禁断①(ミハエル・シュバルツ視点)
ボーイズラブ表現(片想いですが…)がメインになります。苦手な方は要注意!
後書きの巻末に三行あらすじ書きましたので、BLが苦手な方はそちらに飛んで下さい。
恋とはするものではなく落ちるものらしい。
その話を初めて聞いた時、何とも詩的でロマンチックなものだと感心すると同時に、自分には関係ない話だと感じた記憶がある。
事実、貴族の子息という身分ではそれも当然で、恋などと言うものは所詮おとぎ話の延長でしかなかったからだ。
だが、そんなミハエルの傲慢にも似た思いは、学院の入学と同時にあっさりと覆ることになる。
ダイヤ・カンザナイト。
彼の姿を目にした時から、ミハエルの中の全てが狂い始めたからだ。
万有引力の如く人を惹きつけて止まない男に、女生徒だけでなく学院中が夢中になっていた。
かくいうミハエルの婚約者も夢中になっている内の一人で、始終ダイヤの事を話しては楽しそうにしていた。
そんな婚約者の態度に腹が立たなかったと言えば嘘になるが、それ以上にミハエル自身も彼の事が気になって仕方なかった。
始めに感じたのは、多分嫉妬だと思う。
人を惹きつけて止まないそのカリスマ性が羨ましくもあり妬ましかった。
そして次に感じたのは同情。
日々貴族の喧騒に巻き込まれる彼を助けたのは、ほんの気まぐれで只の同情だったはずだった。
しかし気が付けばいつも彼の事を探している自分がいた。
常に視線を感じて苦痛だと言っていた彼は、時々フラリと消えている時があったからだ。
そんな彼を探すのが癖になっていた。
「またこんな所でサボっていたのか?……成績が落ちるぞ、カンザナイト」
「卒業さえ出来ればそれでいいんですよ」
偶然を装って彼を探す日々。
そうして幾度か会話を交わす内に、ダイヤとはそれなりに親しくなっていった。
外見とは違い、考え方が非常に男らしい彼と話すのは面白かった。
クラスが違うというのに会えば挨拶を交わす仲になり、気が付けばミハエルは彼の一番の友人だと言われるようになっていた。
周りからは公爵家のミハエルにダイヤが近づいたように言われていたが、それはまるで逆の事だった。
「すまない、ダイヤ」
「いいえ、俺の方こそすみません。……えっと、結構煩い連中を抑えてくれてますよね?」
「王女殿下は女性に対してしか動いてくれないからね」
「…ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。けど、君のところはご家族も頑張ってくれているようだし、僕の助けは余計だったね」
王女殿下は自分が睨んだだけで収まると思ったようだが甘い。
女性の居ない場所ではかなり陰湿な嫌がらせを一部の子息から受けていたダイヤ。
ミハエルがやったのは、ダイヤの後ろには自分が付いていると分からせること位だ。事実、彼の実家であるカンザナイト商会は、苛めた貴族の家との商談を打ち切っているという。
ミハエルが動かなくても、その内貴族共は諦めただろう。
「家族の助けもそうですが、何よりミハエル様が直ぐに動いてくれたので、あいつらは引いてくれたんですよ」
平民と貴族では圧力の掛け方が違う。
商会の圧力は効果的だが、効くまでに時間が掛かるとダイヤは言った。
「役に立てたなら良かった」
「家族一同感謝してます。本当にありがとうございます」
その後、彼の家からは結構な贈り物が届いた。
大粒のダイヤモンドがあしらわれたタイピンだ。
まるで、彼の家族から自分が認められたようで嬉しくなった。
それに何より嬉しかったのが、彼が二人でいる時に敬語を止めてくれた事だった。
お互いにファーストネームで呼び合うようになり、彼はミハエルの中で誰よりも一番の存在になっていた。
けれど、そうしてミハエルとダイヤが友情を深めるのに比例するように、婚約者から向けられる愛情が徐々に重くなっていく。
婚約者のユリーナが常に一緒に居たがるようになったからだ。
休み時間にはクラスの違うミハエルの下へと日参し、休日に友人達と遊びに行くと言えば付いて行きたいと言う。
最初はダイヤが目当てなのかと疑ったが、どうやら彼女はミハエルと一緒に居たいだけのようだった。
だがミハエルはそんな彼女が重たかった。
別に彼女のことは嫌いではないが、学院に在籍している間くらいは自由に友人達と過ごしたいと思っていたからだ。
だから彼女にもそう告げたし、絶対に女性と浮気をしないと約束までした。
それでも中々彼女はミハエルを自由にはしてくれなかった。
政略結婚であるはずの彼女から押し付けられる苦しい程の愛。
ユリーナの想いには出来るだけ応えたいと思ってはみたものの、常に彼女から見られているような視線を感じ、ミハエルは上手く息が吸えなくなっていた。
それと時を同じくして、ダイヤが変わり始めた。
聞けば、気になる女性がいるとこっそり教えてくれた。
「そ、そうなんだ………」
息が止まるかと思った。
今思い出しても返事が出来たのは奇跡と思うほど、彼の言葉は衝撃だった。
その日、家に帰ってからは直ぐにベッドへと潜り込み、頭を抱えて過ごした。
自分で自分の感情が分からないと思ったのは初めてのことで、どうしていいのか分からなかった。
ただ一つ分かったのは、ダイヤの一番が自分ではないと嫌だという事。
彼が笑いかける人間は自分一人だけでいい。
ずっと、自分の傍に居てほしいと強く思った。
この感情にはとてもじゃないが怖くて名前など付けられなかった。
こんな自分の感情をダイヤに告げられる訳もなく、ミハエルはそれからの日々を辛い現実と向き合わなくてはならなかった。
それでも無駄に高い矜持があったばかりに、いつもダイヤの前では笑っていた。
そればかりか、ダイヤとローズの仲を取り持つことさえした。
自分でも馬鹿なのではないかと思うが、ダイヤ会に属するような人間にダイヤは絶対にやりたくなかったし、何よりローズとの仲を取り持つ度に、ダイヤが嬉しそうに笑い掛けてくれるのが嬉しかったからだ。
「僕は何をやってるんだろうな……」
ローズとの仲を取り持ったのは自分だと言うのに、近々婚約すると聞かされた日から食事が喉を通らなくなった。
所詮ミハエルとダイヤは同性同士で、友人以外の道など残されていない。
公爵家の権力を使ってダイヤを傍に置くことも考えたけれど、他国に逃げられるのがおちだ。
むしろ友人関係でさえ居られなくなる上に顔が見られなくなるなんて絶対に嫌だった。
けれど、ローズと一緒に笑い合っているダイヤを思い出すだけで胸が苦しい。こうなる未来は知っていたというのに、想像よりも遥かに現実の方が辛かった。
寝ても醒めても考えるのはダイヤのことばかりだった。
もう眠りたくない。
眠れば、ローズと幸せそうに微笑みながら去っていくダイヤばかりを夢にみた。
「……本でも読もう」
フラフラとまるで幽鬼のように深夜の屋敷を歩く。
誰にも会わずに辿り着いた書庫には、先代公爵が集めた数々の本が納められていた。
ミハエルは、それを狂ったように読み漁る。
何かを夢中で読んでいる間だけはダイヤの事を少しだけ忘れることが出来た。
「これは珍しい本だな…」
明け方近く、たまたま手にとった本は、今は亡きアドリア帝国語で書かれた呪術の本だった。
正確には、愚かな魔女の弟子が書いたと思われる伝記のような奇妙な本だ。
聡明な魔女が、一人の男に溺れて創り上げた魔術の数々。中にはかなり有用な魔術もあり、ミハエルは興味深く読み進めた。
そしてその本の最後、愚かな魔女は“狂愛の呪い”という恐ろしい呪術を生み出す。
作者である弟子はそれを大層嘆いていたが、ミハエルにはこの魔女の気持ちが痛いほどに分かってしまった。
今世で結ばれないなら来世で……。
そう思う事の何がいけないのか、そう思わずには居られなかった。
「………カフスを返さなければ…」
一ヶ月ほど前にたまたま手に入れたダイヤモンドのカフス。
乗馬授業の後、更衣室で見つけたそれがダイヤの物であるというのは直ぐに分かった。
返すつもりだった。
けれど、その時にふと思い出したのは、ダイヤ会の副会長であるアリューシャ・ベルクルトがカフスに似せたイヤリングを作ったという話だった。
「僕も同じ物が欲しい…」
そう考えたミハエルは、拾ったカフスと全く同じ物を一対作らせた。
そして新しいカフスをダイヤへと返し、ダイヤの元のカフスは手元に残す。
そうすれば、ダイヤはミハエルのカフスを身に付けてくれるし、ミハエルもダイヤのカフスをずっと手にしていられる。
とても良いアイデアに思えて、直ぐに馴染みの宝石商に全く同じ物を作らせた。
そしてつい先日それは出来上がったばかりだ。
出来上がった内の一つを直ぐに入れ替えて保管した。
後は似せて作ったカフスを拾ったと偽って渡せば済む。
「ダイヤ……、君は怒るだろうな…」
時々箱から取り出しては眺めることを繰り返す。
そうしていると、ダイヤと繋がっていられるように感じられて嬉しかった。
けれど、ふと思い出すのは先日見つけた本のことだ。
ダイヤと共に死ねるなら…と思う感情が何かの拍子に思い出され、妄想に溺れる。
ダメだと分かっているのに、仄かな暗い思考に囚われるのだ。
特に今日は、ダイヤがローズとの婚約を学院で発表すると聞いている。
二人の幸せそうな姿を見たくなくて、家の仕事で暫く休むと言ってあるが、考えるのはやはりダイヤの事ばかりで、そんな自分が嫌で堪らなかった。
そもそも呪術が成功するという保証はどこにもなく、何よりミハエルは公爵家として領民や仕えてくれている家臣を守る義務がある。
「やっぱり、カフスは返そう…」
持っているから嫌なことばかりを考える。
今は彼の顔を見るのも辛いけれど、いつかはこの選択をして良かったと思える日がくるはずだ。
だが、そんな決意はユリーナによって粉々に砕かれることになる。
「ミハエル様!ミハエル様!私はどうしたらいいんですか?!」
「ユリーナ、どうしたんだい?…落ち着いて」
いきなり先触れもなくやってきたユリーナは、よく分からないことを喚いて詰め寄ってきた。
目が落ち着きなくミハエルを見つめ、髪を振り乱しながら意味の分からないことを繰り返す。
「ユリーナ……、頼むから事情を説明してくれ…」
ただでさえダイヤの事で思い悩んでろくに眠っていないのに、これ以上ユリーナに振り回されるのは御免だった。
「ミハエル様は子どもなんかいなくても私と結婚してくれますわよね?!愛してるんです!愛してるんです!」
「……ユリーナ…」
今は愛なんて言葉を聞きたい心境ではなかった。
ミハエルにとってそれは何よりも欲しいものであったが、絶対に手に入らないものだったからだ。
それに、ユリーナとミハエルは政略結婚だ。
ユリーナがどれだけ愛を囁いてくれようとも、ミハエルが家族以上の情を彼女に抱くことはないだろう。
だが、先ほど彼女から不遜な言葉が聞こえた。
子どもに関することだ。
嫌な予感がして、執事には無理を言って二人きりにして貰った。その上で盗聴防止の魔具を発動する。
「ユリーナ……、君は先ほど子どもがいらないような事を言っていたが、どういうことだい?申し訳ないが、僕には跡取りとして子どもを成す義務がある」
そうだ。だからこそ、ミハエルは恋や愛には溺れられない。
どんなにこの身を投げ打って愛に溺れたいと願おうにも、この身に流れる血がそれを許しはしないのだ。
貴族の義務とはそこまで甘いものではない。領民の生活が、国への奉仕の義務が自分達には掛かっている。
「ユリーナ、落ち着いて話を…っ」
「子どもが居なくてもいいじゃないですか?!養子を取ればいいんです!」
「ユリーナ?」
「あぁ…!どうして血が繋がっているのですかお母様!わ、わたしだってミハエル様との子どもが欲しい!でも!でも……っ!……どうしてお母様!どうして?!」
衝撃的な言葉の後、泣き喚く彼女の言葉はそれ以上意味を成さなかった。
だが、十分に彼女の言いたいことは理解出来た。
「……父とクリスティーナ夫人が?」
愛妻家の父に限ってまさかという思いがあった。
それに、もしユリーナの言うことが本当なら、父は絶対にユリーナとミハエルを婚約させたりはしなかっただろう。
「落ち着いてくれ、ユリーナ。もしその話が本当なら、父がこの婚約を…」
「公爵は何も知らないのです!…母がっ!」
投げ捨てられるように散らばった三枚の便箋。
慌てて拾えば、それは夫人の手記による手紙だった。
「……まさか……っ」
けれど、納得出来るだけの証拠もあった。
ミハエルとユリーナの瞳は同じような蒼色。
父である公爵と同じものだ。
「何をしてるんだ…、夫人はっ!」
たった一度の過ちが、未来にどれだけの禍根を残すのか、少しでも考えなかったのだろうか。
貴族の血とは、それほどに軽い物ではないのだ。
愛に溺れていいのなら、とっくの昔にミハエルだってそうしている。
ダイヤに縋って懇願して、持てる全てを差し出して……出来るものならとっくにそうしている!
「……もういい…っ、もう、どうでもいい……」
「ミ、ミハエル…さま…?」
「……知ったからには君との婚約はこれまでだ…」
「いやぁ――!お願いです、ミハエル様!どうか私と!」
床に蹲って縋る彼女は、可哀想だと思う。
けれど、だったら自分はどうだ。
ユリーナと違って好きだと言う事すら出来ず、見ているだけしか出来ない。
泣きたいのはミハエルの方だ。
「ケルビット伯爵には明日私から手紙を出そう。その様子だと伯爵はご存じない様子だし、私の心変わりだと明記しておく」
こちらが慰謝料を払わなくてはいけないが、それがユリーナに出来る精一杯の慈悲だった。
だが、ミハエルが“心変わり”と言った瞬間、彼女の表情が一変する。
「やっぱりミハエル様には好きな方がいらっしゃるのね!……だから私と別れたいんだわ!」
「誰もそんな事は言ってないだろ!」
「嘘です!私を捨ててその方と結婚するつもりなんですわ!」
「違う!」
「酷い!こんなに!こんなに愛しているのに!」
「違うと言ってる!大体!結婚出来るならとっくにそうしている!」
売り言葉に買い言葉だった。
ユリーナが悪い訳じゃないのは分かっていた。
けれど、まるで苦しいのは自分だけだと言うような彼女の言葉に腹が立ったのは事実だ。
「……悪いが、もう君の顔は見たくない」
「ミハエル様…」
「落ち着くまでここに居てくれてもいい。執事には言っておく」
「待って…っ!ごめんなさい!お願いです、待って下さい!」
縋る彼女を置いて部屋を出た。
廊下に控えていた執事に、彼女が自分から出てくるまでそっとしておくようにと告げ、ミハエルは自室へと向かう。
ケルビット伯爵に手紙を送らなければいけないと思ったが、さすがに父には相談する必要があった。だが、何も知らない父に真実を話すことも出来ない。
「何が、何が愛だ…っ」
愛しているからと過ちを犯した夫人。
血が繋がった兄妹なのに、それでも愛していると言ったユリーナ。
絶対に結ばれないと分かっているのに同性を愛してしまったミハエル。
「みんなバカだ……、どうしようもないほどバカだ……っ」
貴族が愛なんて求めるから悲劇が生まれる。
それでも愛する心を止められない。
「返そう……、ダイヤに返そう…、あれは僕が持っていてはダメだ」
いつか、夫人のように取り返しのつかない過ちを犯す。
どんなに心を戒めても、弱った時に手を出してしまうかもしれない。
だが……
「ないっ!…ここに置いていたはずだ!」
昼間、ユリーナが来るまで眺めていたカフス。
書斎に置いていたはずのそれが、箱ごと全てなくなっていた。
「……ユリーナか?!」
昼間、書斎にいきなり駆け込んできたユリーナ。
最後に泣いて蹲っていた彼女をこの部屋に置き去りにしたのは昨日のことで、それから部屋に入った人間はいない。
その上彼女は近くに置いてあった呪術の本まで一緒に持って行ってしまった。
「直ぐに彼女に連絡を取らないと…っ」
あの本は危険だ。
旧アドリア帝国語で書かれているとはいえ、辞書があれば内容は直ぐに理解出来る。
「至急学院に行く!馬車を回してくれ!」
そうして駆けつけたミハエルが見たのは、血の気を無くしたユリーナの遺体だった。
いつも誤字脱字報告・感想をありがとうございます。
前回の後、感想で沢山の予想を頂きましたが、皆さんの予想通りの展開になったでしょうか?
ミハエルの話は次で終わる予定です。
■BL苦手勢の為の三行あらすじ
ダリヤに恋をしたミハエル。家の書庫で呪術の本を発見。
落ちていたダリヤのカフスを拾った頃、ユリーナと血が繋がっている事が判明。
婚約破棄に向けて動こうとした直後に本とカフスを盗まれ、慌てて取り返しに向かうが時既に遅し。←今ココ
頭の悪そうなあらすじですが、大体こんな感じかと…