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あなたと作る都市伝説  作者: えのぐふで
2/4

重ね塗りの心

「あなたと作る都市伝説」第二作です。よろしくお願いします。

 世界は、色で満ちている。

 かつての偉人は、『地球は青かった』などと言っているけれど、たった一色で表現できるほど、この世界は淋しくない。広大な海、そびえたつ山々、雄大に広がる大地に、喧騒に包まれる街。この世界は、様々な場所で、様々な色によって創り出されているのだ。そしてそれは、人も同じである。

 人には色がある。これは別に、肌の色とか髪の色で言っているわけではない。私が言っているのは、心の色だ。

 人の数だけ心がある。それと同時に、心の数だけ色がある。そしてどういうわけか、私にはそれが見えるようだ。ちょうど、3年程前からだろうか。

 一番初めに見たのは、実の父の色。顔を伏せ、必死に涙をこらえるその姿は、ひどく、ひどく青かった。暗い青、切ない青、もろい青。それが、私が見た初めての色だ。

 それから、私はたくさんの色を見た。それが良いことであったのか、そうでないのか、今となっては分からない。でも確かに一つだけ、言えることがある。

 人間は、美しくも――薄汚い。


 青い空、白い雲、その隙間から現れる輝かしい太陽。朝を告げる鳥のさえずりが、私の耳をくすぐる。

「……ん」

 気だるい体を持ち上げて、私は起き上がった。カーテンを開けて、陽の光を体中に浴びる。

「……よし。おはよう、私」

 ぱっちりと開いた眼で、いつもの挨拶をする。今日も、長い一日が始まる。

 私は朝が好きだ。穏やかな空気に包まれた、この一人の朝が心地良い。高校入学を機に、一人暮らしを始めて数か月。この暮らしにも慣れてきたように思う。朝食の準備も手慣れたものだ。

 今日の朝食は、目玉焼き、みそ汁、白米。きわめてオーソドックスな、一般的な朝食だ。『今日の』とは言ったものの、いつもこのメニューに落ち着いているのだが。

 しかしこの明るく色鮮やかな食卓が、私は結構好みだ。卵、白米、味噌、豆腐、ワカメ。全ての食材が、それぞれの色を美しく放っている。

「いただきます」

 食べてみても美味しい。日に日に料理の腕を上げていくにつれ、味も良くなっていくのを感じる。一人暮らしもやってみるものだ。

 朝食を食べ終えた後、学校の準備を始める。制服に着替え、カバンに教科書を詰める。

「よし、こんなものかな」

 準備を終え、私は家を出る。

「いってきます」

 今日も、長く辛い一日の始まりだ。


 朝の登校のこの時間、私はいつも憂鬱だ。たくさんの人が通る道、校門。そういったところに行くと、嫌がおうにでも見なければいけない。たくさんの人間の、心の色を。

 朝にこの辺りにいる人は大体、学校に向かう人か、仕事のために駅に向かう人だ。そういう人たちの心は、たいていいつも暗い色だ。それが寄り集まっているというのだから、見ていて嫌になる。

ただ、全員が全員そうなのかといえば、そんなわけではない。例外ももちろんいる。

「あー、色実いろみじゃん。おっはよー!」

 そう、例えば朝っぱらから人に抱き着いてくる、こんな感じの女の子とか。

「いやー、今日も朝から可愛いねぇ。等身大のお人形さんみたい! 一千万までだったらお金出しても買いたいね! ああ大丈夫、私がきちんと働いて養ってあげるから!」

「暑苦しいよ、(さき)……」

 花山はなやま咲。私の唯一の友達だ。自分の体質のことを隠して生活していると、どうしても人間関係が疎かになる。彼女はそんな私に仲良くしてくれるただ一人の人間なのだ。

「いやあ、ホントに可愛いなぁ。顔も可愛い、髪も可愛い、体も可愛い。つまり全部可愛い! こんな可愛い子、抱きしめないわけにはいかないよ!」

 ……この通り、なかなか面倒な性格でもあるが。それでも、良い人ではあるのだ。わかってほしい。

「すりすりー」 

「……そろそろ頬ずりするのやめてくれない?暑苦しいよ」

「いやー、昨日は珍しく勉強しててね。疲れが溜まってるってわけ。だから今の私には、色実成分が必要なのー」

「…………え? 勉強? 咲が? 嘘、信じられない。今日は人類最後の日なの?」

「やめて、そこに本気で驚かないで。私だって勉強ぐらいするって。テストも近いしね」 

 私たちが通うのは、全国的にも有名な、いわゆる進学校というところだ。こんなふざけたような人間である咲も、頭は良い。というか、学年でも5本の指に入るほどだ。(私は平均ぐらいだ)

「なんというか、意外だよね。咲みたいな性格で頭のいい人って、努力しなくてもできちゃう天才型って思ってたけど」

「漫画の読みすぎだよー。成績がいい人っていうのは、たいてい努力してるものなんだよ? 努力で天才性を作ってるだけ。」                                 「ふーん……」

「今度勉強教えてあげよっか?これでも教えるの上手いんだよー。」

「そうなの?」

「うん。『塾講師高校生代表』なんてあだ名もついてるくらい」

「胡散臭いなあ……」

 嘘か本当か、なんとも分かりづらい話だ。そんな変なあだ名をつけられるなら、私は教えるのが下手でいい。 

「ところでさ、色実」

「何?」

「恋とかって……する気はない?」

 唐突に、咲はそんな話を切り出した。彼女はいつも突発的だ。

「またその話? 何回も言ってるじゃない、私には無理だって」

 人の心の色が見える私は、恋愛というものにおよそ向いていない。告白されたことは何度かあるけれど、その人たちは決まって下心が多分に含まれていた。

 濁ったようなピンク色だ。

 そしてたとえ付き合ったとしても、相手のことを分かりすぎてしまう状況に、きっと私は罪悪感を覚える。相手の喜びの感情も、悲しみの感情も、すべてが私には一方的に見えてしまう。それが私には耐えられない。

「もったいないなあ、色実ってすごく可愛いのに。この前も隣のクラスの子に告白されてたでしょ?」

「見てたんだ……」

「偶然ね。で、何で断ったの?」

「あの人は駄目だよ。下心が透けて見える。あんなのは、私のしたい恋じゃない」

 私は咲にも、この眼のことは秘密にしている。仲が良いからこそ、余計に彼女には迷惑をかけたくない。

「色実、ちょっとぐらい寛容になったら? 色実ほどの女の子を前にして、下心が全く現れない男なんてそういないよ? 分かってないだけで、本当に色実を好きっていう気持ちがどこかにあるはずだよ」

「うーん……」

 そういうものなのだろうか。下心に隠れた純粋な愛情。そんなものが果たしてあるのか。

「……あ、あの!」

 どこからか、こちらに呼びかける声が聞こえた。振り向くとそこには、こちらを見つめる一人の男子生徒がいた。

「……あの、道塚みちづかさん」

 道塚というのは私のことだ。

 道塚色実。それが私の名前である。

「僕、二組の自身蓮人みずかみれんとって言います」

 そのあとの言葉は、ある程度予想できた。

「放課後……少し時間大丈夫ですか?」


朝の教室は喧騒に満ちている。様々なグループが会話を繰り広げるその様子は、第三者から見れば闇鍋のような状態だ。様々な個性が小さな教室の中で入り乱れている。そして個性同様、心も様々な種類がある。

 純粋に会話を楽しむ明るい白色、人気の同級生の機嫌を伺うようにしている汚い桃色、もしくは怯えの青色。そして、どの輪にも入らず、一人静かに読書や音楽、はたまた勉学に一心に励む人間は、色が見えない――つまりは透明だ。そんな中で私は、咲との雑談に興じている。

「いやー、やっぱり色実はモテモテだね。あの人、結構かわいい顔してたよね。まさか色実、その気になっちゃった?」

「そんなわけないじゃない……初対面の人を好きになるほど、私は軽くないよ」

「えー、ホントに? でも、色実がああいう頼みを断らないってけっこう珍しいじゃん」

 それは仕方がない。いつもやってくる男子は、たいがい心の色が薄い。それはつまり、大した好意ではないということだ。だけれど、今朝のあの人の心は、とてつもなく――熱かった 。

 思わず、熱いと感じてしまった。それほどまでに彼の心は大きく、そしてとても濃い赤色をしていた。

 赤色。明るさの象徴であり、まっすぐに燃える情熱の色。

 あんなものを見せられては、無下に断るわけにもいかなかった。だけれど、別に彼を好きになったとか、そんなことは一切ない。

 言ってしまえば、重いのだ。

 濃くて、熱くて、重くて――抱えらえない。

 百キロの重りでも背負っているかの如く、彼の心は物量を持っていた。あんなもの、私に抱えきれるはずがない。悪い気はするけれど、低調に断るつもりだ。

「でも、本当は気になってたり……?」

「しない。……けど、一応聞いとく。自身君ってどんな人?」

 これは、気になっているといえば気になっていると言えるかもしれない。私をあそこまで一心に想ってくれている自身君がどんな人物なのか、興味がないと言えば嘘になるだろう。

「やっぱり興味あるんじゃん。いいよ、教えてあげる。これでも顔は結構広いからね」

「どれくらい?」

「地球くらい」

 この女はもしかして馬鹿なんじゃないだろうか。

「まあ冗談はさておき、自身君ね。一年二組で出席番号三十二番。成績は優秀で、先生からの評判もいいみたい。でも聞くところによると、なんだかオカルトチックな趣味を持ってるとか」

「オカルトチック?」

「怪現象とか、そういう不思議なものに興味があるらしいよ。そういう趣味でつながった先輩がいるとかなんとか。ちなみにこの先輩は、けっこう変わった人らしいよ」

「……先輩とかまで把握してるって、詳しすぎない?」

「まあ、前知識に加えて、登校してからの情報収集の結果を合わせれば、これくらいはね」

 十分すぎる情報だ。咲は探偵に向いているかもしれない。

「ありがとう、咲。まあ、告白されても断るってことは変わらないけど」

「もったいないなあ、私の努力も水の泡だよ。ま、色実がそのつもりなんだったらいいや。じゃあ、きちんと振ってきなさい」

 自分の集めた情報がほとんど無下にされたというのに、あっさりとしたものだ。そこが咲の良いところでもあるのだが。そしてかけられた言葉は、とてもシンプルなものだ。

「言われなくても、そのつもりだよ。でもその前に――」

 その前に、まずは真面目に授業にいそしむとしよう。

 詩行を告げるベルが、高らかに鳴り響いた。


 指定された場所は、普段は人のいない体育館裏だった。そういうものではよく見る場所だけれど、実際に呼ばれるのは初めての体験だ。今まではそういう誘いがあっても、断ってきたというのもあるけれど。

「道塚さん……きてくれたんだね」

 特に何もすることなく、半ば放心状態で待っていた私のもとに、彼がやってきた。心は、相変わらずの熱く、重い赤色だ。見ているだけでクラクラしそうになる。

「こんにちは、自身君。私に用って、何?」

 ほとんど分かりきっていることだけど、あえて聞いてみた。そして、予想通りの言葉が返ってきた。

「あの、道塚さん……」

 緊張しているのか、いったん言葉が途切れる。私は何も反応しない。

 自身君は、大きく息を吸う。そして、吐き出す。そしてもう一度、深呼吸をする。

顔つきが変わった。どうやら決心がついたようだ。その言葉を、その思いを、彼は私に伝える。

スリー、ツー、ワン――アクション。

「俺、道塚さんのことが好きです。俺と、付き合ってください!」

 深々としたお辞儀。最大限に紅潮した赤。心の形が一瞬一瞬で形を変えていく。とてつもなく心拍数が上がっているのが分かる。

 その熱い気持ちに応えて、私は誠意を込めて頭を下げよう。彼の思いに応えられない弱い自分を隠して、精いっぱいの優しい嘘で。

「――ごめんね、自身君。私、今は誰かと付き合う気とかはないんだ。本当に、ごめんね」

 私も、深々と頭を下げた。自分が裏切った彼の気持ちを、直視できる自信がなかった。見たくない物から目を逸らす。これは私のような変な人間でも、あるいは普通の人でも、等しく湧き出すズルい感情だ。

「……やっぱり、そうだよね」

 自身君は少しうなだれた表情を見せた後、ぱっと明るい顔になった。

「うん、すっきりした。ありがとう、道塚さん! すっきりしたよ!」

 その笑顔は、本当に爽やかなものだった。心を見ずともわかる、この人は、心の底からすっきりしたのだろう。

 ―――私は見落としている。彼の心の変化を―――

 この顔が見れたことで、私の行動は間違っていなかったと確信できた。

 ―――私は見落としている。彼の真の目的に―――

 少し悪い気はするけれど、自身君はそんなものは気にもしていないようだ。

 ―――私は見落としている。彼の、心の闇に―――

「ありがとう、これでやっと――決心がついたよ」

 ごん、という鈍い音。それは、私の後頭部から発せられたものだ。厳密にいえば、後ろからバットで殴られた頭からの音だ。

「え―――」

 私は、なすすべもなくその場に倒れた。自身君の顔は、未だ晴れやかな笑顔のままだ。そしてその場に座り込み、ゆっくりと話し始める。

「僕ね、聞いたんだ。道塚さんの眼のこと。心が見えるんだってね」

「知ってるかもしれないけど、僕はオカルトが好きでさ。先輩にもそういう人がいるんだけど」

「先輩は『不思議なものを自分の目で確認したい』っていう主義でさ、何もなければ自分で創り出しちゃうような人なんだよね」

「僕が先輩と違うのは、不思議なものを見るだけじゃなくて、『手元に置きたい』って考えてるところなんだ」

「君のことを知った時、すぐに思ったよ。自分のものにしたいって」

「そこで二つの案を考えた。一つは、君に僕の彼女になってもらう事。そうすれば僕のものになると思ったからね」

「そしてもう一つは、君を殺して眼だけを貰うっていうものだ。僕はあくまで君の眼が目当てだから、こっちの方がコンパクトでいいと思ったんだけどね。そしたらうまいことに、君が僕を振ってくれた」

「あれでようやく決心がついたというわけだよ。優柔不断でごめんね」

「でも大丈夫、眼をぬくのは、完全に死んでからにしてあげる。目をぬくのって、痛いからね」

 天才に見える人は、努力で天才性を偽っていると咲は言っていた。それはつまり、天才を装うことで凡人である自分を隠しているということだ。

 恋心で隠れた欲望。そんなものも存在するのだろう。いや、彼の場合、もとからそれは恋心ではなかったのだろう。

 自分の物にしたいという情熱。それこそが、あの心の様子に表れていたのだろう。まったく、とんだ早とちりをしたものだ。

 だんだんと意識がかすれてくる。私が死んだと知ったら、咲はどんな顔をするだろうか。もうちょっと彼女とは、仲良くなりたかったな。勝手に先走ってごめんね。

 大分意識がなくなってきた。もう数秒で意識は途切れるだろう。

「道塚さん、本当に、×り×××ね」

 最後の最後で、自身君は何か私に話しかけた。けれど、いったい何を言っているのかよく聞き取れない。彼は一体、何と言っているのだろう。

 まあ――どうでもいいか。

『ぶつん』

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