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ぼくはひらく鍵の乙女・乙女は救う世界とぼく  作者: 桐坂数也
第一章:火の鍵の乙女
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01.出会いと大立ち回りは突然に。


「あの……」


 おずおずと、少女が声をかけてきた。


 出会いはいつも突然なもの。

 そして突然の出会いはいつもはた迷惑なもの。

 ぼんやりとぼく、五十崎遼太はそんな事を考えた。


 ぼくの前に立っているのは、スレンダーな可愛い女の子。高校生くらいだろうか。長い長い黒髪に、黒を基調にしたちょっとゴスロリっぽいワンピース。男なら間違いなく視線が吸い寄せられるような娘だ。そんな可愛い娘が向こうから声をかけてくるなんて、間違えてはいけないこれは罠だ。


「あの……」


 再び少女が口を開く。なんだろう? ものすごく切羽詰まった感じだ。ここでぼくを捕まえておかないと今日のノルマが達成できないとか? 上役にひどく叱られたりするんだろうか。そんな見当違いな心配をしてしまう。


 こんなしがない大学生にいきなり声をかけてくるなんて、何かのセールスか宗教の勧誘か。いずれにしろろくなもんじゃないだろう。確かに引っかかりやすそうに見えると思う。いい人だとよく言われるし。

 それでもそんな心配をしてしまうあたりが「いい人」なんだろうな。

 そんなことを思いながら内心苦笑していると、ふいに彼女は横のなにかに気づいてびくっと身をすくませた。

 つられてぼくもそっちの方を見る。


 のどかな午後の小さな公園。本当に小さな公園で他に人影はなかった。さっきまでは。

 今は入口のところに人がひとり立っている。ジーンズにパーカー。帽子の上からさらにフードをかぶって顔を隠しているのがちょっと違和感があったけど、特段にあやしいというほどでもない。

 でも、目の前の女の子は明らかにおびえていた。ただごとじゃない。


 もう一度、入口の人物を見る。

 その人物は肩口に手をやると、なにかを引っぱり出した。細長い、棒みたいなものだ。

 棒を手にしたその人物は公園に入り、足早に近づいてきた。目の前の女の子は口もとを手で押さえて立ちすくんだまま。声も出ないという恐怖の表情だ。


(かわいいな)


 そんな様子ですら魅力的、などと思ったのも一瞬だった。ふいに感じる、途方もない違和感。心がざわつく。背筋が総毛だつ。何かがおかしい。すべてがおかしい。


 女の子がちらっとぼくを見た、その瞬間、


「走って!」


 ぼくは叫んでいた。

 女の子がはじかれたように走り出す。しっかりとぼくの手をつかんで。


「え? ちょっと?」


 取り返しのつかないドジを踏んだ。そう直感した。

 なにを? わからない。

 だけど、しっとりと暖かい女の子の手の感触を選んでしまったことを、ぼくはものすごく後悔していた。


 走りながらぼくは後ろを振り返った。さっき入口にいた人物がすぐ後ろに追っている。手にした棒を振り上げる。鈍く光を反射する棒。その形状。それって……。


 ぼくはとっさに女の子を横に突き飛ばした。同時に背中に鋭い痛みが走る。


「痛っ!」

「遼太さん!」


 ぼくは倒れ込んだ。


(刀? いや、剣?)


 斬られたのか? ばっさりと。ぼくの人生ここでおしまい?

 ああ、つまらない人生だった。そしてつまらない死に方だった。かわいい娘と出会えた次の瞬間に斬り殺されるなんて、どれだけ訳わからん死に方なんだろう……。


(いやいや待て。落ち着け)


 自分を再確認。まだ死んでない。背中はちょっと痛いけど、頭は回っているし手足も動く。大丈夫、深手じゃない。今すぐ死ぬようなことはないはず。


 ぼくはそっと顔を上げた。


 すぐ目の前で立ちすくんでいる女の子と、その娘に剣を突き付けている剣士の背中が目に入ったとたん、ぼくは反射的に跳ね起きて剣士の背中に体当たりしていた。もつれあってまた転ぶ。

 急いで起き上がり、女の子の手をつかんで走り出した。理由はわからない。とにかく逃げないと。


 さもないと、命があぶない。


 さっきの人物が追ってくる。ものすごく俊敏な動きだ。鍛えられた身体なのがすぐにわかる。多分ぼくじゃかなわない。全然かなわない。


 どうする?

 どうする?


 走りながらぼくは必死で考える。目についた自販機に飛びついてパスケースをかざす。手がふるえてボタンがうまく押せない。早く。早く。

 やっと出てきた特大の缶を引っつかんで、夢中で上下に振った。すぐ間近に迫ってくる剣士。その人物にぼくは缶を向けた。


「これでどうだっ!」


 プルタブを開けるとコーラが勢いよく吹き出した。不意の目つぶしをくらって、さすがの剣士も腕で顔をかばい、立ち止まる。ぼくは缶を投げつけて女の子と全力で走った。曲がり角を曲がる。もう一回。さらにもう一回。



 そして大通りに出た。


 行き交うたくさんの人。よくある日常の光景だ。

 よかった。普通の現実に行きついた。


 早く日常に紛れてしまうように。

 追っ手から姿が見えなくなるように。

 ぼくらは早足で歩いていた。


 左手にはやわらかな感触。その暖かさだけが、わずかに頼れる安心のような気がした。

 だけどぼくの心はちっとも踊らなかった。



 今の出来事は何?

 この娘は、何者?

 ぼくは一体、どうなるの?





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