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独り旅より、ふたり旅 Part.1

 日射しもあり、だが涼しい最高の朝だというのに旅人の表情は浮かない。寝付きが悪かったのはコーヒーの所為か、それとも少女の――アイリスの涙を見た所為か。昨夜の愚行を責めるように朝日がやけに眩しくあたる。


 彼が目指すのは鉄道の通る町、サウスポイント。


 入植初期には水が手に入る川沿いに人が集まるように、駅のあるところにも人が集まる。鉄道とはつまり開拓者が引いた鉄の川で、そこを流れるのは物資であり、人であり、そして情報だ。人が集まる必然として、鉄道の止まる町は発展していて、郡でも有数の大きさに成長する。

 大抵の町が一本だけの通りの左右に店が少々ある程度ところ、周辺に牧場や農場のあるサウスポイントならば、銃砲店に服飾店、さらに郡に一人しか配置されていない保安官の事務所もあり、情報を集めるのには正にうってつけというわけだ。


 休憩を挟みつつ移動したので旅人が町に到着したのは昼過ぎだった。大きな町では鉄道の到着に合わせて部屋が埋まったりするので、町に入って先にするべきは寝床の確保だ、駅よりも町の出入り口に近い宿屋に馬をつけると、彼はとりあえず一晩の部屋を借りてから、改めてシェルビーを厩に預けた。

 人間に休息が必要なように、馬にも休息は必要だ。移動手段の道具というより、旅人にとってはかけがいのない相棒なのだから。


 とはいえ、まだベッドで寝るには陽は高く町を歩く時間もある。大勢に聞き込みをするなら人が集まる酒場が最適だが、出向くのは夜の方が適当だ。そうなるとこの時間に回るべきは営業中の商店で、買い出しついでに旅人は雑貨屋に入っていった。

 すると、扉のベルに気が付いた店主が顔を上げ、小綺麗なベストとネクタイで決めた彼は文明人らしく背筋を伸ばして旅人を出迎える。

「いらっしゃいませ、ミスター。なにかお探しでしょうか?」

どうも(ハウディ)


 町の景気は商店を構える人間の表情に表れるもので、転がり込んできた商売のチャンスを掴もうと、しっかりとした作り笑顔を浮かべる店主を見る限り、この町の商売は程良い緊張感を保ちつつ順調に回っているらしい。

「ジャーキーと、オートミール。それから塩をくれ」

「少々お待ちを」

 店主は一段笑顔さをあげて頷いた。作業中も店主は気を抜かず、背中からも愛想を振りまいている辺りが、この店が繁盛している秘訣だろうか。


「胡椒はいかがです、昨日入ったばかりのいい品がありますよ」

「そうやって他の客にも色々買わせてるのか?」

 なんて旅人の皮肉にも店主は笑って返す。

「ははは、冗談がお上手だ。上物ですからね、勧めているんですよ。旦那もあれですか? 金を掘りに西へ向かってるんですか」

「いや、人を探しててね。色々回ってる。――噂には聞いてるが、金なんてそんなに簡単に見つかるモンなのかね」

「ゴールド・ラッシュって言葉は嘘じゃないらしいですよ、ウチによった客の中にも一稼ぎしてきた人間がいましたから。大層羽振りが良かった」


 土を掘って金持ちになれる。誰だって手軽に成り上がりたいし、楽な暮らしをしたいと望む、はるばる海を渡ってきて苦しい生活をしてきたならば尚更だ。しかも実際に旅立った人間が金持ちになって戻ってくれば、後を追いたくなるのも当然と言える。


「あんたは行かないのかい? 金を掘りにさ。――あと煙草をくれ」

「噛み煙草で?」

「紙巻きの方を頼む」


 多くのカウボーイは火を使わずに口の中で葉を噛む、噛み煙草を好むが、うっかり煙草の毒塗れの唾を呑み込んで死んじまった奴を見てから、彼は紙巻き煙草に変えていた。


「私には今の商売の方があってますので、四六時中泥の中で宝探しなんて、とてもとても。それに両手が金で塞がってしまったら、他の物を捨てることになるでしょう」

 話で間をつなぎつつ紙袋に品物を詰め終えると、店主はこれまた満面の笑みを貼り付けて旅人に向き直った。待たせていると感じさせない軽快な会話が、店主にとっての最大の武器らしく、彼はしっかりと自分の分を弁えているようだ。

「お待たせしました。二ドル五十セントになります」

「どうも」

「旦那は暫く滞在されるんですか?」


 まだ商売出来るならよりよい付き合いにしておきたい。店主の考えは透けて見えるが、向こうから近づいてくるなら拒む理由も無く、旅人は素直に答えることにした。彼としても情報が欲しい。

「一応は。探し人が見つかるか、いないと分かるまではいるつもりだが」

「大変ですね、旦那も。……その手の話なら保安官に訊いてみると良いですよ。牛泥棒を追いかけて出払ってますが、明日には戻ってくるでしょうから。そのお探しの人は、どんな方なんです?」

「魔女だ」


 一単語で答えてやると、店主の顔から笑みが消える。潮が引くような見事な変化は、魔女への恐怖の表れだ。こういう相手に無理に聞き出そうとすると、態度が硬化する場合が多いので、旅人はそれ以上詮索するのは控えておいた。

「また来るよ」

 代金をカウンターに置いて、旅人は店を出る。

 暫く町に留まることが決まった瞬間だった。




 その後、銃砲店で弾を揃えてから旅人は宿に荷物を置き、それから酒場へと繰り出した。敢えて言うまでもないだろうが、銃砲店の店主も雑貨屋の店主と同じように、尋ねた途端に口を噤んだので、探し人について大した情報は得られなかった。

 魔女はどこにでも耳があるとも言われているので、口を噤むその気持ちも分からなくもないが、旅をしてきた身から言わせてもらうと、その手の言い伝えは人間の恐怖心が勝手に膨らんだ妄想だというのが旅人の意見だった。不信感というのはまだ見ぬ物には付きものだが、未開拓の大陸西部に踏み出した気概を思い出せば、魔女への恐怖など笑い飛ばせる。


 しかしながら、そう言った思考も結局は個人が持つもので、一度固まってしまった価値観というのはジャーキーよりも堅い。昼間に聞いて回ったおかげで、『魔女を探している男』の噂は広まっているはずだが、カウンターでウィスキーを煽る旅人に向けられるのは興味の視線だけ、それも彼が酒場に入って少しの間だけだった。


 客の殆どが一日の仕事を終えた男達で、そんな彼等にしてみれば数少ない娯楽の場で、厄介事に首を突っ込むなど御免というわけで、なにより噂の主である旅人が静かに酒を飲んでいる分には、誰も彼もが幸せでいられるのだ。


 ――この分だと、もう少し積極的に動く必要がありそうだな。


 旅人が声をかけられたのは、二杯目を注文しながらそんな事を考え始めた時だった。

「お、お前だな、あれこれ聞いて回ってるよそ者っていうのは」

 その声は若く、威厳と威圧を纏おうとしている分、余計な力が入っていた。

 旅人はたぶん自分の事なんだろうと思いゆっくり振り返ると、ドアの直ぐ傍で仁王立ちしている青年を睨め上げた。顔立ちや服装、諸々を観察する旅人だが、青年が何者なのかを知るには彼の左胸に目をやるだけですんだ。


 星を囲んだ盾型バッジはアトラス共和国における法執行官の証。ただし、郡民選挙で選ばれた保安官(シェリフ)ではなく、保安官によって任命される保安官助手(デピュティ)だ。

「……何か?」

「なにかじゃない。町で妙な話をするのはや、やめてもらおう!」

 酔った客達がいいぞ言ってやれと囃し立てるが、青年には威厳もへったくれもあったものじゃなかった。


 旅人本人がなんとか堪えているというのに、他の客達はむしろ、面白い余興が始まったとでもいうように耳を傾け、ニタニタと笑い始める始末。馬鹿にされるならまだしも、ただ笑われている。これだけで、この保安官助手がどういう評価を受けているかは大体察しが付くというものだ。


「僕はカール保安官助手だ、いいかこの警告を受け入れないなら町から出て行ってもらう」

「ちょっと世間話をしただけだ、迷惑はかけてない」

「それはこっちが決めることだ、分かったのか」

「肝に銘じておくよ、カール。会えてよかった」

 そうして旅人は酒に戻ろうとするが、さっさと帰ればいいのに保安官助手はムキになっていた。こうなると旅人の口の悪さが顔を出す、大体、彼は法執行官の世話になるようないざこざは起こしていないのだ……今のところは。


 世間話ついでに魔女の居場所を聞くのが違法だというのなら、井戸端会議で夜の夫婦生活について相談しているご婦人方にも同じ言葉を投げなければ不公平ってものだし、そもそも会話する自由は誰にでもある。


「保安官助手だ。僕は本気で言ってるんだぞ」

「こっちも本気だ、言いがかりも大概にしてほしいもんだな。それともこの町じゃ、保安官の許しを貰わないと酒も飲めないのか、ん?」

 からかい口調の台詞は、カールにはともかく他の客には受けたようで、返しの台詞を期待する視線が青年へと注がれた。ここで上手くあしらうか、権力で抑えつけるかで保安官助手としての資質が問われるのだが、緊張してカチコチのカールには難しい問題で、挙げ句は入店してきた客に邪魔だと押退けられていた。

「と、とにかく、皆が不安になるような噂を広めないでくれ、分かったか⁉」

「不安になるような? どの話だろうな。人を探してるって話もしたし、インディアンが攻めてくるって話か、税率が上がるって話かな。それとも黄色染みのパンツがお前の家に干してあるって話かな?」


 どかんと、酒場が爆笑に包まれる。カールは怒り心頭で震えていたが、言いがかりをつけてきたのは彼の方なので、旅人は悪びれた様子も無く客達の反応を煽っていた。

「そりゃ不安にもなるよな、保安官助手がおねしょするようじゃよ」

「くっ……、お前を逮捕する!」

「ああ是非してくれ、大勢笑かしたら罪になるとは知らなかった」


 テーブルを叩くは拍手はするは、もう酒場中笑い声だらけ。だが、旅人はその中を通して――一転冷徹な眼付きで――カールを静かに捉えていた。黙って、静かに……。それは笑われる相手を見据えるには冷たく、かといって憤りを発散したにしては熱を持っていて、誰にも気取られず、ごくごく自然に歩を進める旅人は、そのまま酒場から出ていく。


 あまりに馬鹿らしかった。他の客と事を構えるのを避ける為呑み込んだが、笑い散らしている連中も魔女に怯えていた点では、保安官助手とどっこいだが、他人を笑っているうちは自分の間抜けさを見ないですむということなのだろう。


 やれやれと言った様子で旅人がマッチを擦ると、まだ諦めきれないのかカールが後を追ってきた。

無法者(アウトロー)の分際でよくも侮辱してくれたな、いい笑いものだ!」

「まだ何かあるのか、もう済んだ話だろ。酒場にいる連中の半分はアウトローだし、そもそもお前は嘗められてる。新参者しょっぴいて株を上げたいんだろうが、あんなやり方じゃ腰抜けと思われるだけだぞ」

「なんでも銃で解決する野蛮人には分からないだろうさ、法を守る為には銃にばかり頼れないと言うことが」

「西部の保安官助手にしちゃ都会じみた考えだな、そんなんで、よくまだ生きてるもんだ」


 弱肉強食、それが西部におけるただ一つの掟。

 北アトラス大陸はそれこそアトラス共和国がその大半を領土としているが、建国当初から発展を続けている東部沿岸、そして大陸東部以外はほとんど未開拓、端的に言えば別の国とみても差し支えないほどに文明レベルが離れている。


 例えば街並みだ。西部ならば建物は二階建てが精々で、サウスポイントのような列車の通る小さな町でも、大きな町として扱われるが、大陸東部における大きな町とは、天を突く建物が建ち並び、飛行船が人を運ぶ人種の坩堝を指す。そういう発展を遂げた、文明人の集まる町ならばカールの言うような方法が正しいのかも知れないが、ここは西部だ。


 東海岸のお役人が定めた法は、広大な大陸の中央以西においてその効力を充分に発揮しているとは言い難く、この地における法とはつまり、西部に生きる人間の定める掟。


 力こそ全ての世界。

 そして、野蛮の掟が支配する最後の場所こそがフロンティアだ。


 権力や金は言わずもがな、銃があればその力を持って自由に生きることが出来る。

 どんな醜男でも、女を手込めにすることだって叶う。

「ほんとうにこっちにいるんですか?」

「黒髪の兄ちゃんだろ、ああこっちにいる。俺達は友達なんだ」

 聞いた声に旅人が振り返ると、ロングコートを着たふわふわ金髪の少女が男二人に連れられて路地へ消えていくところだった。


「こっちを見ろ、まだ話は終わってないぞ」

「……今の三人をどう見る?」

「ただの娼婦と客だろ、話を逸らすんじゃない」

「おれには欲求不満の男に騙されて、女が連れ込まれてるように見えたがな」

 その台詞にカールは驚きの表情を浮かべ、腰のガンベルトへ手をやった。バッジを付けているだけあって、西部では忘れられがちの正義感というものは持っているらしいが、しかし、肝心の足が出ないようでは、酒場の連中に笑われるのも当然の評価だといえる。


 青臭い正義感? 大いに結構、平和的な世界を作るには必要なものだ。だが、言葉だけで動くほど人間というのは理性的じゃない。


 とはいえ逆に純真すぎるというのも考え物で、少女は――アイリスは一日中荒野を歩き続けて辿り着いたサウスポイントの町で、心優しく(・・・・)声をかけてきた男達を信じ切り旅人の居場所への案内をしてもらっていた。町の裏側を通りながら彼女が案内される先には宿屋などないのだが、町に着いたばかりのアイリスが、そんなことを知っているはずもなく。


 町に辿り着いても宿に泊まる金が無い場合は、町の近くで野営するのがカウボーイやならず者の常だ。アイリスを案内している二人もご多分に漏れず、町の近くにテントを張っているのだが、金は無くとも溜まるものは溜まり、ふらふらやってきた世間知らずな美少女が釣れればやることは一つ。


 彼等の脳内はピンク色の妄想で一杯だったが、建物の角から拍車の音と共に立ち塞がる影が現れて、状況は一変する。

「あっ、旅人さん!」

 嬉しそうに、呑気な歓声を上げるアイリス。だが旅人は彼女の正面に立ちながら、彼女の姿を見ていない。彼が注視するのは男二人の右手だ。


 一瞬にして別世界に入り込んだかのような緊張感が周囲を満たしていくが、アイリスはまだ気が付かないのかなんとも呑気に喋るのだった。

「お二人とも、ありがとうございました。おかげで、旅人さんに会うことが出来ました」

 そう言われても、男二人の視線もまたアイリスから外れ、旅人の右手に注がれている。

 宿にポンチョを置いてきているので旅人の装備は二人にも丸わかり、両腰に提げた拳銃――特に右太股にあるホルスターには熱い視線が注がれた。


 互いが何者なのかなど、その出で立ちを見れば即座に理解できる。大事なのはここからどうするかなのだ。

 しかし結末を決める大事な場面に、アイリスが動いた所為で事態は悪い方へ転がり始める。男の一人が彼女の腕を捕まえたらしい。


「あ、あの……放してもらえませんか? ちょっとイタいんですけど……」

「なんだい、兄ちゃん。この娘の知り合いか?」

 即座にアイリスが「そうです!」と元気よく答えたが、旅人は静かに否定した。

「そんなぁ……冷たいこと言わないでくださいよ」

 しゅんとした少女を蚊帳の外に置き、会話は進む。最早秒読みと呼んでも良いかもしれないが、穏便な方法は残されているはずだ。


「なら、なんの用だ?」

 さりげなくアイリスを盾にした男が問うと、もう一人が少しだけ外側に拡がった。

 ――こっちは二人だぞ、と仕草で語っている。

「女を放してやれ」

「命令されるのは嫌いだ、いきなり出てきて何様だお前」


 そう言った二人の些細な動きを旅人は見逃さず、彼も同じ動作を取っていた。右手が静かに銃把に触れる。


「どうして銃に手をかける、紳士的に話してる最中だろ」

「俺達も紳士的に頼んでるがね、兄ちゃん。道を空けな」

「命令してるつもりはない。彼女の意思を尊重するべきだと言ってるんだ」

 言葉とは裏腹に緊張感は緩むどころか張り詰めていき、ようやくアイリスも事態を理解したのか、緩んだ顔つきが引き締まった。


「二つに一つだ、そこをどくか、どかされるかだ。それ以外はねえ」

「他にもあるさ。あんたらは女を放して向こうに帰る、俺はこっちに。寝床で一晩過ごせば、くだらない問題だったと思える」

「この女は俺達が見つけたんだ、渡すもんかよ! イイ身体してるぜ~」

「なるほどね……」

 煙草を吐き捨て、旅人は男の目を観察しながら言った。


 その目は殺意でギラギラ、やる気に満ちていて、隣の男との一瞬の目配せから、旅人は彼等の選択肢を読み取った。

 事ここに至り――手段は決定したと、ガンマンの共通認識。


 時間が延びるような感覚に旅人は身を任せる。

 静かに重心を下ろして備え

 悟られず呼吸を合わせ、瞬きは無し

 相手の右の指先がぴくり痙攣


 旅人は言う。

「女」

「は、はい……!」

「しゃがめ」

 そしてアイリスが身を丸めたのが合図となる


 少し離れていた男が銃を抜く

 撃鉄を起こしつつ銃身を上げるが先に撃ったのは旅人だ。

 銃爪を引いたまま銃を抜き腰の高さで照準

 そのまま撃鉄を連続して叩くファニングは神速と呼べる速度


 その早撃ちは一つの銃声で、二つの眉間に鉛玉を見舞った。

 開始と決着は同時に訪れ、二人の男達は地面に倒れ込んだ。


 決闘は本当に一瞬で、訳もわからないアイリスは、旅人の指先で回転する拳銃がホルスターに収まるまで何が起きたのか把握できずにいたが、目を見開いたまま大の字で転がる男達を見つけて、ようやく言葉を口にすることが出来た。

「死んじゃったんですか、この人達……?」

「心配とはお優しいこったな。自業自得だ、お前、犯されるところだったんだぞ」

 仕方なく旅人は彼女を起こしてやるが、アイリスは戸惑い半分、驚き半分といった様子で目を泳がせている。このまま話していると、銃声に気付いた住人やらガンマンやらが群がり始めて面倒なので、旅人はさっさと場所を移してから続けた。

 死体の処理はするべき人間が勝手にやる。


「帰れと言ったろうが、なぜ俺に付きまとう」

「違います、偶然です。偶然わたしの向かった先にあなたがいたんですよ」

 ――だから付きまとってなどいません。と、アイリスは言う。

 しかしそんなのは何とも分かりきった嘘で、しかもその嘘を堂々と力のこもった目で言うものだから、旅人としては呆れるばかりだった。


 だが、アイリスは思い直したのか、目を伏せて真剣な表情で言葉を紡いだ。

「……本当は、謝りたかったんです。昨晩は不快な思いをさせてしまったみたいですから」

 その言葉はとても真摯で、心からの意思だと分かる。そして理解してしまうと、旅人としても責めづらかった。

 そんな彼が逃げるように通りに目をやると、予想したとおり酒場から銃撃戦の見物客が溢れ出し路地の方へと入っていく所だったが、その流れに逆らう人物が一人、旅人達の方へとやってきていた。


 人混みを掻き分けるは大変だったのだろう、カールは息も荒く問い詰めた。

「お、お前! 物騒な噂を広めるだけじゃなく、この町で殺人までしたな!」

「正当防衛だ、知ってるだろ」

 そもそも秩序の維持は法執行官の領分だというのによくもまぁ、そんな台詞を吐けたものだと旅人は溜息を吐き、他人の面倒につくづく疲れた彼はいっそ区切りを付けてやろうと、宿屋へ向かって歩き始める。

「だからまだ話は終わってない!」

「明日になったら宿に来い、保安官(パパ)を連れてな。お前じゃ話にならねえよ」

 どうせ数日は留まる予定なのだ。だからこそ、穏便に済ませたかったというのに、腰抜けの保安官助手のおかげでこの有り様。そして、世間知らずのアイリスお嬢様は、行き場を無くしてぽつんと通りに立っていた。


 捨て置けば、またきっと問題に巻き込まれるだろう。

 そして、その場を目の当たりにしたらきっと手を出すだろうと旅人は考える。

 究極的に平等である西部においては弱肉強食こそ真理と知っていながら、悲惨な状況を見過ごすのは気が咎めるという半端な非情には嫌気がさす。


 立ち止まった旅人の眉間には峡谷よりも深い皺が刻まれていて、その提案を口にするのはかなりの覚悟が必要だった。

「アイリス、付いてこい」

「……いいんですか?」

「放っておいたら諦めてくれるのか」

「いいえ、諦めません。昨晩の言葉もわたしの本心ですから。それに言ってたじゃないですか、わたしの意思を尊重するって」

 なんとも嬉しそうな笑顔は夜にあって尚眩しく、彼の敗北が決まった瞬間でもあった。そしてアイリスは旅人を追い越すと、くるりと回ってもう一度満面の笑みを見せつける。

「わたし、今日ずっと考えていたことがあるんです。きっと驚きますよ」

 なんとなく嫌な予感がしたが、墓穴を掘ってしまった以上、旅人は埋まる覚悟を決める。しかし、その穴には予想外のものが埋まっていたのだった。


「魔女について知りたくないですか?」

 アイリスはそう言ったのだった。

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