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螺旋の星  作者: びんぞこ
であい
9/9

act.3-2

「しーっ」突然ボクの鼻先に、前(かが)みになった彼の顔が迫る。悪戯(いたずら)っぽく笑んだ唇に、人差し指を()えて。

施療院(せりょういん)の中では、静かにしましょう」

「……っ!」

 芝居がかったその台詞(せりふ)に、ボクは思わずのけ反り顔を(そむ)ける。前髪越しとはいえ、真っ赤に染まった顔を見られたくなかった。

 だってこんなの……反則じゃないか。

「せっ……施療院? ここが?」

「ああ。建物は古いけど、腕は保証する」

 そうだ、確かにこの部屋には生活感が無い。家具といったらベッドと椅子、それから小さなチェストくらいだし、おまけにわずかだけれど、部屋全体から草というか、薬品っぽい香りもするような。

「……ごめんなさい」

「あー、勝手に連れて来たのは俺だからさ。気にすんな、騒がなきゃいいんだ」


 ボクがしおしおと頭を下げると、彼はボクが気を失っていた間の事を教えてくれた。

あの後『冠角(ヌーク)』のおじさんは彼の説得により改心し、ここまで一緒にボクを運んでくれたらしい。

「あのおっさん、元締めにケジメ着けて、それから真っ当にやり直すってさ」

「……そうなんだ……ええと、きみは確か仕事中って言ってなかったっけ? ここにいて大丈夫なの?」

「ん? よく覚えてんなー。俺の仕事場、ここ。前から置いてもらってるんだ、こいつも同じ」

 言いながら、彼は肩上で眠りこける少年に目を向ける。力持ちの彼ならともかく、この子が働いてる所なんて、ボクにはちょっと想像出来ない。

 彼は更に言葉を続けようとして、

「……そういやまだ名乗ってなかったっけな?」

「……あの状況で自己紹介なんて、間抜けにも程があるでしょ……」

 彼はボクのツッコミに気分を害する様子もなく、顔をくしゃっとさせて笑う。悪い人では無い……のかな。

「そっか。俺はラシャってんだ。で、こいつがアヤ」

「……ボクはシュス。一応『扉守(モルテ)』……だよ」

 ラシャに、アヤ。ラシャはともかく、アヤってちょっと言いづらいな。『内』にはそういう名前の同胞(どうほう)はいなかったから。

試しに頭の中で反復してみる。ア……ヤ。ア、ヤ。

 なんてやっていると、横から彼――ラシャに声を掛けられた。「おーい?」

「え? 何か言った?」

「おー、言った言った。お前さえ大丈夫なら、院長が会って話をしたいって言ってるんだ。あー……でも無理すんなよ。お前、丸一日寝てたんだからな」

「丸一日って……ホントに!?」

 なんて事だ。

その事実に内心驚きつつも、ボクはベッドから体をずらしスリッパに足を通した。ゆっくり、立ち上がってみる。

「……うん……大丈夫、歩ける」

 さすがに絶好調というわけにはいかないけど、ちょっと体が重くて、膝を擦りむいてる位だ。多分、馬車から放り投げられた時の怪我だろう。

「そっか。じゃ、先にスッキリしてから行こうぜ」

「スッキリって?」

「便所。溜まってんだろ? あと顔とか洗ったりさ」

「たまっ……!?」

 あのさ、顔は悪くないのにサラっとそういう発言やめようよ。何きょとんとしてるのさ。もっと、その……ぼかそうよ!


 とはいえ恥ずかしながら『溜まってる』のは本当だ。ラシャに続いて部屋から出ると、外は真っ直ぐな廊下に続いていた。乳白色で塗られた両の壁には等間隔(とうかんかく)に扉が並んでいて、すべてに番号が振られている。全部で二十部屋もあるだろうか。洗面所は廊下の中ほど、ボクがいた部屋のすぐ先にあった。

「じゃ、俺はここで待ってるから。タオルは備え付けのがあるから、それを使うといい」

「うん、分かった」


 洗面所は有難い事に男女別になっていた。

ボクは借りているシャツの袖を丁寧に捲って用を足した後、洗面台で手を洗う。

蛇口から流れる冷たく澄んだ水で汗ばんだ顔を清め、清潔なタオルで水気を拭き取る。

「…………」

 正面の壁に取り付けられた姿見には、長い長い前髪で陰気臭い顔を隠した、幽霊みたいな少女が映っていた。


 ボクだ。


 分かってる。こんな髪、切るべきだって。

 だけど無理だ――少なくとも今は。

「……いつか、許せる日が来るのかな……」


 元通り袖を下ろしたボクが廊下に戻ると、ラシャはさっきと同じ場所で待っていて、ボクを見ると軽く手を上げ口元を緩める。

「……お待たせ」

「じゃ、改めて挨拶(あいさつ)に行くか。ああ、院長ったって別に取って食われたりしないから、安心しろよな」

 彼は一体、院長を何だと思ってるんだろうか。

 静まり返った廊下を三人――ただし足音は二人分――で歩く。先頭はアヤを担いだラシャ、ボクはその数歩後ろ。

 廊下の幅は二人どころか六人並列でも余裕だけど、男の子の隣を歩くなんて、ボクにそんな度胸無いし。


 ……それにしてもラシャの尻尾、見れば見るほど立派だなあ。長くてふわっとしてて、褐色の中に少し金色の毛が混じってる。

尻尾が無いボクからしたらちょっと……いや、かなり(うらや)ましい。

 おじさんは彼を『混ざり者』呼ばわりしてたけど、本当にそうなんだろうか。

それならボクもいっそ『混ざり者』で生まれたかっ――


 ――と、突然何もない所でピタリとラシャが立ち止まった。

 ……あ、まずい。さっきからお尻ばかり見てたのがバレたのかな。これじゃまるっきり変態だよね。

 ええと、どうにか弁解しなくちゃ。


 でも様子がおかしい。

 ラシャを取り巻く空気が、何だか重たい。

 ボクは恐る恐る声を掛ける。「……あ、あの……?」

 彼は振り返らない。

 代わりに、こう言った。


「…………ホッとしたか?」


 ずぐん。

 ボクの胸を(つらぬ)く冷たい痛み。まるで(あばら)の隙間から、薄い刃物を刺し込まれたような。

 背中から表情を読み取る事は出来ない。けれど、きっと彼はこう問うているのだ。

 あの時俺に殺されてなくて、今こうして生きていて、安心したか、と。


「……すこ、し」

 今のボクには、これが精一杯だ。

「――そっか」

独り言と(まが)うほどかすかな、吐息混じりの声。もしかして、今ボクは彼をガッカリさせたんだろうか。

 だって、他になんて言えば良かったんだよ。


 と、思ったのも(つか)の間。

「……なーんてな!」

 彼がぐりんと体を(ひね)って、おどけたようにこちらを振り返る。「どうした、ひどい顔してんぞ?」

「はぁ!? だ、誰のせいだと思って……!」

 何だよもう、一時でも真面目に悩んだボクが馬鹿みたいじゃないか!

 ラシャはくつくつと笑いながら、突き当たりの丁字路を左に曲がる。奥の扉から、女の人の落ち着いた声が聞こえてきた。どうやら診察中らしい。

ファンタジーと言いつつ、水周りが近代的なのはわざとです(笑)

『神』からしたら、疫病なんかでバタバタ死なれたら困るんですよ~って事でw┐(´∀`)┌

うん、ちょっとネタバレしてみた。

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