表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくはひらく鍵の乙女・乙女は救う世界とぼく  作者: 桐坂数也
第一章:火の鍵の乙女
5/59

05.ぼくと少女と逃避行ふたたび。


「ごめんなさい。あんなことになるなんて思わなかったです……」

「気にしないで。しょうがないよ」


 あまりにしゅんとしているサキを見ると、可哀想になってくる。


 カラオケボックスを出たぼくらは少し買い物をして歩いていた。

 百均でウインドブレーカーを買ったり――ばっさり斬られたシャツは目立ち過ぎたから――ぼくの治療用に薬を買ったりしていると、ちょっとしたデート気分になってくる。


(と、あぶないあぶない。あやうく勘違いするところだった)


 女っ気のないぼくには、女の子と並んで歩いたような覚えがあまりない。なのでこの状況は素直に嬉しい。

 もちろん隣を歩く女の子――サキはぼくの彼女でもなんでもない。でもぼくを訪ねてきたということは、これから何かしらの関わりが生まれる可能性もあるわけだよね。


 いやいやいや、と再びぼくはぬか喜びを戒める。

 こんな可愛い娘と知り合っただけでも奇跡、というより、神さまの気まぐれじゃないかと思える。神さまってけっこう残酷だからな。

 そう、例えば丸腰の素人を手練れの剣士の前に放り出して、こう言うのだ。


「さあ、この娘を守ってみせよ。さすればこの娘はなれのものだ」


 ……無茶が過ぎるだろ、神さま。



 + + + + +


 ぞくっ。


 不意にぼくは背筋に寒気を感じた。

 思わず振り返りそうになって、必死でその動きを止める。


 武芸の心得なんて、ぼくには全然ない。ないけど今納得した。身をもって。

 これが殺気というものか。


「どうしたですか?」


 不思議そうにサキが訊いてくる。多分ぼくの顔色は相当悪いはずだ。

 冷や汗まみれで、前を見たままぼくは答えた。


「後ろを見ないで、そのまま歩いて……。追っ手だ」

「え?」


 確認したいのだけど、怖くて振り向けない。

 後ろを振り向いた瞬間、襲いかかって来るような気がする。


(落ち着け。落ち着け。こんな街中で襲ってくるわけがない)


 ぼくは自分に言い聞かせた。追っ手の剣士の得物がさっきの剣なら、こんな人通りの多いところで仕掛けてくるとは思えない。人が邪魔になって自由に振り回せないし、なにより人目に付きすぎる。常識的な判断力を持っているなら、ここで事を起こすことはないはずだ。


 ――異世界人にもここの常識が通じるといいけど。


 気がつくと、サキはぼくの服の裾をつまんでいた。表情が硬い。緊張している。

 気の利いたヤツならここで、ぎゅっと手を握って安心させてやるところなんだろう。残念だけど、ぼくにはそんな度胸も図々しさもなかった。


 けれど、少しでも元気づけてあげたかった。心からそう思ったんだ。


「大丈夫、心配しないで」


 ぼくがいるから、とは言えなかった。へたれだな。


「もうすぐ駅だ。電車で移動しちゃえば、何とかなるよ」


 なんの根拠もなかったけど、ぼくはそう断言した。

 サキもうなずいてくれる。


 言った通りにすぐ駅が見えてきて、ぼくは全身の力が抜けそうになった。

 すべての目的を果たしたかのような気分になってしまった。いや、まだまだだ。


 逃げないと。

 サキを守らないと。


 サキを前に改札を通す。続いてぼくも改札を抜ける。


(追って来るかな?)


 諦めるという選択肢はないだろう。

 と、後ろで改札の警報が鳴った。派手に響く音に思わず後ろを振り返ってしまう。


 帽子にフードの人物が、改札を振り切って走り出すのが見えた。


(ここで仕掛けるのか!)


 速い。ぼくなんか足元にも及ばないほど鍛え抜かれ、無駄がない。

 素早く人を避けて身を躍らせる。なんて動きだ。


「走れ!」


 サキが弾かれたように飛び出した。さっきもそうだった。いい勘をしている。

 ぼくも後を追った。二人で必死に走り、通路の突き当りを曲がって階段を駆け上がる。


 その寸前、角を曲がった直後にぼくはしゃがみこんだ。息を殺して角の向こうをうかがう。


 そこへ。


 剣士が全力で飛び込んできた。


(今だ!)


 足を伸ばしてその足を払う。


 剣士が綺麗に吹っ飛んだ。

 勢いがついているところで足を掬われたのだから、いかな身体能力が高い戦士といえどただではすむまい。

 剣士は見事なまでに滑空し、それでも受け身をとってダメージを殺そうとする。

 すごいな。さすがとしか言いようがない。


(と、感心してる場合じゃない)


 剣士の脇を駆け抜けて、サキの後から階段を上がる。

 ちょうど電車が来て人の流れが階段を降りて来る。これも少しは防壁になるか。

 電車に飛び乗って後ろを見る。


 それでも発車ベルが鳴っている間に、剣士が階段を駆け上がってきた。

 サキを連れて隣の車両へ移動する。

 車両に飛び乗った剣士が追ってくる。周りの人を押しのけて、ぼくらは走ってさらに次の車両に移る。

 そしてドアが閉まる寸前、車両を飛び降りた。


 ぼくの脇を列車が走りすぎていく。

 肩で息をしながら、ぼくは祈るような気持ちで見つめていた。どうかもう、来ないでくれ……。


 そして列車が走り去り、人がいなくなったホームで、ぼくはへたり込んだ。


「大丈夫ですか!?」


 サキが驚いてのぞき込む。

 いや、大丈夫、と言いたいけど、そんな余裕がなかった。もうだめだ。もういやだ。なんでこんなことになっているのか? どうしたらいいのか?


 呼吸は落ち着いてきたが、何も考えたくなかった。逃げたかった。むしょうに逃げたかった。だが、どこへ? 自分が追われているのに。


 ふと見ると、サキが心配そうにぼくを見ていた。ぼくはサキに怒りを叩きつけそうになり――そして我に返った。

 サキだって追われている。知人とはぐれ、ひとりぼっちでここまで来たのだ。どれほど心細かっただろう。


「ごめん。ちょっと力が抜けただけ」


 できるだけ明るく笑って、ぼくは立ち上がった。心配させちゃいけない。この娘を守ってあげなくちゃ。


「では、預言の書を取りにいきますか」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ