3 ─ 了 ─
朝、どこかの竜の咆哮の木霊で目を覚ます。
昼、村内を散歩するがほとんど気づかれず。
夕、ゴリラを食べそうな肉食カマキリは危ない。
夜、竜の囁き声が子守唄。
大体そんな日常を、わたしは繰り返した。
しかし今日という日は違った。
何日ぶりか、鉄仮面と愉快な仲間たちと再会した。
ずっと竜を追っていたらしい。
海賊だったものらは、髭と髪が伸び、汗と垢がついたことでより海賊らしかった。
猛虫ばっこする森で寝泊まりしていたわけだが、最後に見たときと変わらず、一人も欠けていないようだ。
わたしは鉄仮面へ呼びかけたが、
「……」
無視された。
いや違う、わたしの存在が気づかれなかったのだ。
鉄仮面は探検隊の一人と話している。
「鉛玉がまるで効かなかったぞ」
「でしょうね。だからこそ我々は、あなたがたに我々のマスケットを貸与したのですから」
「……」
「竜は強いですよ。革命で没落した御家復興のためとはいえ、少々荷が重すぎると思いますが」
「わかっているとも、無茶であることは」
「より安全な道を我々が用意できることを忘れないでください。智恵の財団はいつでも歓迎いたします。万年、金欠ですから」
「フランスからイギリスへ、か」
「革命であなたを追い出したのがフランスです。不思議なことではないかと」
「一族は千年以上、ガリアの地で生きてきたのだぞ」
「新しい時代がせまっているということです。変わらねば消えていくだけの存在となるでしょう」
「昔とは違う、か」
「はい」
「嫌な時代だ」
鉄仮面は探検隊から、新しい火薬と弾を受け取った。
だがすぐにまた竜探しへ戻るわけではないようだ。
しばし、村で休息。
海賊らは歓喜に震えた。
鉄仮面の下につくのは過酷であるようだ。
しかし不思議。
海賊は鉄仮面の後ろへついていく。
「休みだ休みだ」と海賊どおしで談笑しながら、当たり前のように。
すっかり手懐けられていた。
「哀れな人の子」
竜殿が、竜小屋から尻尾一つだすことなく呟く。
哀れな人の子とは、鉄仮面のことだろう。
わたしは窓枠に立つ。
「そうですか? 生きることに必死なだけでしょう。可愛いじゃないですか」
「あなた、性悪よ」
ふふふ、といった笑い声が竜小屋の中で響いた。
声だけでは、中に竜がいるとはわからない。
「あれは知っている唯一のことに依存しているだけ。きっと箱入り処女よ」
「竜殿」
「あらなに下世話かしら? いいじゃないの。絶対処女よ、処女。処女、処女、処女。誰かもらってあげればイチコロなのに。そうだわ! わたしの首を手土産に、あなたあの人をめとりなさいな」
「竜殿。わたしはこの体です」
「そんな呪い、さっさと解けばいいのよ」
「簡単にいわないでください」
「……」
「竜殿?」
「……本当に、哀れよね。長生きできないわ」
「……」
鉄仮面は、家のために命をかけている。
竜の首を狙うくらいには。
物語でしか知らないだろう竜を探し出し、惑星上最強種の一角たる竜へ挑みかかる。
命をかけ生きていることは、別によいのだ。
わたしは竜殿の言葉が心へ刺さった。
家しか知らないから、その家を取り戻すために命をかける。
それしか、知らない。
だから大切。
鉄仮面はどう考えているのであろうか。
わたしはにはわからなかった。
わからなかったからこそ、わたしは鉄仮面と一つ、話をしてみたくなっていた。
「竜のおばさまから一つ、良い言葉を贈るわね」
「何でしょうか?」
「ときに強引こそ正義」
「さようでございますか」
肝に銘じた。
「てっかめーん!」
わたしは声をはった。
鉄仮面を呼び止めるためだ。
気づいてはもらえたようだ。
ただしわたしがどこにいるのかまではわからないようで、キョロキョロと周囲を見ている。
「こっちだ、こっち」
やっと気づいてくれた。
鉄仮面は「やぁ」とでもいうように右手をあげた。
大きな歩幅。
近づく。
「ひさかたぶりだな」
「竜は倒せたか、鉄仮面」
倒せていない。
本人もとい本竜は隣家に帰っている。
「……いや……。……」
「竜は強そうだからな。そう簡単にはいかないか」
「少なくとも、鱗や翼膜に鉛玉をぶち込んでも大した傷をあたえるのは不可能だ。だった。口の中は、いつも閉じられている。目はまず狙うのには小さすぎる。──何より、あれはおれを『おちょくって』いる」
あの竜殿ならやりそうだ、と思った。
悪意はないだろうが、楽しんではいそうだ。
真面目な人間をからかう。
よい趣味ではない。
「少し、散歩をしないか。ともに死線をくぐったもの同士でだ。……この村は少し、おれには居心地が悪い」
「わたしの足は、きみよりもずっと遅い。きみのもつ剣の柄にのせてくれ」
「もちろんだとも」
わたしは、鉄仮面が腰にさしている剣の柄にのせてもらった。
鉄仮面の手を借りて。
その手のひらは、皮が分厚く、マメだらけだ。
わたしは鉄仮面の気分のままについていった。
村をでた。
見送りはなかった。
止められもしなかった。
森を歩く。
足場は悪いが、そこは鉄仮面の足のおかげで楽ちんだ。
足がつくのは土ではない。
一面を沈めている水場から顔をのぞかせている木の根。
水の近くのため、湖のそばにいるようだ。
ただ、土の香りはなかった。
水の香りはあった。
鉄仮面が木の根を踏むたび、根に生えている苔が落ち、波紋をつくる。
「竜をのぞけば、つまらない島だとは思わないか?」
鉄仮面は、この島は好みの環境ではないらしい。
自然たくさん。
文明的でないのは確かだ。
わたしは嫌いではない。
好きでもないが。
レンガやコンクリートの高層建築物があふれる大都界。
半裸ですごす洞窟。
流れのままの船上生活。
海や森、野生のままの自然環境。
この星に愛すべきものは多いのだ。
「鉄仮面は竜を殺すためだけにいるのだな」
「ん、まあ、そうだ」
わたしの物言いに、鉄仮面は感じ取るものがあったようだ。
足がとまった。
「おかしいだろうか、小さな友よ」
「いや、全然。馬鹿だなぁとは思うが」
馬鹿、とわたしは言い切った。
だが鉄仮面は不快にはならなかったようだ。
「ハッハッハッ。馬鹿か、なるほどそのとおり」
「自覚はあるらしい」
「あたりまえだ。誰が好き好んで竜など!」
「だが今、貴殿は竜を狩っている」
「理由があるからな」
「だとは思った」
「聞くか?」
「聞かせてくれるなら」
「お前は不思議だ。不思議と話をしたくなる」
「ありがとうございます?」
わかりやすい話だ。
革命で潰れた貴族がいた。
生き残り、国外へ逃げたものがいた。
家の再興を願うものがいた。
それだけ、たったそれだけ。
しかし鉄仮面は命をかけた。
「人を寄せる力が必要だった。……おれは、言葉で説得も、金でつなぎとめることもできないからな」
「それで竜の首か。英雄ならば、と考えたわけだ」
そうだ、と鉄仮面は首を縦にふった。
「竜を狩れる人間はそういない。最後に竜を狩った記録は──絵物語の英雄たちだ。おれは、もっとも新しい竜殺しになる。おれという名前を知らずとも、竜狩りといえばおれになるだろう」
「何もわざわざ、竜でなくともよかったと思うがね。それ以前に、竜の存在をよく信じ切れたものだ。彼女たちの大半はもはや化石となりはてていたというのに」
「お前は竜がいることを信じていただろ? 信じていた、ただそれだけのこと」
「……」
あたりまえ。
実にあたりまえであるかのように言われた。
鉄仮面は竜の眠る島にくるまで、本物の竜など見たことがないはずだ。
それまで竜とは、おとぎの存在。
あぁ、そうか、そういうことか。
わたしは鉄仮面の目を見て気づく。
夢を見ている目だ。
夢に、沈んだものの瞳。
「あれ?」
──ぐらりっと。
鉄仮面の体が揺れた。
頭かふられ、足から力が抜ける。
足場はマングローブの根。
落ちる。
だが鉄仮面が水の中へ沈むことはなかった。
ぬるり、と水の中から体を濡らしたものが、首を伸ばして倒れる鉄仮面の体を支えた。
「……」
「おやおや、仮面殿は気絶してらっしゃる。どうしてだろうねぇ、不思議だねぇ」
あらわれたのは竜。
竜はケラケラと笑った。
竜は知っているのだろう。
ナメクジの体液には毒がある。
毒になりえるもの、ではあるが。
「酷いことをする人」
「鉄仮面は、竜殿を殺すまで帰らないだろう。しかしそれは不可能なことだ」
「あら、買いかぶってくれるのね」
「……ならばさっさと切り上げてしまおうと考えただけのことだ」「あらそう自分勝手」
竜は鉄仮面をのせて泳いでいく。
船が出る。
探検隊の船だ。
探検隊はずっと、竜のわがままを待っていた。
それは、鉄仮面という存在。
竜のわがままは叶えられた。
船がでる。
帰るのだ。
わたしが竜の眠る島へ残りつづける理由はない。
(それに……)
全ての不思議・謎を解き明かしたくなるほど、わたしは欲深くはないのだ。
ほどほど。
何事もほどほどが、一番楽しみを残せる。
「──ということがありました」
とある港町。
その、とあるパブの一角で、わたしはお手伝いとの合流をはたした。
いきつけのパブであるため、わたしの姿をいぶかしんでいるものはいなかった。
あるいは気がつかれていないのか。
朝の仕事を終えた漁師らが騒がしい。
酸味のある紅茶を一口含む。
「一つ、よろしいでしょうか、旦那様」
「何かね」
「よく生きてますね」
「友好的な竜であられたからね」
「いや、そっちではなく」
お手伝いはため息を吐く。
なかなかに不敬だ。
「鉄仮面とやらに殺されかねないですよ」
「うむ」
「うむ、ではないですよ。まったく……」
お手伝いは鉄仮面のことを気にしているようだ。
わたしは何をしたか。
まあ、殺されかねない。
鉄仮面の意思は完全無視。
ぶん殴って、竜の眠る島から引きずり出し、無理矢理に連れ帰った。
なかなか鬼畜。
とはいえそんなことは些細な問題であろう。
鉄仮面がわたしを殺しにくるにしろ、殺しにこないにしろだ。
「……で?」
「何だね」
「とぼけないでください。竜の眠る島で、旦那様は何を見つけてこられたのですか」
「う~ん。おもしろいものは見つけられたがね」
「本物の竜の末裔が、まだ残っていたらしいですね」
「うむ。竜にしては随分と好印象だ。何もしてこなかった
「では、今回は骨折り損だったのでしょうか」
「そうでもないさ。見たことのないものを見られた。ただ、その中にわたしの欲しかったものがなかっただけのこと」
「損ですよ、それは」
「そうかな?」
「何だかわからない島に出張って、何の成果もないまま帰るというのは、やはり……」
「楽しみかたというのは、どのようなものを得るか、という考えかたしだいだよ」
「……そのいいかたですと、旦那様は得るものがあったようですね。よかったです」
「うむ。繋がりというものを得た」
それに。
お手伝いには言えない──きっと怒るだろう──が、竜の眠る島を、直接見たかった。
それが叶ったのが収穫だ。
冒険は別に、前人未到の地を走破しなければならないわけでもないのだ。
秘宝を求め続けているわけでもない。
わたしの場合は求めすぎない。
散歩の延長のようなものだ。
行ってみたいから、行くのだ。
見てみたいから、見るのだ。
ただ、それだけのことなのだ。
「いたぞ!!」
──その時である。
わたしが、お手伝いと旅話をしていたときだ。
パブにとある一団が乗り込んできた。
その一団には、見覚えがあった。
聞き覚えもある。
共にかつて、竜の眠る島へ漂着した海賊たちだ。
今は船なしらしいが。
そして一団を率いているのが、
「ナメクジめ、やっと見つけたぞ! あなたに決闘を申し込む!!」
鉄仮面だ。
白い飛来物。
それは宙をまい、わたしの前で落ちた。
手袋だ。
手袋を投げつけられた。
お手伝いはそれを見て、「言わんこっちゃない」とばかりに、こめかみへ手をあてている。
「やっと見つけた竜は貴様のせいで、また行方不明になった! もはやこの恨み、貴様との決闘とその生死以外ではおさまらん!」
鉄仮面が口上をのべる。
海賊たちいは相変わらず、鉄仮面の意思を尊重しているかはともかく従っている。
少し、小奇麗になったか。
わたしはお手伝いに目配せする。
決闘に応じるつもりはなかった。
「あっ、待て!」
お手伝いは、わたしの体をもち、机を蹴飛ばした。
あっけにとられる一同。
その隙に、お手伝いにかかえられたわたしは、パブの外へと逃げた。
「追え! 逃がすな捕まえるんだ!」
騒がしい連中。
人を、物を押しのけ追ってきた。
怒り狂い。
剣をふりまわし。
鉄仮面のいだく、わたしに対する『恨み』が見えた。
恨み。
それは、わたしの冒険で新しく得てしまったもの。
それもまた、繋がりだ。




