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黙っていればバレない気もする…




「ねぇ、サフィ兄さん…、ちょっときつく言い過ぎたかな…」

「アリューシャ様にか?」

「そう…」

 サロンから部屋へと戻ってきたルビーは、用意して貰った自分の客室へは戻らずにサフィリアの客室へとやってきていた。

 何となく一人では居たくなかったのだ。

「ルビーが言わなきゃ俺が言ってたよ。だから気にする事はない」

「…うん」

 アリューシャには世話になっているし、他の事であるならば出来るだけ力になるつもりではあった。

 それに、親友だったというユリーナを信じたいアリューシャの気持ちも分かる。

「ユリーナ・ケルビットか……」

 アリューシャの親友で、ダリヤ会の一員だった女性。

 周りからの評判も悪くなかったし、兄のダリヤ本人でさえ、彼女はそんな凶行に及びそうな人物ではなかったと言った。

 人一倍危機管理能力の高いダリヤが言うのだから、間違いないとは思っている。

 けれど、七年前のあの件に彼女が無関係だったとはどうしても思えない。

 故意だったのか不作為だったのかは分からないが、彼女が関係しているのなら、どうしても許す事は出来なかった。

「ダイヤの名前は亡くなった母さんからの贈り物だったのに……」

 兄は二度とその名を名乗ることが出来ない。

 戸籍も商業登記も、そして全ての思い出の品も“ダリヤ”へと変更しなければいけなかった兄。

 命が助かっただけでも幸運だという人もいる。確かにそうだろう。

 しかしだからと言って、名前を奪われた事を許すつもりなどなかった。

「今回預かったカフスで何か分かればいいんだけど……」

「そうだな……」

 あの事件は本当に未だもって謎だらけだ。

 そもそも、あの“狂愛の呪い”は既にその呪法すら消失しているらしく、術者がどうやってその方法を知り得たのかが最大の謎だった。

 神殿が把握しているのは由来と解呪のみだ。

 エメラルダ王女殿下も城の禁書も確認して下さったそうだが、こちらも解呪方法と祝福名の変更の推奨が記載されているだけだった。

 ちなみにあれ以降教会では、誕生の祝福に際し、祝福名を別につけることを推奨するようになっている。

 その説明をするに当たって作られた絵本は、幼児向けとして近年稀にみる売り上げ数を記録しているらしい。

 更にはこの件以降、成人に対しても新たな祝福を推奨しており、結婚の際や二十歳になった記念に祝福を受ける人が増加している。

 絵本の売上と祝福の増加で得た寄付金に、教会は笑いが止まらない状態だ。

「そう言えばルビー」

「何?」

「王都に帰ったら、祝福を受けに行かないか?」

「あ…っ」

 トラーノ姓に変わる予定だったルビーは、結婚式で祝福を受ける予定になっていた。

「祝福名、全然考えてなかったわ……」

 ダリヤと同じく愛称のないルビーだったが、姓が変わる予定だったので余り気にしていなかった。

 一応誕生の祝福名の確認はしたが、エルグランドとルビーの申請は母がしたらしく、きちんと本名で登録されていた。ルベーやルブーじゃなくて良かったと胸を撫で下ろしたルビーである。

 だが、今回ばかりは違う名前の方が良かったという思いも強く、あの騒動の後直ぐにカンザナイト家全員が新たな祝福を受けている。

 ただ、今後結婚して名前の変わる可能性の高かったルビーに関しては教会から止められた。姓名両方の変更を短期間で行うのは推奨しない為だ。五年は空けた方がいいと言われている。

 一応呪い防止の魔具は付けているので大丈夫だと思うが、これを機に祝福を受けるのはいいかもしれない。

 というのも、当分結婚をする気になれないからだ。

「名前どうしようかな……」

 成人の祝福名に関しては愛称が最も推奨されている。無ければ、名前の語源や所縁(ゆかり)になったものが好ましい。

 兄の二人もそれぞれ愛称ではなく名前の由来をそのまま登録している。

 エルグランドは黄金郷を意味するエルドラド、サフィリアは宝石のサファイアだ。

 二度はないと思うが、いざという時の為に愛称も残しておきたいらしい。

 しかし愛称もなく、そのまま宝石の名前をつけているルビーの祝福名を考えるのは存外難しい。

「ルベウスにするかな…」

 ルビーの語源になった赤を意味する言葉だ。

余り女性っぽくはないが、男性なのに花の名前となった兄よりは遥かにマシだろう。

「……ルビリアはどう?」

「ルビリア?」

 聞いたことのない名前に首を傾げると、サフィリアが小さく笑みを浮かべた。

「隣国だけに咲いている小さな花なんだけど、花弁が綺麗な赤だから、ルビーにちなんだ名前が付けられたらしいよ」

「へぇ……、サフィ兄さんよく知ってたわね…」

「行商で昔寄った際に母さんが教えてくれたんだ」

「叔母さんが…」

 野に咲く小さな花らしいが、可愛らしくてルビーにピッタリだとサフィリアが褒めてくれる。

「そ、そっかな……」

 褒められるとついついその気になってしまう単純なルビーは、ルビリアを祝福名にすることに決めた。

 ただ、どちらにせよ祝福は王都に帰ってからになる。

 ケルビット伯爵領に寄った後は、行商でいつもの村々を周り、叙爵候補地の下見が待っている。

 昨日見つけた魔空間庫の検証も進めなければいけないし、サフィリアが言った通り、本当に落ち込んでいる暇は無さそうだ。

「何だか今日は疲れたな……」

 朝から訪問準備で慌ただしかった所為もあるが、カフスの話は予定外だった。

 お陰で疲れが一気に押し寄せたような気がする。

「ルビー、寝ちゃダメだよ」

「ん…」

 フカフカしたソファーの座り心地に、自分でも体が傾いていくのが分かった。

 狭まる視界の向こうでサフィリアが困った顔をしているのが見えたが、重くなったままの瞼が開くことはなかった。



****



「ルビー?」

 座っていた体が傾き始めたと気付いた時には既に遅く、サフィリアの目の前でルビーの瞳がゆっくりと閉じられる。

 ソファーに置いてあったクッションを機嫌良く抱きしめていた彼女は、既に夢の中の住人だった。

「はぁ……」

 無防備なその姿にため息を吐き出しながら、サフィリアはゆっくりとルビーを抱え上げた。起こさぬよう、慎重にベッドへと運ぶ。

 一人で眠るには少し大きいベッドへと横たえれば、無意識に掛布を引き寄せる様子に少しだけ笑いが込み上げた。

 正直に言えば、このまま一緒に寝てしまいたい。

 だが、サフィリアにはまだする事があった。

 兄のダリヤからの連絡待ちだ。

「返事はまだ来てないな……」

 自身の魔空間庫に意識を向けるが、内容に大きな変化はなかった。

 ただし、昼間書いた魔空間庫の容量増加に関する手紙は既にない。

 無事にダリヤの元に渡ったようだ。

「それにしても、アリューシャ様はどこまで御存知なのか……」

 アリューシャの推測通り、カンザナイト家はその血筋にのみ可能な連絡方法がある。

 と言っても、連絡は一方通行。

 長兄ダリヤのみが使えるものだ。

 カンザナイト家の面々は全員が空間魔法の才に恵まれている。だが、ダリヤの魔力は一族の中で一番弱く、魔空間庫も書類鞄一つ分ほどの大きさしかない。

 けれど、ダリヤにはそれを補って余りある特殊な能力があった。

 血族間であれば、他人の魔空間庫を自由に使う事が出来るのだ。

 書類鞄に入る大きさの物しか出し入れ出来ないが、家族の魔空間庫を自由に出来る恐ろしい能力である。

 故に、エルグランドが国外に出ている時や、サフィリア達が行商で出る時など、資金の追加、または物資や手紙などの連絡がスムーズに出来る。

 定時連絡と定めた時間までにダリヤ宛の手紙を自分の魔空間庫に入れておけば、いつの間にか持って行ってくれるのだ。

 しかし、それゆえの弊害も多々ある。

 隠し事が全く出来ないのだ。

『リリーに渡そうと思ってた恋文を読まれた……』と嘆いたのはカーネリアンだった。添削された状態で魔空間庫に戻してあったらしい。

『……気付いたらよ、見知らぬモノが入ってるわけよぉ……』そう嘆いたエルグランドの魔空間庫には、ダリヤ所有の世間に出せないヤバイ書類やいかがわしい本が気付けば突っ込まれているようだ。

 逆にサフィリアは持っていた本がいつの間にか捨てられていた事もあった。布面積極少の服を着たお姉さんの本だ。

『赤毛はダメだよ、サフィ…』と言われた時は肝が冷えたが、それ以降、ダリヤに見つかって困るものは、大きな箱に入れてから魔空間庫に保管している。書類鞄の大きさまでしか出し入れ出来ない能力なので、これしか防ぐ手立てがないのだ。

「………あっ…」

 そんな事をツラツラと考えながらルビーの寝顔を堪能していると、不意に魔空間庫の容量に変化があったのがわかった。

 ダリヤから返事が来たのだ。

 急ぎ中身を確認すると、アリューシャから託されたカフスを受け取った事、魔空間庫の容量増加の検証を商会で始める事などが書かれていた。

 また、明日からは日に三度確認するので、伝書鳥は使わなくても大丈夫だと書かれている。

 婚約破棄騒動の後始末がやっと終わったばかりなのに、まだまだ兄の休まる暇は無さそうだ。

 それでも、七年もの間進展の無かった呪い騒動に一筋の手がかりが見つかったのは喜ばしい事だった。

「何かが分かればいいんだけど……」

 既に終わった事件だと思われがちだがそうではない。

 呪法の入手経路などが分からなければ、第二第三の被害者が現れてもおかしくないのだ。

 苦しむ家族を見るだけしか出来ない辛さは一度だけで十分だった。

「……さて、ところで俺はどこで寝るべきか…」

 出来ればこのまま同衾したいところだが、この事がダリヤにバレた日には、どんな恥ずかしい秘密をバラされるか分かったものじゃない。

 仲が進展するように応援していると言っていた割には、『……結婚するまで清い関係必須だよ。手を出したら分かっているよね?』と脅すのである。

 しかもダリヤだけでなくカーネリアンとエルグランドも一緒になって出発の直前まで言い含められた。

「仕方ない、ルビーの部屋へ行くか……」

 ルビーの寝顔に後ろ髪を引かれながら腰を上げると、不意に扉を叩く音が聞こえた。

「……サフィリア様、起きていらっしゃいますか?」

「はい」

 聞こえてきた執事ローガンの声に扉を開けると、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。

「実はアリューシャ様がサフィリア様にお話があるそうで、宜しければ先ほどのサロンまでお越し頂けませんか?」

 ルビーの存在に気付いたのか、一瞬だけローガンの瞳がベッドへと向けられた。

 寝ている姿に安堵した様子を見るに、どうやらルビーには聞かれたくない話のようだ。

 少しだけ悩んだが、アリューシャの招待を受けることにした。

 そして、案内されるままサロンへと向かう。

「遅くに悪いわね、サフィリア」

「いえ。……それで俺に話とは?」

 ダリヤの話かと思ったがそうではないらしく、彼女はサフィリアを見ながらジッと何かを考え込む。

 そして暫くの逡巡の後、彼女は思ってもみなかったことを口にした。

「ねぇ、サフィリア。………貴方、サフィリア・ベルクルトになる気はない?」

 アリューシャはそう言って機嫌良さそうにニッコリと笑ったのだ。




感想や誤字脱字報告ありがとうございます。

個別での返信や御礼が出来ず申し訳ありませんが、いつも読ませて頂いております。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石は教会、商売が上手い。 ダリヤ氏もいかがわしい本を持ってるのか…男の本能だから仕方ないけど、これ奥さんにバレたらマズい案件のような気がする… [一言] サフィリア・ベルクルト…養子縁組…
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