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高貴なる者の義務

ちょっと長めです。





 先程までと同様の隊列を維持しつつ、ルビー達は王女殿下一行の後を追う。

 狩猟小屋から続く馬の蹄の形跡から、彼らはシャルドレ村へと抜けるルートを進んでいるようだった。

 そこから想像出来ることは、やはりこの辺りの土地に詳しい者が同行しているという事と、おそらくそれはわが国の人間である可能性が高いという事だった。

 というのも、王女殿下一行は地図に載っていないルートを使って進んでいるからだ。

「こんな道があったとはな………」

 殿下は知らなかったらしいが、この森に詳しいクルーガの説明によれば、このサザルアの森の中には、シャルドレ村へと抜けるルートが三つあるらしい。

 狩猟小屋まで来るのに使った道が馬車も通れる一般的なルートで、この道は地図にも記載されているという。旅人や他国の人間が知るのは大体がこのルートとなるようだ。

 更に、この森には一般的に知られていないルートが二つあるようで、今から進むのが、道幅が狭いながらもシャルドレ村への最短ルートとなる。その他にも猟師達が使う徒歩専用のルートがあるらしいが、恐らくその道は現在使えないだろうという事だった。

「王女殿下が無事だといいんだけど……」

 ルビーの呟きに、全員が静かに頷いた。

 現状ミレーユという爆弾を抱えてはいるものの、まだカザンとエリックに騙されていたと言い訳が立つ。それに、王女殿下主導の駆け落ち騒動であるならばまだ救いはあった。

 しかし、その騒動に我が国の人間が係わっている可能性が高いという事は、最悪戦争に発展しかねない。王女殿下が我が国の人間に騙されていたとなれば、戦争不可避は必至だ。

「だけど、王女という立場なのに、なんで駆け落ちしようと思ったかな……」

 例え騙されていたとしても、何故騙されたのかすら疑問に思うほどだ。

 ルビーから見てもエメラルド殿下は武芸に秀でた美丈夫で、愛人がいる等という不名誉な噂すら聞いた事もない。

 確かに兄のダリヤや美麗な公爵達に比べれば地味かもしれないが、駆け落ちするほどの瑕疵があるとは思えなかった。

 そもそも、王女殿下は国と国との友好の為に嫁いでくるのではないのか?

 恋愛結婚に夢を見るのはいいが、王族としての務めを何だと思っているのだろう。

「私が聞いたところによりますと、末の姫という事で随分と甘やかされたようですよ」

 スチュアートが言うには、少し我が侭な所もあるが宜しく頼む…と、事前に向こうの王太子から内々に連絡があったそうだ。

 何でもあちらの王太子殿下と我が国の第一王子殿下は仲がいいらしく、今回の結婚はその縁もあって整った話だったようである。

「だったら尚更兄である王太子の面子の為にもこんな事をしないのでは……?」

「普通の感覚ならそうですよね……」

 森を進みながら、スチュアートと共に愚痴る。

 そんな中、遮断空壁に結構な衝撃が来た。

 中型のコカトリスが隊に向かって突っ込んできたのだ。しかし空壁にぶつかった衝撃でひしゃげたような声を上げ、直ぐに騎士達によって切り伏せられていた。

「コカトリスでもビクともしない空壁はお見事ですね」

「ありがとうございます。けれど正直、私が居なくても良かったのではないかと今は思っています」

 というのも、狩猟小屋を出てから魔獣の襲撃が激しくなってきた事から、エメラルド殿下が聖魔法を発動してくれたのだ。

 隊の先頭で灯る淡い清廉な光のお蔭で、あれから殆ど魔獣が近寄ってこなくなった。

「殿下の聖光結界は強力なのですが、範囲には限界があります。固まった移動なら問題ないのですが、このように隊列が細長くなった場合、後ろまでその光は行き届きません。今回はルビー殿のお蔭で後方の騎士も安心して進めるので、非常に助かっております」

「そう言って頂けると助かります……」

 聖魔法は王家特有の血統魔法だ。

 魔獣を寄せ付けない結界を張る能力で、その力でこの国を興したと言われている。

 治癒が主な光魔法と勘違いされ易いが、聖魔法を使えるのは現在王家の血筋だけだと言われていた。

 ただ、魔獣から人々を守るだけの魔法。

 しかしそれゆえに王家は民に慕われている。

「以前にベルトラン殿下に聖魔法を見せて頂きましたが、ここまで魔獣が寄ってこないとは思いもしませんでした」

 あの時はただ光ってるな~という感想しかなかったが、今こうして魔獣が遠巻きにしている現状を見ると、聖魔法の非常に稀有な能力が良く分かるというものだ。

 ただ、広範囲に光を行き渡らせる場合は腕を上げている必要があるため、これが中々に大変なのだという。

『見た目ほど優雅じゃないんだ……』

 というのが、以前聞いたベルトラン殿下の愚痴だ。

「そろそろですね…」

 スチュアートが呟いて直ぐ、前方を照らしていた殿下の聖光結界がゆっくりと消えていく。

 それは、この森の主であるニーズヘックの縄張りに入った合図だ。

「……っ」

 縄張りに入った瞬間、纏わりつくような重圧を一瞬だけ感じた。

 それを境に、他の魔獣からの襲撃がピタリと止む。ニーズヘックの縄張りには、他の魔獣すら寄り付かないようだった。

やつ(ニーズヘック)は刺激さえしなければ手を出してきません。落ち着いて行動して下さい」

「……了解致しました」

 重圧を感じたのは一瞬だけだったが、それでも慣れない空気に体が少しだけ(すく)む。

 ここからニーズヘックの巣までは相当の距離があるというのに、さすがは特級危険魔獣というべきか。存在が全てにおいて規格外である。

 卵が孵り、ニーズヘックが野に放たれればどうなるのか、想像するだけでゾッとした。

 国が必死で今のうちに討伐を考えているのも納得だ。

「スチュアート!」

 その時、前方から伝令が走ってきた。

 どうやら、ここからは隊を半分に分けるというのだ。

「王女殿下達は?」

「どうやらニーズヘックを気にせず最短ルートを行っているようだ」

「バカなのか…っ?!」

「殿下も呆れておられる……」

 よほど強力な魔獣避けの結界石を持っているか、エリックの遮断空壁が凄いのか…。

「もしかして……」

「ルビー嬢?」

「可能性の話なのですが、彼らは、…えっと黒幕は、王女殿下を殺すつもりなのではないでしょうか?」

「は?」

「いやだって、生きていられても面倒ではないですか?」

 どんな思惑があるにせよ、生きていれば黒幕に繋がる情報を持っているのは確実だ。

 だったらエリック共々ニーズヘックに殺されれば自分達の手を汚さずに済む。

 それに、もしこの状態で二人が死ねば、疑われるのはカザン、そしてダリヤだ。

「ずっと不思議だったんです。どうしてベルベット嬢は殺されずに済んだのか……。だって、殺してしまった方が楽ですよね?」

「それはエリック殿に命令を聞かせる為では?」

「だったら先程の狩猟小屋ではなく、最初からシャルドレ村の近くにベルベット嬢がいると嘘を吐けば良かったと思いませんか?」

「確かに……」

「つまり、ベルベット嬢を保護させ、彼女に証言させるのが目的だったのではないでしょうか?でなければ、ヒューミットという隠語をわざわざ使う意味がありません。偽名を名乗るならトムで十分。つまり、彼らはわざとベルベット嬢に名前を聞かせた。恐らく彼女が落ち着けば、もっとそれらしい情報が出てくるのではないでしょうか?」

 そしてそれは全てにおいてダリヤを示すように作られているのではないだろうか?

 ダリヤの名前が出て来たのは、エリックからの密書のみ。

 それ以外に、直接ダリヤが関与するような単語を一切出さない。

 けれど、一度でもその名前が出てしまえば、足りない情報を埋めようと人は無意識にダリヤと犯人を関連付けようと考えてしまうはずだ。

 そしてそれが恐らく黒幕の狙いのような気がする。

 悪魔の証明……

 していないという事を証明するのは難しい。

 だからこそ、ダリヤが黒幕なのではないかと思わせる事で、犯人の目的は達成するのではないだろうか。

「エリック殿と王女殿下が死ねば、情報を持っているのはカザン殿とミレーユさん、そしてベルベット嬢だけです。もしかしたらカザン殿とミレーユさんもわざと生かされていた可能性もあるのではないでしょうか?」

 エリックの密書も全て向こうの手の内である可能性が高い。

「その可能性はありますね……。しかしそれにしても余りにも回りくどい事をしているようにも見えますが……」

「確かに…」

「無意味と思えるような行動を取れば取るほど、僅かに得た情報の信憑性が増すのも事実だ」

「殿下?!」

 いつの間に来たのか、渋い顔のエメラルド殿下とサフィリア達もこちらまでやって来た。

 どうやら前方でも話し合った際、ルビーと同じような結論に辿り着いたという。

「奴らの誤算は、カンザナイト商会と我らが行き合ってしまった事だな……」

 ルビー達がいなければ、無実だと分かっていても、殿下はダリヤの関与も選択肢の一つとして残さなければいけなかった。

 この状況では、ダリヤが関与していない事を立証するのは時間がかかる。

 それは即ち、捜査の全てが後手に回るという事だ。

「蹄の跡は真っ直ぐにニーズヘックへと向かっている。だが、その脇に数人の足跡があるのをクルーガが気付いた」

「クルーガが?」

「ここから少し入ったところに、猟師が使う獣道が以前有ったそうだ」

「つまり、黒幕達はそちらを通っているという事でしょうか?」

「可能性は高い。適当ないい訳をして、恐らく自分達だけは安全な迂回ルートで逃げるつもりなのだろう」

 そうなってくると、やはり先ほどの推測が信憑性を増してくる。

「ここからは時間の勝負だ。二手に分かれて奴らを追う」

「承知いたしました」

「ルビー嬢とサフィリアは後方部隊と共に黒幕達を追ってくれ」

「殿下は?」

「引き続き姫を追う。悪いがクルーガはこちらのメンバーだ」

「クルーガ……、大丈夫なの?」

「心配しねぇでくだせぇ、お嬢。こう見えても逃げ足は速いんでさぁ。それに、ある程度の抜け道も知ってますしな」

 サフィリアも同行したかったようだが、それは殿下に断られたらしい。

 殿下としては、黒幕連中も確実に逃したくないようで、森に詳しいサフィリアにはそちらの案内を頼みたいようだ。

「迂回部隊の責任者は副官のリースレットが務める。以上だ」

 言葉と共に、殿下とクルーガが隊の先頭へと戻っていく。

 そして暫くすると、前方部隊が再び走りだした。殿下の灯す聖光結界の光が徐々に遠ざかっていく。

「では、我々も参りましょう」

 迂回ルートは徒歩で行く事になるため、残念ながら馬はここで置いていく事になった。

 ニーズヘックの縄張り内なので、運が良ければ他の魔獣に襲われずに済むだろう。

 出来るだけ大人しくこの場で待つように言い聞かせながら、後ろ髪引かれる思いで迂回ルートを急ぐ。

 人数はルビーとサフィリアを入れて全員で八名だ。

 全員の位置を把握しながら、ルビーは慎重に遮断空壁を展開する。いくらニーズヘックの縄張り内に他の魔獣がほとんどいないと分かっていても、皆無ではない。気を抜く訳にはいかないのだ。

 黒幕達の痕跡を追いながら、サフィリアの案内で獣道といえるほどの細い道を慎重に進んで行く。

 そうして森の中を歩く事半刻。

 ついに前方に人の影らしきものを発見した。

『配置につけ…』

 リースレット副隊長の合図で、腕の立つ騎士達が気配を殺して彼らに歩み寄って行く。

 そんな彼らの邪魔にならないよう、ルビーは木の影に隠れながらひたすらを息を殺した。サフィリアはルビーの警護の為にこの場に残っている。

「この後はどっちだ?」

「右だ」

「あ~、くそ、この地図分かりにくいんだよ!」

 地図見ながら悪態を吐く男達は三人。帯剣はしているものの、余り鍛えているようには見えなかった。

 だが、魔術師である可能性もあるので油断は出来ない。

「どうでもいいが早く抜けようぜ。こんな場所に長居はしたくねぇ」

「ああ。それに、早く抜けねぇと結界石が持たない」

 そう言って男が確認するように持ち上げた結界石はかなりの大きさの物だった。

 端から見てもかなり高価な品である事は分かる。

 つまり、それだけの金を出せる人物が彼らの背後にいるという事だ。

「しっかしあの王女もバカだよな~~、あっちの道が安全って、そんな訳ねぇじゃねぇかよな?」

「全くだ。誰があいつらの為の囮になるかっての!」

 どうやら男達は自分達が囮になると言って、王女達をニーズヘックへと続く道へ誘導したようだった。

「いくら男に会いたいからってこんな森までやってくるとか、あの王女、頭がおかしいんじゃねぇか?」

「まぁ、そう言ってやるなよ。あのお姫さんは早く男前に会いたくて仕方ねぇんだって」

「男前って、カンザナイトのダリヤだろ?どんな女でも思いのままになるあの男が、わざわざあんな面倒な王女と駆け落ちなんてする訳ねぇじゃねぇか…」

「自分ならあのダリヤも振り向くと思い込んでるんだろ」

「ありえねぇ~~~」

 ダリヤを褒めているのか(けな)しているのか分からなかったが、これでダリヤが関与していないのは確証した。

 後は彼らを捕らえて黒幕を吐かせるだけである。

「あ~、くそ、また分岐かよ!」

 再び分岐路に立った男が、地図を振り回しながら吐き捨てるように叫ぶ。

「俺に貸せ!マジで早くこの森は抜けねぇとヤベぇんだよ!幾ら替え玉の女を用意してても、所詮は平民の女だ。必ずばれる!」

 バレる前に出来るだけ早くこの森を抜けなければいけないと彼らは焦っている。

 だが、もう遅い……

「その話、詳しく聞かせて貰おう…」

 背後に忍び寄った騎士の一閃が彼らの腕を飛ばした。

「ぎゃあっ!!」

 遠目で分かるほどに血が噴き出したのが分かり、ルビーは思わず目を閉じる。

「ルビー、俺がいいと言うまで目は瞑ってて」

「…………ごめん…」

 無理を言ってここまで付いてきたのはルビーなのに、血が飛び散った瞬間に体がすくんで動けなくなった。

 情けない……。

「謝る事じゃないよ。ルビーはこんな山道でも文句を言わずに必死で騎士達についてきた。俺はそれだけで十分だと思ってるよ」

 それだけを言うと、声が聞こえないようにそっとサフィリアの手がルビーの両耳を塞ぐ。

 その優しい手に微かに安堵しながら、ルビーは息を吐き出した。

「サフィ、もう大丈夫……」

 そっと耳を塞ぐ手を降ろして目を開ければ、サフィリアは小さく頷いた。

「ちょうど終わったみたいだ…」

 くぐもった呻き声が前方から聞こえてくる。

 男達は全員死んではおらず、自害防止の(くつわ)と魔力制御の首輪を嵌められて拘束されていた。

 また、歩ける程度には回復されているようだ。

「……お疲れさまです」

 地面に飛び散った血を出来るだけ見ないようにしながら、ルビー達はリースレット達へと近寄る。

「おそらくこの三人だけだと思いますが、他の敵が潜んで居ないか、今から二人ほどを索敵に回します。お手数ですがルビー嬢には彼らに遮断空壁を掛けて頂きたい」

「了解しました」

 索敵担当の比較的小柄な二名に魔法を掛けながら、注意事項を説明する。

 ルビーの遮断空壁は強力だが、ルビーの傍から離れれば時間は一〇分ほどしか持たない。

「それだけあれば十分です」

 そう言って素早い動作で駆けて行く二人を見送り、ルビーは安堵の息を吐き出す。

 後はもう彼らの帰りを待って、先ほど馬を置いてきた場所まで戻るだけだ。

「馬が無事だといいんだけど……」

 そう呟いた瞬間、木々を震わせるほどの咆哮が辺りに木霊した。

「ガァァァァーーーー!!!」

「な、なにっ?!」

「ニーズヘックだ!」

 怖い顔で叫んだサフィリアがリースレット副隊長に詰め寄る。

「恐らく誰かが巣に近づき過ぎたんです!」

「……くそ、王女殿下か!」

 卵を守るニーズヘックは気が立っている。

 巣に近付く者は例え相手に敵意が無かろうとも容赦などしない。

「リースレット殿!この先に少しだけ開けた岩場があります!そこからなら巣の様子が一望出来ます」

「遠距離攻撃は可能か?!」

「強弓なら!」

 その岩場はちょうど巣の真裏に位置しており、登れば巣を一望出来るという。

「ねぇサフィリア、魔法は届きそう?!」

「届くには届くだろうが、ニーズヘックには効かない」

 ニーズヘックは常に魔法障壁をまとっており、魔法攻撃が一切効かないというのだ。

 上級魔法なら僅かに効果もあるらしいが、無駄にニーズヘックを刺激するだけで役に立たないようだ。

「基本的には物理攻撃しか効かない」

「じゃあ弓しかないのね…」

 どうりで十二年もの間討伐に失敗している訳だ。

「取りあえず岩場に向かう!弓でもないよりはマシだ!こいつらはここに縛り付けておけ!」

 捕まえた男達は結界石と共に木に縛り、ルビー達は必死で岩場まで走った。

 途中で索敵に出ていた二人とも合流し、岩場を何とかよじ登る。

「いた!あそこだ!」

 眼下に見えるのは、三階建ての屋敷ほどの大きさを誇るニーズヘック。

 そしてその脇には豪華なドレスを纏った女性と、騎士らしき男が恐怖に彩られた表情でニーズヘックを見上げている。

 そんな二人に、ニーズヘックからは鋭い爪が何度も振り下ろされていた。

「遮断空壁という事はあの男がエリックか?!」

 エリックは必死で遮断空壁を展開しているが、ニーズヘックの猛攻撃に徐々に空壁が薄くなり始めていた。

 どうして逃げないのかと思ったが、どうやら後ろで腰を抜かしている王女は足に怪我をしているようだ。恐らく逃げようとして負傷したのだろう。

 エリックはそんな王女を庇うように必死で遮断空壁を展開していた。

「上手いわ…」

 彼は体全体を覆うことを諦め、攻撃のくる前方へと空壁を集中的に展開している。その腕前は祖父並みに見事で、思わず感嘆のため息が漏れた。

 しかしそれでもいつかは限界が来る。

「殿下だ!」

 リースレット副隊長が叫んだ瞬間、エリックの直ぐ脇を光の矢が飛んだ。

 聖魔法が作り出す清廉な光の矢。

 攻撃に向かないが、魔獣が忌避するその光は、確実にニーズヘックへと届いた。

「ガァァ!」

 酷い咆哮と共に首を振るニーズヘック。

 それを見逃さず、直ぐに騎士達がエリック達に駆け寄る。そして、王女殿下を抱えた騎士達が素早く戦線を離脱した。

「聖魔法って凄いわね……」

 殿下は魔法を連発しながら徐々に後退していく。

 攻撃は出来ないけれど守る事に特化した見事な魔法に、ニーズヘックでさえもその場から動けずにいた。

 そしてエメラルド殿下は無事に王女を連れて巣から離れる事に成功する。

「やったわ!」

 思わず声を上げれば、ルビー同様に騎士達も安堵の息を吐き出していた。

 幾ら殿下の魔法が素晴らしいと言えど、危険がない訳ではない。

 特に、ここにいる騎士は殿下の近衛だ。殿下の身を守れない身は非常に歯がゆい事だろう。

「それにしても聖魔法があれほど効くとは思いませんでした。正直、殿下がいらっしゃれば、討伐も簡単に出来るような気がします」

 だが、ルビーの安易な考えを打ち破るように、リースレットが首を大きく横に振る。

「効果的な攻撃手段があればそれも可能なのですが……」

 国も無駄に十二年もの間、手をこまねいていた訳ではない。

 それこそ殿下達と協力して何度も討伐に挑んでいるそうだが、結果は思わしくないそうだ。

「近距離攻撃のみだと、あの強靭な爪の一閃で中々近寄れません。その上奴の体を覆う鱗は非常に頑丈で、通常の剣や弓が効かないのです」

 それでも何とか攻撃に耐えられる剣や弓の開発には成功しているらしい。

 だが、そもそも近寄るのが難しく、現状一番効果があるのが王族の使う聖魔法なのだそうだ。

「もし卵が孵れば、王族が交代で聖光結界を張り、外部へ出さない事になっています」

「そんな話になっているんですか?」

「はい。そうなれば王家と奴の根競(こんくら)べですね」

 王族はその任務を(まっと)うするべく、交代で常時ニーズヘックの押さえ込みに入るらしい。

 何年掛かるか分からないが、ニーズヘックが飢えて死ぬまで維持する予定だそうだ。

「王家は常に最悪の事態を想定しています。ゆえに、エメラルド殿下の婚姻を急いでいたのですが……」

 その結果はご覧の通りだ。

 ニーズヘックを無駄に刺激しただけに終わった。

 幸い王女殿下は無事だから良かったものの、これが隣国との戦争にまで発展したら我が国は最悪の事態を迎える事になっただろう。

「もしかしてベルトラン殿下も?」

「はい。恐らくベルトラン殿下がここを抑える主力になるでしょう」

 先日わざわざルビーの婚約残念パーティーへと足を運んでくれたベルトラン殿下の顔を思い出す。

 庶民派の彼は、パーティーでも気軽に平民の友人たちと会話を楽しんでいた。気取らないその態度に、平民からの人気は爆上げ状態だ。

 女性にうつつを抜かしていたノータリン王子はもういない。

 彼は変わった。アリステラを慈しみ、民を友人と呼ぶようになった。

 今では婚約者のアリステラにベタ惚れ状態で、たまにそんな二人をからかうのもルビーの楽しみの一つだった。

『ルビー、わたくしと殿下の結婚が早まりそうだわ』

 アリステラの顔を思い浮かべた瞬間、先日彼女から告げられた事を思い出した。

 あの時は純粋に良かったですね…と答えたが、もしかするとニーズヘックの件があり早まったのかもしれない。

 それはつまり、卵が孵るまでにニーズヘックを討伐出来なかった場合、アリステラはベルトラン殿下を危険なこの森へと送り出さなければいけないという事だ。

「……ッ」

 三男のベルトラン殿下がその任を負うのは当然なのだろうが、送り出さねばいけないアリステラの気持ちを思うと心が苦しくなる。

 だが、彼女は笑って送り出すはずだ。

 これが貴族の責務なのだと。

「貴族とは大変なものですね……」

「ええ。贅沢ばかりではありませんよ」

 苦笑を漏らすリースレット副隊長は、恐らくカンザナイトの叙爵を知っているのだろう。

 高貴なる者の義務を痛感する。

 叙爵までに、改めて貴族のあり方を勉強した方がいいかもしれない。

「ところでリースレット殿、カタパルトなどは試されておられますか?」

 サフィリアの言うカタパルトとは投石機の事で、通常は城壁などに設置されている。

 移動型もあり、農地などで魔獣対策に使用している場所もある。

「国にある最大の物で試しましたが駄目でした。しかし効果はある程度認められたので、現在は大型のカタパルトを製作中です」

「実はオグリース国で大型魔獣討伐用のカタパルトが開発されたと耳にしました」

「誠ですか?!」

「ええ。大型の杭を打ち込むようなものらしいです。竜種に効くかは分かりませんが、ぜひ問い合わせをしてみて下さい」

「貴重な情報をありがとうございます」

 我が家は行商を長くしている間柄、他国の人間にも知り合いが多い。その上サフィリアには傭兵の友人が何人かいるため、魔獣関連の情報には人一倍敏感だった。

「新型カタパルトが効けばいいんだが……」

「難しいんですか?」

「実物を見てないので何とも言えませんが、余程大きな物でないと羽の風圧や爪の斬撃で弾かれてしまうんです」

 確かにあの巨体だ。

 岩や槍など小石や針程度の痛みにしかならないのだろう。

「あの巨体を潰せるような隕石でも落ちてこないかと、奴を見る度に思いますよ」

 何度か討伐に参加しているリースレットが苦い顔を浮かべる。

 隕石とは、時折空から降ってくる巨大な岩の塊だ。

 別名神々の怒りとも言われており、昔の文献には街が丸々隕石の下敷きになって滅んだ記述もあるようだった。

「隕石か……」

 街を壊すほどの隕石など恐怖でしかないが、ニーズヘックを潰せる隕石なら大歓迎だ。

 どこかに落ちている隕石を転移魔法でニーズヘックの頭上に運べないものだろうか。

「あ…ッ!」

「ルビー?」

「そうだわ!そうよ!運べばいいのよ!」

 今この頭上に隕石が無いのなら、ある所から運べばいい。

 無い所へ物を運ぶ。

 今のルビー達ならそれが可能である。

 そしてそれが、行商人である自分達の仕事でもあった。

「ルビー、何を思いついたの?」

「行商の仕事よ」

 少しだけ期待するような声のサフィリアに、ルビーは小さく答えた。

 そして不思議そうな顔するリースレットへと視線を向ける。

「リースレット様、ご所望の隕石、カンザナイト商会でご用意してみせますわ」

 言い切ったルビーはにっこりと会心の笑みを浮かべた。


いつも感想や誤字脱字報告をありがとうございます。

次回くらいから少しずつ伏線回収に乗り出したいと思います。

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