とある子息達の密談
「おいっ、聞いたか?」
「ステフィアーノだろ?」
「ああ、あいつが参戦したぞ!」
「どこ情報だ?!」
「ロイドからの情報だ!間違いない!」
子息達の視線が、部屋の隅で静かにワインを傾けていた男へと集中する。
その視線の意味を受け取り、ロイドは小さく手を挙げた。
「ルビーとの仲を取り持って欲しいって言われたので、多分もうカンザナイト家には見合い話が行ってるはず」
「くそ~~~~~~~~~~~~!!!」
「何なんだアイツ?!結婚には興味がないとばかり思ってたのに!」
「いきなり参戦すんなよ!カンザナイトは俺達の希望の星なのに!!!!」
「侯爵家のあいつなら幾らでも貴族令嬢と結婚出来んだろうが!!!」
「しかもロイドがこの情報をここに持って来てるってことはアレだろ?!牽制だろ?!」
「ふざけんな、ステフィアーノ!」
低位貴族の次男や三男が集まっているこの交流会は、通称ルビー会と言われている。
全員元Aクラスの面々で、今は王宮官吏としてそれなりの地位についている前途ある若者達ばかりだ。
ただ残念なことに、全員が未だに独身で婚約者のいない者達ばかりだった。
彼らは学院時代にお互いを牽制し過ぎて、Bクラスのアルビオンにルビーを取られてしまったお間抜けさんばかりである。
「なぁなぁ、ところでミレーユ嬢って誰の仕込みなの?」
蔵出しされたばかりのワインを堪能しつつ、ロイドは集まった子息達を見渡す。
だが、ロイドの問いに全員が首を傾げた。
「お前じゃねぇの?」
「いや、俺は二人目で断念してから送ってない」
「俺も…」
集まっていた六人全員が沈黙した。
それを見ながら、ロイドは一人感心したように頷く。
「つまり、純粋にミレーユ嬢に取られたってことか…」
この六人は、ルビーとアルビオンを別れさせようと、アルビオンの元へと女性を送り込んでいた。
いわゆる別れさせ屋というものだ。
多分、その人数は片手の指では足りないだろう。
だが彼らの作戦は悉く失敗する。
何故なら、アルビオンは数多の美女に言い寄られてもルビーと別れなかったからだ。
「カンザナイトがあんなに寛容だと思わなかった…」
「浮気した時点で彼女なら別れると思ったのに」
アルビオンは美女達とそれなりに遊んではいたようだが、誰一人として本気にはならなかった。多分、彼はそれをルビーに知られることで、彼女に嫉妬して欲しかっただけじゃないかと思う。
対してルビーは、自分が行商で王都を頻繁に離れる罪悪感から、アルビオンの浮気を咎める事はしなかった。
その結果、最悪のタイミングで、最悪な別れ方をする羽目に陥ったのだ。
伏兵、ミレーユがいたからだ。
「………バレたら殺されるな…」
彼らの企みを知っていたとバレたら、ルビーには確実に何発か殴られるだろう。その上、エミーリャに知られた日には爆炎魔法の的にされるのは必至だ。
それでも敢えてロイドが彼らを止めなかったのは、ある意味アルビオンを信頼していたからだし、ここまでやれば彼ら子息達も納得すると思ったからである。
一応エミーリャ経由でルビーには警告もしたから、許されると思いたい。
「ところで少し聞きたいんだけど、公爵家が乗り出してるって小耳に挟んだんだけど……」
既に自棄酒を煽り始めた子息達に声を掛けると、全員が据わった目でロイドを見つめた。
「お前な…、いくら何でも公爵家が参戦してくる訳ないだろうが…っ」
「貴族令嬢でも子爵家や男爵家は相手にして貰えないんだぞ」
「公爵家に独身者はいなかったはずだ」
ロイドの調べでも、四大公爵家に独身者はいなかった。
だが、密かに相手が亡くなっている場合もあるので、情報が欲しかったのだ。
「じゃあガセかな…」
「そもそも侯爵家の癖に求婚するステフィアーノがおかしいんだよ!」
愚痴を垂れ流す子息達が言うように、ステフィアーノの求婚自体が異例のことだった。
けれど、ステフィアーノが婚約者と酷い別れ方をしているのも周知の事実なので、気持ちは分かるというものだ。
だが、ここに来ての公爵家である。
幾ら来春叙爵予定であるとは言え、今はまだ一介の平民に過ぎないルビーを妻にと考えるのは明らかにおかしい。
妾としてならまだ話も分かるのだが、カンザナイト家は決して、たとえ相手が公爵家だろうとルビーが望まない限り彼女を愛人として差し出すことはないだろう。
「アリステラ様のモテカルロ公爵家はないしな…」
エメラルダ元王女殿下が降嫁されたオーガスタ公爵家も除外して間違いない。
残る二つの公爵家にも、年頃の独身男性はおらず、既に全員が既婚者だ。
だからと言って、これが噂だと一蹴出来ない何かを感じる。
「う~ん、もうちょい調べてみるかな…」
タダで飲める高級ワインに舌鼓を打ちつつ、ロイドは周りを見渡す。
公爵家よりも問題なのは、既にかなり出来上がっているこの六人だった。
悪い人間ではないのだが、色々と女性関係を拗らせている感のある六人である。
「……え~と、良かったら、今度女性との食事会とかどうだ…?」
ボソリとロイドが呟いた瞬間、全員が一斉に詰め寄ってきた。
「いつだ?」
「え?」
「いつでも空けるから直ぐに開催しろ」
「あ~、俺の知り合いとかエミーリャの知り合いになるから、王宮勤めの平民になると思うけど」
「…問題ない」
「王宮勤めなら、貴族平民は問わない」
彼ら次男や三男にとってはむしろ手に職持ちの女性なら大歓迎である。
「分かった。可愛い子集めとくな」
「お~!!さすがはロイド!」
「お前はやはりいい奴だ」
「うんうん、昔からどこかお前は違うと思っていた!」
調子のいい事を言う六人をロイドは嫌いではなかった。
恋愛関係でいつも空回りしている彼らを見ているのは楽しかったし、貴族という人種の勉強にもなった。
だが、そろそろこういう画策は止めて貰わないとルビーが可哀想だ。それにどうせステフィアーノやルビーの兄達には通じない。
もっと正直に言うならば、別れさせ屋を雇うお金でロイドに奢って欲しいのである。
「んじゃあ、取り敢えずは来週末ってことで宜しく」
こうして子息達の期待を一身に浴びながら、ロイドはまた今日も美味い酒を飲むのである。