1 ─ 語 ─
それは──ある日届いた一通の手紙から始まる。
〈小さな体に大きな勇気を秘める、ナメクジ冒険家様へこの手紙が届き、また、読んでいただけたことにまず感謝を。さて、ナメクジ冒険家様はご存知でございますでしょか? アフロ・ユーラシアの西の果てである、竜の眠る島の伝説について。遥か太古の時代、天から墜ちた竜が、東の果てより飛んできて、西の果てえとその体を沈めた、始まりの竜の伝説です。竜などアフロ・ユーラシアでは珍しくない存在ではありますが、全ての竜の母たる、始まりの竜となれば、話は別でありましょう。本題に入りましょう。去るとし、わたしの探検隊がついにこの竜の眠る島をつきとめ、しかし戻ってきませんでした。そこでナメクジ冒険家様に、この探検隊の捜索をお願いしたく申し上げたいのです。お返事お待ちしております
ナメクジより速い冒険家より〉
嫌な男からの手紙である。
わたしよりも速くに、竜の眠る島を発見したことを、自慢していた。
手紙を読んだわたしはため息を吐いた。そして手紙の収まる封筒を見る。
緑の蝋で封印されていた。蝋には紋章が押されており、その紋章は『リンゴと蛇』であった。 わたしはその紋章が意味するところを知っていた。
──知恵の財団。
人類の始祖たるとするところの、アダムとイヴがエデンを追放された原因、知恵のリンゴと、そのリンゴをすすめた蛇を模しているのだ。つまり知恵の財団とは、エデンの原罪こそを人類の運命とさだめ、世界中の知識と神秘を集積する組織。
したたかな組織であるが……今回、竜の眠る島では、珍しく下手を打ったらしいというのが、竜の眠る島へわたしよりも速くたどり着いた連中の現在であることがわかった。
困っているようだ。
思うやわたしは旅支度を始めた。
冒険の準備だ。
背負う背嚢には、いつでも冒険にでられるよう、備えを詰め込んである。
わたしは背嚢に、消耗品である油や乾燥食料を詰め込んだ。
ただし、食料と水は少なめ。
旅の途中で買い足す予定だ。
最初から、必要な全ての物を背負うには、わたしの体では荷が重いのだ。
それにだ。
冒険家という稼業には危険で満ちている。
過酷な環境や獣が、それだけが危険ではない。
軽荷であることと逃げ足は、ときに、何より大切となる。
使い込まれ、すっかり色あせてしまった背嚢を扱いながら、わたしは今回の旅について考えた。
旅は好きだ。
だが旅とは危険であり、危ないということも、わたしは知っていた。
智恵の財団の探検隊は、玄人集団だ。
雪山で遭難しても生き抜き、原住民の石と槍を潜り抜き、航海の中で飢えと渇きに苦しんでも顔には出さず死んでいく。
狂気だ。
そんな屈強な連中なのである。
わたしも。何度か冒険をともにしたことがある。
勇敢な紳士であることは断言できた。
そんな連中がちょっと行方不明になったからと、探索してくれというだろうか……?
わたしはそのことに対して、一つの擬念を抱く。
旅支度が終わった。
最後に、わたしは壁に掛けているものを見た。
それは──銃である。
わたしは銃へ手を伸ばす。
銃の肩掛けの紐を使い背中へまわした。
旅の、頼りにする相棒。
持っていると心を保てる場合もある。
さぁ、旅たとう。
荷造りしたその足で立とうとした、そんな時である。
「旦那様」
わたしは、住み込みで働いてもらっている、人間のお手伝いに呼び止められた。
あぁ、わたしとしたことが、一つ、大切なものを忘れているではないか。
お手伝いはわたしの目線よりも遥かに、お手伝いは高い。わたしから見れば、お手伝いという人間は、巨人にも等しいのであり、実際そうである。
そんなお手伝いの手には、比較してはあまりにも小さなものが、大切そうに、ちょこんと乗る。
わたしの帽子だ。
ある意味ではわたしそのもの。
お手伝いはその分身を、頭の上へおいてくれた。
その手の運びは慎重であり、わたしの肌とお手伝いの肌が触れないよう注意していた。
お手伝いは手袋をしていない。
わたしは礼をいう。
するとお手伝いは、眉をハの字にして、困ったような顔を浮かべた。
「旦那様。わたくし、いつもご注意させてもらっていますが、まったく改善のきざしがありませんね。旦那様は少々、衝動的に生きすぎです」
お手伝いとは長い付き合いだ。
ゆえにわたしは、お手伝いが何を言いたいのか、わかった。
「わたしはそんなに落ち着きがないだろうか?」
「ありませんね。逆にあると思っていたのなら、このわたくし、長年お勤めさせていただいてきた中での、最大の驚きです」
お手伝いに忠告を受けた。
落ち着きがない。
都合よく物事を忘れる。
女の子のお尻にホイホイついていく。
小さい体なのに基本主張しない。
……。
お手伝いの見るわたしは、どうやら欠陥だらけのようだ。
そしてわたしはそれを否定できないし、しない。
それこそが、『わたし』であるからだ。
まあ、改善はしようとは思うが……。
他者の視点から、わたしの欠点をあげつらねられ聞かされるというのは
、心のうちにきた。
わたしよりもわたしに詳しいのが、お手伝いという、よくわからない不思議人間。
「旦那様。わたくしは一応、『今回も』念のためにお聞きします。どこえ冒険へ行かれるのですか? 冒険の到着は何ですか? そこに至るまでの道筋はどのようにとりますか?」
「竜の眠る島だ。アフロ・ユーラシアと暗黒大陸の間を船でいけばあっという間だ」
「飛ぶ蜥蜴の島、ですか……」
「どうした?」
「この御時世では、少々危険ではありませんか?」
お手伝いは真剣の顔で、しかして不安を隠さず聞いてきた。
お手伝いの心配はもっともなものだ。
今、欧州という地方は、数次にわたる対仏大同盟によって、数百万の兵力が動いているのだ。二度目の百年戦争で、死が転がっている。
欧州はマスケットの白い霧に包まれているわけだ。
硝煙の香る霧。
それは戦場と呼ばれてもいるだろう。
「ちょっと危ないかもな。私掠船に、この高貴な肉体が珍獣として売りさばかれる可能性もあるだろう」
「そのときはわたくしが、この家の『偉大なガラクタ』を幾つか売り払って、旦那様を買い戻しましょう」
「ぜひ、そうしてくれ」
危険だから──。
あるいは安全であるから。
冒険の理由であるわけではない。
もし危険で好きであって冒険家をやっているのであれば、わたしは傭兵として戦場へでていたことであろう。
安全だけを冒険に求めていたなら、わたしは蚕の糸を紡いでいたはずだ。
わたしの冒険は、それらとは違う。
そう、違うのだ。
隠れていた世界。
知らなかった世界。
確証のない世界。
それらを追い求めていたら、冒険というものになった、それだけのこと。
冒険をしたいから、冒険家になったわけでもない。
冒険せねば手に入らないから、冒険家なのだ。
「はぁ……」
お手伝いの深いため息が聞こえる。
呆れられてしまった。だが、止められることはなかった。
わたしは笑う。
お手伝いは基本的に優しい人だ。
しかしそれは、おでこへのデコピンを喰らうこととなった。
わたしの背嚢がズルズルと床を滑っていき、ついには壁にぶつかったかと思えば、すぐさままた逆のほうへ滑っていく。
海が、荒れていた。
大時化であり、飛沫になり白くなった波は、兎のような形を作っていた。
荒れる海に兎が群れをなして、船をもっていこうとしているようであった。
「えぇい、汚ねぇ野郎どもめっ! 吐くなら外で吐け根性なし!」
「そ、そんな旦那……勘弁してくれよ、今外にでたら吹き飛ばされちまう……」
「なら船底に戻れ!」
「船底は水の中でさあ」
船旅というものは、必ずしも快適なものではない。むしろその逆であることのほうが、遥かに多いであろう。
海の彼方である大海原の水平線から昇る月と太陽を見れ、無限に続いていると信じられるだけの大空を天上にしていても、だ。
船旅というものには苦痛がつきものだ。
例えば食料がカビたり、ネズミに足の先をかじられたり。
そして、船底が浸水して、上へと押し上げられ、他の客と相部屋にさせてもらったりだ。
廊下に間抜けに居眠りすれば、袋叩きにされて荷物を盗られ、海へ放り投げられてしまうだろう。
そういう世の中だった。
相部屋の主は、一日中、そして絶対に兜を外さない、男にしては声の高い鉄仮面。鉄仮面が顔を完全に隠している。
世の中には変な人間もいるものだ。まるで童話の中から飛び出してきた登場人物だ。
見た目は異様。
だが優しい。
船底から追い出されたわたしと、他オマケの一人を部屋へ受け入れているのだ。
鉄仮面の船室は、船尾の窓付きだ。
高級船室だ。
部屋の装備も整えられていた。
わたしと同じ船底追い出され組のもう一人は男であり、ゲロ吐きであることをのぞけば、臭いとシラミがキツい、やせた普通の人間である。
気づいたことがあるとすれば、丘の人間ではあまり見ない手をしている。手のひらが分厚く、長年の縄仕事をしているような手であるくらいだ。船乗りに多い焼けた皮。
「えたいのしれない生物とゲロ男が部屋にとびこんでくるとは、おれもついてない」
「へへへ。そういわんでくださいや、鉄仮面の旦那。あっし、海は初めてでして」
うっぷ、とゲロ男はえづく。
もう一発きそうなのだろう。
今日の海も荒れていた。
「外で吐け、外で」
「すんません、鉄仮面の旦那」
ゲロ男は、そそくさと部屋をでていく。
胃の中身を全て吐き出してくるつもりなのかもしれない。
時化できしむ木板の音に、ゲロ男の足音はしだいに飲み込まれ消えてく。
「……」
部屋には変なのが残された。
いや、この部屋は元々、鉄仮面の部屋であるのだから、鉄仮面はいてあたりまえだ。
しかし、だがしかし。
けっして兜を脱がず、素顔を見せず、一種異様の鉄仮面が無言で寝具に腰掛け、こちらをじっと見てくるのは、圧迫である。
鉄仮面は威圧力が高い。
兜を脱がさないとして、それは不便ではないのだろうか。
きっと不便であろう。
たぶん鉄仮面には並々ならぬ理由があるのだ。
「鉄仮面殿はどちらにいくつもりだ? わたしは秘境の島だ」
「……鉄仮面でおれの呼び方は決まったのだな……」
鉄仮面は、コン、と自分のかぶる兜を叩いた。
「おれは竜の眠る島を目指している。小さな、そして世界一足の遅いであろう冒険家殿」
竜の眠る島。
それは、その目的地はわたしと同じであった。
驚きはなかった。
他の冒険者とはちあわせることは、珍しいが、ないわけではないのだ。
世界にわたししか冒険家がいないわけではないのである。
鉄仮面は兜を肌身離さずどころか、ずっと頭にかぶったままであるという異様な見た目であるわけだが、少なくとも、船の揺れに対しては強いようだ。
声に疲れは感じられないし、吐くそぶりというものもわたしは見ていない。
船はきしみ、左右へ絶え間なく揺れ続けた。
鉄仮面も上半身を左右に揺らす。
船旅になれているようにわたしは感じた。
「竜の眠る島か。おもしろい土地を目指す、おもしろい男もいるのだな」
「変わりものといいたいのだろう」
変わりものか変わりものでないかと言われれば、鉄仮面は一目で変人だ。
わたしは正直に首を縦へ振り、変人を肯定した。
鉄仮面は「やはりか」、と言葉にせずとも雰囲気をだす。
自覚はあったようだ。
「いやはや。実はその変わりもの、わたしもそうなのだ」
「確かにお前さんは変わり──いや、珍獣だな」
「いや、そうではない。わたしの目的地も、鉄仮面殿と同じ、竜の眠る島だという話だ」
「ほう! なんたる偶然!」
急に、鉄仮面は大声をあげた。
船のあらゆる場所に届けられるであろう声量。しかし今は、嵐にも等しく荒れた天候なので、鉄仮面の声の多くは抑えられた。
この時の鉄仮面の顔は、鉄仮面ゆえにうかがえなかった。
「本当に。竜の眠る島を目指す者同士が、同じ船で、同じ部屋にいるとは、不思議な運命を感じるぞ」
「ハハッ、まったくだな」
この出会いを祝したいところであるが、今ある酒は、水がわりのラム酒のみなのだ。自重した。
喉をうるおすものは貴重なのだ。
だがそれでも、わたしの口はいつもにも増してよくまわせた。
「竜の眠る島ということは、やはり竜を探しに?」
「そんなところだな」
「なるほど。わたしも竜に興味があるんだ。鉄仮面殿は知っているだろうか。この星では、今でこそ竜は創作の中の存在だといわれることが多いが、太古の時代には、『竜の時代』があったということを」
「竜の時代? それは聖ゲオルグらが、竜を退治していた時代のこと、だよな」
「いやいや」
鉄仮面は、竜退治の伝説の話だ。
乙女をさらい、財宝を溜め込む、悪い竜のおとぎばなし。
わたしは鉄仮面に、『実在している竜』の話をした。
太古には確かに竜がいたのだ。
作られた話の中の怪物でなく。
「人が生まれるよりも前の時代だ」
「何を言う。神はこの世界を作ったとき、人も作った。人が生まれるよりも前の時代は、生命のない時代だ」
「あ~、そうか、そうだった」
わたしは、鉄仮面の言葉から、次の発言を選んだ。
色々な考えがある。
人の中の答えは一つではない。
わたしは鉄仮面の意思を尊重する言葉を選ぶ。
鉄仮面の教典の中では、天地天命すべからく、神の御技によって生み出されたものなのだ。
あるいはそのとおりであるかもしれないし、そうでないかもしれない。
「竜がいっぱいいた時代が、かつてはあったのだ。陸だけでなく、空にも、海にも、あらゆる環境に竜がいたのだ、かつては」
「恐ろしい時代だ」
「……」
恐ろしや、と鉄仮面は軽く身震いした。
わたしの言葉を素直に信じている。
少し素直すぎではなかろうか?
わたしはこの鉄仮面の純粋さに、ちょっとした不安を抱く。
「それでその竜の時代とやらは、どういう時代だったんだ?」
「よくぞ聞いてくれた、鉄仮面」
わたしは旧い時代の話をした。
とても旧い時代。
百年や二百年ではない。
何万年、何億年という過去の世界。
それは──竜の時代だったのだ。
「首と尾が長く、船よりも大きな獣が大地を闊歩している。鯨が四本足で歩いていたようだ。あるいは巨大になった爬虫類。わたしたちの背丈よりも巨大な口からは、剣よりも長い歯を生やす肉食の獣たちが獲物を求めて徘徊している。海では手足のヒレで泳ぐ。空には、コウモリのように指が長く非膜の張った翼で空を滑空しているのだ。竜の時代は、巨大な獣の時代でもあった。どこを見ても、何一つ、わたしたちの知っているものは存在しない。何一つだ。獣も、植物も、魚も、鳥も。何一つ。素晴らしいな」
「素晴らしい? おれは恐ろしいと思った」
「ほう、それはどうしてだ、鉄仮面」
「怪物の時代ではないか。天地天海天空、怪物たる竜が跋扈しているとは、なんという闇の時代! 想像するだけで、おれの体に震えがはしる」
「たしかに、マスケットやパイクでは倒し難いだろうな。竜はそれだけ大きい」
「……先人、竜退治をなした聖人らは、外に恐ろしい英雄であつたのだな」
「そういうことになるだろう」
鉄仮面は黙り込む。
「仮の話であるが──」
「何であろう」
「──その竜から今も生き残っているとして、そいつは一体どうやったら倒せると思う」
「なるほど」
わたしは、鉄仮面が竜の眠る島を目指す目的が、わかった気がした。
しかし竜の倒し方か。
それはとても難しい。
わたしだと不可能だ。
鉄仮面は……もしかしたらかもしれないが。
「持ち込んだ装備は? ちょっと見せてくれ」
「……これだ」
少し間があったが、鉄仮面は巨大なずた袋の、固く絞られていた口をゆるめ、中を見せてくれた。
まるで武器庫だ。
ずた袋の中身は、大量の武器でいっぱいだ。
ただ……それらの武器は、『対人用』といってしまうには、あまりにもぎょうぎょうしい。
城の壁の狭間で使う、ウォールガンであろうか。
マスケットよりも、長さも口径も巨大。
銃身の中には、ライフリングが彫ってある。
ライフル・マスケット。
しかしそれは、マスケットというにはあまりにも大きく、軽野戦砲のそれである。
わたしのもつマスケットとは、あまりにも違いすぎた。
他にもこのマスケット用の道具や鉛玉、肉厚のある両手剣、銛、擲弾が大量に詰められていたが、やあり一番は巨大マスケットに目が惹かれた。
「でかいマスケットだ」
「対人用ではない、『対竜用』の特注だ」
「弾は?」
「鉄製と鉛製の実体弾が二種。それと炸裂弾」
「野戦砲そのものか」
「これで竜を狩れると思うか? 竜博士」
ランタンの揺れる灯の中、硝子窓に打ち付けられる雨粒と波しぶき。
硝子窓の先は、砕け散った水滴のせいでうかがえないが、月のでていない、暗く荒れた夜であることはわかった。
「わからん」
「竜博士、それはどういうことだ」
「そもそも! わたしは別に竜博士と呼ばれるほど博学ではない。ただの、誰よりも足の遅い冒険家だ。何より、竜を襲ったことは一度としてない」
「役にたたないな、竜博士は」
「竜博士と呼ぶでない」
「お前は竜に詳しいいのだろ。ならば竜博士だ」
「うむ」
名前とは、他者を識別するための記号であり、同じに、自己を自己として確認するための標識。
であっれば、名前があることが重要であり、それが何であるかは問題ではない。
うむ。
竜博士。
その呼び名を、わたしは気に入った。
良い響きではないか。
竜博士、竜博士、竜博士。
しかし今のわたしでは、少々、いや本当に少々だけ、名前負けしている。竜に限ってだが。
竜博士の名前に相応しくなれるようにしよう。
そんな決断的覚悟を胸に灯していたときである。
──ガンッ!
物音を聞いた。
隣部屋からだ。
ペンを落としてしまったような、慎ましやかなものでは断じてない。
人間、あるいはそれ以上の重量物体が倒された。
その物音は、荒れた海の中できしむ船であっても、かき消されなかった。
たしかに耳に届いた。
ゆれるランタン。
ゆらぐ灯。
踊る影を体に這わせた鉄仮面を目があう。
「……」
口にせずとも会話はなった。
わたしは帽子を深くかぶり、わたしの体にあった小さなマスケットを手にとった。ラードを塗られた丸い紙筒を噛み千切り、マスケットに火薬を流す。銃身の奥へと鉛玉を押し込んだ。火をつける火打石のついた機巧を起こす。引き鉄を絞れば、火打石が叩きつけられ火薬が燃焼、発射できる状態。
鉄仮面は、反りのない短剣を鞘から引き抜く。
派手な短剣。
傭兵らが使う刃こぼれした、美しさとは遠い刀身とは違う。
複雑な、そして精緻なエンブレムが職人の手で彫られている。
彫られているのは──竜と人の戦い。
「美しい剣だ」
わたしの一言に、一瞬であるが鉄仮面が、きょとんとした気がした。
「一族の手元に残った唯一の宝だ」
「その宝、血に染まるぞ」
「良いとも望むところ。この剣は過去数百年、敵味方の血を吸い続けている。……まぁ、悪党の血を飲ますのはしゃくではあるがな」
鉄仮面はカラカラ笑う。
わたしもそれにつられた。
扉には鍵をかけた。
鍵とはいえ、そんな快適と安全を多少保証するもほは、安船にはない。
ありったけの家具を引き倒して積み重ねてもらった、鉄仮面に。
部屋の外の騒がしい足音が止まる。
二、三、怒号が飛び交うと、扉に斧かなにか、刃物が荒しく叩きつけられた。
破壊されるのは時間の問題。
旅費をケチったツケか。
船内でのどうどうとした物盗り行為。
長い夜になる。
月のない、荒れた戦いの夜。
わたしははたして、明日の旭をおがむことができるのか。
そんな一抹の不安を胸に抱きながらも、わたしは扉を破壊する斧の刃を見ていた。




