが、ルビーの魔空間庫に入っているのはエルグランドから貰った異国の微妙な仮面だけだったのだ。

「いいなこれ!最高じゃないか!」

 兄エルグランドの微妙な趣味を反映した異国情緒溢れる呪われそうな仮面を、何故かエメラルド殿下はお気に召したらしい。

 興味津々な様子で羽を弄っている姿が非常に楽しそうだった。

「ダリヤは酔うとそんなに間抜けな顔になるのか?」

「間抜けというか、危険な顔です」

 液体・青のお陰で二日酔いは消えたようだが、寝不足も相まって色気駄々漏れ状態が余り解消されず、非常に危険な状態だ。

「朝から侍女の方々が既に六名ほど犠牲になったので、念の為着けさせています」

「ふ~ん…」

 首を傾げながら、興味深そうに仮面を見る殿下。

 もしかして欲しいのだろうか?

「殿下、興味本位で見ない方がいいですよ」

「ミハエル、お前は見たことあるのか?」

「………まぁ、ダリヤとは何度か飲んだことがあるので…」

 苦虫を噛み潰したようなミハエルの顔を見るに、恐らく彼もまた何かしらの被害にあっているのだろう。

「気になるな…」

 言うや否や、殿下はルビー達が止める間もなくダリヤが被っていた仮面を剥ぎ取った。

「・・・・・・・・・・」

 そして沈黙すること約十秒。

 真顔でそっと元通りダリヤに仮面を着けさせた殿下は小さく息を吐いた。

「……恐ろしいな…」

 何とも実感の篭った声に、誰も何も言えなかった。

 唯一反論したのは当の本人であるダリヤだ。

「殿下、さすがにそんな化け物を見たような反応をされると俺も怒りますよ」

「すまんすまん…。しかし本当にルビー嬢はダリヤの顔が平気なのか?」

「私だけじゃなく、家族はみんな平気ですよ。ただそうですね……、こんな状態の兄を見た時の心境と言うと……、兄の部屋でうっかりいかがわしい本を発見した時の心境に似てます」

 つまりかなり恥ずかしい。

 だが、そのルビーの言葉にダリヤとサフィリアが飲んでいたお茶を噴き出した。

「ま、待ってルビー…っ、み、見たこと…あるの……っ?」

「……そ、そうだルビー!俺たちには魔空間庫というれっきとした素晴らしい隠し場所がっ!」

「何をそんなに焦っているのか知らないけど、例えばの話じゃないの」

「そ、そうか…うん、そうだよね」

「サフィ…、もうこれ以上は喋らない方がいい…」

 何故かゴニョゴニョと声を潜める二人を、殿下が少しだけ羨ましそうに見つめている。

「……魔空間庫いいよな…」

「殿下は魔空鞄をお持ちではないのですか?先日、ベルトラン殿下が持っているのを見させて頂きましたが?」

「勿論俺も作って貰った。しかし遠征の際は食料や路銀などを入れるだけで一杯になるのでな…」

「そんなに沢山持ち歩かれるのですか?」

「隊員全員分だから必然的に満杯になる。……だが、カンザナイト家のお蔭で今は魔具部門が頑張って騎士団員の分を作ってくれているので、(じき)に俺も好きな物を入れられるようになるだろう」

「それはようございました」

 ちなみにミハエルの分はカンザナイト商会で既に受注済みだ。公爵四家には優先的に回す予定になっている。

「ところでミハエル、ベルベット嬢と結婚すると聞いたが本当なのか?」

 顔半分は仮面で隠れて見えないが、若干複雑そうな声色でダリヤが尋ねた。

 それはルビーも気になっていたことだ。

 正直、昨夜の求婚は何だったんだと、微妙な気持ちになっている。

「昨夜君たちの部屋からの帰り、たまたま庭園でベルベット嬢に会ってね。少し話をしたところ、彼女やエリック殿は修道院に行こうとしていると聞いたんだ。ギルレイドに戻っても醜聞に巻き込まれるだけだからと…」

「彼女達は何も悪くないのにな……」

「それでまぁ、だったら僕と結婚すれば外野は煩くないんじゃないかと思ってね…」

「そうなのか…」

「ちなみにルビー嬢に振られたこともちゃんと伝えてあるので、隠さなくても大丈夫だよ」

「そ、そんな事まで話されてるのですか?」

「話の都合上ね……」

 どんな話が二人の間で交わされたのか分からないが、この結婚がベルベットの為のものであることは理解出来た。

 ミハエルならば、ギルレイドからもベルベットやエリックを守れるだろう。

「まぁそういう訳で、ギルレイドへの説明としてはお互いに一目惚れという事にするので、話を合わせて貰えるかな?」

「もちろんです。……えっと、お二人のご結婚をお祝い申し上げます」

「うん、君に言われると凄く複雑だけどありがとう……」

 若干無表情になっているミハエルだったが、殿下に慰められるように背中を叩かれて苦笑を浮かべていた。

 そうして何だかんだと話を進めながら、今回の慰謝料に関する書類に署名を交わしていく。

「ところで僕達は明日帰る予定だがダリヤ達はどうする?」

「出来れば随行させて欲しい」

「そうだな、安全面を考えてもその方がいいだろうし、ベルベット嬢の立場を考えればルビー嬢が同行している方が安心出来るだろう」

 幾ら弟と婚約者であるミハエルが一緒とはいえ、男だらけの中にいるのは堪えるだろう。

「それと、カンザナイト商会にはセーチェック姉弟の身の回りの品の用意を頼みたい。急なことで申し訳ないが、出来れば屋敷に着くまでにある程度は揃えておきたい」

「了解致しました。午後からお二人のところに赴き、ご希望を伺います」

「宜しく頼むよ。うちの家人には連絡をつけておくから」

 公爵家の連絡網の詳細は分からないが、恐らくダリヤの能力でエルグランドに連絡する方が早いだろう。

 取り敢えずは、衣類の他に服飾品、宝飾品や化粧道具なども一通りいるはずだ。

 当面必要な物を思い浮かべていると、ダリヤが小さく口角を上げながらミハエルを見る。

「ミハエル、予算は?」

「ダリヤの思うように…」

「毎度ありがとうございます」

 それから兄の指示の下、ルビーがベルベットを、サフィリアがエリックを担当することになった。

 と言っても、予め必要そうな物を書き出し、希望を追加したり服や靴の採寸をするだけだ。

 今回のこれはあくまでも急場を凌ぐ為であり、本格的なオーダーメイド品はミハエルがゆっくりと揃えるだろう。

「それにしても、今回は本当に慌しい行商になったな……」

 しみじみ呟かれたサフィリアの言葉に、ルビーも大きく頷いた。

「そうね。まさかニーズヘック討伐までするとは思わなかったわ」

「それを言うなら私もだ。まさか婚約者に逃げられるとは思わなかったからな…」

「殿下……」

「だがまぁ、ニーズヘックを討伐出来たのは僥倖だった」

 これでベルトランを森に派遣せずに済む…とエメラルド殿下は笑った。

 やはりルビーの考えた通り、アリステラとベルトランの結婚が早まったのはニーズヘックのせいだったようだ。

「カンザナイト家の諸君には本当に世話になったな」

「勿体ないお言葉です」

「春の叙爵はかなり変更になるだろうから覚悟してくれ」

「その事ですが殿下、穏便にして頂く訳には参りませんか?」

 祖父が懸念した事と同じことを殿下も口にする。

 だが、さすがに男爵位以上の褒章は身に余る。

「出来るだけそちらの希望も叶えたいところだが、褒章なしは出来かねる。それを認めると、今後同じ功績をした者へも同じ対応にせざるを得なくなってしまう」

「確かにそうですが…」

「だが、軋轢が増えるのはこちらも理解している。出来るだけ穏便に済むよう掛け合ってみよう」

「宜しくお願い致します」

 ダリヤが礼をするのに合わせ、ルビーとサフィリアも頭を下げた。

「ところでダリヤ、頭を動かす度に仮面の羽が揺れるのはどんな感じだ?」

「しいて言うなら若干重いですね」

「うむ…、舞踏会で着けようかと思ったが、止めておいた方が良さそうだな」

「……殿下、そもそも我が国で仮面舞踏会は開催していないのでお止め下さい」

 冷静なミハエルの突っ込みに、ルビーは苦笑を漏らすしかなかった。

 舞踏会に参加した事はないが、王族があの仮面を着けて出てきたら確実に引いてしまう。

 というか、一応王宮の舞踏会に憧れがあるので、夢を壊さないで欲しいと切実に思った。

「取り敢えず、王都に戻り次第ルビー嬢とサフィリアには一度登城して貰うことになると思うので、用意だけでもしておいてくれ」

「畏まりました」

 そうしてある程度帰りの行程についての話し合いを終え、ついにルビー達は王都への帰路に就くこととなったのだ。




お酒の強さ

祖父シトリア>サフィリア>(超えられない壁)>ダリヤ≧ルビー>エルグランド≧父カーネリアン

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