本当の駆け落ち相手は?
ここから暫くはルビーサイドのお話です
カザンが目を覚ましたと聞いて駆けていったエメラルド殿下から呼び出しがあった。
どうやら、ルビーとサフィリアにも聞いて欲しい話があるようだ。
「カンザナイトです。殿下、お呼びと伺いましたが?」
「ああ、二人とも入ってくれ」
エメラルド殿下の許しを得、ルビーとサフィリアは小ぶりの天幕へと入っていく。
中には数人の騎士と殿下、そして簡易ベッドの上でうな垂れているカザンが目に入った。
上級薬と治癒魔法のお蔭で傷は塞がっているようだったが、流した血のせいか、それとも事の重大性に気付いたのか、彼の顔色は非常に悪かった。
「カザンの事情聴取が終わった」
「……それで、王女殿下は?」
「この森を逃走中だ。ちなみにこれは王女自らの意思で、誘拐ではないそうだ」
エメラルド殿下の言葉に、思わず目を見開く。
「どうやらステラ王女は私との結婚が嫌で逃げ出したようだな……」
「そんな…」
ため息交じりで疲れたように言うエメラルド殿下。
しかし、この婚姻は国同士の関係性を高める為に決められた結婚のはずだ。嫌だから断れるものではない。
「………姫様は、私を愛していると…、私だけを愛しているから連れて逃げて欲しいと…」
ベッド上でカザンは嗚咽を漏らしながら、悲嘆に暮れる。
彼は王女殿下に言われるまま、ここから駆け落ちするつもりでこのような行動を出たようだ。
しかし………
「真実愛しているのは私だからと…、だから私は婚約を破棄してまで姫様の言う通りにしたのに……」
だがそこまでして愛した王女殿下は、最後の最後でカザンを裏切った。
「ステラ王女は、どうやらカザンに全ての罪を背負わせるつもりだったようだ」
王女はカザンを巧みに騙し、自分を攫うように命じる。
そうして端から見れば、カザンが無理矢理ステラ王女を攫ったように見せかけたのだ。
後はカザンを殺し、ステラ王女の代わりであるミレーユが死ねば、王女殿下の行方を知るものは誰も居なくなる。
恐らくミレーユは最初から殺される予定だったに違いない。だからこそ、傷を負ったカザンと二人、魔獣危険区域であるサザルアの森へと放置された。
カザンが王女を誘拐した挙句、逃げる途中で二人とも魔獣に襲われてしまったという筋書きを作るためだ。
「しかし、下手をすれば両国間で戦争が起きるのでは?」
「……いや、回避可能だ」
王族が死んでいるとはいえ、犯人がギルレイドの貴族であれば、ギルレイドもこちらの国に対して戦争を仕掛けることは出来ない。自国貴族のカザンの不始末を詫び、こちらの国はみすみすカザンに誘拐させてしまった警備の不備を詫びる。
恐らくはお互いに他言無用で書類のみの密談が交わされ、罪に問われるのは何も知らないカザン侯爵家だけだろう。
「そんな……」
家族にまで累が及ぶことを考えていなかったカザンこと、ダリウス・カザンは、ようやくここに来て自分がいかに愚かなことを仕出かしたのかを知った。
「しかし殿下、それほどの事を王女殿下お一人で出来るとは思えませんが…」
「もちろんそうだ。王女には協力者がいる」
「協力者?」
「そうだ。王女と共に行動している男が一人いる。名前はエリック・セーチェック。王女の護衛騎士をしていた男で、カザンを斬ったのもその男だ」
王女付きの侍女達にも確認したが、ギルレイドのセーチェック伯爵家の三男で間違いないそうだ。
「では、その男と王女殿下が駆け落ちしたという事ですか?」
「いいや、違う…」
そう言ってエメラルド殿下がルビー達に見せたのは、酷く汚れた一枚の紙だった。
どうやらそれはカザンを斬った際にエリックが彼のズボンに捩じ込んだ物らしい。
しかもご丁寧に、その紙には魔獣除けの結界石が包まれている状態だったという。
魔獣危険区域であるサザルアの森で血を流した彼が無事だったのは、その結界石があったからに他ならない。
斬られた傷も致命傷ではなく、恐らくエリックには始めからカザンを殺すつもりがなかったのだろう。
「何故彼はそのような事?」
「この密書によれば、どうやらエリックは行方不明の姉の居場所を知るために仕方なく王女に協力しているようだな」
「お姉さんですか?」
「ああ。彼の姉は、とある夜会で婚約者に婚約破棄されてから行方不明らしい……」
どこかで聞いたような話だと思いながら、チラリと、ベッドの上で悲嘆にくれているカザンを見る。
「そうだ。エリックの姉の名前はベルベット・セーチェック。カザンの元婚約者だ」
最低だな…と思う。
夜会で婚約破棄したという事は、公衆の面前で行われたということだ。
只でさえ相手を傷付ける行為だというのに、更に貶めようとするその所業に虫唾が走る。
順番が逆だとはいえ、アルビオンでさえきちんと話し合いの際には密室を選んだ。
そんな最低限の礼儀さえ、カザンは持ち合わせていなかったらしい。
「それで、どうしてベルベット嬢の行方が分からないのですか?」
「カザンに婚約破棄を言い渡されて直ぐに彼女は会場を後にしているが、そのまま馬車ごと行方不明になっているそうだ」
「カザン殿はそれを何とも思わなかったと……?」
ベッドの上で青褪めるカザンをサフィリアが剣呑な視線で睨んだ。
幾らなんでも自分の発言の所為で行方が分からなくなった元婚約者を無視していたとは思えない。
「ひ、姫様が…」
「王女が?」
「……噂が下火になるまでは自分が匿っているのだと言われて…」
「はぁ…?!」
「そ、それが、自分達が傷付けてしまったベルへの贖罪だと……」
元恋敵にまで優しい王女だと、カザンは感動したのだという。
馬鹿なのかと殴ってやりたい衝動に駆られたが、ルビー以上にそう思う人間は他にもいるはずだ。
「彼女の家族は何も言わなかったのですか?!」
「……姫様自ら預かっていると言われれば………」
セーチェック家としてもそれ以上の追及は出来なかったようだった。
だがいつまで経ってもベルベット嬢は帰ってこない。
家族が疑念を感じても不思議ではなかった。
「エリックから何度も追求されました…。けれど私は本当に何も知らず……」
「王女の言葉を信じたと?」
「はい……。私と姫様が無事に逃げられれば、替え玉の少女が全て後処理をしてくれるはずだと……」
しかしエリックはエリックで、姉の居場所の為に替え玉の少女を探す羽目にまで陥っていたという。
「………とんだ悪女だな……」
ボソリと呟かれたエメラルド殿下の言葉には誰も反論しなかった。
カザンでさえ、言葉もなく俯いたままだ。
「しかし、ステラ王女殿下は何をしたいんでしょうか?」
「サフィ?」
「ルビー、考えてみなよ。ミレーユさんを替え玉にして殺すつもりだったという事は、王女殿下はその地位を捨てるつもりだったという事だよ。だけど、王女のような地位の高い人間が市井で生活出来ると思う?」
「……確かにサフィの言う通りだわ」
無事にこのままサザルアの森を抜けることが出来たとしても、サフィリアが言うように市井に紛れられるとは思えない。
考えられるのは、エリック以外の協力者がいるのかもしれないという事だ。
「駆け落ち相手が他に……?」
「その事なんだがな、カンザナイト……」
「はい」
「ダリヤは離婚の予定があるのか?」
「は?」
思っても見なかったエメラルド殿下の言葉に、サフィリアと二人で顔を見合わせる。
「えっと……、兄夫婦の仲は非常に良好のはずですが…?」
王女殿下の駆け落ち相手、もしくは別の黒幕の話をするのかと思えば、何故か突然エメラルド殿下が兄であるダリヤの話を振ってくる。
「ダリヤが隣国との商売に力を入れているという事は?」
「それも今のところ特には……」
「では、ローズ夫人以外の女性を娶る予定は?」
「殿下……、残念ながら平民は一夫一妻制でございます」
「そうだな…。分かってはいるんだが……」
何故か言葉を濁しつつ、殿下は先ほどのエリックからの密書をルビー達の前へとかざした。
「最後の方を読んでみれば分かるんだが……」
「はぁ…」
走り書きに近い形で、エリックがステラ王女殿下に命令された内容と、今後の計画が書かれている。
そしてその最後には、ルビーが想像もしなかった名前が書き殴られていた。
『姫の真実の駆け落ち相手は、ヴァルテンベルクの豪商であるカンザナイト商会の跡取り、ダリヤ・カンザナイトだと思われる』
「はぁ~~~~~~~~~~~?!!!!」
見知った兄の名前を見つけ、ルビーは思わず絶叫した。
いつも誤字脱字・感想ありがとうございます。