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誤算(ファーミング商会視点)

ある意味で可哀そうな人達…




「あの王女は一体何を考えてるんだ?!」

 ヴァルテンベルク王国のファーミング侯爵家の一室で、当主であるリチャードは大きく頭を抱えた。




 折角ギルレイドの高位貴族であるカザン侯爵家と懇意になり、王城への足掛かりが出来たと思ったのも束の間。

 王女御用達の看板が欲しいなら自分の要求を叶えろと、第三王女が馬鹿な欲求をしてきたのだ。

「よりにもよってカンザナイト商会と繋ぎを取れなどと、無理に決まっているだろうが!」

 現地支配人が無理だと断れば、ギルレイドで商売を出来なくしてやるとまで言われたそうである。

 王女の横暴を止めて貰おうにも、ダリウス・カザンは王女の言いなりで頼りにならず、当てになりそうな貴族の知り合いもいない状況だった。

「………王女より手紙を預かっております」

「手紙だと?」

「はい……。これをダリヤ・カンザナイトに渡せば必ず返事があるはずだと……」

「中身は?」

「恋文だそうです」

「なんだと?!」

「ギルレイドの王女である自分の想いを知れば、ダリヤは直ぐに連絡してくるはずだそうです」

「馬鹿なのか?!あの男はエメラルダ王女殿下にすらなびかない男だぞ!そもそもステラ王女は近々エメラルド殿下との婚約を控えているはずだろうが!」

 まだ公には発表されていないが、伯爵家以上の貴族には内示があった。

 王家で唯一婚約者の決まっていなかったエメラルドの婚姻が決まったというものだ。

 これにはファーミング侯爵家を含め、かなりの貴族家が落胆したばかりだった。

「やんわりと、エメラルド殿下のことも申し上げたのですが、王族の義務はちゃんと果たすつもりだとしか仰らず……」

 要するに、子どもを一人ほど生んだ後は、ダリヤを愛人として囲いたいという事だ。

「……本気でそう言ってるのか?われ等はヴァルテンベルクの者だぞ?」

 王家に密告される危険もあるというのに、王女は当たり前のようにそう口にしたという。

「相対した者が言うには、頭が完全にお花畑のようです……」

 王族である自分には逆らえないと理解している醜悪な子ども。

 しかも無駄に知恵があるだけに面倒だった。

「くそっ!王女が勝手に潰れるのは構わんが、うちまで道連れにされてはたまらんわ!」

 ギルレイドでの商売は惜しいが、ここは一旦引いた方が得策だ。

 下手をすればヴァルテンベルク王家に睨まれた上、爵位すら危なくなる。

「新しい店を出すのに一体幾らつぎ込んだと思ってるんだっ…」

 更に忌々しいのが、当のカンザナイト商会は第二王子に取り入って上手くやっているという事だ。

 カンザナイト商会のせいでファーミング商会が窮地に立たされているというのに、いい気なものである。

 どうにかしてカンザナイト商会の鼻を明かせないだろうか。

「………いや、待てよ……」

 良く考えてみれば、これはファーミング商会にとってのチャンスなのではないだろうか?

 王女の婚約式は約三ヵ月後。

 そのまま問題がなければ、一年後にはこちらに輿入れしてくるはずだ。

 それまで何とか王女を上手く満足させる事が出来れば、後はギルレイドでの商売がやりやすくなるはずである。

「支配人に言って、ダリヤの振りをして手紙を書くように指示しろ。ただし、内容は一般的なもので、一切の愛は囁くなと言え」

 それで何とか機嫌を損ねないように注意しながら輿入れまでの一年を乗り切ればいい。

「手紙のやり取りは、必ずダリヤ個人からの直接の遣いだと思わせろ。うちは一切知らない振りをするのだ」

 あくまでもファーミング商会は最初の手紙だけを預かった形にするのである。

 以降の手紙のやり取りは、ダリヤ個人の遣いの者だと言い切るのだ。

 だが問題は、王女がこの国に輿入れした後だ。

 王女は必ずダリヤへ接触を図ろうとするだろう。

 だがそこが、カンザナイト商会を陥れる絶好の機会であった。

「エメラルド殿下に、ダリヤと王女の不貞をそれとなく知らせる」

 実際にしていたかどうかは関係ない。

 エメラルド殿下に疑いを持たせるだけで十分なのだ。

「……なるほど!そうすれば、あの忌々しいカンザナイト商会を排除出来ますね」

 ダリヤとエメラルドはそれなりに親しい間柄だと聞いている。

 だからこそ、裏切られたと知ったエメラルドの怒りは相当なものになるだろう。

 ついでに王女も一緒に排除出来れば、全てが上手く行く。

「エメラルド殿下ならポーリンの嫁ぎ先としても最高だしな」

 娘のポーリンは、狙っていた第三王子ベルトランの相手には選ばれなかった。

 だが、もう四大公爵家に年頃の娘はいない。ならば、侯爵家の中から次は選ばれるはずだ。

「いいか?これが上手くいくかは手紙の内容による。あくまでも、王女が気分良く楽しめるような内容にしろ。ただし、先ほども言ったように愛の言葉は絶対に入れるな」

「畏まりました」

「それと、王女には手紙は破棄するように言え。妻がある身なのでバレれば拙いとでも書けばいいだろう」

「……王女は応じるでしょうか?」

「わからん。……だからこそ、見つかった時も誤魔化せるような手紙にするんだ」

『私には勿体ない』

『身分さえなければ…』

『妻より先に出会っていれば』

 こう言った内容なら、見られても問題ないはずだ。

 仮にファーミング商会の関与を疑われても、王女に脅されて仕方なくダリヤの振りで断りの手紙を書いたと言えば何とか言い訳が立つ。

「……二、三度の手紙のやり取りで諦めてくれればいいのだがな…」

 正直に言えばこの作戦はあくまでも保険で、最初の手紙で王女が諦めてくれるのが一番望ましい。

 カンザナイト商会を追い落としたいのは本心だが、隣国の王女を巻き込むのは余りにも危険が大き過ぎる。

 下手を打って両国の王族を怒らせれば戦争は不可避だ。それはファーミング商会としても望むところではない。

「どのような事にも出来るように対応しておけ」

 上手くいくことを祈りながら、ファーミングはため息をついた。




 だが、リチャード・ファーミングの期待を裏切るように、王女からの要求は日毎に増していった。

 手紙でのやり取りが増えるにつれ、王女は『会いたい』と頻繁に手紙に書いてくるようになったのだ。

「くそっ…」

 最初は上手くいった。

 兄である第二王子の目を盗む為にファーミング商会と一緒に来てはいるが、あくまでもダリヤ個人からの遣いだと担当者が言えば、『秘密の恋』と勝手に妄想し、王女の機嫌は良くなった。

『ファーミング商会としては、姫様からのお頼みという事でこの男を連れてきておりますので…』

『分かっているわ。あくまでも秘密なのよね?』

 本当に分かっているのかいないのか、機嫌よく王女はその秘密の手紙のやり取りを楽しんでいた。

 だが、直ぐに手紙だけでは納得しなくなったのだ。

『ダリヤ様の姿絵を、あのいけ好かないベルベットが持っていたのよ?!どういう事なの?!』

 ベルベット・セーチェックという貴族令嬢に、まるで見せびらかすように自慢されたというのだ。

 ダリヤからの遣いの者なら、今すぐにそれ以上の物を用意しろと激怒された。

 だが、それはどう考えても無理な話だ。

 彼の姿絵は、通称『ダリヤ会』と呼ばれる後援会によって管理されており、会員以外には融通して貰えないのである。

 ベルベット嬢も、ヴァルテンベルクの知り合いに借りただけだと言っていたらしい。

 だが、どれだけそれを説明しても王女は納得しなかった。

 何故なら、王女の中では既にダリヤは恋人だったからだ。

 あの手紙の内容でどうしてそこまで思い込めるのか不思議でならないが、事態は余りいいとは言えない。

「さすがにこれ以上はまずい…」

 想定していたよりも、ステラ王女のダリヤへの依存が激しくなっていた。

 最近の手紙ではエメラルドとの婚約を破棄するようなことまで書き始めたのだ。

 エメラルド殿下との婚約破棄は望むところであるが、ギルレイドで事を成されるとファーミングが疑われ兼ねない。

 あくまでもヴァルテンベルクに来てからではないと、ダリヤとの関係を疑わせる事が出来ないのだ。

「引き際だな……」

 ある程度ギルレイドでの商売も軌道に乗り始めた。

 当初の予定とは違ったが、ここら辺りで王女とは距離を取った方がいい。




 しかしそんな目論見を裏切るように、王女が勝手に暴走し始めた。

「どうして私兵を貸したりしたのだ?!」

「まさか貴族令嬢を(さら)うとは思わなかったのですっ!お忍びで街に出たいから護衛を貸してくれと言われてっ…」

 だが結局その者達は金を握らされ、王女に言われるがままに令嬢を攫ってきたらしい。

 しかもその令嬢の身柄を盾に、騎士である弟を脅して従わせているようだった。

「なんという事だ…っ」

 連絡が来た時には、既に王女はギルレイドを出た後だった。

 手紙には、これから替え玉を使って駆け落ちする算段が書かれていた。

 しかもファーミング商会にそれを手助けしろというのだ。

 更に最悪な事は、脅されている騎士がファーミング商会へとその手紙を持ってきた事である。

 つまり、今回の王女の暴走にファーミング商会が係わっている事を、エリックという騎士に知られてしまったのだ。

 思ってもみなかった状況に背筋が震える。

 王女はダリヤ恋しさの余り、こちらの想定を超える凶行に走ってしまった。

 こんな事がバレてしまえば、身の破滅は確実だ。

 どうにかして王女と騎士の口を封じなければいけない。

 もう(なり)振り構っていられない状況だ。

「傭兵を準備しろ…」

 王女の策に乗った振りをして彼女を排除する。

 危険な賭けだったが、ファーミング侯爵にはもうそれしか道は残されていなかった。




次回からはルビーのお話になります。


いつも感想ありがとうございます。

ありがたく読ませて頂いております。

また、誤字脱字報告もありがとうございます。

毎度本当に助かっておりますm(_ _)m

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[気になる点] >カンザナイトを貶めようとか考えずに真っ当な商売してれば良かったのに… 元から殿様商売で評判悪かった所だから欲かいたんでしょうね… ピンチはチャンスと言うけれど ピンチを活かせるよう…
[一言] 楽しみにしています
[一言] 何度か手を引くタイミングはあったのに、そこで更に一歩踏み込んでしまった結果というかなんというか カンザナイトを貶めようとか考えずに真っ当な商売してれば良かったのに…
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