知りたい
私が乗り込むと、車は滑るように動き出した。
窓の外を流れていく都会の景色から目を離し、私は胸の黒いネクタイをほどいた。
「あいつが先に逝くとはな」
たくさんの花に囲まれて、大学からの親友の遺影は楽しそうに笑っていた。
「やはりガンだったか」
親友は口癖のように言っていた。
「俺はきっとガンで死ぬ。俺のじいちゃんも親父もガンだったからな。発病した時は絶対に告知してもらう」
親友の父親は胃ガンだったが、胃潰瘍と言われて最後まで信じていたそうだ。
「俺はだまされたまま死ぬのは嫌だ。もうじき治るからそんなに心配するなとか、退院したらあれがしたいとか、あと十年は死ねないとか親父が言うたびに、俺やおふくろは胸が締め付けられた。あんな思いを家族にはさせたくない。俺は自分の状態を知りたいんだ。自分の人生を自分で決めるために必要な情報だ。遺産の処理もしっかりしたい。病気と死にきちんと向き合って、全力で戦って、戦い抜いて死にたい」
だが、親友は膵臓ガンを告知されるとその場で卒倒した。もう長くないからとお別れの会を開いたが、見るからに元気がなく、笑顔も握った手も弱々しかった。
「大学時代はスポーツ選手で人気者、大企業の社長までやった快男児が、咲き終えた花のようにしおれてしまうとは思わなかった」
気力を失った親友は、宣告された余命の半分も生きられなかった。
最後に見舞った時、私は尋ねた。
「ガンと聞いたことを後悔しているか」
親友は答えなかった。
「到着しました」
明るい色のネクタイを締めて車を降り、建物に入って会議室へ向かった。
「総理、お待ちしておりました」
官房長官が頭を下げて迎えた。副総理と厚生労働大臣も既に席に着いていた。
「あの疫病の件だったな」
「はい。世界各地で広がっている病気が国内でも発生し、死者が出ました。この新しい病気は原因の細菌が見付かったばかりでまだ感染方法が不明です。治療薬もなく、発病率は低いですが一度発作が起こると助かりません。潜伏期間が数年ありますので、その地域には相当な数の感染者がいると思われます」
副総理が進言した。
「病気発生の公表は今はやめましょう。混乱を招くだけです。幸い、発作の症状は素人には脳卒中と区別がつきません。マスコミと医療関係者に箝口令をしけば情報はもれないでしょう。その地域の人々が差別されたり、農産物が売れなくなったりする可能性もあります。知らぬが仏と言います。国民をだますことになりますが、それが国のため、人々のためではないでしょうか」
厚生労働大臣は違う意見だった。
「公表すべきです。国民には知る権利があります。命にかかわる情報を隠せば非難は免れません。自分が感染していることを知れば、健康に気を配った生活をしたり、死に備えたりできます。自分で考えて選択し行動する自由を奪ってはいけません」
「総理、ご決断を」
官房長官が言った。人々の目が注がれる中、私は口を開いた。
「そうだな。私の判断は……」