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兄との再会





 巣での調査をある程度終え、ルビーとサフィリアは殿下と共にギルレイド一行が滞在している町へと向かった。

 ギルレイド一行は町で一番いい宿に滞在しているそうだが、話し合いはこの町の領主である子爵邸で行われる。

 突如会場に指定された子爵は、王族の来訪に向けて昨夜から寝ないで対応しているようだ。

 ご愁傷様である。

 ちなみに、ルビーとサフィリアも子爵の好意で屋敷に滞在させて貰う予定だ。

 ありがたい事に、兄であるダリヤの部屋も用意されているらしい。

 まぁ、恐らく子爵の奥様とご令嬢によるおねだりだろう。

「漸く着いたのか?遅かったな二人とも」

 子爵邸に着くと、既に到着していたダリヤがホールの玄関でルビー達を出迎えてくれた。

 まるでこの屋敷の主人のように現れたダリヤは、相も変わらず無駄に光り輝いている。

「兄さん、もう着いてたの?」

「ああ、ミハエルが高速馬車を用意してくれたから、思いの外早く着いたよ」

 にっこりと微笑んだダリヤの後ろから、これまた神々しい輝きを放つ男性が歩み寄ってきた。

 ダリヤの紹介にあったミハエル・シュバルツ公爵だ。

 シュバルツ公爵と言えば、過去の呪い事件で色々と情報を持っていた人物だ。

 兄とは学院時代からの友人で、呪いの一件に関しては二人の間で話し合いが行われたと聞いている。

 妹として色々と思うところはあるが、仲良く話している二人を見るにわだかまりはないようだった。

「なんだミハエル。お前が来たのか?」

 そう言って驚いた顔をしたのはエメラルド殿下だった。

 どうやら殿下もシュバルツ公爵が来ることは知らなかったようだ。

「今回の件、陛下から僕が使者として出向くようにと言われてね。たまたまミレーユ嬢の情報を持っていたし、まぁ殿下やダリヤとは知らぬ仲ではないので配慮して下さったのでしょう」

 配慮はもちろんエメラルド殿下に対してである。

 何故なら今回の件、少し忘れがちだが殿下の婚約が発端だからだ。

「あと、ルーカス殿下から伝言だ」

「兄上から?」

「すまなかったと……」

「兄上のせいではないのに……」

「殿下が主導しての婚約だったから責任を感じておられるようだ」

 今回の婚約話は、ルーカス王太子殿下とギルレイドの王太子の話から出たものだ。

 最終的な決定は陛下がされているが、話を持ってきたルーカス殿下は気にしているという事だった。

「ふむ。では帰ったらニーズヘック討伐の土産話をしよう。私の婚約破棄話より喜んでくれるだろう」

「伝令に聞いていたけど、本当に討伐出来たのかい?」

「もちろん。ちなみにカンザナイト家諸君のお陰だ」

 そう言って、殿下は殊更大げさにルビーとサフィリアを持ち上げてくれる。

 だが、恐縮するルビーとサフィリアを見たダリヤが、不意に眉を寄せた。

 言葉もなくずっと俯いたサフィリアを変に思ったようだ。

「ルビー、何があった?」

 ダリヤの指が優しくルビーの目元を撫でる。

 どうやら泣いた跡に気付いたようだ。

「兄さん…」

 心配そうな憂い顔の兄の耳に、ルビーはそっと口元を寄せた。

「トパーズ叔父さんを見つけました…」

「なっ?!」

 大きく驚いた後、慌ててダリヤも声を潜める。

「本当か?」

「はい。ニーズヘックの下で眠っておられました。今は無事にサフィが…」

「分かった。直ぐに爺さんに知らせよう」

「おじいちゃんも来てるの?」

「ああ。ここの子爵様とは知り合いらしくてな。面倒なことになりそうだからと一緒に来てくれた」

 ダリヤの言葉と共に、そっと一人の恰幅のいい男性が近寄ってきた。

 どうやら彼がこの屋敷の主である子爵のようだ。

 ダリヤとシュバルツ公爵のキラキラが眩しくて、全く気付かなかった。

 慌てて挨拶を返すと、子爵は直ぐにサフィリアを祖父の元へと案内してくれた。

 本当はルビーも一緒に行きたいところだが、この後のギルレイドとの交渉を考えると祖父に会っている時間は無さそうだ。

「ところで、どうしてシュバルツ公爵様はミレーユさんの情報を?」

 公爵家が一介の平民の情報を持っていたという事は、やはり王宮では事前に何らかの異変を感じていたという事だろうか?

「……ルビー、それはこいつが変な気を回したからだ」

「兄さん、ちょっと…っ」

 公爵をこいつ呼ばわりした兄を諌めたが、当のシュバルツ公爵が気にした様子もなく、エメラルド殿下でさえもそれが普通だというように話を聞いている。

「ルビー嬢、ダリヤのこの口調を気にする必要はないよ。いつものことだ」

「いつもの?……兄がすみません」

「寧ろ僕はその方が嬉しいので、本当に気にしないでくれ。ダリヤは公式の場ではちゃんと使い分けてくれるしね。もし良ければルビー嬢もミハエルと呼んでくれないだろうか?」

「えっと…」

「ミハエルだよ」

「……ミ、ミハエル様の寛大なお心に感謝します」

 観念したルビーが恐る恐るそう口にすると、ミハエルは嬉しそうに破顔した。

 その笑顔たるや、光り輝く眩しさである。

「ルビーは俺の顔には眉一つ動かさないのに、ミハエルの顔には弱いのか?」

「だって兄さんの顔は見飽きたんだもの。その辺の壁に掛かっている宗教画のような感覚で余り気にもならないわ」

「なるほど、壁の宗教画か?!ルビー嬢の例えは的確だな」

 殿下はその例えが非常に気に入ったらしく、大笑いしながらダリヤの肩を叩いている。

 そしてミハエルは唖然とした顔でルビーを見た後、ダリヤの顔を見て数度頷いた。

「そう言われてみれば…」

「おいっ、納得するな」

 拗ねたように言うダリヤだったが、本気で怒っていないのは一目瞭然だ。

 寧ろどこか嬉しそうな雰囲気すら醸し出しているのだから、男同士仲良くて結構なことである。

「ところで先ほどのルビー嬢の質問なんだけどね、実はルビー嬢に求婚するにあたり、婚約破棄したという馬鹿な男の情報を探っていたんだ。すると、何故か浮気相手、いや、結婚相手がギルレイドの男と頻繁に会ってるだろ?今更別れられてルビー嬢に縋られても嫌だから、ずっと見張らせていたんだ」

 ミハエルはサラリと理由を口にしたが、その余りの情報量の多さに絶句する。

「は…?…いや、えっと……」

 どうやらアルビオンを調査しているうちにミレーユの動向に目を付けたらしいが、その調査理由をミハエルは何と言った?

 求婚??

「あの………っ」

 混乱してアタフタとしていると、殿下が不思議そうな顔をミハエルに向ける。

「カリーナ嬢はどうした?」

「離婚したよ。散財が酷い上に、鉱山まで売り払おうとしたからね」

「なるほど。しかしルビー嬢とは…」

「僕は再婚だし、問題ないだろ?」

「確かに…」

 殿下は納得しているが、問題大有りだ。

 どうなっているんだとダリヤを見れば、疲れたような顔で壁を見ている。

 放置する気満々である。

 これは絶対に面倒臭くなったに違いない。

「兄さん?」

「あ~、ほらっ、こういうのは本人の気持ち次第だからな…」

 断るのが面倒だからとルビーに丸投げするつもりなのだ。

 ギリッと歯軋りしながら澄ました顔をしている兄の脇腹を小突く。

「おいっ、結構痛いぞ」

「痛くしてるんだもん、当然よ」

 そのやり取りをハラハラ見ている子爵家の方々には申し訳ないが、兄は天から舞い降りた天使ではないので、これくらいのことはしても罰は下らない。

「ミハエル、君には悪いがやっぱりこんな暴力的な妹は、とても公爵家に嫁がせられない」

「ちょっと兄さんっ」

 断るにしてももうちょっと言いようがあるだろう。

 だが、ミハエルはもちろん、殿下まで唖然とした顔でルビーを見ているので、効果は抜群だったようだ。

「……本当にルビー嬢はダリヤの顔を気にしないんだな」

「中身を知ってますので……」

 兄はかなりの面倒くさがり屋な性格で、その上何か嫌な事があると拗ねて家族を構い倒したりする結構邪魔くさい男だ。エルグランドやサフィリアと馬鹿な話をしているのも聞いているし、ルビーからすればダリヤは兄以外の何者でもない。

 まるで天使にでも会ったかのように拝む人もいるが、はっきり言ってこの美麗な顔がなければどこにでもいる普通の男である。

 正直、ここが人前でなければ頭を叩いていた。

「まぁ、そういう訳だミハエル。悪いが諦めてくれ」

「何がそういう訳か分からないよダリヤ。大体、直接口説けと言ったのは君だろ?」

「う~ん、確かにそうは言ったけどな…」

 言いながら兄はチラリとルビーを見て、それから嫌な笑いを浮かべた。

 その恐ろしく綺麗な蕩けるような微笑に、周りで固唾を呑んでいた子爵邸の侍女が数人うっとりした顔で倒れる。

 だが、ルビーからすれば、嫌な予感しかしない笑みだ。

「ルビー」

「なに?」

「いつからサフィリアのことをサフィって言うようになったんだ?」

「前からじゃない」

「いやいや、前はサフィ兄さん(・・・)って言ってたよな?」

「ぐっ…」

 ニヤニヤと機嫌の良い笑みでルビーの肩に手を回す兄が小憎たらしい。

「サ、サフィがそう呼んでって言うからよ、特に意味はないわ」

「ふ~ん…」

 ルビーからすれば底意地の悪そうな顔で、機嫌よくルビーの頭を撫でるダリヤ。

 周りで“羨ましい……”という羨望のため息が漏れているが、替われるものなら替わって欲しい。

「という訳だ、ミハエル…」

「………ダリヤの言いたいことは分かった」

 男同士で何を分かり合えたのか理解出来ないが、ミハエルが疲れたように大きくため息を吐き出した。

「はぁ…、まぁ望みが薄いのは分かってたんだけどさ……、何か、ダリヤのその顔、凄く腹が立つ」

 同感です…と心の中でこっそりと同意する。

「兄さん、それよりまずはこれからギルレイドへの対策をどうするかじゃないの?」

「そうだな…と言いたいが、俺にはさっぱり状況が理解出来ない。その王女様とやらには恐らく一度会ったことがある…というくらいだな」

「ふむ。ではまず作戦会議と行こうか」

 その殿下の言葉で、玄関ホールから広めの応接間へと移動する。

 うっかりしていたが、ずっと玄関ホールで立ち話をしていたのだ。

 子爵の胃に穴が空かない内にさっさと移動した方がいいだろう。

「ところで、ステラ王女と一度会ったことがあるというのは本当なの?」

「本店の支配人に言われて思い出したんだが、一度買い物に来ていた王女に挨拶をした事がある」

「それだけ?」

「それ以外に何があるんだ?」

「……何か交際を申し込まれたとか?」

「ないな。仮にあったとして、俺が受けるとでも?」

 老若男女関係なく虜にするダリヤだが、愛しているのは妻のローズと家族だけである。

 たとえ絶世の美女に言い寄られたとしても、兄が浮気をすることはない。

「ギルレイドはその時に何か勘違いさせるようなことを言ったんじゃないかと疑うはずよ」

「それは有り得るな……」

 殿下が難しい顔で眉を寄せるが、何故かダリヤ一人だけが侍女が淹れてくれたお茶を飲んで寛いでいる。

「ちょっと!兄さんも真剣に考えてよ」

「考えても仕方ないだろ。そもそも俺を見て勘違いしない女の方が少ない」

 断言した兄に、室内にいた侍女達が一斉に首を縦に振った。

「いいか、ルビー。俺が笑うだけで勘違いが発生する現象はもう変えようがない。つまり、その事は否定しない方がいい」

「要するに、そこは重要じゃないという事ね?」

「そういう事だ。何故王女が今回のような騒動を起こしたかは、議論するだけ無駄だ」

 確かにダリヤの言うことは一理あった。

 ダリヤの一挙一動に歓喜のため息が漏れるのが常。

 一目惚れも勘違いも否定するだけ時間の無駄というのは頷ける。

「なるほどね……」

「では、ダリヤに熱を上げた王女が勝手にこちらへ押し掛けようと目論見、ファーミング商会を脅した。交渉内容としてはこんなものでどうだい?」

「さすがはミハエル。ファーミングさえも被害者に仕立てあげる手腕が素晴らしい」

「褒められている気がしないけど……」

 そう言って複雑な顔をしたミハエルだったが、彼の提案に反対する意見は出なかった。

「殿下もそれで宜しいですか?」

「構わない。そもそも私は余りこういった交渉が得意ではないからな。ミハエルに任せよう」

「畏まりました。後はそうですね……、身代わりになったお嬢さんをどうするか、ですね」

 ミレーユは現在子爵邸の地下にある牢屋に入れられている。

 自分の仕出かした事は分かっているらしく、今は大人しくしているようだ。

 ルビー達が到着する前に尋問は終えているらしく、ミハエルは手にした紙を殿下へと差し出した。

「王女の協力者であったエリック・セーチェック本人が騙して連れてきたと言っているので、情状酌量の余地はあると思います。しかし彼女は貴族の身代わりになることは承知してここまで来ています。無罪として放逐する訳にはいかないでしょう」

 王都を出発する前にアルビオンにも事情を聞いて来たらしく、行く当てのないミレーユが追い詰められていた可能性もあった。

 その辺りも含め、エリックからも彼女の助命嘆願が来ているらしい。

「確かエリック・セーチェックは教会の誓約魔法を彼女と交わしていると言っていたな?内容は?」

「彼が生きている限りはミレーユ・トラーノの命を守るというものですね。彼女を強制的に働かせる物ではなかった事からも、ミレーユ・トラーノが自主的に関与したのは確かです」

「なるほどな…」

「ちなみにその誓約ですが、彼女は数日前にトラーノ氏との離婚が成立してオクタビア姓に戻りましたので、恐らく現在は無効になっているはずです」

「り、離婚…?」

 思わず呟いた言葉に、全員の視線が一斉にルビーへと向けられる。

「ルビー嬢?」

「いえ、あの……」

 言葉を窮していると、ルビーの心を代弁するかのようにダリヤがため息を吐いた。

「奴らは真実の愛とか言ってルビーに別れを切り出した。その癖、こんなにもあっさりと別れるのかと呆れているんだよ」

 今でもあの時言われた事は覚えている。

 真実の愛だと、アルビオンは言った。

 だからどんな苦労も厭わないと彼は言ったはずだ。

 その言葉通り、彼はルビーへの慰謝料の為にかなり無理をして働いていたようだ。

 それでもミレーユとは仲睦まじくしているものだと思っていた。

「だって、まだ半年も……」

 彼の言う真実の愛とは一体何だったのだろう。

 半年もせずに溶けて消えてしまうような脆いものだったのだろうか?

 騙された妻を見捨てるほどのものだったのだろうか?

「彼には同情の余地があるよ。何でも、エリックとミレーユがベッドにいるのを目撃したようだからね。真実の愛も一気に冷めたんだろう」

 ミハエルが調査したところ、かなりの修羅場だったそうだ。

「ミレーユさんとエリックさんはそういう関係だったんですか?」

「いいや、どうやらエリックは替え玉に利用しようと近付いただけらしいが、関係を迫ったのはミレーユの方だね」

「ミレーユさんが………」

 あの日、アルビオンの隣で幸せそうに笑っていた彼女。

 その彼女は今、冷たい牢の中で一人、裁きが下るのを待っている。

 何が彼女をそうさせたのか、ルビーには分からない。

 けれど、真実の愛を誓った相手となら、どんな苦難も乗り越えられるのではなかったのだろうか。

 真実の愛とは何なんだろう。

 ルビーは一体何の為に別れたんだろう。

「お前が気に病むことじゃない」

「兄さん……」

「真実の愛などと言う上っ面の言葉に縋った結果だ。そしてそれを選んだのは奴ら自身だ。そうだろ?」

「………はい」

 兄の手が慰めるようにルビーの頭を撫でる。

 顔に似合わず意外に男らしい兄の手が、ルビーは妙に好きだった。

 ただ、撫でるならもうちょっと優しく撫でて欲しいとは思う。

「兄さん、髪がグチャグチャになったわ…」

「だったら侍女さん達にお願いして直して貰え」

 その言葉に、部屋の隅に控えていた侍女達の目がギラリと光った。

「ギルレイドとの交渉の場にはお前も出るんだし、ちょうどいいから着替えてこい」

「でもまだ…っ」

 会議の内容を詰めてないと言えば、決まったことは後で教えると部屋を追い出された。

「侍女の方々、妹をお願いしますね」

「はい!お任せ下さい!」

 ダリヤの笑みを浴びた侍女達が、まるで軍隊の統率された動きのような機敏さでルビーを客間へと引き摺っていく。

「いやっあの…ッ」

「お任せを!」

 そうして有無を言わせぬ迫力を持った侍女達に、ルビーは従うしかなかった。



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