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名も無き友人の独り言

アルビオンの友人視点


「おめでとうアルビオン。えっと、それから…」

「ミレーユです」

「ああ、そうそうミレーユさん。結婚おめでとう」

「ありがとうございます」

 当日まで花嫁の変更を知らされていなかった俺は、ぎこちない笑顔を浮かべながらも、一応招待されていた身として頑張って二人に祝辞を述べた。

 だが、ハッキリ言って気分は余り良くない。

 だって、せっかくカンザナイト家の面々にお祝いが言えると思ってやってきたのに、その肝心のカンザナイト家の面々は誰もおらず、いたのは花嫁を名乗る見知らぬ少女だったからだ。

 聞けば、アルビオンの実家であるトラーノ商会が新規事業として立ち上げた服飾工房のお針子をしていた少女だという。

 彼女は一人嬉しそうにニコニコとしていたが、その他の面々は終始暗い顔をしていた。

 トラーノ商会長は一気に老け込んだ顔をしており、彼の妻でありアルビオンの母は病気の為に欠席だった。弟は固い顔でニコリともせず、親戚連中も俺たち学院時代の友人達と同様に驚いている人間ばかりだった。

「どうやらルビー嬢の家では残念パーティーが開かれているらしいぞ」

「本当か?」

「ベルトラン殿下やモンテカルロ公爵令嬢も参加しているらしい」

 そんな情報を口にしたルッツの恋人は、どうやらルビー嬢側に参加しているようだ。

 先ほどこちらのパーティーを抜け出したルッツが彼女の様子を見に行くと、それはもう豪華なパーティーが開催されていたようだ。

「殿下が出席すると自慢してたくせにな…」

 まるで自分の友人として出席してくれるような言い方だったが、所詮はルビー嬢を通しての繋がりしかなかったという事だ。

「なんで俺、向こうじゃなくてこっちに参加してるんだろ……」

 本来なら豪華なパーティー会場になるはずだったそこに集まったのは、全く何も聞かされていなかったアルビオン側の招待客と、それとは対照的に浮かれている新婦側の招待客のみだった。

 新婦の両親だけは今にも倒れそうな青い顔をしていたが、親戚や友人達は大きな繊維問屋であるトラーノ商会と縁が出来たことを純粋に喜んでいるようだった。

「しっかし貧相な食事だよな……」

「言ってやるなよ。慰謝料が大変なんだってよ」

 豪華な食事が出ると聞いて楽しみにしていた俺は、朝を軽く済ませてこの結婚披露パーティーへとやって来ていた。

 だが、会場に入って見えたのは、人数分には到底満たない食事とワインだけだった。

 無駄に広い会場のせいで、食事がより貧相に見えるのが悲しい。

「その割にはお嫁さんのドレス豪華じゃねぇか?」

 俺の見間違いじゃなければ、彼女のドレスに使われているレースは虹色シルクではないだろうか?

 あの面積なら、確実に平民の年収が軽く飛ぶはずだ。

「ドレスに金を掛けすぎて金が無くなったんじゃねぇのかな…」

「ありえる…」

 そう言って友人達と安いワインを飲む。

 だが、後に続いたルッツの発言に酔いも一気に醒めてしまった。

「あのドレスな、本当はルビー嬢が着る予定だったんだってよ」

「は?」

 聞けば、やはりあのドレスに使われているレースは虹色シルクで間違いなく、費用は全てカンザナイト家が出したらしい。

「じゃあ何で彼女が着てるんだよ?」

「今回の破談は結婚式の三日前だろ?キャンセル料を考えたら、トラーノ家としてもこのまま式を挙げざるをえなかったんだよ」

「だからってドレスまで…」

「あのミレーユって子がドレスを勝手に試着しちゃったもんだから、買い取らずにいられなかったんだってさ」

「うわぁ…」

 オーダーメイドのウェディングドレスを、依頼者じゃないお針子が先に袖を通す。

 そんな事、男の俺でもさすがに非常識だと分かる。

 どうりでミレーユ嬢の両親の顔色が悪いわけだ。

 娘のウェディングドレスに掛かった費用を考えれば、食事も喉を通らないだろう。

「というか、俺らいつまでここにいりゃいいんだ?」

「俺、そろそろアンナを迎えに行こうかな…」

 わざとらしくそう呟いたルッツは、恋人をダシにしてそのまま向こうの会場に行く気満々だった。

 だったら、俺としてもそれに便乗するより他ない。

「……もういいよな?」

 俺の呟きに、その場にいた全員が小さく頷いた。

 学院時代の義理はもう果たした。

 それに、卒業後は徐々に疎遠になったせいで、今の俺たちはそこまでアルビオンと親しい訳ではない。だったら、いつまでもここに居る必要はないだろう。

「じゃあ、帰るか…」

 礼儀としてアルビオンへ辞去の挨拶をし、俺たちは静かに会場を後にした。





 アルビオンが変わってしまったのはいつからだろう。

 彼は、ルビー嬢と付き合う事が決まった時、それはもう涙を流さんばかりに喜んでいたのだ。それを、自分のことのように喜んだのは、もう遠い昔の思い出になってしまった。

 当時のアルビオンは、平民の中でも高嶺の花と言われたルビー嬢に釣り合うよう、かなりの努力をしていたように思う。

 絶対にルビー嬢と同じAクラスになるんだ。そう言っていたアルビオンを俺は純粋に尊敬していた。

 けれどいつしかBクラスでやたらとAクラスのことを話題にする事が多くなった。

 その事が鼻につくと言って離れていった友人も何人かいる。

 けれど、陰ではちゃんと努力しているアルビオンを知っていたので、俺は彼をずっと応援していた。

 結局、アルビオンがAクラスになる事はなかったが、Bクラスでは貴族の連中を抑えて常に上位に居た。だから、彼の努力が無駄だったとは俺は思わない。

 しかし、卒業してからのアルビオンは変わってしまった。

 会えばルビー嬢に対する愚痴ばかりを溢すようになったのだ。

『女はルビーだけじゃないよな……』

 卒業してからモテるようになったアルビオンは、友人達と会う度にそう言うようになっていた。

 平民の身で魔術学院を卒業するということは、将来が約束されている証でもあった。

 貴族の多い王宮では俺のような平民なんて見向きもされないが、市井の女性から見ればアルビオンはかなりの有望株だったに違いない。

 大きな商家の跡取りで、学院時代の友人には貴族もいる。

 いつしかアルビオンはルビー嬢との別れを仄めかし始めた。他の友人にも彼は同じ事を話しており、中にはアルビオンが違う女性と歩いていたという奴までいた。

 けれど、それでも俺は彼の友人をやめようとは思わなかった。

 誰だって急にモテだしたら有頂天にもなる。それに、何だかんだ言ってもアルビオンはずっとルビー嬢と婚約したままで、それを解消する事はなかったからだ。

 だが、俺はアルビオンのある一言から彼と徐々に距離を取るようになった。

『ド田舎の村に行ったところで売上なんてたかが知れてる。貧乏人相手に商売して何が楽しいんだ?行商行商と家を空けて、どうせ旅行気分で遊んでいるに決まっている』

 アルビオンのこの言葉は、到底俺にとって許せるものではなかった。

『カンザナイト商会が行かないと村の人達が困るだろ。儲けなんて大してないのに、ずっとそれをしてくれてるんだ。カンザナイト商会に感謝している人は大勢いる』

『だが、ルビーがわざわざ行く必要はない』

 要するに彼は、彼女が行商に行っている間に会えないのが不満だったようだ。

 次第に彼女が留守にする間、他の女性達と遊ぶようになってしまった。

 その度に苦言を呈すが、返ってくる答えはいつも同じだ。

『行商に行くルビーが悪い』

 それをまるで免罪符のように言うアルビオン。

 俺が距離を取るようになるのに時間は掛からなかった。

 何故なら、俺は彼が言うところの『ド田舎の貧乏人』だったからだ。

 今でこそ王宮の宿舎に一室を貰える下級役人の俺も、昔は王都から遠く離れた農村に住んでいる農民だったからだ。

 畑以外には何もない、本当に辺鄙な村だった。

 楽しみと言えば年に二回あるお祭りと、三ヶ月に一度やってくる行商での買い物だけだった。

 行商の人達は、村にはない色々な物を運んできた。

 調味料や布と言った日用品がメインだったが、アクセサリーなどの嗜好品もそれなりに揃っていた。

 彼らが来た時は両親でさえも朝から浮かれており、手を繋ぎながら家族で見に行くのが本当に楽しみだったのだ。

 だが、行商はかなり過酷な仕事だ。

 ゆえに、実入りの少ない過疎地域への行商は敬遠される傾向にある。

 昔はカンザナイト商会以外にも、沢山の行商人が村に来ていたらしい。

 けれど時代が進むにつれ、今では時折訪れる個人の行商人とカンザナイト商会だけになっていた。

 だから、村人達は非常にカンザナイト商会の人達に感謝していた。もちろん俺もその中の一人だ。

 そんな俺に転機が訪れたのは、たまたま村に立ち寄った神官により、俺にも魔力があると判明した時だった。

 そんな時、戸惑う俺と両親に、王都にある魔術学院に行くのを勧めてくれたのが、カンザナイト家の次男エルグランドさんだった。

 魔術学院に授業料は無く、試験に受かれば無償で授業を受けられる。しかも、学院生であれば神殿で食住の面倒を見て貰えると教えてくれたのだ。

 神殿での奉仕活動は必須だが、衣服以外の生活費は必要ない。これは俺のような庶民からも広く人材を得ようという国の政策の一つだった。

 この話を聞いた俺は、まるで何かに取り憑かれたように必死で勉強を始めた。魔術学院を無事に卒業できれば、両親や妹に楽をさせてやれるからだ。

 両親も俺の心意気を応援してくれ、何とか制服代などの初期費用を工面してくれた。

 更に翌年、エルグランドさんは試験を受ける俺をわざわざ王都まで連れて来てくれたのだ。

 行商のついでだと言っていたが、旅などしたことない俺には非常にありがたい存在だった。

 慣れない旅に四苦八苦しながら辿り着いた王都は、何もかもが全て故郷とは違っていた。

 村では見たこともないような大きな建物に、煌びやかな格好をした人々。だが何よりも驚いたのは、カンザナイト商会の前に立った時だった。

 まさか、あんなに大きな商会だとは夢にも思わなかったのだ。家族経営の小さな商店だと勝手に思い込んでいたのだが、聞けば、王都でも指折りの商会だと言う。

 知れば知るほど驚くべき大きさを誇るカンザナイト商会。

 何故こんな大きな商会が、わざわざ田舎の村々を回っているのか不思議で仕方なかった。

 だが、カンザナイト家の人々は必ず全員が行商を体験し、商売の大切さを学ぶという。王都で指折りの商会となった今もその教えを守っているらしい。

 その教えが、俺たちのような田舎の村々の生活を支えてくれている事を知った。

 だから俺は、今でも買い物は出来るだけカンザナイト商会を利用している。貴族御用達店は敷居が高いが、カンザナイト家は庶民向けや旅人向けの商店をいくつも経営しているので非常に利用しやすい。低所得者向けの中古売買にも力を入れているので、地元の村から王都に出てきた村人は、みんな俺と同じような気持ちでカンザナイト商会で買い物をしていた。 

 俺の村では、王都に行くのは一生に一度の大旅行で、カンザナイト商会は観光地として人気の場所になっていた。何故なら、カンザナイト商会の従業員も必ず一度は行商に行かされる。お蔭で、村に訪れた事のある従業員が店にいた場合、遠い所から良く来たと、それはもう歓迎してくれるからだ。

 カンザナイト商会の人達にその気はないのだろうが、見知らぬ土地で見知った顔を見るとホッとするのが人情で、村人はつい財布の紐が緩くなったと笑顔を溢していた。

 だからこそ、友人であるアルビオンがルビー嬢と付き合うと知った時、心の底から彼の友人であることを誇らしく思った。

 カンザナイト家は俺にとってはそれほどに尊敬出来る一族だったのだ。

 だからこそ、彼らがずっと守っている行商の仕事を馬鹿にする彼の言葉が許せなかった。

 けれど、結婚をすれば彼も一度は行商に出るかもしれない。

 そうすれば、カンザナイト家の仕事の重要性を理解出来るだろう。

 だが、俺の期待が叶う事はなかった。

 …………残念だ、アルビオン。

 本当に残念だ。

 もう、君と何かを語り合うことはないだろう。

 本当に残念でならない。


 俺は今日………、友人の一人を失った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなにもいい友人を持ちならなぜやらかした! 人の努力やいいところをきちんと見れる人ってかなり貴重な人材だと思う。
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