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ベルクルト女伯爵




 その後、昼食になっても戻ってこないルビー達を心配したクルーガが駆けつけてくるまで、五人で様々な検証を行った。

 その結果、新たな魔空間庫の可能性を発見することが出来たのだ。


1、手を繋いだ人物の魔空間庫の容量が自分に上乗せされる。ただし、時間停止や冷凍機能などは共有できない。

2、人数は最大三名までで、一番容量の多い人間を真ん中にすると効率がいい。

3、手を離した状態で荷物を取り出すと、取り出した分の容量が減り、再び入れる事は出来ない。

4、足先からも魔空間庫の利用が可能


 最初は血縁関係でしか効果がないと思ったが関係なかった。

 固有機能の共有が出来なかったのは非常に残念だが、容量が倍以上になるならこれ以上ないほど有用な発見だ。

 また、三人で手を繋いだ際、真ん中の人間の手が塞がったので、試しに足先を湖に突っ込んだところ何故か上手くいった。今までの通説では指先の触れている物しか収容出来ないはずだった。

 しかしよく考えれば、腕や足などで試した人間は居たのかもしれないが、足指で試そうと思った人間はいなかったのだろう。

「サフィ坊ちゃん、これは世紀の大発見ですぜ!直ぐに発表した方がいいでさぁ!」

 ようやく戻ってきたルビー達に、話を聞いたクルーガが興奮気味に叫んだ。

 そして、それを後押しするようにマイルスや他の従業員も大きく頷く。

「商売人なら、出来るだけ早く欲しい情報です」

「けど、今のままじゃ情報が足りない」

 けれど行商から帰ってからでは遅いのも確かだ。

「取り敢えず会長に連絡してみちゃどうです?」

「そうだな……」

「商会なら他の魔空間庫持ちもいるし、協力をして貰えば検証も捗るのではないでしょうか?」

「じゃあ取り敢えず父さんに伝書鳥を送ってくれ。詳細については定時連絡の手紙に書いておく」

「では、魔空間庫について新たに発見があったとだけ書いておきましょう」

 サフィリアの返答を予測していたのか、マイルスは直ぐにカンザナイト商会専用に訓練された伝書鳥を連れてきた。

 早ければ、一時間程で父まで連絡が行くはずだ。

「では、先を急ぎましょう。結構時間が押しています」

「そうね、今日中にはベルクルトに着かないとまずいわ」

 商業都市ベルクルト。

 行商に行く際最初に立ち寄るその街は、別名、王都の貯蔵庫と言われている。名前の由来は、王都から運ばれてきた物やこれから王都に向かう品々が集まるが故だ。当然カンザナイト商会の支店も存在しており、行商の際には一旦ここで必要な品物の選別や補充をするのが通例だった。

 だが、今回はそれに加えて、ベルクルトの領主をしているアリューシャの元へ訪問することになっていた。

 婚約騒動の際に、無理を言って高価なワインを用意して貰った恩があるのだ。

「アリューシャ様との約束は明日の午後だったよな?」

「ええ。最悪は明日の朝の到着でも間に合うけど、それなりの準備もあるし…」

 貴族であるアリューシャの元を訪れる際はどうしてもドレスなどの正装が必要となってくる。

 アリューシャは余り細かいことを言う人物ではないが、今回は御礼をする為に伺うのだ。最低限の装いは不可欠であった。

「なぁ、お嬢。今回は確か俺らも一緒に行かなきゃいけねぇんだよな?」

「そうよ。今後何かと顔を合わせる機会があるから、ミルボーンとザルオラも顔を覚えて貰っておいて損はないわ」

「……了解…」

 平民のミルボーンは非常に気が重そうだったが、今後も行商を続けていくなら避けては通れない道だ。

「まぁ、そんな心配すんなって」

「クルーガさん…」

「アリューシャ様は出来たお人だから、少々の失礼があっても許して下さらぁ。それに、今回は坊ちゃんとお嬢が一緒なんだから心配いらねぇよ」

「そうですよ。私達の時なんて、いきなりクルーガと二人で呼び付けられましたからね……」

「そうだな…、あんときゃ大変だったな……」

 昔を思い出したのか、クルーガとマイルスは哀愁を漂わせながら遠い目で空を眺めている。

 二人がそんな目をする理由を、当然ルビーとサフィリアは知っていた。ミルボーンも追々知ることになるだろう。

「取り敢えず、ダリヤ坊ちゃんの悪口さえ言わなきゃ生きて帰れらぁ」

「え、なんでここでダリヤさんの名前が出てくるんですか?」

 いきなり出てきた長兄の名前に困惑するミルボーンを他所に、ずっと何かを考え込んでいたザルオラが弾かれたように勢いよく顔を上げた。

「もしかしてダリヤ会…ッ?!」

「あらっ、ザルオラは知ってたの?」

「知ってるも何も、学院では有名な話だ」

 さも恐ろしいという表情を隠しもせず、ザルオラは一人狼狽(うろた)えるミルボーンを見つめた。

「クルーガさんが言ったように、ダリヤさんの悪口を言わなければ大丈夫だ」

「お、おう…」

「だけど、ちょっとでも言おうものなら……」

「………言おうものなら?」

「生きて帰れない……」

「どういうこと?!なぁ、どういう事だってば?!」

「……取り敢えず行けば分かる」

 恐慌状態に陥ったミルボーンには悪いが、それ以上は説明しようがなかった。

 いや、説明する事は可能なのだが、多分よく分からないだろう。

 あれは見て初めて実感するものなのだ。

「さぁ、出発しようか…」

「サフィリアさん待って!俺、帰る!」

「はいはい…、取って食われたりしないから大丈夫だって」

「でも…!」

「大丈夫大丈夫…」

 (なだ)めるのに飽きたサフィリアがミルボーンを馬車に押し込むと、出口を塞ぐようにクルーガ達も乗り込んだ。

 ミルボーンには申し訳ないが、アリューシャに会うのはもう決定事項だ。

 それに、ベルクルトの街で商売をする限り、倉庫業の元締めでもあるアリューシャには必ずいつかは会うことになる。それならば、ルビー達と一緒の方が断然にいい。

「さて、じゃあ出発しようか」

 こうしてルビー達一行はベルクトルの街へと馬車を進めた。






「久しぶりね!よく来てくれたわ!」

 晩餐を一緒にしたいというアリューシャの要望で、ルビー達がベルクルト伯爵邸を訪れたのは翌日の午後の事だった。

 機嫌良さそうな声と共にルビー達を出迎えてくれたのは、真っ赤なドレスを身にまとった、煌めく黄金のような金髪が特徴の美女だ。

「ご無沙汰をしております、アリューシャ様」

「会えて嬉しいわルビー」

 目の覚めるような美女が優艶に笑う。

 そんな彼女が、この地を治めるベルクルト女伯爵アリューシャであった。

「サフィリアもよく来てくれたわね」

「お招き頂きありがとうございます。それと、先日はルビーの為に高価なワインを融通して頂きありがとうございました」

「あれくらいお安い御用よ。それにしてもルビー、今回の事は災難だったわね」

「いえ、私にも至らぬところが有った故だと思っております」

「謙虚なこと。わたくしなら相手の男を完膚なきまでに葬っているところよ」

「さすがにそれは……」

 アリューシャが言うと洒落に聞こえない。

 女だてらに伯爵家を継いだ彼女は、農作物の栽培に向かないこの荒れ地を、現在の商業都市へと変革させた強者である。

 そんな彼女に睨まれたら、この界隈では生きていけない。

「まぁ、その話は後でじっくり聞くとして、まずはお茶にしましょう」

 出来れば軽く流してくれるとありがたいと思いつつ、ルビー達はサロンへと移動する。

 そして、お茶を出されて一息吐いたところで、ルビーはミルボーンとザルオラの二人を紹介した。

 事前に連絡を入れておいたお陰なのか、二人の紹介はスムーズに済んだ。今回は少しでも二人の顔を覚えて貰うのが目的だ。とはいえ、せっかくベルクルトに来たからには、それだけで話を終わらせるつもりはない。それなりに積もる話が多々あった。

 その内の一つ、アリューシャが今もっとも力を入れている倉庫業の話で盛り上がる。

「物流の拠点として、倉庫にただ物を預かるだけでは芸がないでしょ?だから、倉庫で預かった品物を、商会を経由せずに直接発送する業務を取り入れようと思ってるの」

「運送業ですか?」

「違うわ。わたくしがやりたいのは、あくまでも倉庫業よ」

 カンザナイトのような大きな商会は、倉庫はあくまでも商品の保管庫として利用するだけで、品物の売買や運搬は自分たちで行う。

 だが、小さな商会にはそれをするだけの人員や費用が足りず、どんな良い品物を扱っていても、それを中々流通させる事が出来ない。

「以前たまたま知り合った外国の商人がいてね。彼は珍しい絹織物を扱っていたのだけれど、それらの品々を持って各地を歩くのはかなり大変でしょ?だからと言ってこの街を拠点にして倉庫を借りても、管理する人間がいなければ、彼は商談が決まる度にこの街へと戻ってこなければいけないわ」

 ルビー達が行商で村々を回った際、時々手持ちにない商品を頼まれることがある。

 その時は在庫がある店舗に手紙を送り、別の人間が届ける手筈となっている。

 だが、外国人だという商人には、倉庫を管理する従業員を雇う余裕がないらしい。

「つまりその従業員の代わりをアリューシャ様の商会が引き受けるということなんですね」

「そういう事よ。店舗を持つのが難しい小さな商会から品物を預かり、希望の場所まで届けるの。これなら地方の小さな商会でも直ぐに王都や各地に品物を送れるわ。倉庫への納品も運送業者で済むようにすれば、わざわざ店を空けてここまで納品に来る必要もなくなるでしょ。それに、倉庫一棟を借りるのは高額になってしまうけど、この方法なら商品を一点からでも預かる事が出来るわ」

「なるほど、素晴らしい案ですね」

 地方にはまだまだ未知の商品が沢山眠っているし、それらを売るために奔走している商人にとっては朗報だろう。

 だが、アリューシャの言う倉庫業には一つの落とし穴があった。

 それに誰よりも早く気付いたのは、最初の緊張から幾分解放され始めていたミルボーンだった。

「あの…、ちょっといいっすか?」

「なにかしら?」

「偽物を掴まされたら不味くないですか?」

「偽物?」

「そうっす。例えばですけど、安い壺を高価なものだと言って倉庫に預け、客に届けさせる。相手が気付かなければ儲けもの。気づいても倉庫ですり替えられたと責任をなすり付けられます」

 食物や衣類なら問題はないが、宝石や美術品、そして酒にはその可能性が大いにあった。

「盲点だったわ……ッ」

 発端が絹織物だったので、アリューシャはその可能性には思い至らなかったようだ。

「急いで管財人を集める必要があるわね。大変だわ……」

 何故管財人が必要なのかと言えば、彼らはみな鑑定眼(かんていがん)のスキルを保有しているからだ。

 上級者になれば製造年代や相場まで判別できるという優れた能力で、先日の婚約破棄騒動で管財人のカーネルが瞬時に家賃の相場を口に出来たのにはそういう理由があった。

「だけど困ったわね。今から管財人を探したのでは間に合わないわ」

 扱う品が不動産や食品に至るまで多種多様な物であるため、鑑定眼の保有だけでなく、歴史や他国の事情にも精通していなければならないのが管財人である。

 ゆえに、管財人はかなり上級の国家資格となっており、そのほとんどが士業ギルドや名のある貴族家に所属しているのだ。

「士業ギルドから引き抜くにしても、大量に引き抜けば目を付けられるわね……」

「だったら鑑定士を雇ったらどうっすか?」

 鑑定眼自体はそれほど珍しいスキルではなく、その道に精通したプロであるならば、後発して得ることもあるスキルだ。

 ゆえに、特定の分野に特化した鑑定眼スキルを持っている者は少なからず存在する。

 だが、国家資格ではないため、公的な証明書の発行などは出来ない。

「真贋を確認するだけなら公的書類はいらないっすよね?だったら酒専門の鑑定士や美術品専門の鑑定士をそれぞれ雇うっていうのはどうっすか?」

「いいわね!それ採用よ!」

 元々倉庫は物品別に分けるつもりだったそうだ。

 だったら、その倉庫に見合った鑑定士を用意すればいいだけの話で、管財人は既に一人いるので、公的書類も問題ないという事になった。

「ミルボーンと言ったわね。素敵な提案をありがとう。助かったわ」

「この話、先日どうしても管財人さんの都合が付かなくて困ってた時にダリヤさんに教えて貰ったばかりだったんっすよ。お役に立てて良かったっす」

 あっ…と思った時には遅かった。

 ミルボーンが発したダリヤという名前を聞いた瞬間、アリューシャの目の色が瞬時に変わったのだ。

「その話、もっと詳しくお話ししなさい」

「え?」

「ダリヤ様の話をさっさとしなさいと言ってるの!」

「え、いや…、あの……ッ」

 昨日散々脅したというのに、ミルボーンはどうやらすっかり忘れていたようだ。

 ルビー達の顔が一斉に変わったのを見て思い出したのか、一気に顔を蒼褪めさせた。

「それでダリヤ様は何と仰ったの?!」

「あの、それは…ッ」

 目を血走らせた美女に胸倉を掴まれる勢いで迫られたミルボーンは、可哀そうなくらい震えていた。

 若干、自業自得の感があるので見捨てたい気持ちも少しはあったが、これがトラウマになっても困るので助け舟を出す。

「アリューシャ様、そう言えば私も兄から手紙を預かっておりまして…」

 そっと魔空間庫から手紙を取り出すと、掴まれていたミルボーンはゴミのようにさっさと放り出された。そしてあり得ないほど素早くルビーに近付いたアリューシャは、非常に丁寧な仕草で手紙を受け取る。

「ダリヤ様の直筆お手紙~~~~~」

 まるで王からの下賜品を受け取ったかのように手紙を持ち上げたアリューシャは、うっとりした顔で手紙を見つめる。

 そこへ()かさず、今度はサフィリアがダリヤの姿絵を取り出した。

「これは義姉さんからアリューシャ様へお渡しするようにと…」

「ローズが?」

「はい」

 ダリヤの妻であるローズの名前を出した一瞬だけ我に返ったアリューシャだったが、ダリヤの最新姿絵を見た瞬間、その姿は完全に蕩け切った。

「何この素敵なダリヤ様は?!」

「先日の私の婚約破棄祝いパーティーの時のものですね」

 普段は着ない上質なタキシードを纏っていたお陰で、どこからどう見ても貴族にしか見えなかった兄である。

 その麗しさに感動した画家が、主役のルビーをそっちのけでダリヤの姿を目に焼き付けていた。

 その結果、我が家には大量の姿絵があり、今回はその内の一枚を持ってきたのだ。

「はぁ~~、絵から滲み出る麗しい輝き……、気品溢れるお姿が堪らないわ……。シャンパングラスを持たれた絵姿なんて初めてじゃないかしら~、いいわ~」

「……お気に召して頂けたようで…」

「まさに金剛石の名に相応しいお姿ね……、本当に素敵……、わたくしこのシャンパングラスになりたい……」

 ブツブツと兄を褒め称えながら、まるで頬擦りする勢いで絵姿を見つめるアリューシャ。

 こうなってしまっては、彼女は恐らく一時間は現実世界へと戻ってこない。

「お、お嬢……、アリューシャ様は一体……?」

「……アリューシャ様はね、ダリヤ兄様の信奉者なのよ」

「信奉者…?」

「そう、熱狂的なね…」

 アリューシャ・ベルクルト女伯爵。

 別名、ダリヤ会副会長。

 彼女は、熱狂的な長兄ダリヤの信奉者であった。




沢山の感想ありがとうございます。

また、誤字脱字報告、非常に助かっております。ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] おもしろーい。 最初、ルビーが主人公のよくある婚約破棄ものだと思っていましたが(それでも面白いと思いましたが)、カンザナイト家とその周辺の人々の愛についてのオムニバスなのですね。 それで「真…
[一言] えっ?じゃあ、会長は?
[一言] ダリヤ会…何やら物騒な会なのか!?(笑)
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