王女殿下の正体
ようやく体調が戻りました~
少しずつ以前の投稿ペースに戻していきますので宜しくお願いします。
これ以上の面倒は勘弁して欲しいと祈りながら待っていたルビーだったが、それは儚い願いだったと痛感した。
豪華な装飾が施されていた馬車が、見るも無残なほどボロボロの様相で戻ってきたからだ。
しかもやっと戻ってきたはずのエメラルド殿下は酷く苦い顔をしており、思わず最悪の事態が頭に浮かぶ。
「馬車の保護を感謝するカンザナイト」
「勿体無いお言葉です。それで馬車の中の方は…?」
「無事だ」
殿下の声に安堵の息を吐き出す。
どうやら危ないところをギリギリでスチュアートが追いついたようだった。
だが、全員が無事だったというのに、殿下はかなり険しい顔をしている。
「どうかされましたか?」
「……馬車の近くでカザンが倒れていた」
「やはり魔獣に……」
「違う。傷口はどう見ても刀傷だった…」
つまり、魔獣ではなく人間の手によって傷付けられたという事だ。
「盗賊でしょうか……?」
「いや、盗賊なら中の人物が無事であるはずがない」
スチュアートが駆けつけた時には瀕死のカザンが魔獣と戦っており、その横にはボロボロの馬車があるだけで、盗賊一人どころか死体すらない状況だったようだ。
幸いカザンは治癒魔法と上級傷薬のお蔭で一命を取り留めたが、現在は意識のない状態だという。
「どういう事でしょう……」
そもそもサザルアの森で活動するような命知らずな盗賊がいるとは思えない。
考えられるのは、カザンの命を最初から狙っていた誰かがいるという事だ。
「長居するのは危険だと思って引き返してきたが…」
出来れば周辺を調べたかったそうだが、王女殿下の身を最優先に引き返して来たらしい。
だが、王女殿下は怯えてろくに話が出来ない状態の上、カザンは意識を失っている。
彼の意識が戻るのが早いか、お姫様が落ち着くのが早いかという状況だった。
「カンザナイト、すまないが侍女に姫の様子を聞いた上で、必要な物があれば用立てて貰えるか?」
「もちろんです」
視線を向ければ、ボロボロになった馬車から侍女達に手を引かれた一人の女性が降りてくる。
薄桃色の可愛いドレスを身に纏った小柄な女性だ。
可愛らしいその女性が、エメラルド殿下の婚約者にして隣国の第三王女殿下と思われる。
一瞬どこかで見たような顔立ちだと思ったが、そう言えば去年隣国の建国祭に行った時に見ていたのを思い出した。
「では早速御用聞きに行って参ります」
怯えた女性に男性が近付くのを避けるため、ルビーがまず挨拶に伺うことにした。
察したサフィリアは殿下と共に騎士達に必要な物資の確認に入っている。
長旅になると思って傷薬を大量に仕入れてきて正解だった。
特に上級薬は掛けるだけで傷が直ぐに塞がる一級品だ。神殿でしか買えない高価な物だがやはり持ってきていて良かった。
「商隊の代表でご挨拶に参りましたルビー・カンザナイトと申します。ご入用の物があれば用意するようにとエメラルド殿下から仰せつかって参りました」
急遽設置された天幕の傍にいた侍女にそう挨拶をすると、彼女は途端に顔を綻ばせた。
「ちょうど良かったわ。姫様に軽食を用意しようと思っていたのだけれど、荷物を積んだ馬車とは離れてしまって…」
「クッキーやチョコレートならございますので直ぐにお持ちいたします」
「それと着替えはあるかしら?」
「王女殿下用でしょうか?」
「ええ、どうやら一度馬車の外に出られたようで…」
確かに先ほど降りてきた彼女のドレスの裾は酷く汚れていた。
馬車の中で震えているだけかと思ったが、もしかしたらカザンの様子を見るために外に一度出たのかもしれない。
さぞやショックな光景だったことだろう。
しかし残念ながら商会の荷物にドレスは積んでいない。あるのは庶民の、更には農村向けの簡素なワンピースばかりだ。しかし、汚れた服を王女殿下に着せたままというのも不味い気がした。
「残念ながら当方は庶民向けの物しか積んでおらず……」
「そうよね…」
「その…、私個人の手持ちのドレスであれば幾つかご用意出来ますが…」
いつでも貴族との謁見に対応できるよう、ルビーはそれなりのドレスを数枚魔空間庫に収納している。
「私のサイズになりますので王女殿下に合うかどうか…」
「では、その旨を上役に確認して参りますので、ここで少々お待ち下さい」
そう言って侍女が天幕の中へと入っていくのを確認すると、空かさずマイルスがクッキーとチョコレートの箱を手渡してきた。
「ありがとう。確かビスケットもあったわよね?それらは騎士様達にお配りしてくれる?」
「了解しました」
マイルスが去っていくと同時に天幕が開き、先ほどとは違う侍女が顔を出した。
歳の頃から見て、恐らく彼女が侍女頭だろう。
「ドレスを見せて貰っても宜しいかしら?」
「勿論です」
ルビーが頷くと、そのまま天幕の中へと案内される。
急遽作ったとは思えない天幕には豪華な毛皮が敷かれており、その直ぐ傍に置かれた椅子には先ほど助け出された王女殿下が俯いたまま不安げな様子で座っていた。
入ってきたルビーに気付かないほど憔悴している様子が痛々しい。
「こちらに並べて頂けますか?」
侍女頭が示したチェストの上に、魔空間庫から取り出した手持ちのドレスを並べる。
「中々に良い品物ですね」
「お褒めに与り光栄です」
貴族との会食用だと説明すれば納得してくれた。
「さすがは豪商と噂のカンザナイト商会ですわ」
「ありがとうございます」
侍女頭の褒め言葉に恐縮していると、不意に王女殿下が顔を上げた。
「……カンザナイト商会?」
「ええ姫様、カンザナイト商会の方が着替えを持って来て下さいましたわ」
カンザナイトの名前に顔を上げた王女殿下。
やはりどこかで見たような顔だと思った瞬間、王女殿下は何故かルビーの顔を見て表情を強張らせた。
「ル、ルビーさん…っ?!」
初対面の筈なのに、まるで旧知の仲であるような王女の言葉に、その場にいた全員が固まった。
「あの…?」
「どうして貴女がここに…っ?!」
まるで仇敵にでも遭ったように叫ぶ王女に、ルビーは言葉を詰まらせた。
どうしてと言われても返答に困る。
要望のあった着替えのドレスを持ってきただけで、特に何もしていない。
そもそも、ルビーはまだ下の名前を王女殿下には名乗っていなかった。
それなのにどうして王女は知っているのだろう?
「姫様、カンザナイト様をご存じなのですか?」
「…いえ、その……っ」
侍女の言葉に、王女は慌てた様子で口を噤んだ。
しかし返事を聞くまでもなく、明らかに王女はルビーを知っている様子だ。
「どこかでお会いしましたでしょうか?」
「は、初めてよ…っ」
睨みつけるような視線で言われたが、それを信じる人間はこの場にはいなかった。
何度もルビーを見ては視線を逸らすその態度は、まるで何かを隠していると言わんばかりだ。
「あの…」
「知らないと言っているでしょ!」
全てを言い終わらないうちに否定の言葉が飛んでくる。
怒っているというよりは、どこか怯えたようなその声に困惑が増した。
そう、王女は何故かルビーを見て怯えているのだ。
平民の商人に王族が怯える理由が分からない。
だがこのままここに居座っても、不敬罪で面倒なことになりそうだ。
「出直した方が良さそうですね…」
侍女頭にそう告げると、王女はあからさまに安堵の表情を浮かべた。
その表情にルビーは既視感を覚える。
最近、それと同じような顔をどこかで見たような気がするのだ。
小さく怯えるような表情。
そして微かに息を吐く安堵の表情。
………確か、余り良い思い出のない場面で見たような気がする。
どこで…?
誰が…?
「カンザナイト様…?」
呼ばれた声に振り向くと、侍女頭が王女の横で気遣わしげな表情を浮かべている。
その隣には守られるように座る王女。
それを見た瞬間、ソファーに座るあの日の二人を思い出した。
そうだ……
婚約破棄を言い渡された時、アルビオンの横で不安そうな顔で話を聞いていた彼女にそっくりなのだ。
「………ミレーユ…さん……?」
小さく呟いたはずのルビーの声に、王女殿下が小さく肩を震わせた。
そして、落ち着きなく視線を彷徨わせる王女。
……やはりどこかおかしい。
魔獣の襲撃に動揺しているとも考えられるが、今の王女は明らかにミレーユの名前に反応した。
そしてそう思ったのはルビーだけではなく、侍女頭も何かに気付いたような厳しい顔でルビーを見つめる。
「カンザナイト様、ミレーユ様というのは?」
「……王女殿下によく似た女性の名前です」
「よく似た……」
小さく呟いた侍女頭は、そのまま静かに王女殿下を見つめた。
そんな侍女頭の視線を、居心地が悪そうな顔で王女殿下が受け止める。
明らかに今のルビーの言葉は不敬に値すると思うが、侍女達は誰もルビーを咎めようとはしなかった。
むしろ全員が疑わしげな視線を王女殿下へ向けているのだ。
「姫様」
「な、何かしら?」
「わたくしはミリーという愛称で呼ばれておりますが、本名はもちろんご存じですわよね?」
「…も、もちろんよ、ミリー」
言いながら必死で何かを思い出そうとする王女だったが、それ以上の言葉が続かない。
「……誰か、騎士様をお呼びして」
「待ってミリー!少し忘れているだけよ!」
「姫様…、いいえ偽者さん。私の愛称はキャシーで、ミリーですらありません」
「…そんな…っ」
侍女頭の引っ掛けに王女殿下の顔が驚愕に歪む。
「違うの!ちょっとうっかりしていただけよ!」
そう王女殿下は縋るように侍女頭キャシーの腕を掴む。
だが、キャシーの表情は冷たく彼女を見下ろすだけだった。
「言葉遣いが少々おかしいとは思っていましたが、まさか偽者とは…」
キャシーの指示で騎士が呼び出された。
慌てた様子で天幕を出て行く侍女を、王女は呆然と眺めている。
その表情は、見れば見る程ミレーユにそっくりだった。
アルビオンとの話し合いの席で、まるで自分は関係ないのだと言わんばかりに慰謝料の話を聞いていたミレーユ。
だが慰謝料は自分も払わなければならないと知った瞬間、まさに今の彼女と同じような顔をしていた。
「やっぱりミレーユさんなのね…」
「違う!私は王女よ!何度も同じことを言わせないで!」
「でも、確かに貴女は私の知るミレーユ・オクタビアに似ているわ」
ルビーのその言葉に、王女の瞳が一瞬にして怒りに染まる。
そして我を忘れたように彼女は叫んだ。
「オクタビアじゃないわ!トラーノよ!」
思わず叫んだ王女、いやミレーユに、ルビーは呆れるような視線を向ける。
「ごめんなさい、確か結婚して名前が変わったのよね…?」
その言葉に瞬時に我に返ったミレーユは、直ぐに自分の失態を悟った。
だがもう遅い。
思わず反論したその言葉は、彼女が何よりもミレーユであることを示している。
「あ…っ、いや、違うの……っ」
彼女が呆然と呟くと同時に、騎士達が雪崩れ込んで来た。
「姫様を騙るその女を捕らえて下さい!」
「いやぁ!違う!私は王女よ!離しなさい!」
演技を忘れたかのように暴れる彼女はとても王女とは思えなかった。
素が出てしまったのか、言葉遣いには優美さの欠片もない。
その上、涙で化粧がはがれてきた彼女は確かにルビーの知っているミレーユの顔だった。
「カザン殿は?彼は本物ですか?!」
侍女頭キャシーの言葉に、騎士達は今度は一斉にカザンの下へと走り出した。
王女殿下が偽者だということはカザンも偽者である可能性があるのだ。
「どうなってるの……?」
訳が分からずルビーは立ち尽くす。
目の前には会いたくなかった元恋敵の少女。
彼女はルビーが結婚する予定だった日、アルビオンと式を挙げている。
その後は慰謝料の支払いで大変そうだったが、アルビオンとは仲良く暮らしていると聞いていた。
振られたルビーとは違い、彼女は友人達からも祝福されていたはずだ。
その彼女がどうして王女の格好をしてこんな場所にいるのか。
「ルビー、大丈夫か……?」
「サフィ……」
騒ぎを聞き付けたサフィリアや商会の従業員が駆けつけてきてくれた。
だが、彼らが見たのは泣き喚くミレーユとそんな彼女を囲む騎士達だ。
「彼女が王女殿下?」
「違うわ……」
「違う?」
「………ミレーユさんよ」
全員がその名前に絶句した。
そして吟味するように彼女の顔を凝視して、更にその驚きを加速させる事になった。
「ど、どうして彼女が?!」
「分からない……、分からないのよ……」
彼女の顔なんて見たくなかった。
ミレーユを見るたびに、ルビーは女性として彼女に負けたんだと思い知らされる。
だからわざわざ王都を離れて二人の話の届かない場所まで来たというのに、どうして彼女はこんな所にいるのか。
またルビーから何かを奪うつもりなのだろうか。
「ルビー、大丈夫だ…」
「サフィ…」
無意識にサフィリアの袖を掴んでいた。
ギュッと、彼の服の端を握り絞めていないと落ち着かない。
「事情を聞くしかなさそうだね」
「そうね。どちらにせよ、このままで済むはずがないわ……」
本物の王女殿下は何処にいるのか。
まずはそれを解決しなければならなかった。
風邪が漸く治りかけた時に魔女の一撃を受けました。
生まれて初めて家の床を匍匐前進しましたよ…。
皆様もお体にはお気をつけ下さい。
魔女の一撃って最初に口にした人のネーミングセンスに脱帽です。
ホント正にそれ…