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討伐





 陽が昇って間もない森を慎重に進み、ルビー達一行は巣が見下ろせる岩山までやってきた。

 眼下には、卵を抱えたニーズヘックが丸まったまま、時折こちらを警戒するような視線を向けてくる。

「やはり、卵の孵化が近いな」

 遠目から見ても分かるほど、卵が変色しているのが分かった。

 エメラルド殿下曰く、紫色に近いほど孵化が近いのだという。

「それにしても、どうして十二年もの間、卵は孵化しなかったのでしょうか?」

 大型の魔獣ほど孵化に時間が掛かるのは知っているが、それでも十二年という年月は余りにも長いと思う。

「おそらく(つがい)を亡くしている所為だろう」

「番ですか?」

「ああ。大型であればあるほど、卵の孵化には大量の魔力が必要となる。本来であればそれを番である二匹で与えるのだが、あのニーズヘックの番は今のところ確認されていない。おそらく亡くなっているのだと思われる」

「なるほど…」

「また、こちらから定期的に討伐隊を送ることで、奴が常に魔法防御壁を張るようにわざと誘導している」

「つまり、魔力を消費させているという事ですね?」

「そういう事だ」

 王家が常に最悪な事態を考えていることは良く分かった。

 常時送り込まれる討伐隊は、その一つ一つに意味があったのだ。

「私達平民の暮らしは、こうして守られているのですね……」

「そう言って貰えるのは嬉しい限りだな」

 言いながら小さく笑った殿下は、準備の整った筏を見て大きく頷いた。

「ではカンザナイト商会の諸君、後は頼んだ」

「はい。全力を尽くします」

 歯を食いしばり、覚悟を決めて頷いた。

 そして命綱を腰に巻き、三人で筏の上に座る。

「それでは今から浮遊させます」

 騎士の合図と共に、ふわりと筏が浮き上がった。

 最初は少しだけ揺れたが、一度安定してからは真っ直ぐに平衡感覚を保っている。

「このままニーズヘックの頭上へと移動させるので、絶対に動かないで下さいね」

 騎士の説明に頷くと、ゆっくりと筏が岩場から離れていく。

「……こう、胃がギュッとしますね…」

 思わず出たのであろうマイルスの呟きに小さく頷いた。

 筏の上に乗っているとはいえ、足元に地面がないというのがここまで怖いとは思わなった。

「……サフィは大丈夫そうね」

「騎士課での実践訓練で、何度か浮遊させて貰った事があるからね」

「なるほど…」

 今回の一件で痛感したが、騎士とは本当に大変だ。

 無事に帰ることが出来れば、騎士団に差し入れを持っていこうと心に誓う。

「そろそろニーズヘックの真上だ」

 サフィリアの言葉に恐る恐る視線を下に向けると、筏の下にニーズヘックの姿が見えた。

 どうやらルビー達の接近には気づいていたようで、奴は体を丸めた状態でこちらを睨んでいる。

「……っ!」

 目が合った瞬間、ゾワゾワと体中に悪寒が走った。

 叫び声を挙げなかったことを褒めたいほど、ニーズヘックの視線が怖い。

「ルビー……」

「……だ、大丈夫……」

 サフィリアにはそう言ったけれど、無意識に手が震えていた。

 殿下の聖光結界があるから、ニーズヘックは攻撃してこない。

 頭ではそう分かっていても、魔獣の殺意に晒される恐怖がじわじわとルビーを蝕んでいく。

 心の中で必死に大丈夫だと言い聞かせても、空中に浮かんでいるこの状態も相まって、怖くて堪らなくなった。

「ルビー、下は見ないで」

「サフィ……」

「岩を落とす役目は俺がするんだ。ルビーはジッと遠くの景色を見ているだけでいい。マイルスもだ」

「……わ、分かったわ」

「すみません、坊ちゃん」

 今朝までは意気揚々と頑張るつもりだったのに、ニーズヘックを目の前にするとこの有様だ。自分の情けなさが恥ずかしい。

「サフィは怖くないの……?」

「そうだね、怖くないと言えば嘘になるかな。……でも、今はそんな恐怖よりも、あいつを倒す事が出来るこの機会を得られた事が嬉しいんだ」

「サフィ……」

「やっと……、やっと二人の仇を取れる……」

 二人というのは、彼の亡き両親のことだろう。

「そうね…、やっとね……」

「ああ……」

 歯を食いしばり、ジッと足元のニーズヘックを見つめた。

 その獰猛な視線の先に自分がいるのはやっぱり怖い。

 けれどサフィリアが言うように、十二年前の仇が取れると思うと自然と震えが止まった。

「合図だわ」

 岩場の騎士から合図が送られた。

 それに頷き、ルビーはギュッと握った手に力を込める。

「岩を出した直後、多分衝撃で揺れると思う」

「了解です……」

 マイルスが空いた手で筏の縁を握り締めた。

 バランスを取るのが彼の役目だ。

 それを視線の端で確認し、サフィリアが眼下のニーズヘックを睨みつけた。

「終わりだ、ニーズヘック…ッ!」

 瞬間、サフィリアの手から強大な岩が出現した。

 その余りもの質量を誇る物体に、筏が大きく揺れる。

「きゃあ!!」

 まるで大気という波に浚われているような感覚だった。

 落ちそうになる恐怖と戦いながら必死で筏にしがみ付き、ルビーはようやく使えるようになった遮断空壁を展開した。岩場の騎士達も、必死で浮遊魔法を掛けてくれているのが分かる。

 そしてそんな筏の揺れなど意に介すことなどなく、大岩は重力の赴くままに落ちていった。

 その光景は、まるで天からの神罰のようだ。

 人や魔獣、その全てを叩きのめす大きな鉄槌が今、ニーズヘックへと振り下ろされようとしている。

 そんな大岩を前に驚愕の表情を浮かべたニーズヘックが、必死に逃れようとしているのが見えた。

だが、殿下の聖光結界が奴を逃さない。

 そして次の瞬間、ドンッ!っという大地を揺るがすような衝撃が辺りに響き、その風圧で筏が弾け飛んだ。

「きゃあぁぁ~~~~~~~!!」

「ルビー!マイルス!」

 サフィリアが必死でルビーを抱き込み、もう片方でマイルスの腕を掴む。

 幸い三人とも筏に命綱をつけていた為、バラバラに飛ばされずに済んだ。

「ルビー!遮断空壁を展開して!」

「はいぃ~~!」

 飛ばされた衝撃で綻んだ空壁を、慌てて展開する。

 だが、落ちている現状に変わりはない。

「何があっても俺が守るから落ち着いて!」

「サフィ…っ」

「大丈夫!硬い空壁じゃなく、柔らかい空壁を想像して!ベッドのように柔らかい空壁だ!」

「…う、うんっ」

「ルビーなら出来る!」

 言いながら、サフィリアも空壁を展開しているのが分かる。

 だが、彼の空壁は半人分ほどの範囲しかなく、落下の速度を和らげる程度にしかならない。

 このままではいずれ三人とも落ちてしまう。

「……ベッドみたいな…ベッドみたいな……」

 落下の恐怖で震えながらも、必死で柔らかいベッドを想像する。

 だが、なかなか上手くいかない。

 それでも必死に遮断空壁を展開しているせいか、落下速度は緩やかになっている。

「お嬢!お嬢は確かスライムのぬいぐるみがお好きでしたよね?!」

「マイルス?」

「ほらっ、スライムに包まれたいって小さな頃言ってたじゃないですか!そっちの方が想像しやすいんじゃないですか?!」

 言われて思い出したのは、九歳の時にエルグランドから貰ったスライムのぬいぐるみだ。

 貰った時は正直余りの見た目の酷さに次兄の趣味を疑ったものだが、触り心地は確かに最高だった。

「そうか…、あの触り心地……」

 呟いた瞬間、自分達を囲んでいた空壁が変化するのが分かった。

 ぐにゃり…と包み込むように柔軟な形になったのだ。

 それと同時に、筏の落下が止まった。

 宙吊りになった状態で岩場を見ると、殿下達が安堵の視線でこちらを見ている。

 どうやら風圧で飛ばされた騎士達も無事だったようだ。

「今から直ぐに引き上げる!辛いと思うが暫く我慢してくれ!」

「了解です!」

 サフィリアが声を上げると、するすると筏が上昇し始めた。そして直ぐに岩場へと到着する。

「ふぁ~~~~~、着いた~~……」

 安堵の息を吐き出しながら、スライム空壁をゆっくり解除しつつ岩場へと降り立った。

 足が地面に着いた瞬間、へなへなと思わず座り込む。

 完全に腰が抜けた。

「三人とも無事だな!?」

「…は、はい…、何とか……」

 命綱を筏から離しながらそう返事をしたものの、まだ当分立てそうにはなかった。

「確実に寿命が縮んだ気がします……」

 ボソリと呟かれた声に横を見れば、ルビー同様にマイルスも座り込んでいた。

 平気な顔で立っているのはサフィリアだけだ。

「ニーズヘックはどうなりましたか?」

「ここから見る限り完全に潰れたように見えるな。どちらにせよ、一度大岩を除けて確認せねばならん。……魔獣の暴走はどうだ?」

 殿下の言葉に、騎士の一人が直ぐに索敵魔法を展開する。

「あれだけの衝撃ですので、やはりいつも以上に森中の魔獣が騒いでますね。但し大岩を警戒しているのか、この近辺、ニーズヘックの縄張りからは魔獣が居なくなりました。幸い森の外には出ていないようなので、シャルドレ村は大丈夫でしょう」

 念の為、騎士を二人斥候に出したが、やはり同じ結論だった。

「周りに魔獣がいないなら好都合だ。今のうちに巣の確認に向かうぞ」

 もう移動するのかと思ったが、幸いにして何とか立ち上がれるようになった。

 そうしてフラフラになりながらも、サフィリアの手を借りて何とか巣へとやってくる。

「カンザナイト、悪いがもう一度収納を頼む」

「了解です」

 再び落とした大岩を収納し、今度は少しだけ離れた場所へと置くことになった。

「よし、完全に潰れているな」

 大岩を除けると、無残に圧縮されたニーズヘックの死体があった。

 辺り一面に飛び散った肉片に、吐き気が込み上げてくる。

 見ていて気持ちのいいものではない。

 だが、その死体も貴重な素材だ。

 恐らく、収納するのはルビー達になるだろう。

「卵の状態を確認するから、大岩は少し離れた場所に置いてくれ」

「了解しました」

 今後調査隊がくることも考え、少し離れた場所に移動して大岩を再び取り出した。

 近距離からの放出だったが、それでもズシン…と地響きのような音が森に木霊する。

 岩が倒れてこないかを慎重に確認して再び巣へと戻ると、輝くばかりの笑顔の殿下が待ち構えていた。

 その笑顔が意味することは一つだ。

「全ての卵の破壊が確認された!これでニーズヘックの討伐は完了だ!」

 その瞬間、一斉に騎士達が沸きあがった。

 クルーガとマイルスも雄叫びを上げながら拳を叩き合わせている。

 そして……

「……やったわ!やったわサフィ!」

「ルビー…!」

 泣きそうな顔で殿下の言葉を聞いたサフィリアの胸に、ルビーは飛び込んだ。

 カンザナイト家にずっと暗い影を落としていた唯一の存在。

 十二年前、サフィリアの両親、そして商会の従業員の命を奪ったニーズヘック。

 ついに、その仇を討つ事に成功したのだ。

「これでやっと父さんを探せる……」

「うん。一緒に探そう…」

「ありがとうルビー……、ありがとう……」

 骨の一欠けらでもいい。

 父を母と一緒の墓に入れてあげるのがサフィリアの夢だったのだ。

 その夢の一歩が、ようやく今日叶ったのである。


いつも誤字脱字報告や感想をありがとうございます!

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