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黄金①(エルグランド視点)



 二つ上に人外の如き美貌の兄がいるというのは、些か、いやかなり特殊な家庭環境だと思う。

 昔から“似てない”“本当に兄弟?”と言われるのは日常茶飯事で、そんな言葉にいちいち目くじらを立てるのも飽きるほどだった。

 幼少の頃は少しだけ反発したりもしたが、エルグランドよりも兄であるダリヤの方が大変な様子を目の当たりにすれば、必然的に反発など直ぐに収まる。むしろ、アニキも大変だな…と同情しつつ、平凡な容姿で良かったとさえ思うようになっていた。

 だが、学院に入ってからの不躾な視線には、慣れたはずのエルグランドでさえも辟易した。入学した瞬間から学院中の生徒が自分を見に来るという事態はさすがのエルグランドも想像していなかったのだ。

 しかもそれが高位の貴族、それどころか王族にまで及ぶとは誰が想像しただろうか。

「お前がダイヤの弟か?似ていないな!どちらかと言うと私に似ている!あぁ、挨拶が遅れた、私はエメラルド・ヴァルテンベルクだ。宜しく頼む!」

 そう言って豪快にエルグランドの肩を叩いたのは、このヴァルテンベルク王国の第二王子である。

 エメラルダ王女殿下とは双子であり、共に金髪碧眼の美形であった。

 確かに色だけなら同じく金髪碧眼のエルグランドと似ていると思った。

「ダイヤと同時期に入学したお陰で、纏わりつく令嬢方の煩わしさから解放されて非常に助かっている」

 ダリヤが女性を惹きつけているせいで、殿下本人は学院生活を伸び伸びと満喫しているそうだ。

 嫌味でも何でもなく殿下は純粋にそう思っているようで、『兄がお役に立てているようで幸いです…』としか答えようがなかった。

 一度でいいから女性にモテて困ると言ってみたいものだ。

 いや、どちらかと言えば女性にはモテる方だが、大体においてはお金見当ての女性ばかりなのが悲しい現実である。

「では、いい学院生活を!」

 そう言って、生き生きとした表情で去って行った第二王子殿下。そんな彼に次いでやってきたのは、双子の姉である王女殿下だ。

「貴方がダイヤの弟?全く似てないのね?!」

 人形のように整った可愛らしい容姿とは裏腹に、物事をハッキリと言う性格はまさに王族というに相応しい少女だった。

「聞いたら悪いかと思うのだけれど、本当に血は繋がってるのよね?」

「ええ。おれ…じゃなくて私は父似で兄は母似です」

「そう…。他に兄弟は?」

「妹がいるだけですね」

「残念だわ」

 それは兄弟がいない事に対してなのか、エルグランドの容姿に対してなのか量りかねる台詞だった。

 だが、王女殿下に何か言える訳でもなく、エルグランドは苦笑いを噛み締める。

「そう言えば、貴方は宝石の名前じゃないのね」

「本来はエメラルドだったそうなのですが、第二王子殿下と同じでは不敬かも知れぬとの事で…」

「そんな事誰も気にしないわよ!残念だわ!エメラルドだったらお揃いで面白かったのに!」

 そう言って楽しそうに笑った王女殿下は、王子殿下同様笑いながら去っていった。言いたい事だけ言って去っていく王族二人は、まるで嵐のようだ。

 ちなみにエルグランドの名前が変更になった本当の理由は、母曰く、“エメラルドって顔じゃなかったし…”という事であった。

 聞いた当時は兄ほど綺麗じゃないしな…と少々落ち込んだものだが、今では『母さんありがとう!!!』と自分の平凡な容姿に合う名前で良かったと思っている。

「しかし千客万来だな……」

 王族から始まり、公爵家や侯爵家といった高位貴族が順番にエルグランドを見に来た。

 見事なまでの爵位順に、恐らく誰かが仕切っているのは明らかだ。

 そしてそんなエルグランドの疑問は直ぐに解消した。

「貴方がエルグランドね。初めまして、わたくしはアリューシャ・ベルクルト。ダイヤ会の副会長をしている者よ」

 その日の最後、綺麗な金髪を縦巻きロールにした美女が、尊大な態度でエルグランドを見つめた。

 王女殿下も美しいと思ったが、目の前に立った美女はそれ以上だった。

 涼やかな翠の瞳は少しだけキツそうな印象を与えるが、鼻梁の通ったすっきりとした顔立ちに少し厚目のぽってりとした唇が色っぽいと思った。

「エルグランド・カンザナイトと申します」

 ダイヤ会のことは兄から聞いていた。

 害はなく、むしろ助けて貰うことの方が多いと聞いていたので素直に頭を下げる。

「兄がいつもお世話になっています」

「ダイヤ様の為だから気にする必要はないわ」

 高位貴族に様付けされる兄に戦々恐々としながら、エルグランドはアリューシャを見つめる。

 貴族令嬢は沢山見たけれど、アリューシャはエルグランドの思う貴族とは少しだけ違っているように思えた。

 尊大な、と言えば聞こえはいいが、要するにエラそうな態度は貴族らしいと思うが、アリューシャのそれには僅かな気遣いが見え隠れしていた。

「みなが押し寄せては迷惑だろうから順番に来させて貰ったわ。取り敢えず高位貴族はわたくしで最後よ」

「お心遣い痛みいります」

「出来るだけダイヤ様のご迷惑にならないよう注意はしているけれど、何かあればわたくしに仰い」

「分かりました」

 素直に礼を言うと、ジッとアリューシャがエルグランドを見つめた。

「何か?」

「本当にダイヤ様に似ていないわね…」

「残念ながら…」

 言葉とは裏腹に、似なくて良かったと心から思っている。

「ところで貴方、本来であればエメラルド王子殿下と同じ名前の予定だったのですって?」

「ええ。しかしながら王子殿下と同じではマズイかと母が懸念しましたので…」

「そう…。ところでエルグランドとはどういう意味なのかしら?」

「黄金郷を意味するエルドラドを参考にしたと聞いています」

「エルドラド…」

 小さく呟きながら、アリューシャはエルグランドを見つめる。

 そして、ふっと小さく笑った。

「綺麗な金色の髪の貴方にぴったりの名前ね」

「………あ、その……、ありがとうございます…」

 思ってもみなかった褒め言葉に、思わず言葉が詰まった。

 まさかこの金色の髪を褒められるとは思わなかったのだ。

「では、何か困ったことがあればいつでもいらっしゃい」

「はい…」

 にこやかに機嫌よく去っていくアリューシャを見送り、褒められた髪を小さく弄る。

 今まで容姿のことでガッカリされたことはあったけれど、褒められたことは一度もなかった。

 この髪は、唯一エルグランドが母に似ているものだ。

 母はエルグランドの髪をいつも黄金のようだと言ってくれていた。

 それと同じ言葉を彼女はくれた。

 それが妙に嬉しくて、エルグランドはその日ずっと髪を触っていたように思う。

「俺なんかよりあの人の方がよっぽど綺麗な金髪なのに…」

 それからはついついアリューシャの姿を見かける度に彼女を目で追うようになっていた。

 ダリヤと同じ歳、エルグランドより二つ年上の彼女は、学院の女生徒の中心人物だった。

 伯爵令嬢という地位にあるせいか、高位の貴族と下位貴族の橋渡し的な事をしているのを何度か見かけたし、トラブルの仲裁をしている事も多かった。

 いつも凛とした姿勢でしっかりしているアリューシャ。

 そんな彼女が豹変するのは、決まってダリヤと対峙している時だけだった。

「あんな顔もするんだな…」

 すました顔ではなく、恋する乙女のような顔が目に焼き付いて離れなかった。

 そしてアリューシャを知れば知るほど感じるのは、彼女がどれだけダリヤを好きかという事だった。

 その事実にグッと息が詰まりそうな苦しさを覚える。

 そんな苦しさは、ダリヤを見つめるアリューシャを見る度に大きさを増していった。

 その痛みが嫉妬なのか、失恋の悲しさなのかは今でも分からない。

 唯一分かるのは、自分がアリューシャを好きになってしまったという悲しい事実だけだった。

「……最悪……」

 アリューシャは兄のダリヤが好きで、更には貴族の婚約者まで居た。

 エルグランドが入る余地など微塵もない。

 愛を告げたところで一蹴されるのは分かっているし、兄に気を使われるのも嫌だった。

 そもそも相手は貴族のご令嬢で、身分違いも甚だしい現実がある。

「くそっ……」

 自分が貴族の令嬢に恋をするなんて想像もしなかった。

 むしろ、絶対に恋愛をするなら同じ平民の女性だと思っていたのに、現実はこんなにも無慈悲にエルグランドの想いを裏切っていく。

 恋を自覚した瞬間に失恋が確定するなんて、本当に馬鹿みたいだ。

 それでも好きになる気持ちを止めることなど出来ないのだから、人間とは本当に不便な生き物だと痛感する。

「はぁ……」

 彼女が褒めてくれてから何となく伸ばしていた髪を、今日、漸く切ることが出来た。

 失恋したから髪を切るなんて、まるで乙女のようだと自嘲する。

 けれど、捨ててしまった髪の分だけ心が軽くなったのも事実だ。

 後は、彼女のことを出来るだけ見ないように自分を戒めていくしかない。

「…確かこの辺に親父が隠してたのがあったはずだ…」

 商会の会合で留守にしているのをいいことに、エルグランドは父の書斎にある戸棚を漁る。

 ここには父秘蔵のブランデーが置いてあったはずだ。

『嫌なことがあれば飲むに限る!』と豪語していた父を見習い、今日は自棄酒(やけざけ)を煽ることにした。

 輝ける青春の一ページが失恋で始まった記念だ。

 ちなみにこれが初めてまともに飲む酒だった。

「何が秘蔵の酒なんだ?にげぇんだよ……」

 チビチビと一人酒を飲みながら愚痴る。

 美味いと評判の酒は、泣けるほど苦かった。




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