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真実の愛被害者

感想や誤字脱字報告ありがとうございます。

個別のお礼が出来ずにすみませんm(_ _)m

ちゃんと確認させて頂いております。ありがとうございます。




「ここだ」

 案内の地図に書かれた倉庫まで来ると、執事らしき人物が護衛と思しき屈強そうな男と立っていた。

「カーディナルの古本販売はこちらでしょうか?」

「購入希望者の方ですね?確認いたします」

 ステフィアーノから招待状を受け取った案内人は、そのまま倉庫の中へとルビー達を誘導する。

「申し訳ありませんが、盗難防止の為にお荷物はこちらでお預かりします。また、この倉庫内にいる間は魔法制御の腕輪を使用して頂きますのでご了承下さい」

 魔法制御の腕輪に関する細かい契約書を確認し、荷物を預ける。そして次に男女別れて軽い身体検査を受けた。

 平民のルビーは仕方ないとしても、貴族相手にここまでやるのはかなり徹底している。

 けれど、その事に文句を言っている人間は誰もいなかった。みんな目の前の本に夢中で、そんな瑣末なことは気にならないようだ。

「空調や照明が凄いですね」

「ああ、ここまで徹底的に管理されているのなら期待出来る」

 本にとって最も適切な環境が維持されている。

 この設備だけでもかなりのお金が掛かっているはずだ。

「まずは館長に頼まれた本の状態を確認したい」

「そうですね。お付き合いします」

 渡された手袋を装着し、ステフィアーノの助手としてまずは頼まれた仕事から片付けていく。

 幸い館長から頼まれた本は六冊とさほど多くはなく、またジャンルが偏っていたせいか直ぐに見つけることができた。

「紙やインクから見ても間違いなく本物だな。筆跡も一致する。それに保存状態が非常にいい」

 本専門の鑑定眼を持っているステフィアーノの瞳がこれでもかと輝いている。

 どうやら彼の御眼鏡に適う品質だったようだ。

「少しだけ見せて頂いても構いませんか?」

「ああ。凄いぞ、一見の価値ありだ」

 隣国の公用語で書かれた本だったが、確かに古い言葉使いや単語の綴りが使われていた。

「この単語、かなり古い言い回しですね…」

「それは旧口語が使われておるからの」

「へぇ…」

 感心しながらページを捲り、あることに気付いたルビーはそのまま固まった。

 自分は今一体誰と会話したのか?

 慌てて辺りを見渡せば、背後に杖を突いた老人が立っているのが分かった。

「えっと、あの……」

「カーディナル卿、初めまして」

 ルビーの困惑を察したステフィアーノが、慌てて老人へと礼を取る。

 カーディナルというのは、確かこの古本市の主催者の名前だ。

「失礼しました、カーディナル卿。ルビー・カンザナイトと申します」

「ほう、貴方はあのカンザナイト家の関係者か」

「この度はこちらの方の助手として貴重な本を拝見する機会を得ております」

「ご挨拶が遅れました。王立図書館の学芸員を務めておりますステフィアーノ・マルチスタと申します」

「ギルバート・カーディナルだ。マルチスタ侯爵と言えば、騎士の名門じゃの。そこの一員が学芸員とは珍しい」

 面白そうにルビー達を値踏みしたカーディナル卿は、ルビーとステフィアーノが手に持った本の一覧を眺め、小さく鼻を鳴らす。

「さしずめ、王立図書館の狙いは旧帝国の歴史関係の書物か?」

「はい、そうです。出来れば、こちらの六点をお譲り頂きたく思っております」

 そう言って目録を出したステフィアーノから紙を受け取り、カーディナル卿は小さく頷いた。

「悪くない選択だ。いいだろう譲ってやろう」

「ありがとうございます」

「ただし、一つ条件がある」

 言いながらステフィアーノから渡された紙に何かを書き込み始めたカーディナル卿は、一通り書き終わると、それを直ぐにステフィアーノへと返した。

「それらの本も一緒に引き取れ。そうすれば譲ってやる」

 追加された本の一覧は、六冊とも関係の深い書物ばかりだった。

 しかも最後に書かれた値段は、予算の半分以下とかなり破格の値になっている。

「よ、宜しいのですか?」

「構わん。わしは金が欲しい訳ではない。適切に保管し大事にしてくれる人間に売りたいだけじゃ」

 安い端金(はしたがね)で売られた本は大事にされない。だからこそ、わざと最初に高い金額を吹っかけるのだそうだ。

 そして、招待客をそれとなく観察しながら、本への造詣を見極めているらしい。

 入口で書かされた大げさな契約書なども、そこまでしてでも欲しい本がある人間は文句など言わないそうである。一種のふるいという訳だ。

「それで、カンザナイトの嬢ちゃんは何か欲しいものはあるのか?」

「えっと、空間魔法や旅行記に興味があります」

「ふむ……、では、これとこれなんかがお薦めじゃの」

 目録に書かれた本を幾つか教えて貰う。

「カンザナイト、私はこちらの本の手続きをしてくるから見てきてはどうだ?」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 そうして、ステフィアーノとは後で合流することにして、展示された本を見せてもらう。

 目録に関しては、わざわざ侍従の方がルビー用に用意してくれたのでありがたく使わせて貰う事にした。

 そうして次々に書棚を廻り、欲しい本の一覧に印を付けていく。

「随分と印だらけだな、カンザナイト」

「そういうステフ様こそ真っ黒じゃないですか?」

「仕方ない、こんなに魅力的な本を前に欲求を押さえるなど無理に決まっている」

「ですよね……」

 お互いに好き勝手回った後に合流した結果、手持ちの紙は印だらけになっていた。

「私、今日はステフ様のストッパー兼交渉係として来たはずなのに…」

 交渉は全く必要なかった上に、ステフィアーノを止めるどころかルビーも同じように夢中になってしまった。

 だが、どう見ても一覧に書かれた値段は妥当だし本の状態も申し分ない。

 本好きとして、我慢など出来ようはずもなかった。

「ステフ様、手持ちのお金が足りなかったら貸して下さいね」

「それは私の台詞だ…」

 お財布の中身を気にしながら、二人で真っ黒になった目録書をカーディナル卿の下へと持っていく。

「二人してウロウロと楽しそうにしておったの」

「はい、天国のようでした」

 言い切ったステフィアーノに、カーディナルが相好を崩した。

「そう言って貰えると嬉しいものじゃな。やはり息子に任せず自分で仕切って良かったわい」

 愛好の仲間に本を譲りたいという思いから人任せにはせず、カーディナル自身が毎日ここに通っているそうだ。

「取り敢えず本を用意させるから二人とも少々待ってくれるかの」

 どうやら、ルビー達は希望する本を譲って貰えるようだった。

 手持ちのお金で何とか購入することが出来て一安心だ。

「良かったですね」

「ああ。読むのが楽しみだ」

 購入用紙を受け取った侍従達が、一斉に本を集めに散らばった。数冊なら自分で持ってきても良かったのだが、さすがに魔空間庫を使えない状態で大量の本を持ち歩けなかったのだ。

 待っている間は、入口近くに設置されたサロンスペースでカーディナル卿と共にお茶を頂く。

「休憩所にも本が置いてあるんですね」

「こっちは主に恋愛関連の書物だが、余り人気がなくてな…」

 今日来ている客を見る限りルビー以外は全員男性で、恋物語に興味のありそうな人物はいなかった。

 だが良く良く見ると、有名な物語の初版本など、希少な本がかなりある。

「もし興味のある人物がいれば、ここを紹介してくれんか?」

「宜しいのですか?」

「二人を見ておれば、かなりの本好きである事は見てとれる。そんなお主らの紹介なら早々変な輩は来んじゃろうて…。本も若い世代に持って貰った方が長く手元に置いて貰えるはずじゃ」

「では、友人が恋物語を集めているので、こちらの事を紹介させて頂きますね」

「うむ。招待状を発行しよう。この古本市は二ヵ月ほどする予定じゃ。期間内であればいつ来てもらっても構わん」

「ありがとうございます」

 カーディナル卿の言葉に、直ぐに侍従が数枚の招待状を手渡してくれた。

 こうして、信用出来そうな人間を経由しながら少しずつ本を手放していくようだ。

「嬢ちゃん達のような若い世代の本好きが来てくれると嬉しいもんじゃの。こうやって本について語り合えるのは楽しいもんだわい」

 最初はこのサロンスペースもなかったそうだが、本好き同士で語りあう事が増えて急遽設置したらしい。

「こういうサロンが町中にあればいいですよね」

「本好きが集まったサロンか。いいのぉ、入り浸りそうじゃ」

 昔と違って今は庶民の識字率も上がっている。

 お陰で町中の本屋でも、騎士物語や恋物語などがよく売れているらしい。

 だが、それでも中々欲しい本を全て買うのは難しいのが現状だ。

 図書館もあるが、余り娯楽向けの物は置いていない。

「………いいかもしれない」

 明るい喫茶スペースを設けて、誰でも自由に読める娯楽向けの本を大量に置く。

 時間制限さえ設ければ、長時間居座られても赤字にはならない。

 ほんの思いつきだったが一考する価値はある。

「なんじゃ、本気か?やるのならわしも一枚噛むぞ?」

 考え込み始めたルビーに、カーディナルが期待したような顔を向けてくる。

 そのキラキラした眼差しはまるで子供のようだ。

「庶民の間でも娯楽向けの本が今流行ってるんですよ。でも、騎士物語を全巻揃えるのは至難ですし、お茶のお金を出せば、読みたい本が読めるなら流行るかと思ったんです」

 高度な本や専門書は置くつもりがないと言えばガッカリされるかと思ったが、意外にもカーディナルは娯楽向けの方がいいと言った。

「ここだけの話だがの、友人連中の中には娯楽小説が好きな人間も多いんじゃ」

「意外です…」

「そう、それじゃ!年寄りが騎士物語を好んで読んでは妻や子供に示しが付かないと手元に置いておけない男も多くてな…」

 だから、喫茶のついでに読めるのであれば嬉しいという。

「平民も来るようなお店にしたいんですが……」

「本好きに貴族も平民もあるか?」

「ですね…」

 言いきったカーディナルに思わず笑みが漏れた。

 カーディナルの身分は分からないが、侯爵家のステフィアーノが丁寧に接するところをみると、それなりの高位貴族なのだろう。それなのにこうして平民のルビーと気楽に話してくれるので、先ほどの言葉に嘘がないのは良く分かる。

「おぬしが店を真剣に考えるなら、わしは出資しようと思うぞ」

「出資って、今日会ったばかりの私にですか?」

「お主の祖父は良く知っているし、何より商売に関してはカンザナイトであれば間違いない」

 そこまで断言されて断る理由はなかった。

 趣味の店と言っても過言ではないが、利益はガンガンあげるつもりである。カーディナルに損をさせる気はない。

「では、今回売れ残った本で、庶民向けの本があれば譲って頂けますか?」

「売れ残った本でいいのか?」

「そこの選別はお任せします。あと、店は王都で作ろうと思っていますが構いませんか?」

「まぁ、最初の試みじゃ。まずは王都で試すのが良いじゃろうな」

 そうして、ルビーとカーディナルで読書サロンの構想を練っていく。

 突発で思い付いた割には、二人してやりたい事が多々出来てしまった。

 絵本を置きたいとルビーが言えば、それなら読み聞かせの会もやりたいとカーディナルが言う。

 この話し合いだけで、やりたい事を書き出した一覧が膨大な量になってしまった。

「ステフ様はどう思いますか?」

 ルビー達が話している横で、ステフィアーノは静かに本を読んでいた。

 邪魔をしては悪いと思って黙っていたのだが、どうにもステフィアーノの様子がおかしい。

 というのも、何故か本を読んでいるのにも関わらず、ステフィアーノの眉間に深い皺が寄っているのだ。

「おぬし、恋物語はそんな怖い顔で読むものじゃないぞ」

 一瞬推理小説でも読んでいるのかと思ったが、どうやらステフィアーノが読んでいるのは恋愛小説のようだ。えんじ色の表紙に金色のステッチが施された中々に豪華な本だった。

「ステフ様が恋愛小説なんて珍しいですね」

 一体どんな本なのかと興味を引かれ、彼の手元を覗き込んだ。

 そして、本の題名を見た瞬間、ルビーもステフィアーノと同じように眉間に皺を寄せた。

 外国語で書かれたその本の題名は『真実の愛』。

 思わず、本を睨みつけてしまったルビーは悪くないと思う。

「へぇ……、真実の愛ね………、へぇ……」

 多分、ルビーは今、怖いくらいに笑っている自覚がある。

 豹変したルビーを怯えたように見てくるカーディナルには悪いが、こればかりは抑えられない。

 そして、その言葉を聞いたステフィアーノもまた、ルビーと同じような笑みを浮かべた。

「カンザナイト、外国にも『真実の愛』とやらがあるらしいぞ」

「あはは……、馬鹿なんですかね…?」

「お、おい、お主ら大丈夫か……?」

「もちろん大丈夫ですよ、カーディナル卿。ただ、ちょっと、この本の題名がおかしくて笑いを(こら)えられないというか…………」

「し、しかし、お主ら目が笑っとらんぞ…」

「あはは…そんな事ないですよね、ステフ様?」

「もちろんだ、カンザナイト」

「取り敢えず、その本はわしが預かろう。なぜか、そう何故か、お主らに見せてはならぬ気がしてきた」

「そう言わず、カーディナル卿も一緒に読みませんか?」

「どんな馬鹿げた妄想が書き殴られているのか知りたくないですか?」

「いや、わしは…」

「そうですか!読みたいですか?ぜひ読みましょう!」

 言いながら、ステフィアーノとルビーでカーディナルを囲んで座り直す。

 侍従がオロオロとしているが、もちろんカーディナル卿を害するつもりなどない。

 ただ、この本が如何に下らない内容なのかを理解して欲しいだけだ。

「私はつい一月(ひとつき)ほど前に聞いたばかりですけど、ステフ様は確か二年ぶりですよね……?」

「ああ………、昔を思い出すな、カンザナイト」

 ステフィアーノもまた、ルビーと同じく『真実の愛』の被害者だった。



真の被害者はカーディナルお爺ちゃんだと…

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― 新着の感想 ―
[一言] あとがき、正にそれ!(笑)
[気になる点] もともとの真実の愛ってなんだったっけ?ってなりましたw本当にルビーとサフィリアの話とダリヤの話で元の話きれいさっぱり忘れたので何か思い出すきっかけ欲しいです。
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