第1話:Prologue
”いつだって自分で自分の人生を選びとってきた。それが私の生き方だと思ってきた”
私はこの選択を悔いることはきっとこの先ないのだろうと思う。それは医師として、そして一人の女としても。
ーけれど、多分私は忘れることができない。ほんの一瞬でも、彼との将来が見えていたあの頃のことを。
「ヴァルツェ行きの船、すぐ乗れるやつありますか?」
自分でも驚くほど疲れた声でそう尋ねていた。
「ヴァルツェ?そりゃあ長旅だねぇ。ちょうど空きが出たから、すぐ乗れる便はあるがー、距離が距離だから値は張るよ。大丈夫かい?」
「ええ。お金ならこれで足りる?」
使い古した財布から数枚の金貨と銀貨を出した。
「おや、これは失礼を。二等船室でいいかい?金貨3枚で一等も取れるが」
「二等って、相部屋?」
「相部屋もあるし、追加料金はかかるが個室もあるよ。もちろん、相部屋でも女性は女性としか同室にはならないがね。どうする?」
「ー個室にして」
「あいよ。金貨2枚確かに。これが個室の鍵。あとこれをあげよう。ウェイターに見せれば何か飲み物を出してくれる。何があったかは知らないが、辛い時は熱い飲み物でももらって暖まりな」
そう言って、船着き場の船券売り場にいた彼は私にチケットをくれた。
「あり、がとう」
それだけ、何とか言えた。
ーだめね、私。
会ったばかりの人にさえ、心配されてしまうほど元気がないなんて。でも、これが今の私。
これが、ー今の私。
ふと、自分の周囲を見渡す。
皆、大きなトランクを携えて見送りの人々と別れの挨拶を交わしていた。
「お荷物はそれだけですか?」
ポーターに問われ、頷いた。
そりゃそうね。こんな寒空の下、たった一人女の身で、少ない荷物だけ持って「新天地」へと向かう船に乗ろうとしている。それだけで、「訳あり女」のレッテルを貼られるには十分だろう。
ー私は、空気さえも凍りそうな真冬の空の下、ここから旅立ち、そして出ていく。
私の両親の祖国、レイティシア。ここを出て、私の祖国、エルミーユへと帰る。
全てを、投げ捨てて。