黒のヴァネッサ Part.1
酒場で行われるポーカーのレートは労働者の懐具合によるので、大体のミニマムレートは5セントから、ゲームに参加するのに必要な金額は一〇ドルが相場である。
となれば、参加費三〇〇ドル、ミニマム一ドルのレートが如何にぶっ飛んでいるが分かるだろう。そして勝者総取りのゲームとなれば、観客が集まるのも自然な事だった。
高額なゲームにはそれだけの緊張感が伴うもので、観戦する側も楽しめる。娯楽少ない西部では他者の破滅を眺めることさえ娯楽となるのだ。
そんな訳で、彼等が座っているテーブルはいつの間にか人だかりに沈んでいて、商人風の男は、より深みへはまっていた。
レイヴンの弱味を利用することで掛け金を上げさせ、大逆転の目を作りだしたまではよかった。更に動揺を誘ったことで、傾いていた運もたぐり寄せていたのである。そもそもとしてこの男、カードが弱いという訳ではなく、最初のゲームでは単にレイヴンの方がツいていただけだったのだ。仕切り直した第二ラウンドは流れを掴んだ状態からのスタートで、勝ちの目は濃厚だと彼は確信していた。
…………だが、どうだ。
「Aのスリーカード、吾の勝ちよ」
ヴァネッサが手札を開けば、観客から歓声が上がる。
乱入してきたダークエルフの女にあれよあれよと毟られて、男のチップは一〇ラウンドと持たずに底を付いてしまっていた。
劣勢とみるや即座にフォール(降り)続けていたレイヴンの被害は軽微だったが、なまじ勝負手ばかりが手札に来ていただけに男は退けず、ついにはとどめの一撃を喰ったのだ。
もう彼には何もない。通行証までもヴァネッサの手に落ちていた。
全てを吐きだした男は呆然としていたが、暫くすると力なく席を立ち、ふらふらと店の外へと消えていく。虚しいことに、敗者に同情する者は一人としておらず、観客達はテーブルで続くハイレートのゲームに首ったけだ。敗者の末路よりも、滅多にない勝負の方が見応えがあるのだろう。
「さて。思いの外早く一対一になったのう、小僧」
「……黙ってカード配れ」
「ふうむ、途端につまらん男になったのう」
いけしゃあしゃあとつかれた溜息など相手にせず、レイヴンは配られた手札を見る。
――スペードのJとK。悪くない。
これまでのラウンドでの目を覆いたくなるような手札とはまるで見違える二枚だ。
そこからの勝負は均衡していたが、どうやらここにきて流れが変わったらしく、レイヴンとヴァネッサの勝ち分は、いつの間にやら五分五分になっていた。商人風の男からヴァネッサがむしり取ったドル札の半分が、レイヴンに渡ったことになる。
「ふふふ、中々にやるではないか。吾にここまで食い下がった相手は近頃なかったぞ」
「…………良く喋る、歳の所為で人恋しいか? お前、歳はいくつだよ」
「可愛らしいのう、必死になって。続けようか、小僧」
この女は手強い。これは確信としてレイヴンの中にあった。
ヴァネッサが現れた以上、通行証に拘る必要な最早なく、なんならポーカーなどせずに魔銃を取り返すのが一番なのだが、諸々の事情を差し置いても譲れぬ物が彼にあった。
まぁ、なんというか、きっとアイリスが聞いたら呆れて物も言えないだろうが、一見陳腐に思える事に拘るのが、男という生き物で無頼者の性でもある。魔銃を取り返すにしても、魔具を集める為に通行証が必要でも、まずはヴァネッサを負かしてから。単純な話、レイヴンは負けず嫌いなのだった。
彼は配られた手札を確認、ハートとスペード、Aのペアだ。
初手では最高の手札、ここは上手く掛け金をつり上げたい。
様子見で一〇ドルレイズすると、ヴァネッサは乗ってきた(コール)。
第一ベッドが終了し場に共通カードが開かれる。
ハート9
クラブA
ハートJ
スリーカードは確定、ここは押せる。
ノータイムで受けてきたのを見るに、ヴァネッサの手札は絵札のペアかAが一枚入っている筈だ。簡単には降りないだろう。
そして彼の予想通り、ヴァネッサは強気に出て来た。
「では25ドル、レイズといこうかのう」
「さらにレイズ50」
「鼻息荒いぞ小僧、余程いい手なようだ」
「……降りるのか?」
「無論退かぬよ、コールだ」
容易くテーブル中央に積まれる札束に観客がどよめく。彼等と共に観戦していたアイリスは、思わずレイヴンが心配になったが勝負のマナーは弁えていた。彼女はハラハラドキドキを胸中に収めるが、その焦りはヴァネッサに汲み取られる。
「アイリスは主を案じておるようだぞ、意地を張らず退くが賢明ではないか?」
「わ、わたしは何も言ってません、変なこと言わないでくださいです」
「カマ掛けだ、アイリス。――こっちも退けねえ、札束より欲しいものがあるんでね」
「……通行証か?」
「もう一つの方もだ」
――勝ったら魔銃を返してもらう。
鋭い眼光に意思を潜ませるレイヴンに、ヴァネッサは笑みで返した。
「ふむ。叶わぬぞ、その願い」
「すぐに分かるさ、だろ? さあ次だ」
四枚目の共通カードはダイヤAで第三ベットへ
これでAが全て出揃いレイヴンの手役はAのフォーカードとなる。
現状考え得る最強の手だが、彼は表情に一切出さずベットへ移る。ヴァネッサの有り金全て巻上げるには降りられて困るのだ、この手を、この機会をものする。
「いくらあんたが長生きでも、これだけの大金賭けたのは初めてなんじゃないか」
「そうだのう、数える程度だ」
「ふかしやがるぜ……」
「失うのを怖れ、皆早々に逃げてしまうから楽しめんのよ。だから小僧、どうか頼むぞ? 吾をがっかりさせんでくれ(・・・・・・・・・・)?」
ヴァネッサのその言葉を、勝ちを確信した挑発をレイヴンは待っていた。ここまで煽り、そして自信を滲ませるのはブラフである証拠。セミブラフでもJのスリーカードどまりだから、勝ちはもらった。
だからこそその挑発、敢えて乗る。
「そこまで言うからには、あんたは逃げねえよな」
「降りたいと、そう聞こえるのう? 止めるならば今のうちだぞ、臆したとて誰も責めん」
「誰が降りるかよ、オールインだ」
ドル札全てを押しやるレイヴン。
観客はどよめき、ヴァネッサの一手に注目が集まる。
「愚かよのう、勝ちを焦ったぞ小僧」
「御託はいい。受けるのか、受けねえのか」
「…………ふふ、愚問だ」
彼女もまたドル札をテーブル中央へと押しやり、フロアを満たしていた緊張感が一気に高まる。遠雷のようなざわめきが続く中で二人が睨み合っていると、「静かに、静かに」と誰かが宥める。勝負が決する瞬間には静寂こそが相応しい。
五枚目の共通カードがオープン、ハートの8
互いにオールイン状態なのでベットはスルー
そして迎えるショウダウンはレイヴンが先だ
「悪いが、全部置いていって貰うぜ」
勝利を確定する瞬間である。
流石に口元緩くなったレイヴンだが、彼の手札が露わになることは無かった。
バ、バン――ッ!
と、突然銃声が鳴り響いては賭け事どころではなくなり、高まっていた興奮は雲散霧消、酒場中の視線は、天井へと銃爪を引いたガンマン達へと注がれる。そして、そのガンマン達は客を掻き分けテーブルに近づきこう言った。
「ようやく見つけたぜ、『黒のヴァネッサ』。仲間の仇、取らせてもらう!」
勝負に水指す乱入者は、森で出会った男達だった。




