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 校内の廊下を、教室に向かって歩いていると。


「らーぶーちゃん!」


 そんな声を掛けられると共に、首に重みがかかる。


「神崎さん」


 名前を呼ぶと、重みの原因である彼女はニッと笑った。


「これからあたしと遊ばね?」


 そんな風に彼女は軽く誘ってきた。


「何言ってるんですか、遊べませんよ」


 僕はキッパリと誘いを断った。

 何故なら、これから授業があるからだ。


「授業? んなもんサボッちまえよ」

「…………そんなこと出来るわけないでしょう」


 ため息と共に僕は答えた。


「昔はよくやったじゃん」

「昔は出来ても今は出来ません」

「頑なだなー。さすがは先生で高校教諭。昔とは違いますなぁ」


 茶化すように神崎さんは言う。


「そんな貴女は全く変わりませんね」


 ──十五年前から。


「おうとも。見ろよこのプロポーション」

「そっちじゃありません」


 まぁ、確かにそちらも変わってはいないようだが、それはそれでどうだろう。そっちはもう少し変わっててもいいんじゃないかな、うん。


「おい。いま何考えた?」

「いえ別に」


 掛けられた腕で首をぐいっと引き寄せられて睨まれたが、僕はすっとぼけた。

 そんなこんなとやりとりしているうちに教室に着いた。


「あ、そだ、遊ばない代わりに授業、見てっていい?」

「邪魔なので拒否します」

「らぶちゃんが冷たい!」


 がらぴしゃっ


 教室に入って僕は神崎さんを遮るように引戸を閉めた。

 神崎さんはそこで諦めたようで、「ちっ」とこちらにも聞こえるように舌打ちをしてから離れていった。


「らぶちゃん先生、いいの? 神崎さん可愛そうだよ」


 ドアに一番近い席の生徒が笑いながら言う。


「あの人を教室に入れると君らと遊ぶからダメなんだよ」

「えー? 神崎さん面白いのにー」

「神崎さんと遊びたいなら授業以外の時間を使ってくれ」


 教壇に立ちながら僕は生徒に言う。

 授業開始のベルが鳴った。

 生徒たちが机の上に教科書を出す音を聞きながら、僕もまた、今日の授業の範囲を確認するのだった。




 僕──小金餅(こがねもち)石油王(あらぶ)は今年の四月、ここ、雲涼(くもすず)高校に赴任してきた。母校でもあるこの学校で、教壇に立つことが出来るのはとても嬉しかったが、まさか彼女──神崎さんと再会するとは夢にも思わなかった。かつての同級生に会えたのは、それこそ嬉しかったけれど、なんだかこそばゆい感じもあって変な感じだ。しかし、懐かしい人と懐かしい場所で職場を同じく出来ることは、僕にとってとても心強く思えた。

 ただ。

 彼女の立ち位置が明確ではないのが気になるところではあるのだけれど。

 というのも。

 彼女の行動を見ているに、校内をうろついているだけのように見えるのだ。

 ようは。

 端から見ていて、何もしていない様子なのである。

 再会したときに、話の流れで何をしてるのか訊いたけれど、「ゲートキーパーみたいな?」となんだか妙な答えが返ってきたのだった。



日南(ひなみ)先生は神崎さんの役職、知ってますか?」


 授業を終えて、社会科職員室に戻ってきた僕は、デスクの右隣に座る日南ここあ先生に訊いてみた。彼女は社会科地理の担当をしている教諭である。


「神崎さんの役職? うーん、そういやなんだろ」


 考え込まれてしまった。


「あ、氷室(ひむろ)先生なら知ってるんじゃないですか? 神崎さんの役職」


 日南先生が向かいに座る氷室達彦(たつひこ)先生へ話題をトスした。氷室先生はペンを走らせていた書類から顔をあげてこちらを見る。


「知っているというか……まぁ、聞き及んではいるよ」


 何か言いあぐねているような答え方だった。


「? それはどういう……?」


 僕が図りかねていると、氷室先生は片眉を下げた。


「何と言うのかな……、その、彼女に……神崎さんに明確な役職は無いようなんだ。ただ、生徒たちの間では、カウンセラーだとか用務員だとか学校に棲み付いたお化けだとか色々と言われているらしいが……本当のところ、はっきりしないんだよ」


 氷室先生の顔は最終的に難しい表情になった。

 ちょっと待って。

 今の中に不可解な単語があったのだけれど。


「お化けってなんですか」


 そこだけ語彙のジャンルが違うと思う。

 普通なら、「学校に住み付いた人」という言い方をするはず

 お化けって。

 いや、まぁ、高校生の言うことだから尾ひれどころか背鰭が付いた感じなのだろうけれど。


「小金餅先生は今年度赴任してきたばかりだから実感が無いのかもしれないけれど……そのお化け説も割りと信憑性を帯びてきてるんだよ。少なくとも私はそう感じる」


 言って、氷室先生は複雑な顔をした。


「ちょっと、氷室先生、何言っちゃってるんですか、子供のざれ言に飲み込まれちゃダメですよー」


 その手の話は聞き流すくらいがいいんですからー、と日南先生はケタケラと笑った。そんな日南先生に「……そうかもしれないな」と大人の対応をする氷室先生だったが──


「けれど、彼女の存在は私がここに来る以前からあったようなんだよ。私がこの学校に来たのは五年前だから──下手をすると七、八年前から存在していることになる」


 と、補足するように言った。

 それは、神崎さんの役職を曖昧にするどころか、その存在を模糊とするような補足だった。

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