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ニーズヘック討伐へ




「こ、これ、本当に岩?」

「…たぶん」

 野営地からサザルアの森を囲む街道を行くこと半刻。

 森の南西に位置する入り口から更に五分ほど進むと、お目当ての大岩が姿を現した。

 だが、岩とは名ばかりの大きさを誇る岩の壁を前にルビーは呆然とした表情でそれを眺める。

「山じゃないのこれ?」

 岩の頂上が霞むほどの大きさ。

 確かにこれなら一発でニーズヘックを潰せるだろうが、問題は魔空間庫に収納出来るかという事だ。

 と言うのも、地面に接着している物体は土地の一部と見なされてしまう事が多いからだ。岩ではなく山だと認識されれば魔空間庫から弾かれてしまう。

「これが収納出来なければ他を当たろう」

「そうね…」

 森に詳しいサフィリアには他にも心当りがあるようだったが、現状目の前にある大岩が一番大きいらしい。

「やるしかないわね」

 この大岩が地面と接着していないことを祈りながら、ルビーは小さく気合を入れた。

「スチュアート様、私たちはこれより大岩の収納に入ります。ですが、収納する瞬間は遮断空壁が一瞬だけ解除されますので、その間の護衛をお願いします」

「お任せ下さい」

 入り口に近い場所だとは言え、やはり魔獣の気配はそれなりに感じる。

 遮断空壁が消えた瞬間が一番危ない。

 それに、無事に大岩を収納出来たとしても、岩の下に何かがいる可能性もある。

 土竜(もぐら)系の魔獣の巣になっている場合もある為、騎士の三人は緊張した面持ちで剣を構えた。

「じゃあ、行こうか…」

 サフィリアの声に、ルビーはギュッと手を握り締めた。

 中心にいるルビーの右手をサフィリアが、そして左手をマイルスが握る。

 岩を収納するのはサフィリアだ。

「収納」

 言葉と共にスッとサフィリアの手が岩に触れる。

 別に言葉は必要ないが、騎士達への合図の為だ。

 そして、サフィリアの手が触れた瞬間、目の前から忽然と山のような大岩が消えた。

 無事に収納出来たのだ。

「…やったわ!」

 手を離すと同時に、自分の魔空間庫が一杯になったのが分かった。

 通常の荷物収納ではありえない、魔力を潰すような妙な圧迫を感じる。

 それはサフィリアとマイルスも一緒だったのか、常にない感覚に戸惑っているようだった。

「あっ……」

 それに一つだけ問題が発生した。

 空間遮断魔法が使えなくなっているのだ。

「どうしたルビー?」

「遮断空壁が使えないわ……」

 ルビーの言葉に、サフィリアも慌てて魔法を使おうとするが、やはり空間魔法は何も使えなかった。空間遮断魔法だけでなく、魔空間庫も小石一つ追加収納出来ない状況だ。

「火魔法は使えるな…」

 つまりこの容量方法を使うと、空間魔法が一切使えないという欠点があることは分かった。他の魔法が使えるだけマシだが、これは今後の課題になるだろう。

「では、急ぎ本隊に戻りましょう。遮断空壁がない以上、我々だけでの行動は危険です」

 スチュアートの言葉に頷き、急いでサザルアの森を出る。

 幸い途中で襲ってきた魔獣は小型ばかりだったので、騎士の三人に難なく排除されていた。

 そうしてルビー達は無事に大岩と共に本隊が待つ野営地へと帰り着いたのだ。






「ただいま~」

「おかえりでさぁ、お嬢」

 どうやらルビー達の不在に気を揉んでいたらしいクルーガが、姿を見るなり駆け寄ってきた。

「首尾はどうです?」

「バッチリよ!……と言いたいところだけど、少しだけ問題も発生したわ」

 容量拡大での収納時は空間魔法が全く使えないことを説明すると、クルーガの眉間に小さく皺が寄る。

「それじゃあ、ニーズヘックの巣までの道のりが大分と困難になりますな」

「ええ……」

 ルビーは初めて森の奥まで進んだが、遮断空壁なしで行こうとはとても思えないほど魔獣が多い。

「取り敢えず今から殿下に報告に行こうと思うんだけど、王女殿下達はどうなったか知ってる?」

「ギルレイド一行は、王女の護衛達を含め全員が近くの町へと移動しやした。そこで向こうからの迎えを待って、国同士の協議に入るようですぜ」

 彼らと一緒にミレーユも護送中だという事だった。

 これで、今この野営地にいるのは我が国の人間だけという事になる。

 但し人数は少々減っており、騎士の半分がギルレイド一行の護衛として町へと同行していた。

「サフィ、私達の商隊はどうする?」

「そうだな…」

 この場に残ったところで、行商人として出来ることはもうない。

 ならば、先にシャルドレ村へと入って貰った方がいいような気がしている。

 サザルアの森にニーズヘックがやって来て以降、シャルドレ村へは森を迂回する必要が出た為、他の村よりも行商人や旅人の行き来が減っている。お蔭で物資が届きにくく、いつも商隊がやってくるのを心待ちにしてくれているのだ。

「俺たち三人以外はシャルドレ村へ向かってくれ。そして向こうに着いたら村長に話をして、暫くは家に篭っているように頼んでくれないか。それと、クルーガとザルオラは村の警護に当たって欲しい」

「警護ですか?」

「ああ。殿下にも進言するつもりだが、もし無事にニーズヘックが討伐出来た場合、その反動で魔獣の暴走が始まる可能性がある」

「あ…っ」

 サフィリアの言葉に、その場の全員がその事を失念していた事を思い出した。

 前回の暴走も、突如ニーズヘックが森へとやってきた事が原因だ。

 また同じような事が起きないとは限らない。

「ならば、ニーズヘック討伐は最低限の人数に絞った方がいいな……」

「殿下!」

 不意に聞こえた声に振り向けば、何かを考え込むようにエメラルド殿下が立っていた。

 話に夢中になる余り、殿下の接近に気付かなかったらしい。

「すみません、戻った挨拶もせず…」

「気にするな。報告なら既にスチュアートから受けている。無事に大岩が手に入ったと聞いた」

 空間魔法が全く使えなくなった事も連絡してくれたらしい。

「巣への道程は私の聖魔法が使えるので問題ない。ただ、ルビー嬢とは違い、光の届く範囲しか効果がないので、やはり人数は絞った方が良いだろう」

 考え込む殿下と話し合い、カンザナイトからは大岩を保有しているルビー達三人とクルーガが同行することになった。

 やはりクルーガ以上に森に詳しい人間がいなかった為、もしもの事態に備えての同行である。

 そして騎士達も五人に絞り、合計十名ほどでニーズヘック討伐に向かう事となった。

「残りはリースレットと共にシャルドレ村へ向かい魔獣の暴走に備えてくれ」

「承知致しました」

「リースレット様。我が商会もこのままシャルドレ村へと参ります。数人、魔法を使える者もおりますので、協力が必要な際はお申し付け下さい」

「戦える人間が多いのはこちらとしても心強いですね」

 商隊を任せることになった若手二人、ザルオラとミルボーンには騎士達に協力するように言ってある。

 ザルオラは氷魔法の使い手なので、特に戦力になってくれるだろう。

「では、作戦決行は明朝とする」

 殿下の言葉と共に、討伐隊以外の騎士達が野営地を出発した。

 少し遅れてカンザナイト商会もシャルドレ村へと向かう。そしてそれを見送り、ルビー達はニーズヘック討伐の準備に入った。

 一番の準備は、ルビー達三人をニーズヘックの頭上へと浮遊させる段取りだ。

 これが中々に想定よりも大変だと気付いたのは、打ち合わせを始めて直ぐの事だ。

 試しに三人が手を繋いだ状態で浮かせて貰ったのだが、思いの外、空中で手を繋いだ体勢を維持するのが大変だったのだ。

 というのも、ルビー達一人につき騎士一人が魔法を掛けるため、連携が上手くいかない。

 だからと言って、一人では三人を浮かせられないのだ。

「これは少し厳しいな……」

 そう言って眉間に皺を寄せた殿下だったが、全員で知恵を出し合った末、何か乗り物に乗れば可能かもしれないという結論に達した。

 (かご)のようなものに入り、それを三人の騎士が浮かすのだ。

 それなら籠の平衡感覚を保つだけで事足りる。

「よし、その案で行こう」

 殿下の一声で、製作は騎士達が引き受けてくれる事になった。森から材料を調達しながら作ってくれるそうだ。

「後は我らの仕事だ。カンザナイト達は明日の為にゆっくり休んでくれ」

「では、お言葉に甘えて…」

 そう言って早々に休んだルビー達だったが、翌朝出来上がったモノを見て思わず頭を抱える。

「で、殿下…」

「何だ?」

「これ、籠ではなく(いかだ)に見えますが……?」

「………心の目で見ろ。これは籠だ」

 少しだけ視線を()らしながら断言したエメラルド殿下だったが、ルビーの目の前にあるのはどこからどう見てもただの筏だった。

 要するに丸太を組んだだけの板があるだけで、周りを囲うような柵など何もない状態だ。

「お、落ちませんか?」

「安心しろ。その点については夜通し練習させた」

 見れば、風魔法を使わない騎士が二人、それから殿下も擦り傷だらけだった。

 ルビー達の代わりに筏に乗り、そして何度も落ちたという事だ。

「殿下~~~…」

「だ、大丈夫だ!もう落とさない!そうだな、お前達!」

「はい!絶対に落としません!………ですが、命綱は付けて下さい…」

 どんなに体勢を崩そうと、筏(自称:籠)だけは落とさないと彼らは断言した。

 人間であるルビー達は落ちる可能性はあるけれど、筏に命綱さえ付けておけば地面に叩きつけられる事はないという。

 それはつまり、下手をすれば空中で宙吊りになったままニーズヘックへ大岩を落とす可能性も出て来たという事だった。

「……すまない…、どうしてもあれだけの木しか調達出来なかったのだ…」

 昨日、作戦会議が終了した時点で陽は完全に落ちていた。

 夜の危険な森での伐採作業を考えれば、筏の作成時間も含め、これが限界だったのだろう。

 夜通し頑張ってくれていたのだと知れば、これ以上の文句は言えない。むしろルビー達も手伝えば良かったと猛省する。

「それにしてもさすがは騎士様ですね。突貫でお造りになった割にはしっかりしてます」

 詳しく聞けば、騎士は野営地に簡易の砦を築いたり川に橋を架けたりすることもある為、比較的皆が土木作業に慣れているという事だった。じっくり見れば見るほど、突貫とは思えないほどしっかり組まれている。

 これなら空中分解の危険はないだろう。

 大岩を落とすまで頑張れば、後は空中に放り投げ出されたとしても空間魔法を展開すれば何とかなるはずだ。

 いや、何とかしなければいけない。

「……が、頑張ります…」

 ニーズヘックの討伐はカンザナイト家にとっても悲願だ。

 それなりに怖いとは思うけれど、自分に出来る限りの力を尽くしたい。

「では、これよりニーズヘックの討伐へと向かう。この作戦が成功すれば、我が国のここ十二年の憂いが消えることになる。気を引き締めて向かうぞ」

 こうしてルビー達は、再びニーズヘックの巣を目指してサザルアの森へと足を踏み入れた。


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