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級友との再会




 翌朝ルビーが目覚めると、何故か横でサフィリアが眠っていた。

 見慣れた寝顔だったが、目覚めて最初に見るのは些か心臓に悪い。

「…なんで、……?」

 寝ぼけた思考で昨夜の記憶を引き出せば、自分が彼のベッドを占領した事に思い至った。

 多分、ソファーで寝落ちしたルビーをサフィリアが運んでくれたのだろう。

 しかしどうして一緒に寝ているのか疑問だ。

 何故隣にあるルビーの客室を使わなかったのだろうか?

 そう思って辺りを見渡して気付いた。何故かベッドに空間遮断魔法が掛けられている。

「サフィ兄さん……」

 彼の体を軽く揺すると、暫くしてサフィリアの瞳がゆっくりと開かれた。

 蒼玉を思わせる瞳が、とろりとした熱をもってルビーを見つめた。

「ルビー……」

「おはよ。……昨日何かあった?」

「昨日……?」

 まだ寝惚けているのか、ぼんやりとした様子のサフィリアは宙を見つめる。

 そして言葉を詰まらせながら、意味の分からないことを繰り返し始めた。

「うん、なんだか、自分の認識が甘かったというか…」

「認識…?」

「理性とか、あれだね、結構簡単に無くなりそうになるものだよね……、結構自信があったんだけど、何度か無理かもしれないと思ったっていうか……、まずいよね、エル兄さんに殺されるとか、ダリヤ兄さんに秘密を暴露されるとか、……色々頭を駆け巡ったのに、それでもこう……まずいよね………」

 何がまずいかと聞かれると、話の内容の意味不明さであった。

「それって、この空間遮断魔法と何か関係あるの?」

「これも何だかまずかったよ……、単純に屋敷の人から見えないようにするつもりの意図しかなかったのに、冷静に考えれば、余計自分を追い込んでるというか…、誰にも見えないならいいかなって思わせる危険があるよね…………」

 やっぱりサフィリアの話は意味不明だった。

 どうやら全く頭が覚醒していない様子だ。

 まともな会話が出来るようになるには時間が掛かるかもしれない。

「取り敢えず私は自分の部屋に戻って着替えるから、朝食までには覚醒しててよ」

 実家なら部屋着のまま食堂に向かっても構わないが、この屋敷ではそういう訳にもいかない。

「じゃあ、着替えたら迎えに来るから!」

 そう言って部屋の扉を開けた瞬間目に飛び込んで来たのは、朝からきっちりとメイド服に身を包んだ侍女だった。

「お、おはようございます…」

「おはようございます。朝食の準備が出来ております」

「分かりました。着替えて直ぐにお伺いします」

 いつから廊下で待っていたのか分からないが、急がないとまずいという事は理解出来た。

 素早く割り当てられた客室へと飛び込んで着替えた後は、直ぐにサフィリアと合流する。

 先ほどと違って、今度はいつものサフィリアだった。

「さっきは大分寝惚けてたみたいだけど大丈夫?」

「ああ…ごめん……、ちょっと寝不足で…」

 サフィリアが言うには、あの後アリューシャに今期販売予定の蔵出しワインをご馳走になったそうである。

 空間遮断魔法は、着替える際に使用したまま忘れていたらしい。

 一緒のベッドに寝ていたことを考えても、どうやらサフィリアはかなり酔っていたようだ。

「飲み過ぎには注意してよ」

「うん、反省してる…、もの凄く……」

 かなり寝不足な様子のサフィリアを引き連れながら食堂へ向かえば、既にアリューシャは席について食事を始めていた。

 朝一番でも相変わらず麗しいアリューシャと挨拶を交わしながら朝食を楽しむ。

 明日にはここを出発してケルビットへ向かうと告げると、アリューシャは餞別代わりに昨夜サフィリアが飲んだというワインを持たせてくれた。

「では、何か分かり次第ご連絡しますね」

「宜しくお願いするわ」

 ケルビット領の様子を必ず連絡すると約束し、ようやくルビー達はベルクルト邸を後にしたのだ。





「坊ちゃん、お嬢、お疲れさんでさぁ!」

 領内のカンザナイト商会へと戻ってくると、クルーガが労うように駆け寄ってきた。

 見れば、今回の行商で一緒に回る面々が、労わるような慈愛の眼差しで自分達を見ている。

 大方、ミルボーン達からアリューシャの話を聞いたのだろう。

「んで、ケルビット領へはやっぱり向かうんですかい?」

「アリューシャ様からも気になる話を聞いたから、予定通り様子を見てくるわ」

「了解でさぁ。じゃあ、積荷の分配はこんなもんでいいですかい?」

「そうね……」

 クルーガ達とはここで一旦別れ、ルビーとサフィリアはケルビット伯爵領へは二人で向かう予定になっている。

 というのも、ケルビット伯爵邸のある街ではカンザナイト商会として商売が出来ないからだ。

 カンザナイト商会は王国発行の行商権を持っているので、人口千人以下の村や町での商売が認められている。その反面、それ以上の大きな町での商売は領主の許可がないと出来ないことになっていた。

 これは自領の商会を保護する為に認められた領主権限の一つであるが、生憎とケルビット領での商業権をカンザナイト商会は持っていない。

 お蔭で、ケルビット伯爵邸のある街へは商会としてではなく個人として行かなければいけなかった。

 しかし、だからと言って全く商売が出来ないわけではない。

 カンザナイト商会としてではなく、個人として(いち)に参加すればいいのだ。これは毎週末行われるもので、申し込めば誰でも参加できる。

 いつもは仕入れにしか利用した事はないが、今回は情報収集を兼ねて販売側として申し込もうと思っている。

「何か目を引く売り物はない?」

「だったら、この間エル坊ちゃんが持ち帰った異国の布なんてどうです?」

 異国の技術で織られた布は赤や橙といった温かみのある鮮やかな生地になっており、人目を引くのにピッタリだった。

「じゃあこれと、後アクセサリーも幾つか用意してくれる?食料は向こうで見繕うから最低限でいいわ」

「了解でさぁ。サフィ坊ちゃんもこれでいいですかい?」

「構わないよ。あっ、俺とルビーは夫婦の振りをしながらケルビット領に入るから、お揃いの衣装も出しておいてくれる?」

「夫婦ですか……?」

「うん」

「……兄妹でいいんじゃないですかい?」

「まぁ、いいと言えばいいけど……」

 そう答えたサフィリアの肩に、何故か笑顔のクルーガの腕が回された。

「坊ちゃん、そういやワシ、旦那からくれぐれも注意して見ておくように言われたんでさぁ」

「なんのことかな?」

「………ちょっと、裏の方で話し合いといきましょうや」

 何故かクルーガに引っ張られたサフィリアは、店の裏へと消えていった。

「何あれ?」

「不用品もついでに売ってきて欲しいので、サフィ坊ちゃんにお願いしました」

 そう言ったマイルスも、にこやかな笑顔で二人の後を追う。

 自分も見に行った方がいいのかと思ったが、それはミルボーンにやんわりと止められた。

「あ~、お嬢、市場用の小金を両替しといた方がいいと思うんだけど…」

「それなりに用意したのがあるわよ」

「じゃあ、倉庫街にでも顔を出してきたらどうだ?」

「あっ、じゃあサフィ兄さんも誘って…」

「あ~~~、あっちは取り込み中だから、終わったら俺から言っとくから」

「でも…っ」

 どうにもミルボーンはサフィリア達の方には行って欲しくない様子だった。

 見れば、何故か裏までの通路を塞ぐように従業員が立っている。

「何を隠してるのよ?」

「その、あれだ、あれ…、男同士の話があるって言ってたから」

 先ほどからハッキリしない言い方のミルボーン。

 言い辛そうなその様子が、誰かの姿と重なった。

 以前に一度だけ、エルグランドが同じような様子で店の裏から荷物を運び出していた事を思い出したのだ。

 問い質したら、外国産のいかがわしい本を運んでいたと白状した。

 褐色肌の美女は珍しいので大量に仕入れてきたらしい。余り深く教えてはくれなかったが、かなり売れたようである。再び仕入れてきていても不思議ではない。

「分かったわ……、要するにあれね?」

「あれ?」

「どうせまたエル兄さんが仕入れてきたんでしょ?わざわざ隠さなくても大丈夫よ」

「いや、お嬢何言ってんの?」

「本店じゃなくてこっちに置いておくなんて兄さんも慎重よね」

 ルビーだって子どもではないのだ。

 気にしたりしないのに、彼は意外にもそういう事には気を使ってくれる。

「取り敢えず事情は分かったわ。こういうのは女がいるとやりにくいわよね」

「……えっと、何か誤解してるような…」

「はいはい…、分かってるって」

 隠したいお年頃なのだろう。

 ミルボーンは妙に複雑そうな顔をしているが、ここはルビーが事情を汲んで外に出るべきところなのは分かった。

「じゃあ倉庫街の方までちょっとブラブラしてくるわ」

 倉庫街では定期的に開かれる蔵出市の他に、各倉庫が不用品を倉庫の前に並べている光景が良く見られるのだ。

 稀に掘り出し物も見つかるので、時間を潰しながら歩くにはちょうどいい。

「いってきます」

「……えっと、いってらっしゃい」

 今日も何か良い物があればいいと思いながら、ルビーは足取りも軽く店を後にした。

 背後で“何かヤバイ誤解されたかも…”と頭を抱えているミルボーンにはあいにく気付かなかった。




「カンザナイト!」

 店を出て数分、そろそろ倉庫街の一群が見え始める頃、突如後ろからルビーを呼び止める声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に振り向くと、騎士のように逞しい体格をした身なりのいい男が一人、機嫌の良さそうな顔で立っている。

 学院時代の級友であり侯爵家次男のステフィアーノ・マルチスタだ。

「ステフ様!どうしたんですかこんな所で!?」

「それはこちらの台詞だ。まさかこんな場所で会うとは思わなかったぞ」

 言いながら近付いてきたステフィアーノは、侍従などは連れておらず一人のようだった。

 いつもの貴族らしい堅苦しい服装ではなく、商人のような三つ揃えを着ている。

「家の方はもういいのか?」

「はい、お陰様でようやく落ち着きましたので行商に出て来た次第です。この間はパーティーにも来て頂いてありがとうございます」

「いや、君には色々世話になったからな。むしろ遅れてすまなかった」

「いえいえ、来て頂けて凄く励みになりました」

 残念パーティーだったあの日、急に仕事が入ったという彼は、遅れた詫びにとかなり高価な酒を差し入れしてくれた。

 顔を見せてくれるだけで良かったというのに、昔から律儀で真面目な人である。

「ところでステフ様こそベルクルトにいるなんて珍しいですね?お仕事ですか?」

「ああ。実は今、倉庫街で古本を大量に売りに出しているらしくてな」

「倉庫街で……?」

「一般には開放されてないんだが、館長が伝手で招待状を貰ってな。自分は行けそうにないからお前が見て来いと送り出された」

 穏やかな口調には、微かな喜色が滲んでいた。

 本好きの彼は、学院を卒業した後は、王立図書館の学芸員として働いている。

 古文書などの解析や収集をしている専門家だ。

 学院時代から大の本好きとして知られている彼は、ベルトラン殿下の勧誘を蹴ってまで図書館勤めを選んだ猛者である。

 侯爵子息という立場でありながらも非常に温和な人柄で、平民のルビー達にも最初から優しかった人物だ。

 特にロイドとは話が合うらしく、身分を越えた友情を築いていた。ロイドが真面目なステフィアーノに迷惑を掛けたりしていないか心配だったが、彼はロイドとの気の抜けた会話が大好きらしい。休みが合えば二人でよく飲みに出かけていると聞いた。

「もし時間があるならカンザナイトも一緒にどうだ?」

「いいんですか?」

「むしろ一緒に行ってくれると助かる。今回は予算内で本を仕入れなくてはならないんだが、私はどうも本を見ると冷静でなくなる時があるからな……」

 困ったように頬をかく彼は、欲しい本があれば値段など気にせずに購入してしまう癖があった。適正価格なら構わないのだが、後から法外な値段だったと分かる事も少なくないらしい。

 一見して学芸員には見えない良い体格をしているくせに、滲み出る雰囲気が柔和なせいかカモになりやすいのである。

「お任せ下さい。値段交渉なら得意分野です」

「宜しく頼む。自分の金ならいいのだが公費で無茶をする訳にはいかないからな」

 図書費用を預かっているというステフィアーノは、ルビーの返事にホッと胸を撫で下ろしていた。

「それにしても、倉庫街で古本なんて珍しいですね」

「とある好事家(こうずか)が倉庫に預けていた本をそのまま蔵出ししたんだ。数はおよそ三千冊と聞いている」

「凄いですね…」

「中には貴重な本も多数あるらしい」

「しかしまたどうして急に蔵出しする気になったんでしょうか?」

「その好事家の方はかなりの高齢でな。どうも先が長くないと悟られたようで、亡くなる前に思い切って処分しようと思ったようだ」

 後継者である息子は本の価値を分かっていないらしく、二束三文で売られる前に自分で処分しようと思ったそうである。

 高価な希少本に関してはオークションに掛けられるそうだが、その他の本に関してはその好事家との交渉になるようだった。

 気に入らない相手には売らないと言っているらしく、値段交渉もその辺りが焦点になるだろう。

「館長から絶対に譲って貰えと言われている本が幾つかあってな…」

 本の目録は既に関係者に配られているらしい。

 ステフィアーノの仕事は、それらの本が本物であるかどうかの見極めと値段の交渉だ。

「全部手に入るといいですね」

「そうだな」

 そんな事を話しながら、ルビー達はようやく目的の倉庫の前までやって来た。




感想・誤字脱字報告ありがとうございます。

時々ありえない誤字があって、自分の脳に辞書をインストールしたい今日この頃です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・クルーガーがまともすぎてホッとした カンザナイトの男は頭おかしいのばかりかという気持ちになっていたので。話の感じだと次兄もまともなのだろうか。 ・新しく出てきたルビーのクラスメイトも良…
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