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選択肢 《ワースト オブ トゥー オプション》Part.9

「あれ? なんだ、レイヴンも戻ってきちゃったんです?」


 レイヴンとて納得はしていないが、家長がそうしろというのだから、客人は従うのが礼儀である。玄関を潜るなりアイリスが意外だと首を傾げていた。


「俺が横にいると話が拗れるとさ」

「う~ん、直感を信じるべきだと思いますが。正直、わたしも不穏な気配を感じますので」

「提案はした。つっぱねたのはボビーの選択だ」


 率直な意見としては正気の沙汰とは思えないが。

 相手は三人の上、最初っからやる気で来てる様子。それに対してボビーは丸腰、武器と呼べるのは三つ叉フォークがいいとこなのだから、下手すれば対面するなりズドンもあり得る。


 それぐらい子供達にだって分かる、いや、子供達だからこそか――。

 背中を突っつく三つの視線にレイヴンは頬を掻く、そんな責めるような目を向けられても困るだけだ。


「レイヴン?」

「なんだよ、俺の所為じゃねえだろ……」

「にいちゃん……」

「れいぶんおにいちゃん……」


 縋るような声音の三重奏、ハットで耳を塞ごうが居づらいことこの上なく、彼は椅子を持ってきて窓際に座った。遠く柵を挟んだ人影が四つを見据えながらレイヴンはマッチを擦る。


「まぁ親父さんに任せようや」

 騒ぎに気付いた奥さんが、調理場から顔を出した。彼女にも説明しなければと思うと、レイヴンの気分は沈む。





 明確に分けられた敷地の境界線、牧場への入り口たるアーチに陣取るボビーは、馬上の薄汚れた三人を見上げていた。


「なんのようだ、お前達」

「おいおい、ご挨拶じゃねえかクレイトンよ。おめぇが中々会いに来ねえもんだから、こっちから来てやったんだ、コーヒーの一杯ぐらいほしいもんだな」

「何度来ようが返事は同じだ。俺は出て行かんぞ、帰ってくれ」


 最初に襲われた時から何度も繰り返した返答をボビーは口にしたが、盗賊達は鼻で嗤い飛ばすのだった。三対一の上に銃を持っているのは盗賊達だけでは、ボビーの決意など吹けば飛ぶ軽さしかない。ちょいと人差し指を動かせば、消え去る抵抗など哄笑の的だ。


「どっちか選ぶだけだ。牧場か、娘か。簡単だろう?」

「言ったはずだ、石ころ一つたりとも、おまえ等にくれてやる物などないとな。この牧場は俺の家族が開拓した、俺の家族の土地だ。おまえ等のような盗賊には何一つ渡さん、牧場が欲しけりゃ自分の手で耕せばいい」

「そう意固地になってると、碌な事にならないぜクレイトン。ボスが誰かは知ってンだろうが、魔女に刃向かえばどうなるか分かってると思ってたんだがな、牧場丸ごと焼くなんざ容易いんだぜ? 利口になれ」

「いくら脅そうが答えは変わらん。牧場からは出て行かんし、ましてや悪辣な魔女に娘を差し出すなど出来るものかよ」


 受け入れる事など不可能、交渉の余地など何処にもないのだ。いきなり現れて土地を明け渡すか、娘を寄越せと脅されて、どうして首を縦に振れるだろうか。一方的な恐喝など断固拒否である。

 しかし、仁王立ちのボビーを宥める為か、盗賊の一人が馬を下りてアーチへと近づいてくる。「止まれ」と警告を受けてもなお足を勧め、敷地内に入ってきた。


「いい牧場だ、壊すには惜しい。だろ?」

「魔女に伝えろ、答えは同じだと」

「……頑固な野郎だな」


 苛立つ盗賊に殴りつけられ膝を折るボビー。

 父親が痛めつけられるのを目の当たりにして子供達が大人しくしているはずがなく、可決付けようとする二人を、アイリスと奥さんが抱き留めた。兄妹の気持ちは痛いほど伝わっているだろうが、保護者として、そして任された身としては行かせる方が危険だと重々承知なのだった。


「はなしておくれよ、ねーちゃん!」

「ママ! パパが……パパが死んじゃう!」

「良い子にしていなさい二人とも、パパなら大丈夫だから」

「レイヴン! いつまでそうしているつもりです⁉ はやくクレイトンさんを助けてあげてください!」


 だが彼は動かない。こうなることを予想した上でボビーは手助けを突っぱねたのだから、今になって出ていったところで話が拗れるだけ。奥さんに頼まれ、兄妹に請われ、アイリスに責められても、レイヴンは紫煙越しに遠くのやりとりを眺め続ける、なにしろボビーはまだ戦っているのだから。

 その証拠に、家族に近づかせまいと力強い背中でボビーは立ち上がっている。


「……分からねえ野郎だ、親切心から言ってやってんだぞ。その気になれば、こんな牧場あっという間に灰にすることもできるってのに、待ってやってるんだ、わざわざな。俺達の好意を無駄にする気かよ」

「なにが好意だ、野獣のような貴様等にそんなものがあるか。何度も言わせるな」

「救いようがねえ馬鹿野郎だ、クレイトン。ほんじゃあ、ちぃとばかし痛い目をみてもらおうじゃあねえか」

「好きなだけ殴るがいい、俺は屈指はしないぞ」


 最初から覚悟はあった。だが立ちはだかるボビーの決意を嘲笑う盗賊達は、互いに顔を見合わせ手を叩く。そして――


「お前にゃあ手出ししないさ。魔女を怒らせるとどうなるか、お前の家族に知ってもらう」

 指笛が一つ、草原に響くと稜線を超えて何かが飛んでくる。その飛翔体はすぐに大きくなり、風を捲いてボビーの頭上を飛び越えていった。


 コウモリの翼を持った小型龍――ワイバーンである。


「き、きさまらァ!」

「動くなクレイトン」

 即座の恫喝、拳銃がボビーを捉えた。

「脅かすだけさ、お前さんが賢くなれば良いだけの話だ。だがなにが起こるかねえ? まぁ事故は起きるかもしれないな、龍ってのは気性が荒い。それに腹も減っているから、誰かを食っちまうかもだ」

「くっ……やめさせろ! いますぐやめさせるんだ!」

「期限まで一週間だ。どうするか決めろ、今ここで」

「……どこまで卑怯なんだ貴様等は!」


 ワイバーンは母屋周りを旋回したかと思うと、ポーチに首を突っ込んでけたたましく吠えたてている。屋根を引っぺがし、柵を噛み千切る暴れ具合はどうやって操っているのか想像出来ない猛獣そのもの。今にも窓を破りそうな気配にボビーは冷や汗が止まらない。母屋には子供と妻がいるのだ。いくらレイヴンが腕利きのガンマンでも流石に龍相手ではどうにもならない。


 ――そう思った矢先だった。


 立て続けの銃声

 苦痛に呻く小型龍の咆哮

 仰天した瞬間に時間が止まる


 喧しい咆哮を上げていた小型龍へ、窓越しに拳銃の四連射を加えたレイヴンは部屋の奥で縮こまっているクレイトン一家に一瞥さえくれず、黙って玄関扉を押し開けてポーチに出た。至近距離からの拳銃弾は、悉く龍に命中していて、予想だにしなかった反撃を受けて飛べなくなった龍は藻掻きつつ母屋から離れようとしている。


 人間の手が届かない空へ逃げたいのだろうが、龍はその身体の大きさ故、ある程度助走が出来なければ空へは上がれない。翼をもがれた小型龍など馬二頭分の大きさがあるトカゲと同じだ。


 母屋周りの柵をなぎ倒し逃げる小型龍に口笛一つ吹くレイヴン。


 龍の方も逃げるのを諦め臨戦態勢を取った。翼を大きく広げて威嚇する姿は、迫力充分で母屋にいる親子でさえ腰を抜かすほどだったが、相対するレイヴンはこれっぽっちも動じない。凶悪な歯並びを見せつけられても、彼は冷静に銃を構える。龍を殺す上で難儀するのは全身を覆う鱗の強度である、魔銃ならまだしも通常の四四口径弾となれば、貫通させるのは不可能に近い。しかし、甲冑にも隙間があるように龍の防御も絶対ではない、この小型龍は腹部側に鱗がなく、足の付け根を撃たれては走ることもままならない状態だ。わざわざ弱点を晒してくれるなら、ビビるよりも銃を構えるのが先である。


 龍を殺すのは大変な作業だ。

 だが盗賊達は、そのまさかを目撃することになる。


「ぎゃーぎゃー吼えるな、うるせえな」


 とどめは冷徹な一発だけ。レイヴンは吼え猛る小型龍の口腔に銃爪を絞り、脳味噌を鉛で攪拌したやった。タフで頑強な生物でも、頭を撃たれりゃ死んじまう、そして死ぬ時はあっさりしたものだ。


 どさりと、土埃を起こして倒れ込む小型龍。

 絶命の残響が途絶えるとホルスターに銃を戻し、阿呆面さげて突っ立ている盗賊達の所へレイヴンは歩いて行く。彼等の表情はアルマジロがコヨーテを倒したかのような驚きに満ちていた、こうも容易く行われるジャイアント・キリングなど、すんなり飲み込めるものか、と。


 しかし、レイヴンにしてみれば、大きかろうが小さかろうが一つの命を奪っただけに過ぎず、その平静さは異常とも呼べるくらいだった。

「な、何者だ……てめぇは……」

「誰でもない、ただの通りすがりだ」


 龍を屠った直後でこの冷静さ、盗賊達は明らかな警戒を彼に向けていた。暴れ回った無法者の面構えだが、龍殺しを一人でやる人間とは初めて対面したらしい。敵に回して勝てるかどうか、そんな算段が顔に浮かんでいる。


「旅人か、それならよその土地の問題には関わらねえ方が利口ってのは承知だろ」

「一服付けさせて貰ってたんだが、騒がしかったんでね。……あんたらのペットか、あのワイバーンは。殺しちまって悪かったな、つぎはキチンと首輪を付けといてくれ」


 嘯くレイヴン。

 彼は戦々恐々としているボビーを値踏みするように周り、他人行儀に話しかけた。まぁ答えたのは盗賊の方だったが。


「なにか揉め事か、Mr.クレイトン」

「旅人さんよ、言ったろ? 他所者が首を突っ込むと痛い目を見るぜ」

「そうはいかない、まだ殺されちゃ困る。必要な話を聞いてないんだ。頑固だろ、この男は。人を探してるんだが、何一つ教えてくれなくてね」


 剽げるが眼付きは冷たく、彼の集中力は盗賊達の動きを仔細捉えている。馬上の一人が銃を抜いているのが厄介だった。


「あんたらが代わりに教えてくれるなら歓迎だ、俺だってくだらない揉め事に関わるつもりはないからな」

「失せろ、殺される前に」


 聞く耳持たず、馬上の男が撃鉄を起こす。

 だがレイヴンは気にした素振りも見せずに話を続ける。背中を見せれば撃たれるのは明白、その死体を見せしめにしてボビーを脅すつもりだろう。ひっくり返すには相手の動揺が必要だった。


「聞きたいことを聞ければ退散するつもりだ、続きはご自由に。……女を探しているんだが、知らないかな。この辺りの土地の人間じゃない」

「女だと? 美人か」


 食い付いてきたが、笑ってはいけない。あくまでも冷静にレイヴンは続ける。両腰の拳銃は弾切れなので役に立たないし、この盗賊達が魔女の下僕ならばバックホルスターの魔銃が必要なるのだが、撃鉄を起こさせたのは失敗だった。


「まぁ、そうだな。美人だ、破滅的に」

「ほうぅ……そりゃ是非お目にかかりたいね」

「会えるさ、きっとな」


 不敵な笑みに不審を感じ、盗賊達の眉根がよる。もう一つ揺さぶっておきたい。

「彼女は魔女だ。黒髪に赤い瞳、そして龍を操る。……名前はレイチェル」

「――てめッ⁉」


 隙は一瞬だった。しかし、彼等の動揺の隙間を縫ったレイヴンの右手にはいつの間にか銃が握られていて、蛇の狡猾さで抜かれた魔銃は盗賊の眉間に狙いを定めている。

 銃口を見つめてから仰天したって遅い。だが、盗賊はすぐに平静を取り戻していた、撃たれない自信があるらしく、口元が歪に吊上がる。


「面白い話に聞こえたか」

「笑えるさ、お前は勝ったつもりでいる、銃を突き付けただけで。だが、残念なことを教えてやる、俺達に弾は――」

「当たらない。ああ、知ってるさ」


 ならば何故、レイヴンは落ち着いていられるのか。承知の上で銃を構えているくせに、当たると確信を持っているようで、盗賊達は奇妙に思っただろう。

 理由についてはレイヴン自らが語る。


「魔女の下僕だ、加護を受けてても不思議じゃねえ。だがな、鉛の弾は止まっても、それ以外ならどうかな」


 照準が馬上の盗賊へと指向

 魔銃はレイヴンから吸い上げた魔力をシリンダー内で固め、魔弾を形成している

 刻まれたエングレーブが不気味にうねった

 そして彼が鼻持ちならない額に銃爪を絞ると、撃鉄が魔弾のケツを蹴りつける

 火薬のそれよりも強烈な激発

 雷に似た光と銃声

 閃光が収まった時には馬上の男から頭がなくなっていた


 盗賊達の動揺。乗じたレイヴンは即座目の前の盗賊を蹴倒して、もう一人の盗賊の腹部に風穴を開ける。あっという間の出来事に、ボビーは何が起きたか理解できずにいたが、それでいい、知らぬが吉という諺もあるくらいだから、転んだ盗賊の銃を抜く動作を察知して、彼の右手を銃ごと撃ち抜いた姿も忘れてもらって構わない。


 無くした二指を抑える盗賊、その青ざめた顔を見下ろすレイヴンからは、感情らしき気配が感じられない。無慈悲で冷酷な殺人者がそこにいた。


「その程度なら死にゃしねえよ」

 そしてレイヴンは盗賊を無理やり立たせてこう続けた。

「見逃してやる。代わりに飼い主に伝えろ」

「……もう伝わってるさ。姉御は龍使いの魔女だ、お前が龍を殺したことも知ってる。楯突いて生きていられると思うのか、ワイバーンの尻穴からひり出されることになるんだぜ」

「ワタリガラスが復讐に来たと。……繰り返せ」

「お前はお終いだ! 姉御が仲間引き連れてお前を殺しに来るぞ」

「繰り返せ」


 有無を言わさぬ恫喝に、盗賊が言葉を繰り返したのを確かめると、レイヴンは更に続ける。

「――盗賊従えて女王様気分だろうが、それもじきに終わる。粋がってようがお前は卑怯な憶病者だ、地の果てまで逃げようが必ず見つけ出して殺してやる。……レイヴン・ヴァン・クリーフ、今度は俺の番だ。覚えたか?」

「ああ、ああ、覚えた」

「じゃあ行け。…………待て、仲間引き連れてくるって言ったな?」


 背中から撃つまでも無く殺せたのだから、怯える必要は無いというのに恐る恐る振り返る盗賊。しかし「それがなんだ」と聞き返した彼は、足を止めたことを後悔する寒気に襲われた。

「望むところだ、(みなごろし)にしてやる」


 虚ろな笑みを刻むレイヴン、歪む口元に対して目は微動だにせず、まるで死を見つめているかのような双眸に、盗賊は慌てて逃げ出したのだった。


 彼が行ったのは明らかな宣戦布告である。魔女への敵対意思をこうもあからさまに、しかも自分の土地で表明されたボビーは、とばっちりもいいところだ。万に一つもあった平和的打開策は完全に潰えたと考えて良いだろう。


「……なんて、ことをしてくれたんだ」

「俺は俺がすべきことをしてる、指図はうけない」

「これでレイチェルは牧場を襲うようになる、どう責任をとるつもりなんだ」

「責任のありかより解決策を練る方がいいなボビー。またお客さんだ、今度はあんたの友達だといいがね」


 続々と馬車が集まってくる。それは近隣に暮らしている牧場主達の馬車だった。


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