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狂愛①(アリューシャ視点)

区切りの関係で今回は短いです




「はぁ、何度見ても麗しい御手だったわ……」

 ルビーから渡されたダリヤからの手紙には、先日融通したワインの御礼が丁寧な筆致で(したた)められていた。

 それをまるで宝物のように手に取り、アリューシャは机に置かれた文箱へと仕舞い込む。

 その文箱はダリヤの手紙専用に作られた特別なもので、耐火・耐水機能が当然の如く付けられていた。更には当代一と言われる宝飾職人の手に依って綺麗な宝石で煌びやかに彩られている。

「うふふ…、ダリヤ様からのお手紙コレクションも随分と増えましたわ」

 学院時代からコツコツと貯め続けた大事な宝物だ。

 そこに書かれているのは商売関連の話や御礼がほとんどで、特別親しい間柄が察せられる物は何もない。

 けれど、アリューシャにとってはただの時候の挨拶ですら大切なのだ。

「そろそろ新しい文箱を作ろうかしら……」

 増えた手紙の束を取り出して数えれば、五十通を優に超えていた。貰った手紙はどんな業務連絡的な物であろうと残しているので、これからも増えて行くことだろう。

 そんな中、アリューシャの目に一際古い手紙が目に留まった。

 学院時代にダリヤから送られてきた手紙だ。

 内容は、ベルクルト領で生産を始めたワインについての問い合わせだった。

 実際にこれを受け取ったのは当時領主をしていた父だったが、無理を言って譲って貰ったものだ。

 突然手紙を送ることの非礼を詫び、時候の挨拶から始まったそれは、ベルクルトと新しい取引がしたいという内容になっていた。

 付け焼刃ではなく、きちんと調べられたと思われるベルクルトについての思慮深い言葉と、またワイン生産に踏み切った先見の明について非常に丁寧な言葉で褒め称えられていた。

 彼の人柄が滲み出る手紙で、アリューシャの手紙コレクションの中でも大のお気に入りのものだ。

 けれど、この手紙を読むたびに、苦い思いがいつも呼び起こされる。

「ダイヤ・カンザナイト…」

 彼からの手紙の末尾には、今ではもう使われる事のない名前が記されていた。

 持っている手紙の中で、ダイヤの名前が使われているのはたったの四通だけだ。

 アリューシャはそれが悔しくて悔しくて、そしてそれ以上に悲しくて堪らなかった。



 始まりはいつだったのかと、今でも考えてしまう時がある。

 いや、出会ってしまった事が全ての始まりだったのだろう。

 


 十五歳の春。

 誰もが期待に胸を弾ませながら迎える学院の入学式。

 卒業後は結婚をして領地を引き継ぐことが決まっていたアリューシャは、最後に許された自由時間を満喫してみせると意気込んでいた。

「ねぇ、アリューシャ聞いて!わたし、王子様に会ったのよ!」

「王子様?第二王子殿下のこと?」

「違うわ!本物の王子様じゃないの!天使のような王子様よ!」

 興奮したように訳の分からないことを言って勢い良く抱き付いて来たのは、親友のユリーナ・ケルビットだった。

 同じ伯爵家の長女ということもあって幼少の頃から親しくしていた彼女は、校門の前で一人の男子学生に会ったという。

「凄く綺麗なのよ!神が遣わせた天使様が人間のお顔をされていたら、絶対にあの方のようだと思うの!」

「ユ、ユリーナ落ち着いて…」

「同じ制服を着ているとは思えない気品に溢れたお姿で、立っているだけで絵になるんだから!まるで御伽噺に出てくる王子様のようだったわ!」

「…えっと、本当にそれは第二王子殿下ではないの?」

「違うわ!あのお美しいお姿と殿下を見間違えるものですか!」

 王子殿下に対してかなり失礼なことを言っているのだが、興奮したユリーナがそれに気付いた様子はない。

 それどころか、うわ言のようにずっとその王子様の容姿を褒め称えている。

「それでその方、どちらの家の御子息なの?」

「それが分からないからアリューシャを呼びに来たんじゃない!早く見に行きましょう!」

「待ってユリーナ!走ってはダメよ!」

 お淑やかな彼女にあるまじき興奮具合に驚いた。

 彼女は早く王子様をアリューシャに見せたくて仕方ないようだ。

「いいから早く!」

 渋るアリューシャに痺れを切らしたユリーナが、強引に腕を取って歩き始めた。

 そんなユリーナが向かう先に、大勢の女生徒が集まっているのが分かる。

「あぁもう!アリューシャが早くしないから沢山集まってきちゃったわ!」

「……ごめんなさい」

 思わず謝ってしまうほど、向かう先に進むにつれ周囲の熱気が増していった。

 まるで熱に浮かされたような熱い視線が前方へと集まっているのだ。

「見えたわ!あの方よ!」

 多数の生徒が見つめるおよそ数十歩先にその人物はいた。

「…………ッ!」

 光が当たる度に少しだけ赤味を帯びる黄金の髪。

 長い睫に彩られるその瞳は、深い思慮を思い起こさせる琥珀。

 一挙一動彼が動く度に、その優美な仕草にため息が漏れた。

 庭園に咲いた花など、彼の前では枯れ草に等しいとまで思わせてしまうほどだ。

「綺麗……」

 もうそれ以上の言葉など出てこなかった。

 頭の中では彼を賛辞する言葉が次から次へと溢れてくるというのに、そのどれもが彼を表すには不十分だと感じるほどだ。

「神の芸術品だわ……」

 思わず呟いたアリューシャの言葉を否定する者は誰もいなかった。

 そしてこれが、アリューシャにとってダイヤ、後にダリヤと名を変える男との初めての邂逅となった。


ここから暫くアリューシャとダリヤお兄ちゃんの過去のお話が続きます。

主人公の影が激薄ですが、決して忘れている訳ではありません…(汗)

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