トパーズ
そこからは急ぎでシャルドレ村へと合図を送り、残りの騎士達も森へとやってきた。
村から直接こちらへ入ってきたそうだが、やはりいつもより魔獣の襲撃が多かったようである。
それでもニーズヘックの縄張りが解除されれば、以前のような森に変わるのではないかと推測された。
旅人や商人が通れるような森にまた戻ってくれる事を祈るばかりだ。
そしてルビーはと言うと、巣の調査の為に必死で辺りに遮断空壁を展開していた。
本格的な調査は後日になるだろうが、ニーズヘックの死体と卵に関しては早急に王都へと持ち帰る必要があるためだ。
腐る前に素材を確保しなければいけない。
「まさかサフィリアの魔空間庫に時間停止機能があるとはな」
そう言って騎士団へと勧誘する殿下に苦笑を漏らしつつ、サフィリアが卵を回収していく。
ルビーは、騎士達が解体したニーズヘックの保存係りだ。
正直、血生臭い物体を魔空間庫に入れるのは精神的に嫌だったが、この状況ではそうも言っていられなかった。
「悪いなルビー嬢。明日には魔空間庫持ちが来るから、それまでは耐えてくれ」
「いえ、解体する騎士様の苦労に比べれば大したことはありません」
「そう言ってくれると助かる」
「ところで殿下。ギルレイド一行に関してはどうされるのですか?」
このまま調査隊として巣に居つきそうなエメラルド殿下だったが、目下の危険が去った今、棚上げしていた問題に取り掛からねばいけなくなっていた。
その事は殿下も分かっているのか、些かうんざりしたような顔でため息を吐く。
「今朝方連絡が来たのだが、姫がダリヤとの無関係を全く認めないらしくてな。ダリヤには悪いが、彼にはこちらまで来て貰うことになった」
「兄がですか?」
「ギルレイドとしても一応本人に確認せぬことには非も認められないようだ」
使者である第三王子もステラ王女の暴走とは思っているものの、国としてはそのままこちらの言い分を丸々飲む訳にもいかないようである。
「今晩にはこちらに着くらしいので、悪いが君達も一緒に来てくれるか?」
「もちろんです」
行商はクルーガ達に任せることにして、ルビーとサフィリアはこのまま殿下に同行して町へ行くことになる。
殿下としても面倒な交渉は他人に任せたいようだが、ことが本人の婚約話に係わる事だけに無視も出来ないようだった。
殿下も大変だな~と同情していると、巣の調査をしていた副官のリースレットが駆け寄ってきた。
「殿下、巣の中にかなり大型の魔獣の骨を発見しました。恐らくやつの番だと思われます」
「やはり番は死んでいたか…」
「それと、その周りに少々奇妙な物が……」
「奇妙な物?」
「はい。大量の刃物です」
「刃物?定期的に狩人組合や傭兵ギルドに依頼していたから、彼らの刀か?」
「一般的な武器ではなく、いわゆる家庭で使う包丁や鉈なんかですね。それが大量に発見されました」
ニーズヘックに刃物の収納癖があるなんて話は聞いたことがない。
だが、その話を横で聞いていたクルーガが慌てた様子で話に入ってきた。
「すみません副官様!もしかして、包丁の他に、銛や斧はありませんでしたか?」
「……えっと、そうですね、少数ですがそれらもありました」
森の中に漁で使う銛がある時点でやはりおかしかった。
だが、その言葉と共にクルーガがサフィリアの腕を掴んだ。
「坊ちゃん!トパーズの旦那は最後の行商で大量の刃物を買い付けていやした!」
クルーガが叫ぶや否や、彼ら二人は巣の方へと走り出した。
「サフィ!」
「カンザナイト?!」
慌てて二人の後を追いかけると、驚きつつも騎士達が道を空けてくれた。
「…あぁ!やっぱりドナーズ工房の包丁だ!……これも!これも!」
魔獣と思しき大型の骨と大量の刃物。
その近くにしゃがみ込みながら、泣きそうな顔でクルーガが刃物を確認している。
「トパーズの旦那がっ、最後の日に買い付けたやつだ……ッ!」
クルーガの声を聞き、殿下が彼に声を掛けた。
「クルーガ!トパーズ殿の特徴は?!当時着ていた物は分かるか?!」
「だ、旦那はあの日、若草色のズボンを……」
「手の空いてる者は彼らに協力しろ!若草色の服だ!」
その言葉に、騎士達が一斉に巣の中を探した。
だが、それは非常に困難なことでもあった。
何故なら、巣の中には大量の骨が地層のように重なっていたからだ。動物の骨もあれば、人骨と思しきモノも沢山あった。その上、その殆どが食べ荒らされているため、服は辛うじて骨に引っかかっているという状態のものばかりだ。
しかも既に十二年という月日が経過している。色など判別できる訳もなかった。
「殿下、騎士様にはご自分たちの仕事をして貰って下さい」
「サフィリア…」
「俺個人のために、騎士様の手を煩わせるのは本位ではありません。その代わり、お邪魔だと思うのですが、父の捜索の許可を………」
「もちろん存分に探してくれ」
「ありがとうございます」
出来るだけ騎士達の邪魔にならないよう、刃物が見つかった辺りを中心に探し始めるサフィリア。
その横にクルーガとマイルスもおり、三人で人骨を必死で調べている。
そしてルビーにはルビーで別にする事があった。
巣の中で一際邪魔になっている番と思われる古い骨を除去することだ。
「殿下。取り敢えず私はこの大きな骨を保存したいと思うのですが……」
巣の端にあった骨は、大岩の直撃を免れたせいで原型が残っていた。騎士が言うには、かなりの素材だという事だ。
「この番もニーズヘックでしょうか?」
「大型魔獣は同種としか番わないので間違いないだろう。しかし、この番が早々に死んでいたのは我が国にとっては僥倖だったな」
「大型ニーズヘック二匹で暴れられたら、洒落になりませんからね…」
「卵も早々に孵っただろうしな」
「ゾッとします……」
「全くだ。だが、番はこの森に来る前に死んでいると思っていたんだが……」
その原因追求の為にもこの骨は重要な物となってくるようだ。
「重ね重ね悪いが、この骨の収納も頼む」
「お任せ下さい」
出来るだけ他の骨が混じらないよう、慎重にニーズヘックの番と思しき骨を回収していく。
すると、その大きな骨の下からは、奇妙な人骨が出てきた。
他の人骨とは違い、辛うじて人型を保っているのだ。
「恐らく死んだニーズヘックの下敷きになったお蔭で食べられずに済んだのだろう」
所々焼けた色褪せた服装から、この人骨は恐らく旅人だと思われた。
「それにしても何か変ですね…」
何故か、この人骨の周りの土は広範囲に渡って黒く変色しており、焼け焦げた木片などが散乱していたのだ。
「火事?」
「……もしくは爆炎魔法か?……いや、だがニーズヘックは魔法障壁が優れているしな……」
言いながら殿下と二人で周辺を探る。
すると、炭になった木片が更に大量に出てきたのだ。
「やはり何かが燃えた痕跡がある」
「もしかして、番のニーズヘックは焼死でしょうか…?」
「可能性はある。……となると、そこの人骨か?」
目の前の人骨が、何らかの方法でニーズヘックを燃やした可能性が高かった。
人骨を触るのに少々抵抗はあったが、彼がニーズヘックを討伐しているのならば、その方法は是非とも検証しなくてはいけない。
「骨以外はほとんど何も残っていませんね……」
ボロボロの服と長靴には特徴もなく、荷物と思しき物は近くに何もなかった。
何か特殊な武器を持っていたのかと周辺を探るが何も出て来ない。
「う~ん……」
殿下と二人で首を傾げながら辺りを探っていると、不意に目の端を何かが掠めた。
目を凝らすと、人骨の下で何かが鈍く光っている。
「石…?」
ちょうど人骨の手の辺り。
半ば土に埋もれるような形でそれは存在していた。
恐らく空が曇っていたら気付かなかったであろう鈍い光を放つそれは、それでもその存在を主張するようにルビーに何かを訴え掛けていた。
まるで吸い寄せられるように土を掻き分けてそれに手を伸ばす。
出て来たのは、土に塗れて鈍い光を放つ琥珀色の宝石。
古い言葉で【炎】を表すと言われるトパーズ。
そのカフスだった。
「サフィリア!!!!」
絶叫に近いルビーの声に、サフィリア達が慌てた様子でやってきた。
「どうしたんだ?!」
「見つけた!」
「え?」
「見つけたの!」
泣きながらトパーズのカフスを差し出し、呆然とするサフィリアの腕を掴む。
そして強引に彼を人骨の前へと座らせた。
「……ここで見つけたの…」
「…あぁ…、じゃあ……っ」
祖父のシトリアが始めた習慣。
子どもに宝石の名前をつけ、男児にはその名前に因んだカフスを贈る。
トパーズのカフス。
それは、サフィリアの父であるトパーズに祖父が贈った物だった。
「…ぁぁ……ぁぁぁ……父さん……っ」
物言わぬ、ただの骨だけになった父。
それでも、サフィリアは躊躇無くその骸に抱きついた。
「父さん……と、うさん……」
泣きながら、骸にしがみ付くサフィリア。
近くで調査をしていた騎士達も悼むようにこちらを見ていた。
クルーガとマイルスもトパーズの亡骸を前に祈りながら泣いている。
ルビーも涙が止まらなかった。
どこかで記憶喪失になって生きている…。
そんな夢物語のようなことをサフィリアと話したこともあったが、やはり現実はそんなに甘くはなかった。
けれど、やっとトパーズを見つける事が出来た。
ようやく、父や祖父、そして叔母の元にトパーズを連れて帰る事が出来る。
「サフィ……」
十二年前の事件の時でさえ、サフィリアは泣かなかった。
それは彼が頑なにトパーズが生きていると思い込もうとしていたからだ。
そうしなければ立っていられなかったのだ。
そんな彼は今、十二年分の想いを放出するように泣いている。
悲しさと悔しさと…、そして再会出来た喜び。
そんな想いのまま、サフィリアは亡骸の前で泣き続けていた。
「これを彼に……」
サフィリアの落ち着いた頃を見計らって、エメラルド殿下がマントを亡骸に掛けてくれた。
それは恐れ多くも殿下が身に付けていたマントだった。
「ニーズヘック討伐の英雄の身に纏って貰えるなら本望だ」
遠慮するサフィリアにそう言って、トパーズの亡骸を包む手伝いまで申し出てくれた。
その心遣いに感謝しながら、トパーズの亡骸はサフィリアが自分自身で収納する事になった。
そして、騎士達が簡単に調べてくれた結果だが、やはりニーズヘックの番を討伐したのはトパーズで間違いないようだった。
無数に落ちていた刃物は恐らく彼の抵抗の証で、最終的にニーズヘックを討ち取った方法は炎だった。
当時のトパーズは大量の刃物の他に、四十近い油の樽を保有していたことがクルーガの証言で判明している。
亡骸の周辺に散乱していた炭化した大量の木片がその樽の残骸だと思われた。
また、トパーズはサフィリアと同じく火魔法を使用出来た。
ここから導かれる結論として、何らかの方法で油を使ってニーズヘックを焼死させたのだろう。
「この近距離でそんな炎を起こせば無事では済まない。それが分かってなお、討伐してくれたのだろう…」
それは逃げている息子サフィリアの為に他ならなかった。
サフィリアの一度止まった涙が再び流れるのはそれから直ぐのことだった。