懲りない奴
突然右頬に痛みが走った。
続いて左頬にも鋭い痛みが走り頭上から罵声を浴びる。
「この助平親父! サッサッと目を覚まさんかい!」
3発目に身構えたが来ないようなので恐る恐る目を開けると、頭上には般若顔の家内と家内の振り上げられた腕を押さえる医師と看護師がおり。
周りを見渡すと、左側に能面のように無表情な顔で軽蔑の目を向ける娘が、右側に呆れ果てたといった顔の息子がいた。
息子に声をかける。
「手術は終わったのかい?」
息子が返事を返すより早く頭上の家内から罵声を浴びた。
「あんたのせいで私達が! どんだけ恥ずかしい目にあったと思っているの!」
「落ち着いてください奥さん」
家内の腕を押さえている医師が家内に話しかけるが、押さえられている腕を振り解き家内の手が私の右頬を叩く。
「病室で暴力は止めてください!」
「落ち着いて奥さん!」
看護師と医師の声が響く。
その2人に向けて息子が声をかけた。
「すいません!
親父に事情を話して聞かせるから、母さんを連れて病室から出て貰えますか。
お願いします」
「分かりました。
奥さん取り敢えず病室から出ましょう」
「もう2~3発殴らせてー!」
「姉ちゃん!
頼むよ、母さんを連れ出してくれよ」
「分かった。
ほら我儘言わないで行くよ」
家内が病室から娘と医師と看護師の3人に引きずり出されて行く。
家内の声が聞こえなくなったところで改めて息子に声をかけた。
「どういう事なんだ?
手術は終わったんだろう?」
「ああ、1週間前に終わったよ。
盲腸の手術で1時間も掛からずに終わる筈の手術が、延々20時間以上もかかってね」
「な、何だと! あの若い女医がなんか失敗でもしたのか?」
「そうだよ、親父のせいでね」
「どういう事だ?」
「親父の悪い癖が出たんだよ、手術中に。
初めて任された手術で緊張している女医さんの尻を、局部麻酔しかかけられていなかったため動かせた手で鷲掴みにしたんだってよ。
そのとき女医さんはメスを持っていたんで、驚いた拍子に手術とは関係ない器官を2つ3つ切っちまったんだって。
それでくたばってくれれば、こんな騒ぎにならなかったのによ」
「お前、サラッとおっかない事言うな」
「冗談じゃ無く、母さんも姉ちゃんも同じ思いだと思うよ。
まったく、手術中に手術している先生の尻を触ったらどうなるかくらい考えろよ」
そのとき病室のドアがノックされ若い看護師が病室に入って来る。
「点滴の交換に来ました」
看護師はそう言い点滴の交換を始めた。
「そう言う訳だから、母さんに土下座して謝りなよ。
分かったかい親父?」
「分かった」
「それじゃみんなを呼んで来るから」
息子が病室から出ていく。
看護師が点滴の袋を交換し管が布団に絡まないようにしているとき思わずやってしまった。
看護師の尻を鷲掴みする事を。
看護師は「キャ」と声を上げ点滴の管を持ったままナース服の後ろを押さえたため、管に引っ張られた点滴台が倒れ込んで来て私はまた意識を失った。