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ぼくはひらく鍵の乙女・乙女は救う世界とぼく  作者: 桐坂数也
第一章:火の鍵の乙女
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02.ぼくは貢ぐチョコレートサンデー。


 途中何度も後ろを振り返りながら、人ごみの中を早足で歩いた。

 隣にはかわいい女の子。その娘と手をつないで歩いている。形だけみればこんな幸せな状況はぼくの人生始まって以来かも知れない。だけど心はちっとも穏やかじゃなかった。


 つい今しがたの出来事を思い返す。とても現実とは思えなかった。だって白昼の街中で剣を振りかざした人間に追い回されるなんて、おかしい。絶対におかしい。


 ここは日本だぞ?

 のほほんとしたお人好しの日本人が暮らす、安全安心の国日本だぞ?


 なかば怒りに駆られながら足早に歩いて、あやうく女の子のことを忘れかけたとき。


「あの……遼太さん?」

「え? あ、はい」


 いきなり名前を呼ばれて、ぼくはどきっとして立ち止まった。

 女の子は少しの間視線を泳がせたあと、ぼくに視線を戻して、言った。


「あの……わ、わたしをひらいてください!」

「え? あ……はい?」


 彼女はぎゅっと手を握り合わせて、大きな声で言ったのだ。


「わたしをひらいて、世界を救って下さいっ!!」

「…………」



 頭の中は真っ白。



「…………」



 道ゆく人々の奇異の視線が痛い。



 ぼくは何を言われたのか理解できず、何を言っていいのかわからず固まっていた。

 なにを言っているんだ、この娘は?


 女の子は上目遣いにぼくを見据えている。ぎゅっと噛みしめた鮮やかな唇は小刻みに震え、目には涙がいっぱいで今にもこぼれそうだ。


「……え……えーと、あのさ……」

「……じゃないですから」

「え?」

「中二じゃないですから!」


 いやべつに、きみが中二病だなんて言ってない。言ってないから泣かないで。


「と……とりあえず……」


 これ以上何かを口走る前に、ぼくは女の子を目についたカラオケボックスに引っ張っていった。とにかく今の状況を理解したかった。けれどそれ以上に、どこかに隠れなければ安心できなかったのだ。


 人ごみから。

 追っ手から。




 + + + + +



 ようやく女の子を落ち着かせて、ぼくは深くため息をついた。ここに来るわずかな間にいろんな冷や汗をかいた。冷や汗にこんなにバリエーションがあるなんて知りたくなかった。


 まったくなんて日だろう。訳も分からず追いかけ回されるし、背中の傷はうずくし……。


 そうだ! 傷!


「あいたたた……」


 意識したとたん、ぴりっとした痛みが背中に走ってぼくは思わず顔をゆがめた。


「大丈夫ですか……? きゃっ!」


 女の子がぼくの後ろをのぞきこんで小さく悲鳴をあげる。え? なに? どうなってるの? 自分じゃ見えないからものすごく不安になるんだけど。


「たいへん。早く手当てしないと」


 言われるままにシャツを脱いでみて、思わず声が出てしまった。

 背中がばっくりと切り裂かれている。あまり血はにじんでいないからそんなに深い傷ではないようだ。けれど痛いものは痛い。


 女の子が傷の手当てをしてくれた。と言ってもハンカチでぬぐうくらいしかできなかったが、濡らしたハンカチを傷口に押し当て、ていねいに拭いてくれた。


(いたいいたいいたい!)


 傷口がぴりぴりとしみる。顔を見られていないのは幸いだった。声をあげるのはなんとか堪える。やせ我慢だけど、やっぱり女の子にかっこ悪いところは見せたくなかった。


「ごめんなさい。わたしのせいで、こんなことになってしまって」


 女の子が本当にすまなそうに言った。

 こんな美少女にこんなしおらしい態度でしゅんと頭を下げられたら文句なんか言えるわけがない。男としてはこう答えるしかなかった。


「いや、いいよ。ぼくの方こそハンカチを汚しちゃって、ごめん」


 あらためて向き合うと、ほんとに可愛い。可憐、と言ったらいいんだろうか。

 なんてちっちゃい顔なんだ。お人形さんみたいだ。

 まっすぐなさらさらの黒髪はウエストの辺りまで届くほど長い。そのウエストはものすごく細い。細すぎる。片手でつかめる、と言っては大げさだけど、両手の内に収まりそうな気はする。

 黒いワンピースに黒いニーソックス。ショートブーツも黒。黒ずくめ。


(魔女みたいだな)


 とびきり可愛い、妖精みたいな魔女だ。

 唇だけが赤い。真っ赤だけどつやつやして、でもしっとりした命も感じられてなまめかしい。


「どうしました?」

「い、いや……」


 思わず見とれていたことに気づいて、どきまぎしながら視線を外した。変に思われたかな。可愛い娘と二人きりで密室。うう、今更ながら緊張する。


「先ほどは助けて下さって、ありがとうございます」


 女の子が丁寧に頭を下げる。


「うん?」

「わたしをかばって、後ろに居てくれましたよね。とても心強かったです」

「いや……」


 無我夢中だったからよく覚えていないけど、この娘を守らなきゃ、という思いが意識の片すみにあった気がする。女の子を盾にして逃げるほど恥知らずなことはしなくて済んだようで、よかった。


 頭をかいたぼくに、女の子は笑い返してくれた。初めて見せてくれた微笑み。なんかものすごく照れる。


「えっと、走ってのどがかわいたでしょ? 何か飲む?」


 言葉に詰まってしまい、ぼくはメニューを差し出した。


「好きなもの頼んでよ。おごるからさ」

「えっ? そんな、悪いです」

「いいから。何がいい?」

「いえでも……なんだか申し訳ないです」


 そう言いながらも、メニューを見る女の子の目はきらきらだ。


「……えと、やっぱりわたしも払いますから、これ、頼んでいいですか?」


 彼女が指さしたのは、チョコレートサンデー。

 こんな時でも甘いものは別腹か。すごいなある意味。甘味はやはり女子には欠かせないものなのか。


「いいよ、遠慮しないで。ぼくが出すから大丈夫だよ」


 ちょうどバイトも一区切りついたところで、手元には少しまとまったお金があった。このくらいでこの娘が喜んでくれるなら、お安いご用。


 ……こうやって男は、女に貢いでいくのかな。


 そして自分は一番安いウーロン茶。それを口にした瞬間、ぼくは夢中で飲み干した。ものすごく喉がかわいていたことにやっと気がついたのだ。お代わりを頼んでひと息つく。


 一方、サンデーを前にした女の子の喜びようと言ったらなかった。


「うわあぁぁぁい!」


 すでに目がハートだ。

 そしてひと口食べて、


「ん~~~」


 と、ちいさく手を振る。微笑ましい。こんなに喜んでくれるなら、いくらおごっても惜しくない。



 ……やっぱり女に貢がされる運命なのかな。



 それはともかく。


「ところで……」


 訊きたいことは山ほどある。ありすぎて混乱してしまう。けどまずは。


 この少女は何者なのか。

 あの剣士は何者なのか。

 なぜ追われていたのか。


 追われていたから、かよわいから正義とも限らない。もしかしたら義はあの剣士にあり、この少女こそ不義理をはたらいたのかもしれない。

 いや、それを言ったら世界中の戦争なんて、どっちが正義かなんてない。どっちも自分は正義で、相手が悪だと思って戦っている。正しいから勝つのではなく、勝った者が正しいのだ。


 とは言っても、だ。刃物を持って女の子を追い回すのはとても正義とは言えない。


 それと、もうひとつ。


「なぜぼくの名前を知ってるの?」


 さっきこの娘は確かにぼくの名前を呼んだ。

 この娘とは初対面のはずだ。少なくともぼくは会ったこともない。なぜぼくを知っているのだろう?


 ぼくが言葉を切ると、彼女は表情をあらためて座りなおした。空気が再び張り詰める。



 はずなんだけど。



 きゅっと引き結んだ形のいい唇の端には、クリーム。

 ひざの上に置いた小さな手に握りしめた、スプーン。



「とりあえず、クリーム拭いて」

「ん~~~」


 ナプキンで口を拭いてあげると、少女は猫みたいに目を細めた。

 ああ、なんか緊迫感が台なし。


「……あ、ありがとうございます」


 ちょっと赤面しながら、彼女は口を開いた。やっと本題に入れそうだ。


「ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。

 わたしは火浦サキといいます。

 さっき追ってきた剣士は異世界から来たみたいです……わたしを殺すために」


 突然飛び出した物騒な言葉に、ぼくは心臓がぎゅっと掴まれる音を聴いた気がした。





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