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2 ─ 解 ─

 寄せる波の音が心地よい白の砂浜。

 海の境界の反対は緑の地獄。

 その土地は、とある港町からは、こう呼ばれていることをわたしは知っていた。

 悪魔の島、と。

 それは何故か。

 流れ着くのである。 

 悪魔の島から海流にのって、やってくる。

 多くの人間が見ても何であるかわからない、そのようなものだ。

 腐った奇形の肉塊。 

 トカゲであり、コウモリであり、ワニであり、トリであり──それはニンゲンのようであるが、それの正体が何であるのか答えられず、言葉を失ってしまう、そんなもの。

 何と表現すべきかは、心得ていた。

 怪物である。 

 人間のいうところの怪物がいる悪魔の島とは、、一部の冒険人がいうところの竜の眠る島のことだ。

 なぜこんなことを語るかといえば、わたしの立つ砂浜が竜の眠る島の砂浜であり、そして海をこえるための手段が完全に燃え尽きてしまっていることだ。

 僅かな竜骨と金属や硝子を残して消し炭。

 他の生存者はまるっと行方不明。 

 海に船が洗われ流されてしまった。

 船にしがみつけたわたしだけが、船と残されている。

 船だったものと、これから冒険するものだけが、砂浜にいるわけだ。

 悲嘆する状況ではない。

 むしろ幸運。

 竜の眠る島へ直接上陸できたのだ。

 ただ一つ、船で知り合えた鉄仮面の安否だけが気がかりだ。

 しかしあれも子供ではなく大人。

 生きていれば、生きていけるだろう。

 他人を気遣う前に、わたしはわたしの目的を遂行すべきだ。

 竜の眠る島へは、知恵の財団が抱えている、行方不明になっている探検隊を探すためだ。

 骨の一部であろうと連れて帰る。

 濡れた荷物を乾かしながら、わたしは探検隊の『死体探し』を考えていた。

  行方不明の探検隊というものは、だいたい死んでいるものだ。

 荷物が乾いた頃合で、わたしは森へはいった。

 冒険は受け身でやることではないのだ。

 ここは竜の眠る島。 

 わざわざ船を寄せるものなどほとんどいない、禁足の島だ。

 外からの救助をあてにしていると、待っているのは死であろう。






 わたしの体は小さい。いや、とても小さい。

 だからこそいつも、可能な限り『決断』は早くだしてきた。

 水源を見つけた。

 食べても死なない食べ物を見つけた。

 最低限、この島で活動するだけの準備と目星をつけた。

 行方不明の人間を探すにしろ、眠れる場所と食料と水は必要だ。

 その点、この島は比較的暮らしやすそうであり、助かった。

 わたし以外の生存者がいる可能性も高いだろう。

 竜の眠る島は、変わった島。

 足をつけられる地面らしい地面は、島を囲む砂浜くらいのものであったようだ。

 植生はマングローブに似ていた。海水でも生きられる植物で、ぐねぐねとうねる根っこが複雑にからみあいながら、水面からのぞく。

 飲める水より飲めない水のほうが遥かに多く、島の大半は水没している。水の中は濁っており、底までは見づらい。

 だが泳いで渡ろうなどという考えは、やめておいたほうがよさそうだ。得体の知れない背鰭がさざなみを作りながら足元をすぎていく。

 環境としては密林なわけだが、歩けるのは根の橋だけだ。

 海と森が混じりあっていた。

 そんな環境のせいか、ウシやブタなどの中・大型で蹄をもった四足の動物の痕跡がない。ヘビやトカゲなどの爬虫類、虫が複雑な生態系をくんでいた。この島で生きている哺乳類は、迷い込んだ人間か、ネズミ以下の小動物くらいのようだ。

 天蓋は緑葉で塞がれている。

 空から下は見えないだろう。

 わたしは進んだ。

 森の奥へ、奥へ、奥へ。

 わたしは這った。

 マングローブの根の上を。

 這って、這って、這ったのだ。

 目玉をぐるりとまわし、わたしは探した。

 見つけたいものは何も見つからない。

 その痕跡も。

 森は不気味なまでの静けさに満ちていた。

 わたしは森が好きではない。

 どうしても、自然環境というものが好きになれなかった。

 美しい、のではあろう。

 船のために、畑のためにと焼かれ切り倒され、消滅していった森にはない、自然なままの環境。

 土と雨の混ざった匂い。

 冷たい木陰。

 木々のあいだを駆け抜ける風の音。 

 ……。

 わたしは天を見上げた。

 分厚い、緑葉の天蓋が見えた。

 しかし暗闇とはほど遠い。

 天蓋の隙間から漏れる、幾万本もの光の柱が差し込んでる。緑の空から差す光の柱の数々と、さらさらといずこえと流れていく川とも湖ともつかぬ水の流れ。

 美しい。

 荘厳だ。 

 そう、表現すべきなのだろう。

 だがその全てが。

 わたしには、恐ろしかったのだ。

 地獄だ。 

 わたしは森の奥へ進む。

 ムカデやトカゲに道を譲られ、そして道を譲りながら、木の根の橋を歩く。

 その時だ。


──ヴォン!


 空気が揺れた。

 銃声……否、砲声。

 大砲というには少々小さいも、やはりそれは大砲の音。

 わたしは野生の大砲を知らない。

 であればこれは、誰かが持ち込み撃ったに違いない。

 わたしは音の方向へ走った。

 しかしわたしの体は小さく、足も遅い。

 追いつくのは至難だ。

 だがわたしの耳は、それを聞いたのだ。

 そして、不幸は味方した。


「兜の姉御っ! あんな化物相手にすんのはやっぱ無茶だって! 絶対!」

「馬鹿者っ! 撃て! 撃ち殺すのだ!」

「あぁもう! 野郎ども喰われる前にトカゲ野郎を殺せ!」

「玉無し野郎どもがさっさとやるんだ!」

「やってやるさ、やってやるとも!」


──パンッ!

──パンッ! 

──パンッ! 

──パンッ!

──パンッ! 

──パンッ! 


 乾いた銃声が森を木霊する。

 しかし最初の一発に比べれば遥かに小さい銃声。

 独特の匂いが風にのってたってきた。

 火薬の香りだ。

 距離はそう離れていないらしい。

 近づいた。

 近づいてくる。

 水をかく複数の音。

 泳いでいるわけではなさそうだ。

 カイが水面を叩いている。

 怒号と、男たちの悲鳴のような叫び。


「進め! 進め! 進め!」

「ひぃぃぃ」

「おい馬鹿やめろ。兜の姉貴に楯突いたら、生きたまま怪魚の餌にされっぞ」


 騒がしい連中。

 その声の大きさだけで島中に存在を伝えたことだろう。

 あるいは……そうでなければ、正気を保てないのか。


──それは、それは、それは。


 今の時代、この時代、この世界ではもはや、この島……竜の眠る島だけの存在。

 巨大な翼音。

 風が圧縮され、押しのけられる音。

 一瞬のことだ。

 視界の悪い森の中から何かが飛びすごしていった。

 速い!

 竜だ。

 わたしの目の前を、巨大な四足獣であるゾウよりも巨大な影が飛ぶ。

 乱された風の波が、わたしの足を、足場であるマングローブの木の根から剥がそうとする。

 わたしは見た。


「……!」


 巨大な影。

 それは分厚い天蓋の下で、たしかに飛んでいた。

 翼はコウモリのように指がとても長く発達しており、指と指のあいだには膜が張られている。手だけではなく、それは足にもあった。四枚の翼をもっているのだ。体は薄い羽毛で覆われているようだが、ピタリと体にそっているせいで、遠目には硝子のように艷やか。胸には小さな、慎ましやかな乳房が二つ。哺乳する動物だ。頭はワニのそれを短くしたようだが、首は短く見え、飛んでいる姿では渡り鳥のように首を折りたたんでいる。体表は極彩色。熱帯の魚のように鮮やか。

 木もれ陽を背中に受けながら、わたしが見上げたその皮膜には水面の揺らぎがそのまま浮かび上がる。

 琥珀色の瞳。

 それは満月を思い起こさせる。

 目が、あった気がした。

 一瞬のことである。

『彼女』は風とともにあらわれ、風とともに去ってゆく。

 あれがこの島の、竜か。

 美しい生き物であった。

 わたしが竜に心を奪われていると、川からささやかな艦隊がやってきた。

 手作り船だ。 

 樹皮をあみ、魚の皮で縛り、蔓で縁どり。

 それぞれの船には三人前後が乗り込んでいる。

 船の数は八。

 全部で二十四人。

 二十四人中の二十三人はともかくとして、その中の一人は見覚えがある。

 鉄仮面。 

 あの兜は今だはずされていなかった。

 鉄仮面は大砲のような銃を振り回しながら、指示をとばす。

 他の連中は、今は灰と炭と化した帆船で襲ってきた、海賊もどきだ。

 海賊もどきは、鉄仮面に徹底的な調教をほどこされたようで、反骨の心が折られたらしい。

 わたしは鉄仮面に声をかけた。


「おぉ! その声は覚えている。生きていたか、珍獣の竜博士!」

「そちらも無事なようで何より」

「あの程度では死なんよ。竜を狩るまでは」

「その竜であれば、わたしも先ほど見た」

「そうか。ところで竜博士、よければ竜狩りに協力してくれないか?」

「美しい動物だ。皮を剥いで硝子の目玉をはめるには少々惜しい」

「おれの邪魔をするか?」

「まさか。御自由にやってくれ。ただ、わたしはあれを惜しいと思った。それだけだ」


 鉄仮面の小船が近づく。

 鉄仮面が、わたしの立つ根へ飛び乗った。

 主人を失った小船が、ゆっくりと流されていく。

 わたしから見て巨人が立つ。

 圧倒的だ。

 わたしごときなど踏み潰されてしまうだろう。

 陽気な気風で話しかける、という雰囲気ではなかった。

 鉄仮面のくぐもった声がおちてきた。


「おれにはどうしても、竜が必要なのだ」


 鉄仮面が自身の服に手を入れてまさぐる。

 でてきたのは小石。

 黄金色の小石。

 砂金の大粒。 

 

「お前にこれをやる。換金すればそれなりの価値があるぞ。小さな体で今持ち運ぶのは、これくらいが限界だろう。買収というやつだ。邪魔はしないでくれると助かるな」


 鉄仮面の大きな手。

 その指に隠れてしまうだろう砂金の一粒で大粒。

 それでもわたしの背中には少々、重い。

 何より今回の目的と違う。

 あったら良いものだが、別になくとも問題はない。


「ありがたくいただこう」

「ではそういうことで頼む」

「ところで鉄仮面」

「何だ」

「他に、この島の先住民はいなかったか? 人間の探検隊だ」

「……いたな。こっちのクズどものマスケットは、その探検隊とやらから貸してもらった」

「今どこにいる。わたしの目的は彼らだ」

「おれたちがとおった道をまっすぐさかのぼれば、すぐにわかる。村を作っているからな」

「村?」

「あぁ。近づけばすぐにわかる。大したものを築いている」

「そうか、ありがとう」

「礼はいらん。冒険家とやらに会ったら、マスケットをもう少し借りることになる伝えてくれ」


 それだけ言うと鉄仮面は、軽やかに小船へ乗り移った。

 後ろ姿は手を振っていた。

 元・海賊とともに森の中へと消えていく。

 竜を追う。 

 怪物を見ても臆さなかった。

 とても勇気がある。

 あるいは恐怖というものがわからないのか。

 鉄仮面に、竜殺しは無理だ。

 わたしの傍を飛び去っていった、あの極彩色の竜には、傷一つなかった。

 竜を打ち倒してきたものは皆、勇敢だった。

 勇敢であるだけでは、何の価値もない。

 鉄仮面のことはよいのだ。

 そんなことよりも、智恵の財団の探検隊は、竜の眠る島に引っ越してきたつもりか?

 竜が生息する環境で、護身のマスケットをあっさりと貸し出す。

 あるいはそれほど『安全』なのか。

 呑気がすぎるのではなかろうか。

 少し気になった。






「ワイバーン村へようこそ!」

「……」


 なるほどそれは村であった。

 そして歓迎された。

 整った村だ。

 整いすぎていた。

 木の上に幾つもの家が築かれ、それらは空中をクモの巣のように張られた縄はしごでつながる。

 木の幹に返しがついているのは、まねかねざる獣よけか。

 猛魚の釣り餌になるようなところへ住んでいるわけではなさそうだ。


「知恵の財団の探検隊か?」

「えぇ、そうです。行方不明に『なったことになっている』探検隊とはまさにぼくらのことです」

「ちょっとまってくれ」


 行方不明になったことになっている。

 つまりは、違うということだ。

 

「あー、まあ、大体の事情は察せます。男爵は、まあ、あれですので」

「わたしは騙されたわけか」

「ナメクジ冒険家のお噂は聞いています」

「どんな噂かは聞かないことにしよう。ところできみたち、素晴らしい樹上生活も良いが、そろそろ家に帰ったほうがよくないか」

「ははは。この土地の生活も良いが、そろそろ、サカナやトカゲ以外も食べたくなってきたところです」


 しかし、と冒険隊の一人は続けた。


「ここでの調査活動が残っていますので。悪いとはおもってます。ですから終わるまで、この村でゆっくりしていってください。きっと驚きに満ちています」


 急ぎのようではなく、わたしはお邪魔させてもらった。

 わたしが探検隊の村へやってくるのは、予知されていたらしい。

 わたしようの、犬小屋ほどもある大きな家が建てられていた。人間と一緒に生活しないのに、わたし専用の家と考えればけっこう大きい。

 隣人の家と接している。

 わたしのために作られた家とは逆に、遥かに巨大すぎる家。

 人間のものではない。

 もっと大きな生物だ。

 探検隊のいっていたことは正しかった。

 この村は驚きで満ちていた。

 竜の家。

 わたしの隣家の住人は竜だ。

 竜は家の窓から首だけだらりと伸ばし、木もれ陽の弱い光で日光浴していた。

 極彩色の鱗が光を反射する。

 うとうとしているのか。

 鋭い瞳孔が半分隠れまどろんでいる。


「やぁ、こんにちわ」

「えぇ、小さな人、今日は良い天気よ。いえ、今日も、ね。ふふふ」


 竜はけっこうきさくな奥様の性格をしていた。

 のそりと起き上がった竜は、だらりと乳房を窓へひっかけ家をきしませる。


「先程ぶりね」

「あなたを追っていた鉄仮面はどうなりましたか?」

「わたくしがここにいるということは、仕留められなかったということにならないかしら?」

「なるほど」

「どうやって、とは聞かないで。できる女に秘密は多いものなのよ」


 むふん、と竜は鼻を鳴らす。

 竜が窓にかけていたものが少し揺れた。


「さて、わたくしに何か聞きたいことはあるかしら」

「どうしてです?」

「わたくしが智恵の財団、知恵の竜と呼ばれる、できるおばさまだからよ」


 もしかしたらこの竜のおばさまは、智恵の財団に、というよりその探検隊に上手いこと言いくるめられているのではなかろうか。

 わたしは少し、この竜が心配になった。

 悪い竜ではなさそうだが……。

 とはいえ、幾つか質問させてもらった。


「鉄仮面はどうしてあなたを狙っているのでしょうか」

「あれも必死なのよね。お家復興のためとか。今時貴族であることにこだわるなんて、哀れな子」

「もう一ついいですか?」

「なんなりとよくってよ」


 智恵の財団の探検隊が、何を目的として、竜の眠る島へやってきているかだ。


「さぁ? あっ、たぶんわたしの話を聞きにきているのではなくて?」

「例えばどのよう話をされましたか」

「神の話、竜の話、ソラの話、魔女の話、人以外の智恵あるものの話……星の話もね。色々よ」


 なるほど。

 竜殿は智恵……知識の泉。

 智恵の財団であれば、ぜひとも仲良くなりたいわけだ。

 生きて飛ぶ図書館。

 悪魔の島と恐れられる竜の眠る島は、竜殿の英知にあふれ──というわけでもないようだ。

 島はほとんど原生のままの自然だ。

 竜殿の知識があれば、より住みやすくなるのではないか。

 わたしは疑問に感じたが、顔にはださなかった。

 だが、竜殿はお見通しであるらしい。


「ふふふ。疑問とは全ての始まりよ。全ては一つの疑問から始まり、過程をえて結果へ収束する。わたくしがどうして島に手を入れないのか。また、そうであったのに何故、今はこの竜小屋にいるのか」

「……環境を変える必要がなかった、竜小屋とやらは鉄仮面の目から隠れるため、ですか」

「そう。ではわたくしはどうして、環境を変える必要がないと思うの?」

「必要がないからです。改善とは足らない面をおぎなうことであり、足りているなら必要ありませんから」

「なるほど。ではわたくしはどうして、鉄仮面のごとき『小さな人間』からこの大きく圧倒的な体を隠すのかしら」


 鉄仮面が小さいのか。

 並みの男より遥かに大きいだろうに。

 しかしやはり、竜殿と比べれば体格の差は大きい。


「鉄仮面を殺したくない……でしょうかね」

「あなた、わたしはあなたの思考をのぞきみたくなってしまったわよ。疑問から仮定までの思考周期がとても短いようね。ほとんど即答。素晴らしいわよ」

「それで答えはなんですか?」


──これは。


 禁句、というわけではないが、竜殿にとってあまり楽しくない返しのようだ。

 竜殿は口をすぼめて抗議してきた。

 

「いやぁね、すぐに答えを求めてくる殿方は。考える楽しみを感じられないわ」


 ……。

 いやはや、ごもっともであった。

 その後。

 わたしは竜殿とたくさんの話をさせてもらった。

 もちろん、答えを急がず、ゆっくりと考えることを楽しんで。

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