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短編集『花まかせ』  作者: 花和郁
第二集
19/32

空気を読む

「全員そろったね」

 今日は高校の仲良し四人組で遊ぶことになっている。

「映画館に行く前に、ご飯食べない?」

 月野(つきの)が提案した。

「いいんじゃない。実は朝ご飯食べてないんだ。映画観てからだとおやつの時間になっちゃうし」

 美星(みほし)が賛成し、日和(ひより)も頷いた。

「私もお腹空いたかな」

「うちはそうでもない。先に映画でいいよ」

 彗子(すいこ)は言ったが、月野は笑って聞き流した。

「食べに行くので決定ね。何がいい? 私はカレー」

「カレーかあ。たまにはいいね。お店のって、家のカレーとは別物だよね」

 美星は何でもいいから早く食べたそうだ。

「みんなが食べたいなら、カレーでいいよ」

 言った日和に月野が尋ねた。

「他のが食べたかったの?」

「ううん、別に。みんなに合わせるよ」

「うちはラーメンがいい。近くにおいしいお店があるんだ」

 彗子が言い出した。

「ええっ、高校生の女子四人でラーメンはないよ。そういうのは一人で行きなよ」

「もしくは彼氏とだね」

 月野と美星は笑った。

「彼氏いないこと知ってるくせに」

「作ればいいんだよ」

「まあまあ」

 日和が割って入った。

「彗子、今日はカレーにしよ? 三人が食べたいって言ってるんだから」

「でも……」

「ラーメンは今度でいいよね。ねっ?」

 彗子が渋々頷くと、月野は歩き出した。

「じゃあ、行こうか」

 美星と日和が続き、彗子も仕方がないという顔でついてきた。

「ねえ、彗子」

 日和は隣に並んで話しかけた。月野と美星はカレーの話題で盛り上がっている。

「なんでラーメンがいいなんて言ったの?」

「食べたかったから」

 彗子は当然という顔だ。

「みんなカレーがいいって言ったのに」

「うちが食べたいものを言っちゃいけないの?」

「だって、ほら、雰囲気悪くなるじゃん。さっきもお昼は映画の後でもいいとか言うし。ご飯が先でもかまわないなら、余計なこと言って対立する必要ないでしょ」

「対立じゃないよ。自分の意見を言っただけ」

「だから、それが余計なんだって」

 同い年なのに、日和は妹に助言する姉の口調になった。

「空気読もうよ。それが大人だよ」

「うちらはまだ子供」

「そうだけど、こういう時はみんなに合わせた方がいいと思う」

 彗子は日和を横目で見た。

「そういう生き方、疲れない?」

「彗子みたいにいちいち別なことを言って場を乱す方がずっと疲れそうだよ。ていうか、私が疲れる」

「そう」

 彗子は呆れた顔をしたが、何も言わなかった。

 カレー屋を出ると、四人は映画館に向かった。

「ねえ、映画、変更しない?」

 到着すると、月野が言い出した。

「あのアニメ映画、お姉ちゃんがこの前()たんだけど、話を聞いたら好みじゃないっぽいんだよね」

「別にいいよ。どうしてもあれが観たかったわけじゃないし」

 美星は反対ではないらしい。

「私もどっちでもいいかな」

 日和が同調すると、彗子が言った。

「うちはアニメがいい」

「今更言わないでよ。もう決まったじゃん」

 月野が不愉快そうに眉をひそめた。

「私たちは別なのがいいの! 彗子はアニメを観に行けば?」

 彗子は少し考えて、頷いた。

「そうだね。上映時間は同じくらいだし、そうしようか」

「えっ、別々の映画を観るの?」

 日和は驚いた。

「出た後で合流すればいいよ。パンフレット売り場で待ち合わせでいいよね」

 彗子が言うと、月野と美星は頷いた。

「いいよ」

「じゃあ、後でね」

 彗子は手を振って別れていった。

「彗子って勝手だよね」

「ほんと、自分のことしか考えてないよね」

 月野と美星は文句を言って、映画のポスターに目を向けた。天井からたくさんつり下がっている。

「でさ、どれを観るの」

 美星が尋ねた。

「観たいのがあるんだ。あれ!」

 月野は一つを指さした。

「恋愛物の実写じゃん!」

 美星はつまらなそうな顔をした。

「あたしはそういうの好きじゃないって知ってるでしょ。それだったらあっちがいい」

 視線の先にはアクション映画のポスターがあった。筋肉の盛り上がった男性が数人写っている。

「あれは私が好みじゃないよ」

 月野は不満そうに頬を膨らませて、日和に目を向けた。

「日和はどっちがいい?」

「えっ?」

 意見を聞かれて日和は慌てた。

「どっちでもいいよ、私は」

「それは駄目だよ」

「日和が決めてよ」

「二人はそれでいいの?」

 日和は聞き返した。

「観たいのがあるんでしょ。二人が話し合えばいいと思う」

「それだと決まらなそうだから、日和が決めてよ」

「でも……」

「多数決なら納得するから」

「そうだね。あたしもそれに従うよ」

 美星も言った。

「そんなこと言われても……」

 困惑する日和に、月野は笑みを深くした。

「恋愛映画だよね。ねっ?」

「アクションの方がいいよね。はっきりそう言いなよ」

「ええと、私は……」

 日和は二人の顔色をうかがって言い淀んだ。

「早く決めてよ」

「上映開始まであんまり時間ないよ」

 月野は日和に一歩近付いた。

「大丈夫だよ。どっちを選んでも恨まないから。でも、友達だよね」

「こらこら、(おど)すなよ。でも、観たくない方を選ばれたらちょっとショックだな」

 美星も一歩詰め寄った。

 日和は二人の顔を見比べて冷や汗を流し、目を天井からつられたポスターに走らせて、一つを指さした。

「わ、私はあれがいい!」

 二人は後ろを振り返った。

「あれって、ホラー映画?」

「先週公開されたやつ?」

「うん」

 日和はほっとした顔で頷いた。

「あれを観たいかなって。でも、二人はホラーは嫌だよね」

 美星は意外そうな顔をした。

「日和って、ホラー駄目じゃなかったっけ」

「そうだよ。夏の肝試しとか超びびってたじゃん。絶対に夢に出てくるって、目をつぶって美星にしがみついてたよね」

「駄目だけど、話題作だし、観てみようかなって……」

 へへへ、と日和は笑った。

「でも、二人は観たくないよね。だから、恋愛物やアクションでいいよ」

 二人は顔を見合わせ、頷き合った。

「ホラーもいいかもね」

「うちも賛成」

「えっ!」

 日和は驚いた。

「で、でも、ホラーだよ。すっごく怖いらしいよ」

 日和は慌てて言った。

「二人はそういうの平気なの? 好きじゃないよね? 嫌だよね?」

「まあ、平気かな。お化け屋敷とか好きだし」

「あたしは大好き。この映画、興味あったんだ。そのうち観に来ようと思ってた」

「でも、本当に怖いって観た人が言ってたよ。気持ち悪くなるかもよ」

「大丈夫だって。日和がこれがいいって言うのは珍しいもんね。たまには日和のお薦めにしようよ」

「そうだね。さっきのカレーはあたしたちが決めちゃったし」

「そんなこと気にしてないから、観たいものを観てよ」

 日和は懇願したが、二人は笑って歩き出した。

「じゃあ、チケット買おうよ」

「混んでるかなあ。三人で座れるといいね」

「待って! 本当にあれを観るの……?」

 日和は青ざめた顔でポスターを振り返り、全身を震わせた。

 月野と美星は歩きながら、知っているホラー映画の話を始めている。

「観終わったら感想を言い合おうよ」

「どこが一番怖かったか、それぞれ発表しようか」

 日和は絶望的に二人の背中を見やった。

「目をつむっていれば大丈夫かな……。ううん、全然大丈夫じゃないよね、きっと。こういう時、彗子がいてくれたら」

 日和は深い深い溜め息を吐き、重い足取りで彼女たちを追いかけながら、つぶやいた。

「みんなにも、もう少し空気を読んで欲しいなあ」

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